8話 顔が緩むのをどうにも抑え切れない
そう、風妖精シルフが……いや、まあ、スプライトなんだけどね。
『飛べるよ』
えっと、念話って、どんな感じだっけ? 久々で忘れかけとるがな。あ、こんなだったか。
『そりゃ、おまえは飛べるだろうけどよぅ。俺は人間なんだぞ、飛べないの。それともなにか? 風妖精と契約すると、空も飛べるようになったりするんか?』
『ふん、それくらいで飛べるわけないじゃない。でも、ぶっ飛ばすことはできるよ』
おいおい、こいつ、俺をぶっ飛ばす気だったの?
『あいかわらず、念話、下手ね』
あぁ、やっぱ妖精さん相手だと、こころ読まれちゃうのね。
『そんなことより、飛べるよ。たぶんいけるはず』
あのなぁ。たぶんでやって、飛行に失敗したら、死んじゃうからね……いや、大丈夫か。今の俺なら。
よしっ! どうだ? 今度は念話にならずに隠せたか。あれっ!? どっち? スプライトさん。
スプライトは、といえば、なにも言わず、いつの間にか海上へ飛んでいってしまっていた。
しかし、風妖精だけあって、さすがに飛ぶの、速いなぁ。
どうやら、精霊さんのところへ向かったようだ。でも、なぜか一番近くのじゃなく、ちょっと離れた精霊の方へ。
あっ、戻ってくる。
瞬く間に戻ってきたスプライトの傍らには、同じように宙に浮かぶ、輝く緑色の精霊がいた。
あ、そっか、風の精霊さんということね。
『ありがとな、スプライト。わざわざ連れてきてくれて』
『う〜ん、最初はそんなつもりじゃなかったんだけどね。なんか付いてきそうだったから、ダメ元でやってみたら連れてこれちゃった。なんでだろね? 前に見かけたときには、まるで無反応だったのに』
そういや、【妖精の森】では、精霊はそんな感じだという妖精からの報告もあったもんな。
なのに、なぜか俺にだけは反応してくる。
今までも知らぬ間に自然と契約できちゃってたわけだし……って、あれっ!?
おおぅ! 緑の輪っかが……風の守護結界がプラスされていく。あはは、水の守護結界と合わさって、更に爽やかさが増した。
あれ!? もしかして、俺が思ってた以上にこの辺って、気温高かったか? 意外と蒸し暑かったのかも。
精霊さま、ありがたや、ありがたや。
『もぉうっ! そろそろ、いい?』
『ん?! なんの話だっけ?』
『飛びたいんでしょ?』
『ああ、そうだった、そうだった』
でもな。もう一応、用は足りちゃったんだよね。風の精霊さんと契約できちゃったわけだし。まあ、飛べれば、確かに便利ではあるんだろうけど。
『だったら、あたしと契約して!』
『えっ!? なんで? でも、おまえって、レイノーヤさんの契約妖精なんだろ?』
『あはは、あれは切れちゃった。だから大丈夫』
いやいやいや、それって、全然大丈夫じゃないから!
例のあれだろ? 他者の魔法契約を断ち切るほどの、俺の強烈な魅力、的な?
『ばかね』
いやいや、冗談はさておき、他人に迷惑かけるのは、よろしくないなぁ。
まじでレイノーヤさん、怒ってないかな?
『いやなの? あたしとの契約』
『いや、そういうわけじゃないけどさ……』
『あたしには遊びで近づいてきたの?』
『おまえ、またそんな、誤解を生むようなこと言いやがって』
『ふふふ……』
その目、怖いから。また俺を社会的に追い込もうと考えてんだろ!? わかってんだからな。
う〜ん……ここは降参するしかないかぁ。里に戻る機会があったら、レイノーヤさんに謝っとこ。
それに妖精なら、連れにしたところで平気か。俺より先に死ぬってこともないだろうし……なら、いいか?
『じゃあ、お願いしようかな。んで、どうすればいいんだ?』
『ほんと!? それじゃあ〜ね……って、あれ!? もう契約できてるっ! なんで? あたしにナニしたの!?』
いや、知らんよ、そんなこと。
随分と混乱しているみたいだけど、俺は何もしてないからね。ナニしたわけでも。
『普通じゃない! ほんとに何したの? あたしに』
『ふっふっふぅ、それはっ! ……いやほんと、なんでだろうね?』
『でも、まっ、いいや』
『おいおい、いいんかよ?』
まあ、軽い乗りなのは助かるけど
『だって、そもそも契約しようとしてたわけだもん。魔法契約の手間が省けたって感じ?』
『いや、俺的にはその魔法契約がどんな感じだか、一度は見てみたかったんだけど』
『嫌よ! いったん切って、繋ぎ直すのって、すっごく痛いって話だもの。それに……』
『えっ!? そうなの?』
俺も痛いのは、やだな。なんか他にも言いにくい理由があるみたいだし……。
『じゃあ、いいよね。早速、空を飛んでみよっか!』
おいおい、気が早いねえちゃんだな。
『さあ、早くぅ!』
『いや、そういうのはいいんで』
『早くなさいっ!』
『はいはい』
『それじゃ、身体の周りに大気の層をまとうようにイメージして』
ん〜とっ! こうか?
『うん、できてる、できてる……そこからイメージを鳥に生えてる翼に変えて! ……うん、いいよ、いいよ……そしたら目いっぱい、羽ばたけ。それっ!!』
「って、おぉぉ、おっほぉぉぅぅーーーーーーーっ!」
やっべぇーっ! かっけぇーっ、たっけえーっ!! ははは、語彙力が一瞬で持ってかれたあぁぁぁ。
瞬く間に遙か上空まで舞い上がった。まるで迎撃ミサイルで打ち出されたみたい。
ぐっ、凄まじい空気抵抗……顔が、歪む。
そう思った次の瞬間、ちょっと弛んだ。それまでも顔の前にあった薄い空気の幕が、前からやってくる風を押し返していた。
どうやら風の守護結界が強度を増してくれたようだ。
「あー、ぁ〜、ぁあ、あー」
あはは、それでもまだ、口の中に気持ちよく、風が入ってくる。声が変わって、おもしれぇーっ。
おっと! そんな場合じゃなかった。スプライトを置き去りに……しては、なかったか。
『ふっ、この速さについて来れるとは。さすが風妖精』
『なにバカなこと言ってんのよ? あたしとその精霊のお陰で飛んでるくせに』
ははは、そうでした、そうでした。これって、もしかして、風妖精と風精霊のコラボ魔法? ってことは、この世界でも空を飛べる奴って、俺だけか!?
「ふはは、きゃっほぉーっ! ひゃっはぁーっ!!」
今や、気分は最高潮だ。
ギュイーン、ギュイーンと、音が出そうなほどのバレルロールをかまし、大空の滑空を楽しむ。
既に後方へ風を噴出するように調整済みだ。実際、ジェット噴射みたいになっとるがな。
『あんたの念話だか、会話だかって、ほんと適当ね。心の中、ダダ漏れだよ』
『いやいや、これは楽しくて、思わず叫んじゃっただけだから。それよか、これって、いつでも飛べるんか?』
『さあね。その精霊の力が尽きれば、そのうち落ちるんじゃない?』
『そうじゃねえよ。いつでも使えるのかって……えっ!? 嘘っ?! 落ちるの? 落ちちゃうの?』
まじか!? いや、そっかぁ、精霊の魔力容量次第かよ。
だったら、遊びはもう止めだな。その前に、本来の目的を。できるだけ多くの精霊を確保すんぞ。
そう思って、海に向けて下降し、今度は海面すれすれを水しぶきを上げつつ、滑るように疾走する。
いた! やや左へ旋回し、まずは一つ目の精霊さんをゲット。よしっ!! 次は、あっちだ。
その後は一直線上に浮遊しているエリアを真っ直ぐ突き進み、手当たり次第に精霊と接触していく。
──緑、黄、赤、青、白、黒。うん、ちゃんと六色、揃ってるな。よっしゃ!
光と、闇の精霊がやや少なめだけど……いや、これも報告どおりか。これで全属性コンプリートだ。
予備も含め、これだけの数の精霊さんに一緒にいてもらえれば、当分の間、精霊魔法を出し惜しみしなくて済む。これなら試行的な魔法実験も行えるな。
ふふふ、顔が緩むのをどうにも抑え切れない。
いやいや、浮かれているときにこそ、事故は起こるもんだ。今日のところは、さっさと帰るとしよう。まずは地上へ。
海上から戻ってくる頃には、最初に出逢った風の精霊さんの魔力が、かなり減ってる気がした。
飛べるということに、はしゃぎすぎて、少しばかり無理をさせすぎたな。やはり飛翔には相当な魔力を消費するみたい。これは普段使いは無理そう。
飛行中、魔力切れとか勘弁してほしいもの。
たとえ海上であっても、上空から落下すれば、人体にとっては水面もコンクリートとそう変わらないって話だからね。
今の俺なら、どこへ落下したところで生還しそうだけど。ただ、ここで箍を外すのはよろしくない。どうにもリスクを軽視するようになってしまいそうで。
この飛翔魔法は、緊急避難用に留めるべきかな。まあ、なんにしろ、このまま町中まで飛んで帰るわけにもいかない。
とりあえず、飛翔魔法としてイメージしやすいように、【ブラスト・エイヴィエーション】とでも名付けておくか。ふふふ、どうやらこれは、俺のオリジナル魔法のようだからね。
『もぉう、あたしたちのっ! でしょ?』
『ふふ、そうだったな、悪かったよ。今日はありがとな、スプライト。貴重な体験させてくれて』
『ふふんっ! 絶対喜んでもらえると思ってたよ。なにせ、空は気持ちいいからねぇ。えへへ』
うん、大空は風妖精の支配領域だもんな。
『ところでさぁ。そのシルフ様と連れ立って歩いたりしたら、随分と目立ちすぎるんでねえの?』
『えっ!? ああ、人族の町で、ってこと? 大丈夫じゃないの? 普通、あたしが姿を見せようとしない限り、相手に見えたりしないもん。こっちからちょっかい出しても、朧気に分かるやつが偶にいるくらいだよ。声にしても、同じだしね』
姿が見えず、声は全く聞こえないのか……なら、大丈夫か。
いや、だとすると、町中でうっかり話しかけたりしないようにしないと。危ない奴だと思われかねない。
『なんでよ? つうか、元々危なっかしいじゃん』
『いやいや、そういうことじゃねえよ。世間様に不審者扱いされるのを避けたいの』
なにせ勇者と離れた今となっては、庇ってくれそうな人もいないわけだし。
『いるじゃない』
『えっ!? どこに……?』
『むぅ』
いや、冗談抜きで、なにかと不審な噂が立つのはまずい。もしも異世界人だと知られれば、なにか事件の際には、犯人に仕立て上げられて、吊るし上げに遭うのは目に見えてるから。
『そうなの?』
平穏に暮らしたい人にとっては、ひとまず犯人が捕まれば安心できるわけだ。これで日常生活に戻れるといった心理が働くわけだから。
真犯人かどうかの事実はどうあれな。安全だと思い込めれば、それで人は幸せなんだ。
『そうかなぁ?』
普段は冷静な人であっても、異常なストレスに晒されてるときにはな。そんな状況からは誰だって早く逃れたいはずだからね。
そうした場合、俺みたいな異邦人の立場はどうにも危うい。疑われた時点で詰みだ。
『やっつけちゃえば?』
ふふ、確かに今なら誰と敵対したとしても、大抵の相手どころか、たとえ集団ですら殲滅する力はありそうだけどな。
『うんうん』
とはいえ、そんな魔王路線なんてまっぴらごめんだ。俺の柄じゃない。
『かもね。どっちでもいけど』
仲良くなったアリエルを敵に回したくもないし。
『まわしちゃえ、まわしちゃえ』
いやいや、そんなことより、今はこっちだ。
『ちょっと確認させて。いつもそんな感じで、俺の近くをまとわりついてるつもりなの? 着替えとか、風呂とか、トイレなんかのときにも』
『ちがっ、ば、ばか! 変態っ!!』
『いや、だっておまえ、自分の意思で姿を見せないようにもできるって、さっき言ってたから』
『ふんっ、そんな趣味ないもん』
ふふふ、それなら、少しは心安らかに過ごせる時間もありそうか。
なにせスプライトも背丈こそ、ちっこいものの、見た目がその……び、美少女だから。そんな子の視線ってのは、どうにも気になるんだよ。
妖精さんだからなのか、小さいせいなのかはわからないけど、透き通るような肌のきめ細やかさも、聖樹様とためを張るくらいだ。
目の前を美しいフォルムのフィギュアが飛んで、話しかけてくるわけだから、こちらとしても内心落ち着かない。天使か、えっち系の小悪魔にしか見えんのよ。
こういうことはスプライトに悟られると、少々面倒なことになりそう。だから必死に、心の防壁を最大限強化してるつもりなんだけど……。
『ふふふの、ふん』
なんか無駄だったっぽい。ほんと俺のITフィー▽ド、ちゃんと仕事して!
もう、いくら不死身でも、これじゃ精神的に死んじゃうぞ?