買い物
買い出しは結局全員で行くこととなった。カスミが当分、根城で生活する為に必要最低限の買い物で済ますはずが、地蔵やボタンからの熱烈な環境改善の訴えが出たからだ。
我らが根城には、結界が張られている事もあって、外部の人間が立ち入ることができず、よって、通販が利用できない。家具のように大きなものは尚更だ。必要なものがあれば直接買い物に行かなければならないが、ここで大きな問題が我らヨタカに立ちはだから。
車も無ければ、免許もない。そもそも人ではない私たちは、三人合わせれば千歳をゆうに超える古の存在。社会生活を送る上で正式な身分証明書など持ち合わせているはずもない。根城のビルでさえ、刑部の工作によってようやく住めているだけだ。世のため人のために、日々汚れ仕事を請け負っているというのに、この労働環境の悪さはいかんともし難い。
とはいえ、その実私は特に気にしていなかった。だからこそ地蔵とボタンがここまで買い出しに行きたがるのが不思議でもあったが、執念にも似たこの子達の感情を見ていると、思うところがあるということか。この機に乗じて一気に生活環境を改善させようというのなら、日頃の鬱憤を晴らす意味でも、悪くないのかもしれない。今も後ろの席では部屋の模様替えの話題で持ち切りだ。
「そんなにいい生活が欲しいものかねぇ」
独り言のつもりだったが、地蔵とボタンは耳聡く私の言葉を拾い上げ、日頃の不満をぶつけてきた。
「ツバキ姉は欲が無さすぎるんだってばぁ!あの部屋は何?布団に座卓に照明しかないとか。ありゃ刑務所かって思われるよ?」
「そうですよ、女性なんですからもっとオシャレとかインテリアにこだわってもいいはずです!」
「黙れ、欲深い者達よ。特に、地蔵。あんただって一応地蔵菩薩の化身でしょうが。俗世に染まってどうすんのよ」
「質素、禁欲は仏修行の拠って立つところですが、とはいえ、世俗を知るためには時に大衆が欲する物に目を向けねばなりません。今回の買い物はそれを学ぶ絶好の機会でもあります」
「仏の社会見学ってこと?詭弁もよしとくれよ」
「でもさぁ〜、やっぱり私たちの生活は質素すぎるよぉ。たまには贅沢しようよ」
「あのさ、今回の買い出しはカスミのために行くんだからな。己の欲望を撒き散らしに行くわけじゃないのよ?」
「え〜、でも楽しいじゃん。我が家がこんなに賑やかになるなんて滅多にないんだから、楽しもうよ」
「楽しむって・・・。ボタン、あなた私達の役目を忘れてやしない?」
「いいえ、楽しむことは生きていく上で必要なことですよ、ツバキさん」
「なんだろう、二人のテンションがいつもの倍くらいあって怖いんですけど。子供が来ただけでそうなる?」
「それはお互い様ですよ、あんな立派な朝食作っておきながら、ツバキさんだって共同生活楽しもうって魂胆じゃありませんか?」
「そうだよ、司くんも言ってやりなよ。顔に出てたって」
バカなことを言うな。私はあくまで仕事の一環としてカスミと共同生活をするだけだ。そこに楽しみなど見出すなどありえない。ところが、運転席に座る司は、横目で私を見ながら微笑んでこう言うのだった。
「ツバキさん、とても楽しそうに料理してましたよ」
「なっ・・・」
後ろの席から「お顔が赤い」と小さく呟くカスミの声が耳へ入ってくる。思わず顔を背けるが、サイドミラーに映った私の顔は確かに紅潮し、まるでリンゴのようだ。気恥ずかしくて視線を逸らすことしかできない。後ろの席では部屋の模様替えの話に戻り、再び話の華を咲かせている。
そうこうしているうちに、お目当てのお店に到着した私達は、新生活に向けて家具を見て回る。カスミはその両手でボタンと地蔵と手を繋ぎ、目を輝かせながら店内を見て回っている。刑部から金が出ることをいいことに、ボタンも地蔵も品定めに容赦がない。欲しいものはどんどんとカゴに詰めていく。
「ねぇ、司くん。これだけ買い込んで、車に乗ると思う?」
「まぁ、なんとかなるでしょう。それに、皆さんが楽しんでるところに水を差すようなことはしたくありません」
「へぇ、意外。あんた仕事一辺倒かと思ったのに」
「これでも一応人間ですので」
「そうかい。なら、人間の司君に質問。このお店に入ってから、何か違和感に気づいたかしら?」
「やはりですか。妙な視線を感じますが、今まで感じたことがない気配です。果たして相手は人間なのか・・・。ひょっとして、妖の類なのでしょうか?」
「驚いた。そんなとこまで気づいたのかい。でも、この視線の正体はおそらく式神だ。しかも、和物ではなさそうね。雰囲気がなんかこう、和じゃないもの。海の向こうの物のような気がする」
「そんな細やかな違いまで気づけるなんて。それにしても、海の向こう?ということは海外ですか?なるほど、ということは海外の人身売買のブローカーやその協力者のような存在がいて、すでに監視の目をこちらに向けていると。そういうことですか」
「話が早くて助かるわ」
「ボタンさんや地蔵様は気が付いているのでしょうか?」
「もちろんさ。ボタンは気づいた上であえて無視してる。今の所、見られているだけだからね。地蔵もカスミとはしゃいでいるように見えるけど、結界の強度をさっき上げたわ。敵の正体が分からない以上、警戒しつつ、しばらくは敵を泳がせておくってことでどうかしら?」
「依存はありません。刑部に報告をしておきます」
「はい、報告ありがとうございます。お二人さん」
私と司は咄嗟に身構え声の主を睨みつける。そこには、水天坊の姿があった。呑気に手をあげて、こちらに挨拶なんかして、張り倒してやろうかしら。
「親父、どうしてここに?」
「司君、今は水天坊とお呼びなさい。私が来たのは、情報を伝えるためですよ。あと、現場で確認したいこともありまして。単刀直入に言いますと、あなた方が感じた視線の正体は使い魔です。やはり、カスミちゃんを狙っている存在の背後には悪魔がいるようですね」
「これはつまり、私達の根城がバレたって事なのかしら?」
「この都市に居る、ということはバレてしまっていますね。いかにお地蔵様の守護があっても、カスミちゃんの魂の輝きまでは隠しきれないという事なのでしょう。カスミちゃんの魂の眩さは悪魔の目をくらますほどに輝かしい。それゆえ、光の在処は分かっても、光の元は眩しくて見えない。見えたとしてもお地蔵様のお守りがある。これならば、すぐに居場所を突き止められることはないでしょう」
「そんな悠長なこと言ってられる状況に聞こえないのだけれど。水天坊の見立て通りなら、カスミが敵に見つかるのは時間の問題とも聞こえるわ。万が一カスミが見つかった場合、相手の戦力によっては守り切れる自信はないわよ?もっと肝心な情報をよこしなさいよ」
「神仏と古代の霊能者がこの国に張り巡らせた大結界は、強大な敵の侵入を悉く防ぎます。というか、万が一にでも敵が結界超えたら霊界対戦の勃発ですよ。聡い悪魔がそんなバカな真似をするとは思えません。敵に悪魔を使役する何某かの存在はいると見て間違い無いでしょうが、大結界を超えてこの国に潜伏できる程度ならば、ツバキさんとボタンさんの敵ではないと思いますが?」
「そういう問題じゃないでしょ。あの子にまた怖い思いをさせるつもり?」
「あなたは、優しいですね。安心してください、刑部としてもあの子を危険な目に合わせるつもりはありません」
「それならいいわ」
「ツバキさん。失礼だが、水天坊は仮にも上の立場の存在です。せめて言葉遣いだけでも改めてくれませんか?」
「あんた、普段は水天坊のこと親父って言ってるの?」
「・・・今はそんな話をしたいわけでは」
「いいじゃない、あんたのこともっと教えてよ」
口ごもる司は動揺を悟られまいと努めて平静を装っているけれど、赤くなる顔を全く隠せてない。案外可愛いところがあるのね。
「まぁまぁ。少なくとも、今は安全が確保されています。それに、ほら。カスミちゃんが待ってますよ?」
水天坊が指差す先には、お店の大きなカート一杯に詰め込まれた品物の数々。どうやら、あの子は買い物を満喫したらしい。小さく、けれど力強く振るその手と、はにかみながら笑うあの子の笑顔を見て、私もなんだか肩の力がすっと抜けていく心地がした。




