プロローグ
人類は存亡の危機に脅かされていた。
数百年、数千年と続いてきた魔族との戦いに敗北の色が濃厚となってしまったのだ。
最初は兵士が消えた。次にいくつか町が消え、そしてついには1つ国が消えた。一国が滅亡したことを受け各国は急ぎ対策を進めるも、その勢いを止めることは不可能。じわりじわりと戦線を押され、将来の希望などどこにもないように誰もが思っていた。
しかし、そこに現れた一筋の光。
魔族の王樽魔王を討伐するべく、神から力を授かった人間が突如として活動を開始したのだ。
魔王を討伐するべく力をつけ、各地で暴れまわる魔物や魔族を排除する存在は、そう、
「キャァァァァ!!!!勇者様ぁ!!!」
「賢者様!こっちを向いてください!」
「聖女様かわいい!私もあんな服着たい!」
勇者、と言われていた。
ちなみに俺だぜ!!
もちろん、戦っているのは俺だけではない。頼れる仲間たちがいるんだ!
例えば、頼れる頭脳派!データになんてなくてもその場で分析できるタイプの天才、賢者!余命数か月の人間を一瞬でピンピンした状態に回復させる聖女!50人以上との綱引きをしても指一本で勝てるような怪力の持ち主、重戦士!寝ている敵にはもちろん起きている相手にすら気づかず近づいて情報を収集できる高い隠密能力を持つ斥候!狙った獲物は逃がさない、小さめの森であればその抜けた先にいる敵の脳天くらい簡単に貫ける弓使い!
こんな感じの最高のパーティーメンバーがいるぜ!
「賢者様!サインください!」
「ああ。かまわんよ…………ほれ。これで良いかのぶ」
「聖女様。最近腰が痛くてのぅ…………」
「それでは治しますね。これからは、しっかりと教会の方に行ってくださいね?」
今日狩って来た獲物を持って帰ってきた俺たちに人々は群がり、思い思いの声をかけてくる。ただ間違いないことは、そのすべてが好意的なものであるということ。
仲間たちもそれに笑顔で対応していて、俺たちが人類の希望なんだという自信と誇りを皆持っているようにも見える。本当に頼もしい仲間たちだぜ!
そうして俺たちは祝福されながら進んでいき、宿へと戻ってくる。
さすがに宿の中までは俺たちを一目見ようとしたり声をかけようとしていたりした人達も入ってこないが、宿は宿で宿泊客や従業員が話かけて来たり歓声を上げたりして少し大変だ。人気者ってのも困りものだな。
でも、俺たちはそれに笑顔で対応する。困りものではあるけど、嬉しい事なんだから。皆、俺たちを人類の希望だって思ってくれているってことだ!
「ふぅ。今日も疲れたな」
俺は少しの疲労を感じつつ止まっている部屋の扉を開ける。そして先ほどまでの輝く笑顔を浮かべていた仲間たちを思い返しながら振り返り、頭を抱えたくなった。
そこにいるのは、表情の抜け落ちた能面のような顔をした仲間たち。先ほどまでの笑顔溢れる人類の希望とは程遠い顔をした仲間たちだった。
そしてそれだけでなく、部屋の扉が閉まった瞬間には、
「「「「チッ!」」」」
大きめの舌打ちが部屋に響き渡った。
しかもその舌打ちの主は1人ではない。仲間たちの全員から、舌打ちが行なわれたんだ。
そんな人類の希望には全くふさわしくないことをする彼らに、俺はやっぱりこうなってしまうのかと悲しくなる。
俺が何かを言うより先にみんなが話を始めて、
「なんだあの虫けら共は、毎度毎度儂に無駄なことをさせおって。サインなど書いて世界は平和になるのか?あんなことをして儂の貴重な時間を削るなど、魔族よりも悪質じゃぞ」
「汚らしい汚らしい汚らしい汚らしい汚らしい汚らしい汚らしい汚らしい汚らしい汚らしい…………」
「人間なんて信用ならない。なんであいつらはあんなに愚かなんだ」
「…………吐き気がする」
「クヒヒッ。魔王倒したら次はあいつらだ。どう絶望させてやろうか」
いや、話しているというより各々好きなように言っているだけだな。
本当に、なんで毎度毎度こうなるんだよ!?お前たち、一応勇者パーティーの一員だろうが!どうして1人たりと人間のことを好んでるやつがいないんだよ!逆になんで勇者パーティーにいるのかが分からんわ!?やめちまえよ勇者パーティー!
…………いや、辞められると俺は困るんだけどな?あと、勧誘したのも俺なんだけどな?
だとしても、人間のことを恨み過ぎだよなぁ?何でこんなに皆人間のこと恨んでるんだ?人間だって魔族に追い詰められて苦しい状況のはずだし、皆で手を取り合ってるはずなんだぞ。そんなに恨みつらみが募るようなことは発生しえないはずだ。
なんて俺は気になるところはあるわけだが、全員人間に思うところがあることには間違いない。俺はいつもこいつらが人類を裏切るんじゃないかと思ってヒヤヒヤしながら勇者やってるんだ。正直褒めてほしい。
とりあえずこいつらは人前に出すと余計にストレス溜めそうだし、部屋に残しておくことにして、
「それじゃあ俺は討伐報告と報酬の受け取りしてくるな。お前たちは部屋でゆっくりしておいてくれ」
「いや、儂もついて行こうかの」
「お供します勇者様」
「常にあなたを守ることが俺の役目だ」
「…………一緒」
うぅん。分からない。本当に分からない。
なんでこいつら、わざわざついてこようとするんだ!?お前たち、人間嫌いなんだろ!?外に出たら人間に会うし帰ってくるころにはイライラが溜まってるに決まってるじゃないか!絶対についてこない方が良いだろ!
全員の精神衛生を考えて!あと、俺の精神衛生も考えて!
とは思うものの、これまた毎回こんな感じなんだよな。
大概俺が動くと全員ついて来るんだ。たまにお手洗いにまでついてこようとするときがあるのは本当に勘弁してほしい。
正直俺の暗殺をするタイミングでもうかがっているんじゃないかと思ってしまうほどだぞ?人類を裏切る手始めに勇者の首を取るとか大胆にもほどがあるんだよな~。間違いなく人類は絶望するだろうけどさ。
もちろん、俺だって暗殺対策はいろいろとしているし他にもいろんな弊害はあるから本当にそれができるかは別の話だけどな。
「あっ、勇者様!お待ちしておりました!討伐されたというお話は伺っておりますよ!」
「おお。もう話がそっちまで行ったのか?随分早いな」
「町の皆さんが噂してましたからね…………さぁ、皆様どうぞこちらへ。お茶などをご用意しておりますので、報酬の清算が終わるまでおくつろぎください」
達成報告と報酬の受け取りに行くと、職員が待っていて俺たちを個室まで案内してくれる。こういう対応をする職員っていうのも村や町によってバラバラで、場合によっては職員ではなく一般の住民がやってくれたりすることもある。
それこそ、場所によっては人手も物資も足りな過ぎてそういう業務すら行ってもらえないなんていうこともあるからここはかなりマシな場所だな。魔族や魔物の影響はさほど大きくなっていないうちに俺たちが解決できたってことだ。
ちょっとの達成感を胸に抱きつつ、俺はそんな場所をもっと増やしていきたいという思いを大きくする。
ということで、
「さて、せっかくならこのタイミングで次の目的地について話し合うか?」
「ああ。それならいい場所を見つけてあるんじゃよ」
「おお。そうなのか?」
「うむ。どうやら近くで魔物の被害が甚大な場所があるようでのぅ」
「ふぅん?滅べばいいのに」
「俺たちが行く前になくなってるんじゃないか?」
し、辛辣~。いつも通りだけどなかなかに言葉が強烈だな。縁起でもない話だ。
もし本当にそうなっていたら、俺たちは安全に眠れるところなしで戦わなきゃいけなくなるんだが、その辺はしっかり考えているんだろうか?…………こいつらの事だから意外と考えてそうで怖い。