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嘯くヨタカ  作者: イタノリ


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過去と罪

私たち鬼女(きじょ)は元々は普通の人間の女だ。だが、人間も負の感情に呑まれ闇に落ちると妖へと身を堕とすことがある。そして、それは罪の意識があればあるほど、強大な力を授かることになる。


 端的に言うと、ボタンはかつて人間であった時、妹をその手にかけたのだ。その罪の意識が、良心の呵責が、ボタンを鬼へと変化させ鬼女として生まれ変わらせた。にもかかわらず、ボタンはカスミを妹のように想い、向き合おうとしている。


「私たち鬼女はさ、とんでもない罪を犯したからこそ、妖へと身を堕とした。でもさ、好きで罪を犯したわけじゃない。仕方なかったとは言わない。言い訳もしたくない。でも、私はもう一度自分の罪と向き合いたいんだ。妹にしてあげられなかったことを、カスミにしてあげたい」


「それで、一体何が変わるというの?あの子は、私たちの心の穴を埋める道具じゃないのよ?」


「手厳しいね〜。でも、ツバキ姉らしいや」


 ボタンは、私の隣へと立ち、手すりに手をかけ、都会の街並みを眺める。


「私も、ほんとの所は、自分が何をしたいのか分からない。ツバキ姉の言ったことも考えた。自分勝手にカスミを利用としているのかも、って。でも、今度こそ、私は家族を大事にしたいって想いだけは、はっきりしてる。カスミと出会えたことも何かのご縁ってことで、私は今を存分に味わおうと、そういう所存でございまあす」


 ボタンはおどけて答えた。ウィンクしながら敬礼までしちゃって。どこか怯えながらも笑顔を取り繕う彼女の顔を見て、私も自分自身に嫌気がさす。


「ごめんなさい、こんなこと言いたかったわけじゃないの。私はただ、あの子と向き合うことが、怖しい。あの子が私の娘と重なって見えるの。ボタン、私だってあなたのことを悪く言えない。私だって、罪を犯した。女として、母として、償いようのない罪を犯したのよ。だから、怖いのよ」


 私もまた、鬼女。人間であった時、大罪を犯した。私はかつて、腹を痛めて産んだ我が子を、喰らった。好んでそんな真似をしたわけじゃない。けれど、あの時私は生きることを選び、我が子を喰らい、命を存えさせた。


 今でも思う。あの時、私もそのまま餓死していればよかったのだと。数百年前は餓死などありふれた死に方だったというのに。生に執着した自分が鬼となり神仏にこき使われ汚れ仕事をする日々は、きっと私への罰なのだ。


「ツバキ姉。私たちは、もう一度自分がしでかしたことと向きあう機会をもらえたんじゃないかな?私は、少なくともそう思ってるよぉ?」


「ボタンは前向きね。ほんと、羨ましい」


「頭の軽さが取り柄なのでぇ」


 ボタンは頭をコツンと叩いてみせた。


「それにさ、あまり自分を押さえ込むのもストレスになるよ?ツバキ姉、ほんとはカスミの面倒を見てあげたいんでしょ?」


「そりゃあ・・・そうだけどさ。でも、カスミにとってはありがた迷惑かもしれないし、そもそも私のエゴがそうさせてるだけかもしれないし」


「それはあの子が決めることだよぉ。それに、今のカスミには誰からの助けが必要なのは間違いないしぃ。いくら私たちが鬼女とはいえ、母性まで失われたわけじゃないよぉ?カスミのために、人肌脱ごうよ」


 甘ったるい声でまともなことを言われると、どこかくすぐったい気持ちになるわね。でも、ここはさすがにボタンの言う通りだ。そう思いたい。


 カスミが根城へ来てからというもの、慌ただしい日々が過ぎていった。カスミだけではなく、司や水天坊まで根城で寝泊まりをするようになったため、女三人の静かであった根城での生活は、喧騒にとって変わられた。


 私は毎朝誰よりも早く起き、全員の朝食を用意する。包丁の音を聞きつけ、カスミや地蔵が食事の手伝いに参加し、男どもはのそのそと起きては今日の警備の打ち合わせをしている。ボタンが一番遅くに起きてくるが、後片付けは全部引き受けてくれるので、それはそれで助かっている。


「カスミちゃん、今日は初登校日だね。忘れ物はないかい?」


 水天坊はまるで孫娘を心配する好々爺の様にカスミに話しかけている。


「気をつけて行くんだぞ。このあたりは車が多いから」


 司は警察官よろしく、道中事故が起きそうな場所を説明し、注意を促している。


「はい、カスミちゃん。新しいお守りよ。肌身離さず持っていてね」


 地蔵は何やらまた新しいお守りをこさえてカスミに渡している。孫娘を見守るおばあちゃんみたいだ。


「勉強いいから、友達作っていっぱい遊びなよぉ〜」


 ボタンは、気だるいギャルのお姉ちゃんって感じだな。


 こうして見ると、まるで初登校を見守る家族のようだ。随分と凸凹(でこぼこ)でにわか作り感があるが、みんなカスミを想うという一点は共通している。恥ずかしながら、私もその一人であると思いたい。


「準備はいい?学校の近くまで送っていくわ」


「はい、お願いします」


 カスミはやや緊張した面持ちでいるが、力強く答えた。ぽたぽたと近づいてきて、ぎゅっと私のスカートを握った。俯きながら黙ってスカートを握るカスミを見て、胸が締め付けられるようだ。可愛らしい。でも、やっぱり不安は感じているのね。


 ここ数日、根城での生活を整えるべく、カスミを伴って更なる買い出しのために外出を何度かしたが、その都度怪しい視線や気配を感じた。敵は思った以上に捜索網を狭めてきているようだ。とても気を抜ける状態ではない。


「安心しなさい、私がいるから。何があっても守ってあげる」


 カスミは小さくコクっと頷いた。


 根城を出て学校までの間は徒歩での移動になる。敵から狙われやすい通学時は誰かが一緒に付き添い、残りの者が周囲を警戒しつつ警護にあたる。そこで、気づく。やはり妙な視線を感じる。訝しがる視線だ。私にはよく分からないが、カスミが発する魂の輝きとやらは、敵にとってはとても眩しい光に見えるらしい。


 眩しすぎるが故に、おおよその位置は掴めても正確な位置は特定できないという話だった。それに加えて、地蔵のお守りの効果もあって、今のところは敵に見つからずに済んでいる。


「あの、ツバキお姉さん・・・」


 おずおずとカスミが私に話しかけてきた。


「なんだい、カスミ」


「ありがとうございます。こんな朝から一緒に学校に行ってくれて」


「なんだか子供らしくない発言ね。ご丁寧に礼なんざする必要はないよ。カスミは普通に学校に行って楽しんでくればいい」


 カスミは小さく頷き、私の手を握る。


「ごめんなさい。ちょっと怖くて・・・。このまま学校の近くまで行ってもいいですか?」


 いじらしく目を伏せながら話すカスミに、胸が締め付けられてしまった。一体、何百年ぶりだろうかというほどの胸のトキメキ。母性が刺激される。いや、待て。落ち着け私。この子は菩薩の生まれ変わりだ。きっとそれも関係しているのだろう。なにか、こう、人心を掌握する術に長けているとか、そんな感じで。


 カスミが握った手が、さらに私の手を強く握る。柔らかく小さな手に握りしめられ、私の胸は嬉しさと尊さではち切れそうだ。震えた声で、カスミは私に尋ねてきた。


「私、大丈夫でしょうか。また、怖い人たちに襲われたりするんでしょうか?学校が襲われたりしないでしょうか?そしたら、他の人も傷ついたりしませんか?私、怖いです」


 目を赤くし、必死で涙を堪えている。そうか、この子はこの子なりに恐怖心や不安と闘っているんだ。カスミには、自分自身が菩薩の生まれ変わりという事実は伝えていない。地蔵や水天坊の話では、事実を伝えることは菩薩としての転生を歪めることになる、それ以上に幼いカスミにとっては酷な真実でしかないという判断からだ。


 私は身を屈ませ、カスミと目線を合わせる。


「怖いなら、今からでも根城に戻ってもいいんだよ?無理をする必要はない」


 カスミは小さく首を振り、静かに答える。


「それは嫌です。私を襲った人たちがどんな人たちか分かりませんが、あの人たちを怖がって学校に行かなかったら、きっと悔しい気持ちになると思うから」


 おや?


「こんなにみなさんが私の為に行動してくれています。私が我儘を言ってしまっては迷惑になります」


 おやおやおや?


「それに、私も強くなりたい。ツバキさんのように!」


 あぁ、なんてこの子は健気なの!それに、こんなに負けん気の強い子だとは思わなかった。真っ直ぐで情熱を燃やした目が眩しい。何より、私の胸が熱くなる。こんな幼い子が覚悟を持ち、理不尽な現実に立ち向かおうとしている。大人の私がこの子を守ってあげなければ。そう強く思わされてしまう。


「わかった。あんたの気持ちは受け取った」


 私は小指を出し、カスミに見せた。


「カスミは私が絶対守ってあげる。約束する」


 カスミは目を輝かせ、小指を出し、私の小指に絡ませ、指切りの言葉を言う。


「ゆ〜びき〜りげ〜んま〜ん、う〜そつ〜いた〜らは〜り千本の〜ます。ゆ〜びきった」


 はにかみながら満足げな表情を見せるカスミの反応に、心がほっこりと温かくなる。その顔に、私は愛娘の顔が重なってしまう。この子は他人の子。私が腹を痛めて産んだ子ではない。頭では理解しても、心は理性を無視して慈しもうとしている。これは母性か、それともエゴか。暖かい胸中と冷え切った頭の間で、私の魂は揺れ動いているようだった。

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