2.回想
天城が逮捕されてから二週間が経った。
世間はかつて、日本の中心だった騒動を忘れくだらないワイドショーで盛り上がっている。
思い返せば
僕は天城のことを何一つ知らなかった。
出会いは十数年前。
当時自暴自棄になっていた僕は明日への絶望に身を投げようとしていた。
もし、あと数分でも出会うのが遅ければ──
僕は時速300キロの鉄の塊に木っ端微塵の肉塊とされていた。
天城に声をかけられてからの記憶はあまりはっきりしていない。
ただ一つ確かなのは彼が僕に「未来」をくれたということだ。
おそらく彼は僕の身にまとっていた異様な負のオーラを感じとったのだろう。
その優しさに触れた瞬間、僕は明日へと一歩踏み出すことができたのだ。
当時職を失っていた僕に、天城は自身の秘書という職を与えてくれた。
すでに不動産業界の重鎮だった彼の秘書だ。
多少の「黒い仕事」があるかもしれないと覚悟はした。
命をかけて忠誠を誓おうと。
だが──
僕の覚悟とは裏腹に天城は世間の評価どおりの人格者だった。
いわゆる「悪事」には一切関わらず清廉な人間だった。
実際、大企業の社長秘書という仕事は多忙を極めたが
困るようなことはなかった。
社員からの人望も厚く現場のことがわかる男だった。
そんな彼が、犯罪など犯すだろうか?
この規模の企業ともなれば、知らず知らずのうちに何かが隠蔽されていた──
そんな可能性もあるのかもしれない。
だが一番身近にいた僕がそれに気づかないことがあるだろうか?
いや、違う。
もっと根深い別の何かが動いている。
なんだか全て仕組まれている、そんなような感じがした。
それでも──
天城が罪を認め、何一つ言い訳もせずに逮捕されたその瞬間、僕の直感はずっと彼の逮捕を否定していた。
だがその一方で、僕は彼のことを何も知らなかったのだ。
その事実が再び僕の胸の奥に重くのしかかっていた。