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溺愛に気づかない彼女は、つぶやきで世界を変える  作者: 酔夫人(旧:綴)


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【完結】王子妃としての仕事(3)

投稿予約を間違えました(;^ω^)

「妃殿下が貴族の伝統を軽視しているのではないかという声が多くありまして……」



エアロファーネ侯爵の言葉に周囲の貴族たちが耳をそばだて、セラフィナは一瞬考え込んだあとに静かに口を開いた。



「貴族の皆さん、と聞くと話がぼやけてしまうのでエアロファーネ侯爵および侯爵家で考えて宜しいですか?」


「え、ええ……もちろんです」



エアロファーネ侯爵が頷くと、セラフィナも満足そうにうなずいた。



「財務局に所属のエアロファーネ侯爵令息がお辞めになったことは知っております」


「ご存知でしたか」


「あの侯爵令嬢の弟君が城で働いていると聞いたから調べましたの」



王族が息子に興味を持ったといえば喜ばしいことだが、セラフィナが「あの侯爵令嬢の弟君」と言ったことで好意的な理由で探ったのではないと直ぐに貴族たちは察した。



「ひ、妃殿下の手を煩わせてしまい……息子のことなら私めに聞いてくだされば……」


「父君であり上司ですものね。でもお忙しい大臣の御手をそんなことで煩わせてしまったら城の仕事に支障がでてしまうでしょう?」


「そんな……」


「お忙しいと聞いていますわ。国の予算を組む重要な立場ですから仕方がありませんもの」


「そんなこと、誰に?」


「ルカヴィス殿下ですわ。予算について局長に聞きたいことがあるのに、彼は忙しいから自分で調べるしかないって」


「あ……なるほど……」


「毎日山のように仕事があるのですよね。閣下、お体にはお気をつけくださいませ」



いまこの瞬間、健康に気をつけなければいけないほど毎日山のように仕事がくることが決まったのだった。


国の予算を作る立場の者に与えられる仕事だ。


自分のところにも波及するなと周りにいる貴族たちは覚悟した。



「それにご子息のことは直ぐに分かりました。女性関係で有名な方で女官や侍女たちがいろいろ教えてくださいましたの」


「女官や侍女たちの噂話を信じるなどと……」


「ご安心くださいませ、信じてはおりませんわ。私の不用意な考えが皆様に大きな影響を与えることは分かっておりますので」


「そ、そうですか」



セラフィナの考えは素晴らしいし正しいが、ちょっと認識が甘い。


王太子妃だからではなく、神の愛し子だから影響が大き過ぎるのだ。


セラフィナ自身は認識できないのだから仕方がないかと周りの貴族たちは苦笑するしかなかったが。



ちなみにここで侯爵が「噂が真実だったらどうする?」と不用意に尋ねたら、エアロファーネ侯爵の息子は趣味で集めた短剣を磨いている最中にうっかり手が滑り、重力に従って落ちる剣によって大事な部分がもげる(切り落とされる)ところだった。



セラフィナは自身のトラウマもありセクハラ男に容赦ない。




「それでご子息がお辞めになったのは、『ここは私の居場所ではない』『十分な力が発揮できない』『私を求めている場所は他にある』でしたわね」



淡々と言われるとちょっと恥ずかしい退職理由だなと周りの貴族たちは思った。



「そういうことってありますよね。仕方がありませんわ、父親と子は違うのですもの。私も平民でありましたが働いていた経験があります。家業を息子に継いでほしいかったのにと元上司に嘆く方をたくさん見てきましたの。私の元上司は人徳があり、それはもう大勢の方から相談を受けていたのですよ」



ぱああっと輝く笑顔で、なんのてらいもなく純粋に元上司を褒めるセラフィナの姿に、「あんな風に部下に慕われる上司になりたい」と思う貴族が数名いた。


そう思える彼らはもともといい上司だったりする。




「それで、ご子息はご自分から辞められたと」


「まあ……そうはなりますね」



あのエアロファーネ侯爵令息がふんぞり返れる職場をやすやすと手放すわけがなく、神様たちが何かしたんだろうなと貴族たちは思った。


侯爵自身もそう思ったが「神様たちのせいです」なんて言えるわけがなく、渋々とセラフィナの言葉を肯定した。



「侯爵はやめさせたくなかった、と」


「もちろんです。あの職はエアロファーネ侯爵家が継ぐべきものなのですから」


「血筋が理由で不得手な仕事を与えるのはおかしいのでは? 職業選択の自由は国民なら誰でも……もしかして貴族の方々は適用範囲外なのですか?」



そんなことはありませんと、セラフィナと目が合った貴族たちは首を横に振る。



「ごめんなさい。まだ学びが足りなくて」


「いえ……」


「でも貴族にも職業選択の自由があるなら、なおさらに自ら辞めようとする方を血統を理由に引き留めるのはおかしいと私は思いますわ」



セラフィナの持論にエアロファーネ侯爵は「ぐう」と言葉を詰まらせた。



でもここで彼は負けるわけにはいかなかった。


妻と娘が社交を控えることになったことでエアロファーネ侯爵家の筆頭侯爵家の立場は揺らいでる。


ここで嫡男であり次期当主である息子まで公的な立場を退いたとあっては、その揺らぎはさらに大きくなる。


恐らく収束できないほどに。



「前途ある者を安易に切り捨てる真似をなさるのはよろしくありません」


「自ら辞職することを切り捨てたとは言わないと思いますし、前途があるならご子息は辞めなかったのではないでしょうか。自分にその仕事は向かない、前途はないと思ったから辞めたのでは?」



セラフィナの言葉に貴族たちの中で頷く者たちがいた。


近衛騎士団長と宰相だ。


彼らの息子は辞めていない。


近衛騎士団長の息子は騎士としての職務を全うしているし、宰相令息シリルも宰相補佐として雑用を頑張っている。



「家門の名誉が損なわれる可能性も……」


「家門の名誉はご自分らで守っていただかないと……他人が、それも王族が口出しするのは少し……」


「国の伝統が……」


「その伝統ですが、よく考えたら元王妃派の大粛清で一度リセットしていますよね?」



セラフィナの疑問の声に、貴族たちの数人は目を逸らした。


彼らもエアロファーネ侯爵のように「伝統」でその職を子に継がせようとしているが、侯爵も自分自身が元王妃派の前任者がいなくなったことでその職に就けた新米である。


つまり継承は比較的最近断たれている。



「もしかして……」



セラフィナの言葉に周囲は身構えた。


セラフィナにとっては推察だろうが、神々のせいでそれは真実になるのだ。



「ご子息が仕事を辞めたことを家門の不名誉とおっしゃるのですか?」



セラフィナの考えは、合っていた。


エアロファーネ侯爵は家門の不名誉になるから息子を元の立場に戻せというつもりだったのだから。



「侯爵、私にできることは何もありません」


「そんなことはございません。妃殿下から……」


「いいえ、そういうときこそ御父上や家族の言葉が必要なのです」


「……は?」



「子の将来の安定を願う気持ちも分かります。国家公務員は安定した仕事ですからね。でも、別の仕事に就きたいと思って辞めたご子息の気持ちも大切になさってくださいませ。家族ならば、新しい未来を選んだご子息を応援しろとまではいいませんが理解を示すなど……どちらにせよ、家門の不名誉で片付けるのは早計だと私は思いますわ」


「え? いや、違う……」


「最近辞めた方の多くは自分の実力不足という理由でしたわ。その通りでしょう。これまで他家が引き継いできたノウハウもなく、ゼロから重要なポストを与えられる立場になったのですから。でも実力をつければいいのです。実力がつけば、侯爵令息のこれまでの仕事に対する考えも変わるのではないでしょうか。そのために家族が一丸となって彼を支えればよいのではないかしら?」



セラフィナの声は穏やかだった。


これまで天命の証が前面に出ていたからセラフィナ自身を測ることは少なく、だからこそ神の愛し子であることしか価値がないとセラフィナを侮っていた者も多かった。


しかし、あの我侭で屁理屈なことで有名なエアロファーネ侯爵家当主すら論破して黙らせた。


ちなみに侯爵令息は実力がつかない限りこれまでの仕事に対する考えは変わらない、つまり復帰はないことも決まった。



そのセラフィナの信念とこの結果に、何人もの貴族が敬服し満足した。



 ***



「あれが何の計算もない本心なのだから、セラフィナはすごいな」



離れたところでセラフィナとエアロファーネ侯爵の会話に耳をそばだてていたルカヴィスは必死に笑いを堪え続け、いまは思いきり満足していた。



「エアロファーネ侯爵閣下は妃殿下を見誤りましたね」



エリオットは感銘を受け、周りに誰もいなければ拍手していただろう。



(セラフィナを信じてよかった)



エアロファーネ侯爵がセラフィナに近づいたとき、セラフィナを保護するかどうかをルカヴィスは悩んだ。


そして、セラフィナを信じてその場を任せられた自分が誇らしかった。



セラフィナは、王太子妃になっても自分の出自を気にし、自分がここにいていいのかと悩んでいる。


悩むくらいならいい。


ときおり「ここにいてはいけない」と思い掛けると、セラフィナの気配が薄れる。


過保護な神様たちによって隠されてしまうのではないか。


リアルな神隠し。

そうなれば絶対にルカヴィスには見つかることができない。


先ほども一瞬だけそんな感じがして、ルカヴィスが強く手を握ったことでセラフィナを驚かせてしまったりした。



(でも神隠しの気配があると、そのあとのセラフィはぐっと強くなるんだよな)



そのセラフィナが愛おしくて、自分の傍にいてくれると決めたセラフィナをもっと見たくて。



「セラフィの望んだ愛し愛される結婚ってやつ」


ルカヴィスに気づいたセラフィナの表情がぱっと明るくなる。


愛しい女が自分を見て笑顔になれば、それは嬉しい。



「かなりいい線をいっているんじゃないか?」


「あーそーですねー」



後ろで「惚気か」と嘆息しているエリオットは無視することにした。



(幸せな結婚は、これから一生かけて頑張っていくことだな)



セラフィナの行動も思いも全てがルカヴィスのためというなら、セラフィナが正道を進めるような判断をしなければいけないとルカヴィスは襟を正す思いだった。



―― さすが、番。



(ん?)



―― これは私からの褒美だ。



脳内でエルデウスの声が聞こえて……、肩こりが嘘のように消えた。



(ひどかった肩こりが……これが神の力……)



「……ショボいぞ、神様」




 

END

本編はこれで終了します。

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