カスミの登校
無事カスミを学校に送り届け、校門前でカスミを見送る。他の生徒たちは大人を連れ立って登校したカスミを物珍しく見ている。見られているのは私も同様で、この大人はなぜ学校まで送りに来たのか?と訝しがっている様にも見えて、なんだか心が辛い。
「ツバキ姉、お見送りお疲れ様ぁ〜。随分楽しそうにしてたじゃん」
妖力を介し、ボタンから通信が入る。
「のぞきみたいなことしないの。それより、周囲の状況はどうかしら?変わったことはない?」
「特にはないかなぁ〜。ひとまずは初日の送りは無事完了?」
「そう、それなら良かった」
「ところで、さっき地蔵ちゃん学校の敷地の周りで姿見た気がするけど、何やってるんだろ」
「あら、お留守番してたんじゃなかったの?ちょっと様子見てくるわ」
校門から学校の敷地沿いの道をぐるっと歩いていく。すると途中でアスファルトの道の上に正座し、合掌する地蔵の姿があった。
こんな明るく人目もある場所で一心に何を祈ってるかと思ったら、学校脇に祀られている道祖神に一心に祈念していた。
「あっ!ツバキさん、いいところに!さぁ、一緒にご挨拶を!」
地蔵は地面をアスファルトの地面をパンパンと叩き、そこに座るよう促してくる。
「いやよ。痛いし、服汚れるじゃない」
「何言ってるですか。カスミちゃんが通う学校の土地神様に挨拶しなくてどうするんですか。道祖神様は事情聞いて協力してくださると仰っているのに」
視線だけ向けじっと道祖神を見る。仲睦まじい夫婦の道祖神だ。にっこりと微笑み何度も小さく頷いている。道祖神というものは、いつ見ても不思議だ。だって動けるんだもの、石像のくせに。
一体どんなカラクリで石像の体が動くかはさておき、ヨタカの仕事の合間にも地蔵の声に応え協力してくれることはしばしばある、ありがたい存在ではある。地蔵が言うように、カスミの警護に道祖神の協力を得られることは正直とてもありがたい。
私はスカートの裾を押さえつつ、道祖神の前に正座し、頭を下げた。
「このような神助を賜り、誠にありがとうございます。どうかカスミが無事に学校で過ごせますよう、お見守りください」
神仏は嫌いだ。私に汚れ仕事を押し付けているからだ。けれど、そんな嫌がらせをする神仏がどの神仏かわからない以上、礼を失するわけにもいかない。そこは分別を持たなければ。
「さすがですね、ツバキさん。あなたほど神仏嫌いでも、礼を弁えていなさる」
「バカにすんじゃないわよ。というか、道祖神の前で地べたに座る私たちを通行人がジロジロ見てるから、そろそろ行かない?私、すれ違いざまにヒソヒソ言われるの嫌なんだけど」
「はぁ〜・・・。まったく持って嘆かわしい。現代人には信仰心のかけらも残っていないのでしょうか」
「無理を言っても仕方ないじゃない。今は科学全盛の時代よ?昔と違って信仰について学ぶ機会もないんだからさ、石像の前に正座してる人間みたらそりゃ怪しむって」
「それでも、あなただって昔はお地蔵様に手を合わせていた口ではないですか?あなたの神仏に対する作法は妄言とは裏腹にとても年季が入っているとお見受けしますが」
「昔って・・・。まぁ、そうね。数百年前の人間だった頃は、そうだったかもしれないわね」
今となっては遠い記憶の思い出。
我が子と共に村の近所を散歩する道があり、そこにはいつもポツンとお地蔵さんが立っていた。私は我が子とその道を通るたび、一緒になって花を供え、手を合わせていたものだ。人間であった当時の私は、目には見えないけれど、きっと神様や仏様が私たちを見守っているのだろうという、ぼんやりとした感覚があったのは覚えている。けれど、私が鬼になったことがきっかけで、神仏に手を合わせることなど、ついぞ無くなってしまったのだけれども。
「神様も仏様も、あなたのことをちゃんと見ていますよ」
「見ているなら、私が鬼になる前に、凶行を止めて欲しかったな。そうすれば、私は子供を喰らうなんて真似しなくて済んだのに」
「それは・・・」
地蔵は言葉に窮している。まただ、また変なことを口走ってしまった。もう何百年も前の話なのに、私はあの時の事を忘れられない。忘れるなんてできるわけがない。餓死から逃れるために、息絶えた我が子を喰らうなど、人として、母として、あってはならないことだ。
「神も仏もなんで私の凶行を止めてくれなかったんだろ。あんなことをするくらいなら、私はあのまま死んでいた方がずっと楽だったろうに」
「拗ねてはいけませんよ。あなたの経験にも、意味があるのです。天界の神仏はきっと私たちでは窺い知れない考えの元にそのような経験をあなたにさせたのだと思います。理由までは、不祥の私には分かりませんが」
「こんな経験、したくはなかったよ」
気まずい沈黙が流れる。地蔵は、むむむと漫画のように唸り、言葉を探しているし、道祖神は夫婦揃って真顔で私の顔ををじっと見つめている。だが、夫婦の道祖神は手招きをして、私に近くに寄れと、そう言っている気がしたので、私はさらに道祖神へと近づき、改めて正座した。
夫婦の道祖神は二人して手を伸ばし、私の手へと触れた。手にヒンヤリとした石の感触が伝わる。けれど、慈愛に満ちたその触れ方で、この神様が私に何を伝えたいのかは、おおよそ察することができた。
「慰めてくださるんですね。こんなに神様に優しくされたのは、初めてかもしれません」
夫婦の道祖神に、笑顔が戻った。すると、どこから取り出したのか、綺麗な花柄の和紙で折られた折り鶴を私に差し出してきた。あまりに唐突な出来事だったため、思わず受け取ってしまったが、意図を尋ねる間も無く元の道石像へと戻り、真意を聞くことはできなかった。
地蔵を伴い、私は一旦根城へと戻ることにした。幸い、学校と根城は直線距離ではそう遠くない。本気で走れば一分もかからない距離だ。何かあっても道祖神が報せてくれるだろうし、地蔵のお守りもある。心配だからと、妖の私が学校の近くをうろつているのもよろしくないだろう。
ひとまずは、初日の登校は無事完了ということで。いってらっしゃい、カスミ。学校生活、楽しんでね。




