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第20話 外堀の役目|国王と弟王子

「父上?」

「ノアルド?」


国王カリスティオンと第二王子ノアルドは、長男であり兄であるルカヴィスの住まう離宮の入口で鉢合わせた。



「父上、顔色が悪いですね」

「セラフィナから『折り入ってお話が』と呼ばれているのだぞ……どうしてそなたは平然としているんだ?」


同じ『呼び出し』なのに、と不満を表情に表す父王にノアルドは溜め息を吐く。



「兄上がしつこいとか、兄上がうざいとか、兄上が鬱陶しいとかだと思いますよ」

「婚約破棄したい、だったらどうしようか」

「父上、落ち着いてください。破棄の前に婚約すらまだです」



セラフィナとルカヴィスは婚約どころか、お付き合いもしていない。二人はその一歩手前の『お試し期間中』で、ルカヴィスは空き時間はすべてセラフィナに費やし、セラフィナの傍にべったりくっついて求愛し続けている。


その求愛の言葉は、周囲が砂糖を吐き出すほど甘く、くどい。



「ルカヴィスはふられるのだろうか」


カリスティオンからしてみれば歓迎できない話。国王としては神の愛し子セラフィナがフリー(夫募集中)となっては面倒。父親としては息子がフラれるのは可哀そうで胸が痛い。



(好意どころか愛情も問題はなさそうなんだけど)


ノアルドから見て、セラフィナはルカヴィスからの求愛に満更ではない様子なのだが――。




「私がルカヴィス殿下の婚約者になって、婚約者になったらお妃様になるのですが、本当に本当にそれでよろしいのでしょうか」


セラフィナの顔に描かれた『あり得ない』という言葉に、ノアルドはやっぱりと内心溜め息を吐いた。そしてノアルドは状況が読めていたが、カリスティオンはいまいち理解しきれていなかった。



「セラフィナ、誰かに相応しくないなどと言われたのか?」


本気で驚いてそんなことを言う父王に、ノアルドは違うとさらにため息が大きくなった。


セラフィナに対して「相応しくない」などいう者はいない。だって彼女は神の愛し子。人間の作ったルール外の、いわゆるチートな存在。


確かに、それを知られる前は反対があった。


それはそうだ。神の愛し子でなければ、セラフィナは平民。下位貴族の令嬢ですから相応しくないと言われる王妃の座に平民の女性などあり得ない。


反対されるたびにルカヴィスはセラフィナが神の愛し子であることを説明しようとした。しかし例の変な音に変換されるため説明がままならない。それならばとルカヴィスは父王に夜会を開いてもらった。そこに背中が大きく開いたドレスを着たセラフィナを登場させた。


言えないけれど見せつけることはできる。


これで文句ないだろうと、ルカヴィスは自信満々だった。神の愛し子に喧嘩を売ればそれを買うのは神様。人生のお先は真っ暗だ。



(そこまではよかったんだよね)


その夜会会場のあちらこちらで発生する例の変な音を異国語と勘違いしたセラフィナは、やはり王太子妃になるには教養が足りないと二の足を踏んだ。そしてセラフィナの「本当に自分でいいのか」発言にいたっている。


「セラフィナ、お主以上にルカヴィスに……「父上、お待ちください」……ノアルド?」


相応しいといくら言っても、その理由をセラフィナに言うことはできない。そしてその理由がないとセラフィナは納得しない。


(父上と兄上のやり方では、永遠に義姉上は納得しませんと言っているのに)


子どもだからと押しのけられてきたけれど、いい加減にしてほしいとノアルドは父王の言葉を遮った。


「義姉上、いつの時代も貴族が狙うのは妃の座です」

「そうですよね」

「だから貴族たちはいま兄上の息子の妃の座の争奪戦に忙しいのです」

「ルカヴィスではなく息子? なぜ?」


セラフィナが首を傾げた。


「いま貴族が妃にと王家に推せるご令嬢がどなたも年齢一桁なんです。貴族令嬢は平均して十代半ばで婚約者が決まり、王族なら年齢一桁で決まったりもしますからね。二十六歳の兄上の婚約者が年齢一桁となると……子を産ませることを考えると外聞が悪いのです」

「ロリコンを全速力でスルーして変態、ですわね」


婚約を破棄させればそれなりの令嬢をルカヴィスの婚約者にできるのだが、それを言えばややこしくなるのだとカリスティオンにも分かっていたので黙っていた。それにしても――。



「主要な貴族家のいくつもに最近娘が生まれています。彼女たちを兄上の息子に、未来の王太子妃にと考えているのでしょうが……妃が年上の場合、三歳くらいの差までが望ましいですのですよ」

「つまり、彼らは一日でも早く王子が産まれてほしい。そのために私を受け入れる……確かにいまからお相手探しをさせるより早いのかもしれませんね」


(真実と推測を上手に織り交ぜつつも出鱈目な話……しかし、セラフィナは今までになく納得している……)



セラフィナは神の愛し子だが、本人の能力は人の範囲内のもの。セラフィナは全知ではないし、セラフィナに対して隠し事もできる。神にとって重要なのはその隠し事でセラフィナが悲しむかどうかで、嘘をつかれてもセラフィナが悲しまなければ無罪放免なのではないかとノアルドは踏んで実行しているのだった。


まだ幼いと思っていたノアルドの意外な成長にカリスティオンは喜びと驚きを覚えた。



「それに閨教育の先生が言っていました、互いに好意のあるほうが子はできやすいんですよね?」


カリスティオンが言ったら変態の烙印を押されるに違いない台詞を、見た目天使で九歳のノアルドは口にする。


「そ、そうね///」


セラフィナはノアルドのとんでも発言に怒ったり気分を害する様子もなく、自分の武器を上手く使う次男の狡猾さに、そんなところは元王妃に似ているなとちょっぴり思ったカリスティオン。


(一生口にはできないがな)


カリスティオンが妙な誓いをしている間にも、ノアルドの追撃は続いていた。


「可愛い甥に僕も早く会いたいです。あ、でも、姪も捨てがたいかも」

「そんな、気が早い……」

「だって、兄上とは敵対させられていたから、僕、家族や兄弟に憧れているのです。兄上だって十歳の頃に離宮に追いやられてしまって……お独りでさぞ寂しかっただろうと思います」


己の不甲斐なさを指摘され、カリスティオンは目を伏せた。


「愛し愛される結婚、温かい家族に、兄上も憧れておられたはずです。義姉上、兄上は自ら望んで王太子になったわけではありません。王太子にならなければ、僕の母や祖父に殺されていたから、生き残るために王太子になったのです」


ノアルドの言葉にセラフィナはハッと息を飲んだ。


「兄上は責任感があります。義姉上を愛していても、愛だけではどうしようもないことをご自身が一番ご存知です。無理なら義姉上を妃など絶対に申しません。その場合、仮に義姉上のほうから思いを告げたとしても受け入れることはなかった……いえ、兄上は優しい方ですから、義姉上の将来の幸せを願い、自分を早く忘れてもらうために酷い言葉で拒絶したでしょう」


心当たりがあったのか、セラフィナはハッと息を飲んだ。



(……やるな)


セラフィナが神の愛し子だと知る前、セラフィナの告白を酷い言葉で拒絶したことをルカヴィス本人からノアルドたちは聞いていた。だからセラフィナがルカヴィスとの間に「お試し期間を設けたい」と言った背景には、もちろんルカヴィスの妃になって未来の王妃になる重圧があるのだが、このときのルカヴィスの不誠実な態度が全く関係していないとは言い切れないと思われていた。


この「不義理な遊び人」がただの役で、事実無根ならよかった。しかしセラフィナへの想いを自覚する前とはいえ、実際にルカヴィスが城下町では遊び人だった。相手の女性がその関係に了承していたとはいえ、女性と仲良く連れ立って歩く姿をセラフィナは何度も見ていたし、友人であるセラフィナに対してルカヴィスも特に隠すようなことをしなかった。


だから、ルカヴィスのセフレ宣言には真実味があり過ぎて、その誤解はいまもまだ解けていない。



この誤解が長引いているのはセラフィナが神の愛し子だから。


セラフィナが思ったことが現実になるため、セラフィナが「ルカヴィスなんて信じられない」と思うたびにトラブルが発生している。まるで神々が「信じなくてもいいんだよ」と唆すように、「ルカの子どもを身ごもった」と偽る平民の女性が現れたり、寝込みを襲うためルカヴィスの寝室で全裸で待機していた侍女が近衛騎士たちに連れ出されるところをセラフィナが偶然目撃したり。


そのたびに「神様たち!」と文句を言いたいのに言えず、頭を抱えたルカヴィスが考えた策がこれ。



「義姉上、兄上は不器用なほど誠実です。兄上を信じてください」


ノアルドがセラフィナの手を優しく握る。セラフィナはしばし考えたのち、納得したように頷いた。セラフィナがノアルドを可愛がっていることを逆手にとって、ノアルド経由で例のセフレ宣言は「いたしかたがない事情があるゆえの嘘だった」と説明することにしたのだ。


情けないやら、あくどいやら。


(必死だな……痛っ!)


手段を選ばない長男にカリスティオンは同情しつつも呆れていると、カリスティオンの脛に衝撃が走った。ノアルドに脛を蹴られたからで、カリスティオンがノアルドを見ると『ラストを決めろ』とその目が言っていた。


(息子の成長は悲しくもあるのだな……)


「セラフィナ、私の力不足で息子たちには苦労をかけてしまった。その甲斐あってと言うのも情けないが、ルカヴィスもノアルドもとても優秀に育った。ルカヴィスには実力で政策を推し進めていく力があるし、実際にその力を使ってこの国はいま良い方向に動いている」


これについては、半分は嘘。確かにルカヴィスは優秀だが、治世を脅かす最大要因となる気候や災害など神の領域において『なにもない』はセラフィナのおかげである。


 ◇


神の愛し子の存在は国を豊かにすると文献にある通り、この国の二十年の気候は穏やかであるし、災害なども大きなものは発生していない。


理由が分かれば今後も安寧とした環境が得られると保証が得られ、だからルカヴィスは思い切った政策をとれている。これだけでも国は良い方向に向かっているが、セラフィナの力は他にも影響がある。


災害が発生しないのはマイナスがないだけ。


国を豊かにするのは気候を安定させるだけでは足りず、「どうやって国を豊かにするか」は愛し子次第なのだとこの国の者たちは実感している。なにしろいまこの国のお役人たちは全員真面目に働いている。全員が、真面目。普通ならあり得ない状況である。


その原因は、セラフィナのモットーが「働かざる者食うべからず」だからだ。


ルカヴィスによれば、このモットーは人格を形成する幼少期をセラフィナが孤児院で過ごしたからではないかという。ある程度成長すると、孤児院のシステム上は衣食住を得るのに子どもたちも労働する必要があるから。



いまのゼフィリオン国内では「働いた者はその分の利益を得られる」ようになっている。


これまでもそうだったが、「働いた分」は可視化が難しく正しく評価されないことも多かった。人目のないところで上手く怠けたり、誰かの手柄を奪って評価を得ている者も多くいた。これまでは人間が査定していたから罷り通ったやり方だが、いまこの国で働く人々の査定しているのは神々であり、神々は隅々までよく見ている。神々の人間に対する評価はイチゼロで「働いている」か「働いていない」の二択のみ。働けるのに働かないことについて容赦ない。


働いている者には契約通りの金額が入る。働くことは当たり前なので褒美としてのプラスはないが、上司に押しつけられた仕事をしたりすれば「お礼」としてその上司が食事をおごったりしてプラスとマイナスはきちんと均される。


働いていない者はゼロ。誰かを代わりに働かせた場合はマイナス。さきほどの「お礼」で奢る例もあれば、突然ボランティア精神に目覚めて多額の寄付をしたりしたくなる人も大量生産された(寄付という形で国に還元される)。


「寄付なんて弱者を甘やかす愚策」と嘲笑していたはずの某貴族が、家を傾けかねないほどの金額を寄付する姿に人々は驚き、その貴族が間に幾人も挟んでこっそりと上手に国庫を横領していると発覚すると「神様はしっかり見ている」を実感してゾッとした。


この現象についてルカヴィスは「真面目に働けばいいだけ」と言い切り「かえって仕事がやりやすくなった」と大喜び。神々にジッと見られているなど普通なら落ち着かないと思うのに、自分が知らなかった息子の一面(大らかさ)にカリスティオンは感心していた。


 ◇


「ルカヴィスは実力で政策を推し進めていく力がある、よい王になるだろう。そして、よい王だからこそ早急に後継ぎを求められている。貴族の事情はさておき、それが国民の願いでもあることは新聞でも騒がられたからセラフィナも知っておるだろう?」


セラフィナが首を縦に振る。


「言い方は悪いが、いまこの国はルカヴィス頼りだ。だからこそルカヴィスは多くのことに主導権をもち、その力を使ってあいつはそなたと愛し愛される結婚をしようとしている、それはそなたの夢であると同時に、あやつの夢でもあるからだ」


セラフィナの目から涙が零れると、ノアルドはハンカチを差し出した。礼を言って受け取ったそれで涙をぬぐいながら、セラフィナは何度も頷く。


「私、覚悟を決めました。平民なのにと皆様に驚いていただける妃を目指します。頑張れます、愛し愛される結婚は私の幼い頃からの夢ですもの。そして、ルカヴィス殿下もそれを望んでくださるならば、私の全力をもって殿下を幸せにいたします」


ルカヴィスに対して父親である自分がしてやれなかったことの穴を埋め、今後はそこに幸せの山を築きそうなセラフィナをカリスティオンは頼もしく思った。



「そして……///」


(ん?)


「子どもは、授かりものですが、四人くらいは頑張って産みたいなあと思いますので……末永く見守ってくださいませ///」


照れ臭そうに王国の安泰も約束され、肩の力が抜けたカリスティオンは何十年かぶりに素の笑みを浮かべた。

次回は 8月9日12時 に更新します。


エブリスタで先行公開しています(https://estar.jp/novels/26401692)。

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