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憂鬱

 瑠璃は湯浴みをしながら、先ほどのハンカチを南草が受け取ったのか、すごく気になって仕方なかった。


(あれは私なりに頑張って刺したもの…。渡すつもりはなかったの。私が持っていたかったのに…。南草のこと、せめて心の中で思っていたかったから)


 あの刺繍のハンカチは秘めている南草への気持ちが溢れてつい出来心で刺してしまったものだった。もちろん南草に渡すためではなく、自分が密かにお守りがわりに持つために。

 それなのに三国はそのハンカチを持って行ってしまった。三国は瑠璃の気持ちを理解しているのに。どうしてそんなことを、と瑠璃は少し困惑していた。


「瑠璃様。そろそろお時間でございます」


 侍女の葛ノ葉がそう言ってタオルを持って湯殿に入ってきた。

 彼女も三国と同様、瑠璃の名前を呼ぶことを許している信のおける従者だった。


「ああ。少し考え事をしていたから…今行くわ」


 ざばりと湯殿から上がると葛ノ葉が即座に体を拭き始める。肌を痛めないように優しく、特に髪の毛は絡まないように丁寧に拭き上げてくれる。


通常、星天公子は数十人の侍従を持つのが通例だが葛ノ葉と三国は一人で数人分の働きをしてくれるので、今瑠璃の侍従は三国と葛ノ葉の二人だけでまかなっていた。

 物心ついた時から仕えてくれている信頼できる二人以外をそばに置くことに抵抗がある瑠璃は下位の貴族から、自分の娘や息子を侍従にと推されるたびに断っていた。


(側に置く人間は権力に興味のない者がいい。二人には負荷をかけるけどこれ以上侍従を増やすつもりはない)

 

 下心のある人間が側にいることほど不快なことはない。こちらは正真正銘命をかけて国のために尽くしているのに、そんなことはお構いなしに自分の家の繁栄のためにしか働かない人間を側に置くのは絶対に嫌だった。


「瑠璃様。今日のお召し物は淡水色の衣でよろしいでしょうか」


 「ええ。今日は少し暑いから見た目だけでも涼しげなものがいいわ。でも少し憂鬱ね。会食はいつも政ごとに口を出してくる老害が幅を利かせているから。私の代でなんとか処理できたらいいのだけど」


 それを聞いていた葛ノ葉がこともなげに言う。


「それでしたら私が消してまいりますが」


「気持ちだけいただいておくわ。暗殺は好きじゃないの」


 葛ノ葉は本来暗殺家業をしていたのだが、幼かった私が手傷を負った葛ノ葉を拾って傷を治したことから、そのことに恩義を感じた彼女から従者として仕えさせて欲しいとお願いされて、それからずっと一緒にいる。

 時折彼女は昔の血が騒ぐのか、私にとって不利益になる人間を殺そうとするが、私はその度にそれを止める。

 力で押さえつけても得られるものはない。真っ当な生き方をしないと天衣様にも顔向けができない。


「そういえば最近天衣様へのご挨拶が滞りがちね。明日は時間を調節できるかしら?」


「はい。明日、午前中は書類の処理が必要ですが午後は予定が空いております」


「では明日の午後は天衣様へのご挨拶に向かいます。いつものを用意してね」


「はっ」


 葛ノ葉は短く答えると今日の衣装である水色の衣を着付けてから髪の毛を美しく結い上げてくれた。


「瑠璃様、こちら、南草様からいただいたかんざしでございます。本日はこちらで髪を飾ってはいかがでしょうか」


「え?南草が?」


 あの南草が私に贈り物をしてくることに驚いた。やはり正式な婚約者になったから周りから不仲を指摘されるのがまずいと思って形だけでも贈り物をしてきたのだろう。もし心がある贈り物なら南草が瑠璃に直接手渡すか髪に刺してくれるだろうから。


「そうね…うるさい貴族達から文句を言わせないために一応仲良しな演技が必要だものね。わかったわ。今日はそれをつけてくれる?」


 そう言って差し出された髪飾りを見ると繊細な細工に桜の花を模した飾りがついていて、控えめに言っても可愛い。私好みの品だった。


「綺麗…」


 もしこれが気持ちのある贈り物だったらどれだけ嬉しいだろうか。でも南草には別に思う相手がいるというのは有名な話だ。病弱な貴族令嬢にご執心だそうで、毎日のようにその令嬢の元に通っているらしい。


(本当はその令嬢と婚姻を結びたかっただろうに。星に選ばれてしまったばかりに…)


 胸に小さな棘が刺さってそこからジクジクとした痛みが広がる。わかっていてもやはり辛い。南草に対して心を寄せていたければこんなに苦しむことがなかったのに。

 だが今はそんなことを悠長に考えて凹んでいる場合ではない。

 時間は限られている。1秒も無駄にはできない。


「必ず…私の代で終わらせるわ。悲しい運命は…終わりにする」



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