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エピローグ:白亜館の光

医学の進化と広がり

陽光が白亜館の白い壁を照らす穏やかな午後。ダニエルは書斎で、「医学ノート改訂版」の最終ページに向き合っていた。

初版から5年。当初の3部構成は、今や7部へと拡張されていた。


解剖・生理 - 人体の基本構造と機能

病理と診断 - 疾患の分類と見分け方

衛生と環境 - 感染症予防と公衆衛生

薬草療法 - 各種薬草の効能と使用法

外科処置 - 外傷の手当てと手術法

心の医学 - 精神疾患の理解と治療

特殊医学 - 魔法と医学の統合、種族別医療


各地の治療師たちからの報告や発見が随時書き加えられ、この世界独自の医学体系が徐々に形成されていった。

社会の変化

地方からの来客が待合室で順番を待つ中、ダニエルはエルネとともに窓から城下町を見渡す。

かつては疫病が蔓延していた港町は、今や清潔な上下水道が整備され、定期的な衛生指導が行われるようになっていた。母子死亡率は劇的に低下し、平均寿命は伸び始めていた。


「手を洗うという簡単なことが、これほど多くの命を救うとは」エルネはつぶやく。

この5年間で、王国内に50以上の小規模な「白亜館」が誕生し、ダニエルの教えを受けた治療師たちが各地で活動していた。医学ノートの写本は王立図書館の最も貴重な蔵書の一つとなり、近隣諸国からも研究者が訪れるようになっていた。


人々の物語

エルネは今や白亜館の副館長として、若い治療師たちの教育を担当している。かつての強迫性障害は、今では「細部への鋭い観察力」として彼女の強みとなっていた。

ドラゴンは定期的に白亜館を訪れ、若い魔法使いたちに「魔力の均衡」について教えている。完璧主義は和らぎ、むしろ「卓越性と自己受容のバランス」を説く賢者となっていた。


ドワーフの鍛冶師は、白亜館専用の精密医療器具の開発に情熱を注ぎ、「作りものの身体」という感覚は今や「創造者としての誇り」へと昇華されていた。

かつてのPTSD兵士アルン・ストーンシールドの遺志は、軍の中で「戦士の心の健康」を専門とする部署を立ち上げさせ、そこでは、戦場から帰還した兵士たちのケアがなされていた。

王女は公の場で「私も心の傷と向き合った」と語り、それが宮廷内外での精神疾患への偏見を減らすきっかけとなっていた。


最後の来訪者

夕暮れ時、その日の最後の来訪者が白亜館を訪れる。十代の少年で、彼の村からは数日の旅程だった。

「私も医師になりたいのです」少年は緊張した面持ちで言う。彼の村では、白亜館から届いた医学ノートの写本を読み、独学で勉強してきたという。

ダニエルは少年に問いかける。「なぜ医師になりたいのかな?」

少年は少し考え、こう答えた。「苦しんでいる人を見ると、何かできることはないかと思うのです。それに...体の病も心の病も、どちらも同じように大切だと知りました」

ダニエルは微笑み、エマに目配せをする。「新しい見習いを迎える準備はできているかな?」


終わりと始まり

書斎に戻ったダニエルは、医学ノートの最終ページに向かい合う。そこには余白が残されていた。


ペンを取り、ダニエルはこう記す:

「この医学ノートは、決して完成することはない。なぜなら医学とは、常に学び、常に成長し続けるものだからだ。私が知らなかったことを、次の世代が発見するだろう。彼らがまだ見ぬ謎を、その次の世代が解き明かすだろう。

大切なのは、一人の患者の前に立つとき、その人の苦しみに真摯に向き合うことだ。体の痛みも、心の痛みも、同じ重さで受け止めること。

私が異世界で学んだ最も大切なことは、医学とは単なる技術ではなく、人と人との絆の中に宿るということ。薬が足りなくても、機器がなくても、その絆があれば、癒しの道は必ず開かれる。

この世界の人々が教えてくれたのは、結局のところ、「病を治す」のではなく、「人を癒す」ということなのだ。」


ペンを置き、ダニエルは窓から見える白亜館の庭を眺める。そこでは、エルネが新しい見習いの少年に最初の説明をしている様子が見える。

異世界への召喚から始まった旅は、今や新たな世代へと受け継がれていくところだった。

ダニエルは静かに微笑む。この世界に戻る方法を探すことはもう長らくしていなかった。ここに、新たな使命と家族を見つけたからだ。

窓から差し込む夕日が、医学ノートの最終ページを優しく照らしている。

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