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癒しの代償

寒さの緩んだ春の朝、白亜館の庭では早咲きのクロッカスが紫と黄色の小さな星のように草地を彩っていた。木々の枝先にはほのかな緑の息吹が宿り、冬の終わりを告げている。朝露に濡れた石畳を、一人の年配の男性が重い足取りで歩んでいた。白亜館の白い壁は朝日を反射し、訪問者の顔に細かな陰影を作り出していた。


広い肩と風雨に鍛えられた顔には、長い年月の重みが刻まれていた。茶色の革のジャケットは所々磨り減り、幾度もの修繕の跡が見える。手には木で編まれた質素な帽子を持ち、指で縁を無意識に撫でていた。彼の名はガレット・ストーンシールド、数ヶ月前に白亜館でPTSD治療を受けたアルン・ストーンシールド元中隊長の父親だった。


「ガレットさん、どうぞお入りください」エマが男性を診察室へと案内した。廊下に差し込む朝の光は、壁に掛けられた白亜館の薬草図鑑と解剖図の上を静かに移動していく。「シェパード先生がすぐにまいります」

ガレットは緊張した様子で、硬いオーク材の椅子に腰掛けた。彼の指は帽子の縁を弄り続け、長く太い指に深い労働の痕が見えた。


ダニエルが入室すると、部屋の空気が引き締まったように感じられた。窓から差し込む光が医師の白い上着を照らし、穏やかな権威を彼に与えていた。ガレットはゆっくりと立ち上がった。その眼差しには悲しみと、山の雪解け水のような澄んだ、しかし言い知れぬ重みが宿っていた。


「お会いできて光栄です、ストーンシールドさん」ダニエルが挨拶すると、男性はわずかに頭を下げた。部屋の隅に置かれた水差しでは、朝の光に照らされた水面が小さく揺れていた。


「同じく、シェパード医師。息子のアルンがお世話になりました」ガレットの声は樽熟成のウイスキーのように低く、しかし耳に心地よい響きがあった。その声には、長年の風雪に耐えた木のような芯の強さがあった。


二人が向かい合って座ると、静寂だけが部屋に満ちた。窓の外では、一羽の小鳥が枝に止まり、さえずりを奏でていた。その明るい調べが、室内の重い空気と対照的だった。ガレットは言葉を探すように視線を彷徨わせ、窓からの光に照らされた床のパターンを追っているようだった。やがて彼はゆっくりと口を開いた。


「ドクター、私は知らせがあってここに来ました」彼の声は低く、しかし確かだった。壁の古時計の秒針が刻むリズムだけが、その言葉の余韻に寄り添っていた。「息子は再出征して、名誉の戦死を遂げました」


ダニエルの心臓が痛むほど強く鼓動した。冷たい感覚が彼の背筋を駆け上がった。アルンは戦場に戻ったのか。彼は最後に会った時、アルンが後方部隊でPTSD兵士のカウンセリングを担当する役職に就いたと聞いていた。

「それは...」言葉が喉につまる。ダニエルの指先が、机の端を強く掴んだ。木の冷たさが彼を現実に引き戻した。「詳しく教えていただけますか?」


「西部国境での奇襲攻撃でした」ガレットは窓の外を見ながら語り始めた。窓の向こうでは、庭の桜の木が最初の蕾を膨らませ始めていた。生命が芽吹く季節に、死の話をするという皮肉。「敵が防衛線を突破し、医療キャンプが危険にさらされた時、息子は自ら武器を取り、前線に志願したそうです」


花瓶に活けられたばかりの春の枝が、窓から差し込む光に影を落としていた。その影が、揺れる度に部屋の壁を微かに揺らめかせる。ダニエルの顔にも、その揺らめきが映っていた。彼は医師として培った平静な表情を取り戻し、声に感情を滲ませぬよう努めながら尋ねた。


「息子さんはどのような状態で亡くなられたのでしょうか」


ガレットの風化した岩のような顔に、一筋の涙の跡が刻まれた。「仲間たちの証言によれば、彼は負傷した戦友たちを守るために立ち向かい、多くの命を救ったと」彼の指が無意識に膝の上の帽子を握りしめた。帽子の縁が彼の強い指の下でわずかに歪んだ。「息子を...誇りに思わなければならない。思わなければならない」


部屋の隅に置かれた時計の秒針が、冷淡な正確さで時を刻み続けていた。静寂の中でそのカチカチという音が、妙に鮮明に聞こえる。ガレットが言葉を繰り返す様子に、ダニエルはその心の葛藤を見た。そこには誇りだけでなく、深い悲しみと複雑な感情が渦巻いていた。彼の目の奥に、言葉では表現できない喪失の淵が広がっていた。


「私はあなたに感謝しなければならない」ガレットは続けた。彼の手に持った帽子は、長年の使用で縁が擦り切れていた。それは彼の人生そのものを象徴しているかのようだった。日に焼けた手の上で、帽子はもはや形を保てないほど握りしめられていた。「治療を受けなかったなら、息子は腰抜けとして惨めな一生を送り続けたかもしれない。それを考えれば...」


彼は言葉を切り、深いため息をついた。窓から差し込む光が、顔の刻まれた溝を際立たせていた。その溝の一つ一つが、彼の人生の物語を語っているかのようだった。


「だがどうにも自分では割り切れない」


部屋に置かれた本棚の上には、『白亜館診療録』の初版写本が美しく製本され、整然と並んでいた。それは知識と癒しを象徴するものだったが、今このとき、その存在が奇妙に皮肉に感じられた。癒しが時に新たな痛みを生み出すという真実を前に。


「あなたに恨みごとを言いに来たのではないが、私は自分の気持ちにどう折り合いをつければいいのだろうか」


ガレットの言葉は、春の冷たい雨のように澄んでおり、そしてそれと同じく容赦なく現実を突きつけていた。

ダニエルの胸に重い鉛のような感覚が広がった。白い上着のポケットに入れていた聴診器が、突如として冷たく重く感じられた。彼の治療が結果的にアルンを戦場に戻し、死へと導いたのではないか—その思いが彼の中で渦巻いていた。診察室の壁に掛けられた医学の図版が、彼を冷たく見つめているかのようだった。それらの精密な図は、体の仕組みを完璧に描写していたが、人間の心の複雑さを捉えることはできない。


「すみません」ダニエルは、医師としての冷静さを保とうと努めながら言った。「私はアルンさんが後方での任務に就いたと聞いていました」


「最初はそうだったようです」ガレットは説明した。「彼は多くの兵士の心のケアをしていました。そして、それが彼を救ったのだと思います。しかし、危機的状況の中で、彼は自らの判断で前線に出たのです」


沈黙が部屋を満たした。ダニエルの中で、医師としての使命と人間としての感情が衝突していた。彼は患者を癒すことが、こんな形で終わることを想像したことがなかった。


やや間を置いて、ダニエルは専門家としての冷静さを取り戻そうと努め、穏やかな口調で尋ねた。


「ガレットさん、あなた自身はいかがですか?夜は眠れていますか?」


その質問は父親の顔に一瞬の驚きをもたらした。


「ひとまず眠れています」彼はゆっくりと答えた。「ただ、息子の夢を見ることがあります。彼が小さかった頃の...そして時には、戦場での姿を」


ダニエルはうなずいた。これは喪失と悲嘆の自然な過程だった。しかし、PTSDの兆候を示しているか注意深く観察する必要があった。


「喪失は人それぞれの形で現れます」ダニエルは静かに言った。「もし具合が悪くなったら、いつでも来てください。お話はいくらでも聞きます」


ガレットは感謝の意を示してうなずいた。「あなたを責めているわけではありません、ドクター。むしろ、息子が最後の日々を尊厳を持って過ごせたことに感謝しています。ただ...」


彼は言葉に詰まり、大きな手で顔を覆った。


「息子を取り戻して、再び失うということがこれほど辛いとは思いませんでした」


ダニエルは黙って彼の肩に手を置いた。言葉では癒せない痛みがあることを、彼は医師として、そして一人の人間として理解していた。


---


ガレットが去った後、ダニエルは窓辺に立ち、春の庭を見つめていた。花々が芽吹き始める庭は、新しい命の約束でいっぱいだった。クロッカスと早咲きのチューリップが風に微かに揺れ、枝には新芽が膨らみ始めている。生命の循環はむごいほどに無情に続いていく。その美しさとは対照的に、ダニエルの心は重く沈んでいた。


窓ガラスに映る自分の顔に、彼は見覚えのない疲労の色を見た。診療台の上に置かれた医療器具—グロルドのドワーフたちが製作した精巧な縫合針と小さな鋏—が午後の光を鋭く反射していた。それらは完璧に機能する道具だったが、今日は彼を救えなかった。


「先生」エマが静かに部屋に入ってきた。彼女は以前のメイドからは想像できないほど落ち着いた医療者の佇まいを身につけていた。手には新しく摘んだハーブの束を持ち、その緑の鮮やかさが部屋の重たい空気と対照的だった。「大丈夫ですか?」


「アルン・ストーンシールドが死んだ」ダニエルの声は平坦だった。乾いた砂漠の大地のように感情が抜け落ちていた。「私たちが治療した彼が、再び戦場に戻って...」


エマの顔から血の気が引いた。彼女の手にあったハーブの束が床に落ち、タイムとミントの香りが部屋に広がった。「でも、彼は後方支援の任務に就いたはずでは...」


「緊急事態だったようだ。彼は義務感から前線に志願したらしい」


「それは...」エマは言葉を失った。彼女の視線は、床に落ちたハーブの上で停止したままだった。誰も拾おうとしない。断片となった希望のように、床に散らばったままの緑の葉。


「我々は彼を治療した」ダニエルの声には苦悩が滲んでいた。「彼のPTSDを治療して、彼が再び危険に飛び込めるようにした。死なせるために治療したのではない...」


「先生!」エマは彼の腕をつかんだ。「それはアルンさん自身の選択です。私たちは彼に選択肢を与えただけです」


「しかし、結果として...」


「結果として、彼は自分の意志で行動できるようになりました」エマは力強く言った。「彼は仲間を見捨てることができなかったのです。それは彼の勇気であり、選択です」


ダニエルは窓の外を見つめたまま、言葉を発しなかった。


「エルネを呼んできます」エマは決意を示した。「三人で話し合いましょう」


---


エルネが加わり、三人は白亜館の小さな中庭に集まった。春の陽光が彼らを優しく包み込んでいた。木漏れ日が三人の顔に斑模様を描き、石のベンチは冷たく、しかし日に温められつつあった。古い石壁に囲まれた中庭には、エマが丹精込めて育てている薬草園があり、苦い香りのヨモギと鮮やかな赤のローズマリーの花が風に揺れていた。


「医師としての責任とは何か」ダニエルは静かに問いかけた。彼の声は中庭の静寂を破ることなく、むしろそれに溶け込むかのようだった。石の手すりに置かれた彼の手には、アルンの治療記録が握られていた。紙は既に端が擦り切れ、何度も読み返された痕跡があった。「我々は患者を癒すが、その後の人生については責任を持てない。しかし、もし我々の治療が結果として...」


「先生」エルネが穏やかに遮った。彼女の声には、かつての完璧主義との長い闘いを経て獲得した静かな自信があった。春風が彼女の青いローブを揺らし、彼女の指先には治癒魔法を幾度となく使った痕跡が微かな光として残っていた。「私の強迫観念を治療してくださったとき、先生は私に『完璧に物事をコントロールすることは不可能だ』と教えてくれましたね」


ダニエルは彼女の言葉に少し驚いた表情を浮かべた。春の陽射しが彼の白髪に反射し、一瞬、まるで冠のような輝きを作り出した。中庭の奥では、白亜館の新しい翼の建設作業が進んでいる。大工たちの槌の音が遠くから聞こえ、その音は新しい始まりと、それにもかかわらず変わることのない生と死の真実を思い起こさせた。


「アルンさんも同じです」エルネは続けた。彼女の手が石のベンチの上で、かつてダニエルが彼女の不安を鎮めるために握ったのと同じように、小さな円を描いていた。「私たちは彼を癒し、彼自身の選択を取り戻す手助けをしました。その選択が時に痛ましい結果を招くとしても、それは人生の一部なのではないでしょうか」


「私も同感です」エマが加わった。彼女の手には、先ほど落としたハーブの束が再び集められていた。その香りは、今や彼女の表情と同様に、より目的を持ったものに変わっていた。彼女はかつてメイドだった頃の従順さを捨て、今や確固たる医療者としての視線をダニエルに向けていた。「アルンさんが最後に選んだ道は、彼が本当に大切にしていたものを示しています。彼は恐怖に支配されず、自分の価値観に従って行動できるようになったのです」


ダニエルは二人の言葉に耳を傾けながら、複雑な感情と向き合っていた。彼女たちの言うことは理解できる。しかし、それでも心の奥底には重い感情が残っていた。


「治癒とは何なのか」彼はつぶやいた。「我々は人を癒すことで、時に彼らを危険な道に送り出すことになるのかもしれない」


「でも、それは人が本来持っている自由と選択の尊厳を取り戻すということでもあります」エルネは静かに言った。


三人は沈黙の中で、それぞれの思いを抱いていた。やがてダニエルは深いため息をついた。


「明日、ガレットさんの家を訪ねよう。彼にもサポートが必要だ」


エマとエルネはうなずいた。悲しみの中にも、彼らの仕事は続いていく。人を癒し、支え、時には一緒に悲しむこと—それもまた医療の一部なのだから。


---


その夜、ダニエルは医学ノートに新たな章を書き始めた。書斎には一本のろうそくが灯り、その炎が彼の顔を黄金色に染めていた。窓からは月光が差し込み、二つの光源が彼の影を壁に二重に投影していた。古い羊皮紙の上をペンが滑る音だけが静寂を破っていた。


羽ペンを持つ彼の手は、かつてないほど重く感じられた。インクは漆黒で、月明かりに濡れたように輝いていた。医学ノートの最新ページは、他のページとは違う重みを帯びているように思えた。


「治療と責任 - アルン・ストーンシールドの遺産」


文字が紙に吸い込まれていく。その跡は永久に残る。ちょうどアルンの記憶が永久に残るように。


「医師は患者を癒すことを使命とする」—ペンが一瞬止まる。インクの一滴が紙の上で小さな池を作った。「しかし、癒された患者がその後どのような選択をするかは、医師の管理を超えた領域である。この事実は、時に重い倫理的問いを投げかける。」


書斎の壁には、これまでの治療記録が整然と棚に並べられていた。アルンのファイルだけでなく、マグヌス・ドラゴン、ドワーフのグロルド、エレノア王太女、そして多くの名もなき患者たちの記録。それぞれの物語、それぞれの傷と回復。しかし、アルンの物語だけが、途中で途切れていた。


「アルン・ストーンシールドは、PTSDから回復した後、再び危険な状況に身を置き、命を落とした。彼は恐怖ではなく勇気から行動し、多くの命を救った。彼の死は痛ましいが、それは彼自身の価値観と選択の結果であった。」


書く手が微かに震えた。ろうそくの炎も同時に揺れ、壁の影が踊った。庭からは夜の小鳥の最後の鳴き声が聞こえていた。春の夜は、まだ冷たかった。


「医師として我々は、患者の自己決定権を尊重しなければならない。治療の目的は、患者を特定の行動に導くことではなく、彼らが自分自身の価値観に従って行動する自由を取り戻すことを助けることである。」


本棚の上には、医学ノート初版の装丁された写本が置かれていた。王国中に広まりつつあるその知識が、どれほどの命を救い、そしてどれほどの運命を変えているのか。すべての結果を知ることは決してできない。


「しかし同時に、我々はこの重い責任の感情を抱え続けるだろう。それが医師である宿命かもしれない。」


ペンを置く音が、静かな部屋に響いた。インクの上に細かな砂を撒き、乾かす。


---


ダニエルは窓からの月明かりに照らされた庭を見つめた。満月の光は、薬草園の露を銀色に輝かせ、石畳の小道に青白い帯を描いていた。遠くの村から、鐘楼の時を告げる音が風に乗って運ばれてきた。十二の鐘の音は、過ぎ去った一日の終わりと、来たるべき新しい日の始まりを告げていた。

明日もまた、新たな患者が白亜館を訪れるだろう。彼らは様々な苦しみを抱え、様々な希望を持ってやってくる。そして彼は、アルンの死から学んだこの複雑な感情を胸に秘めながらも、できる限りの癒しを提供し続けるのだ。


月光の中で、白亜館の白い壁は幽霊のように浮かび上がっていた。それは生と死の境界に立つ建物のようにも見えた。癒しの場所でありながら、時に予期せぬ結末へと続く道の出発点でもある。

ダニエルは静かに窓を閉め、ろうそくの灯りを消した。暗闇の中で、彼の心には新たな覚悟が生まれていた。


翌朝、約束通りダニエル、エマ、エルネの三人はガレットの家を訪ねた。ストーンシールド家は城下町から少し離れた丘の上にあり、小さいながらも手入れの行き届いた農地を持っていた。春の日差しが、畑に植えられたばかりの若い作物を優しく照らしていた。


家の周りには、かつて戦場で使われたであろう道具が、今は農具として再利用されていた。剣の刃から作られた鍬、盾から作られた水桶の蓋。戦いの記憶を、生きるための道具へと変容させる知恵があった。

ガレットは彼らを玄関で迎えた。彼の目には疲労の色が濃く、夜通し眠れなかったことが窺えた。しかし、その表情には昨日のような鋭い痛みではなく、静かな受容の色が浮かんでいた。


「来てくださったのですね」彼は三人を見て、微かに微笑んだ。その笑顔には皺が深く刻まれ、まるで乾いた大地に雨が降った後のようだった。「どうぞお入りください」

質素ながらも温かみのある居間には、アルンの肖像画が壁に掛けられていた。最近描かれた肖像画で、白亜館での治療後の彼の姿を捉えていた。彼の目には穏やかさと強さが宿り、かつての苦悩の影は見られなかった。

「妻が描いたものです」ガレットは絵を見上げながら言った。「彼が戻ってから、元気になった姿を残しておきたいと...」


テーブルの上には、様々な村人からの弔問の品々が置かれていた。花束、手紙、小さな彫り物。アルンが多くの人に愛されていたことが伝わってくる光景だった。

「ここ一日で、多くのことを考えました」ガレットはゆっくりと椅子に腰掛けた。春の朝の光が窓から差し込み、彼の銀髪を輝かせていた。「息子の死を受け入れることは難しい。しかし、彼が最後の数ヶ月を尊厳を持って生きられたことに感謝しています」


ダニエルはガレットの言葉に聞き入りながら、部屋の隅に置かれた小さな棚に気がついた。そこには、戦場から持ち帰られたアルンの個人的な品々が大切に並べられていた。剣、制服のバッジ、そして意外なものとして、一冊の手帳。


「あれは...」ダニエルの視線に気づき、ガレットは説明した。「息子が白亜館で治療を受けた後、書き始めたものです。PTSDに苦しむ戦友たちへの助言や、自分自身への励ましの言葉が記されています」

ダニエルの胸に温かいものが広がった。アルンは自分の経験を活かし、他者を助けようとしていたのだ。

「彼はあなたから多くを学びました、ドクター」ガレットは続けた。「単に傷を癒すだけでなく、心の痛みにも向き合う勇気を」


エマは静かに立ち上がり、窓辺に置かれた水差しから、全員のカップに水を注いだ。透明な水が朝の光を受けて輝き、室内に小さな虹を作り出した。

「私たちが、何かお手伝いできることはありますか?」エルネが優しく尋ねた。


ガレットは深く考え込むようにしばらく黙っていた。風が窓を通り抜け、部屋に新鮮な空気を運んできた。遠くからは、村の子供たちの笑い声が聞こえてきた。生活は、どんな悲しみの中でも続いていく。

「実は...」彼はようやく口を開いた。「息子の同僚たちが訪ねてくると言っています。戦場から戻った兵士たちです。彼らの多くは、アルンと同じような症状を抱えているようです」

「PTSDですね」ダニエルは静かに確認した。


「彼らが白亜館を訪れることは可能でしょうか?」ガレットの目に、かすかな希望の光が宿った。「息子の死が無駄にならないよう、彼の仲間たちを助けてあげてほしいのです」


ダニエルはエマとエルネに目配せをした。彼らの表情には既に答えが現れていた。

「もちろんです」ダニエルはガレットの手を取った。「彼らをいつでも白亜館へお連れください。アルンの意志を引き継ぎ、できる限りの助けを提供します」


ガレットの目に涙が浮かんだ。それは悲しみだけの涙ではなく、わずかな希望と感謝の涙でもあった。

「息子は...正しい選択をしたのだと思います」彼はついに言葉にした。「白亜館を訪れたことも、最後に仲間を守る選択をしたことも。彼は恐怖に支配されずに生き、そして死んでいったのです」


部屋に満ちる朝の光の中で、彼らは静かに語り合った。悲しみを分かち合い、記憶を紡ぎ、そして少しずつ、未来へと目を向けていった。

窓の外では、春風が庭の花々を揺らし、新しい季節の訪れを告げていた。冬の厳しさを経て、大地は再び命を育み始める。それはどんな喪失の後にも、新たな始まりがあることを静かに教えているようだった。

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