表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/42

8話 顔が緩むのをどうにも抑え切れない

 そう、風妖精シルフが……いや、まあ、スプライトなんだけどね。


『飛べるよ』


 えっと、念話って、どんな感じだっけ? 久々で忘れかけとるがな。あ、こんなだったか。


『そりゃ、おまえは飛べるだろうけどよぅ。俺は人間なんだぞ、飛べないの。それともなにか? 風妖精と契約すると、空も飛べるようになったりするんか?』


『ふん、それくらいで飛べるわけないじゃない。でも、ぶっ飛ばすことはできるよ』


 おいおい、こいつ、俺をぶっ飛ばす気だったの?


『あいかわらず、念話、下手ね』


 あぁ、やっぱ妖精さん相手だと、こころ読まれちゃうのね。


『そんなことより、飛べるよ。たぶんいけるはず』


 あのなぁ。たぶんでやって、飛行に失敗したら、死んじゃうからね……いや、大丈夫か。今の俺なら。


 よしっ! どうだ? 今度は念話にならずに隠せたか。あれっ!? どっち? スプライトさん。


 スプライトは、といえば、なにも言わず、いつの間にか海上へ飛んでいってしまっていた。


 しかし、風妖精だけあって、さすがに飛ぶの、速いなぁ。


 どうやら、精霊さんのところへ向かったようだ。でも、なぜか一番近くのじゃなく、ちょっと離れた精霊の方へ。


 あっ、戻ってくる。


 瞬く間に戻ってきたスプライトの傍らには、同じように宙に浮かぶ、輝く緑色の精霊がいた。


 あ、そっか、風の精霊さんということね。


『ありがとな、スプライト。わざわざ連れてきてくれて』


『う〜ん、最初はそんなつもりじゃなかったんだけどね。なんか付いてきそうだったから、ダメ元でやってみたら連れてこれちゃった。なんでだろね? 前に見かけたときには、まるで無反応だったのに』


 そういや、【妖精の森】では、精霊はそんな感じだという妖精からの報告もあったもんな。


 なのに、なぜか俺にだけは反応してくる。


 今までも知らぬ間に自然と契約できちゃってたわけだし……って、あれっ!?


 おおぅ! 緑の輪っかが……風の守護結界がプラスされていく。あはは、水の守護結界と合わさって、更に爽やかさが増した。


 あれ!? もしかして、俺が思ってた以上にこの辺って、気温高かったか? 意外と蒸し暑かったのかも。


 精霊さま、ありがたや、ありがたや。


『もぉうっ! そろそろ、いい?』


『ん?! なんの話だっけ?』


『飛びたいんでしょ?』


『ああ、そうだった、そうだった』


 でもな。もう一応、用は足りちゃったんだよね。風の精霊さんと契約できちゃったわけだし。まあ、飛べれば、確かに便利ではあるんだろうけど。


『だったら、あたしと契約して!』


『えっ!? なんで? でも、おまえって、レイノーヤさんの契約妖精なんだろ?』


『あはは、あれは切れちゃった。だから大丈夫』


 いやいやいや、それって、全然大丈夫じゃないから!


 例のあれだろ? 他者の魔法契約を断ち切るほどの、俺の強烈な魅力、的な?


『ばかね』


 いやいや、冗談はさておき、他人に迷惑かけるのは、よろしくないなぁ。


 まじでレイノーヤさん、怒ってないかな?


『いやなの? あたしとの契約』


『いや、そういうわけじゃないけどさ……』


『あたしには遊びで近づいてきたの?』


『おまえ、またそんな、誤解を生むようなこと言いやがって』


『ふふふ……』


 その目、怖いから。また俺を社会的に追い込もうと考えてんだろ!? わかってんだからな。


 う〜ん……ここは降参するしかないかぁ。里に戻る機会があったら、レイノーヤさんに謝っとこ。


 それに妖精なら、連れにしたところで平気か。俺より先に死ぬってこともないだろうし……なら、いいか?


『じゃあ、お願いしようかな。んで、どうすればいいんだ?』


『ほんと!? それじゃあ〜ね……って、あれ!? もう契約できてるっ! なんで? あたしにナニしたの!?』


 いや、知らんよ、そんなこと。


 随分と混乱しているみたいだけど、俺は何もしてないからね。ナニしたわけでも。


『普通じゃない! ほんとに何したの? あたしに』


『ふっふっふぅ、それはっ! ……いやほんと、なんでだろうね?』


『でも、まっ、いいや』


『おいおい、いいんかよ?』


 まあ、軽い乗りなのは助かるけど


『だって、そもそも契約しようとしてたわけだもん。魔法契約の手間が省けたって感じ?』


『いや、俺的にはその魔法契約がどんな感じだか、一度は見てみたかったんだけど』


『嫌よ! いったん切って、繋ぎ直すのって、すっごく痛いって話だもの。それに……』


『えっ!? そうなの?』


 俺も痛いのは、やだな。なんか他にも言いにくい理由があるみたいだし……。


『じゃあ、いいよね。早速、空を飛んでみよっか!』


 おいおい、気が早いねえちゃんだな。


『さあ、早くぅ!』


『いや、そういうのはいいんで』


『早くなさいっ!』


『はいはい』


『それじゃ、身体の周りに大気の層をまとうようにイメージして』


 ん〜とっ! こうか?


『うん、できてる、できてる……そこからイメージを鳥に生えてる翼に変えて! ……うん、いいよ、いいよ……そしたら目いっぱい、羽ばたけ。それっ!!』


「って、おぉぉ、おっほぉぉぅぅーーーーーーーっ!」


 やっべぇーっ!  かっけぇーっ、たっけえーっ!! ははは、語彙力が一瞬で持ってかれたあぁぁぁ。


 瞬く間に遙か上空まで舞い上がった。まるで迎撃ミサイルで打ち出されたみたい。


 ぐっ、凄まじい空気抵抗……顔が、歪む。


 そう思った次の瞬間、ちょっと弛んだ。それまでも顔の前にあった薄い空気の幕が、前からやってくる風を押し返していた。


 どうやら風の守護結界が強度を増してくれたようだ。


「あー、ぁ〜、ぁあ、あー」


 あはは、それでもまだ、口の中に気持ちよく、風が入ってくる。声が変わって、おもしれぇーっ。


 おっと! そんな場合じゃなかった。スプライトを置き去りに……しては、なかったか。


『ふっ、この速さについて来れるとは。さすが風妖精』


『なにバカなこと言ってんのよ? あたしとその精霊のお陰で飛んでるくせに』


 ははは、そうでした、そうでした。これって、もしかして、風妖精と風精霊のコラボ魔法? ってことは、この世界でも空を飛べる奴って、俺だけか!?


「ふはは、きゃっほぉーっ! ひゃっはぁーっ!!」


 今や、気分は最高潮だ。


 ギュイーン、ギュイーンと、音が出そうなほどのバレルロールをかまし、大空の滑空を楽しむ。


 既に後方へ風を噴出するように調整済みだ。実際、ジェット噴射みたいになっとるがな。


『あんたの念話だか、会話だかって、ほんと適当ね。心の中、ダダ漏れだよ』


『いやいや、これは楽しくて、思わず叫んじゃっただけだから。それよか、これって、いつでも飛べるんか?』


『さあね。その精霊の力が尽きれば、そのうち落ちるんじゃない?』


『そうじゃねえよ。いつでも使えるのかって……えっ!? 嘘っ?! 落ちるの? 落ちちゃうの?』


 まじか!? いや、そっかぁ、精霊の魔力容量次第かよ。


 だったら、遊びはもう止めだな。その前に、本来の目的を。できるだけ多くの精霊を確保すんぞ。


 そう思って、海に向けて下降し、今度は海面すれすれを水しぶきを上げつつ、滑るように疾走する。


 いた! やや左へ旋回し、まずは一つ目の精霊さんをゲット。よしっ!! 次は、あっちだ。


 その後は一直線上に浮遊しているエリアを真っ直ぐ突き進み、手当たり次第に精霊と接触していく。


 ──緑、黄、赤、青、白、黒。うん、ちゃんと六色、揃ってるな。よっしゃ!


 光と、闇の精霊がやや少なめだけど……いや、これも報告どおりか。これで全属性コンプリートだ。


 予備も含め、これだけの数の精霊さんに一緒にいてもらえれば、当分の間、精霊魔法を出し惜しみしなくて済む。これなら試行的な魔法実験も行えるな。


 ふふふ、顔が緩むのをどうにも抑え切れない。


 いやいや、浮かれているときにこそ、事故は起こるもんだ。今日のところは、さっさと帰るとしよう。まずは地上へ。


 海上から戻ってくる頃には、最初に出逢った風の精霊さんの魔力が、かなり減ってる気がした。


 飛べるということに、はしゃぎすぎて、少しばかり無理をさせすぎたな。やはり飛翔には相当な魔力を消費するみたい。これは普段使いは無理そう。


 飛行中、魔力切れとか勘弁してほしいもの。


 たとえ海上であっても、上空から落下すれば、人体にとっては水面もコンクリートとそう変わらないって話だからね。


 今の俺なら、どこへ落下したところで生還しそうだけど。ただ、ここでたがを外すのはよろしくない。どうにもリスクを軽視するようになってしまいそうで。


 この飛翔魔法は、緊急避難用に留めるべきかな。まあ、なんにしろ、このまま町中まで飛んで帰るわけにもいかない。


 とりあえず、飛翔魔法としてイメージしやすいように、【ブラスト・エイヴィエーション】とでも名付けておくか。ふふふ、どうやらこれは、俺のオリジナル魔法のようだからね。


『もぉう、あたしたちのっ! でしょ?』


『ふふ、そうだったな、悪かったよ。今日はありがとな、スプライト。貴重な体験させてくれて』


『ふふんっ! 絶対喜んでもらえると思ってたよ。なにせ、空は気持ちいいからねぇ。えへへ』


 うん、大空は風妖精の支配領域だもんな。


『ところでさぁ。そのシルフ様と連れ立って歩いたりしたら、随分と目立ちすぎるんでねえの?』


『えっ!? ああ、人族の町で、ってこと? 大丈夫じゃないの? 普通、あたしが姿を見せようとしない限り、相手に見えたりしないもん。こっちからちょっかい出しても、朧気に分かるやつが偶にいるくらいだよ。声にしても、同じだしね』


 姿が見えず、声は全く聞こえないのか……なら、大丈夫か。


 いや、だとすると、町中でうっかり話しかけたりしないようにしないと。危ない奴だと思われかねない。


『なんでよ? つうか、元々危なっかしいじゃん』


『いやいや、そういうことじゃねえよ。世間様に不審者扱いされるのを避けたいの』


 なにせ勇者と離れた今となっては、庇ってくれそうな人もいないわけだし。


『いるじゃない』


『えっ!? どこに……?』


『むぅ』


 いや、冗談抜きで、なにかと不審な噂が立つのはまずい。もしも異世界人だと知られれば、なにか事件の際には、犯人に仕立て上げられて、吊るし上げに遭うのは目に見えてるから。


『そうなの?』


 平穏に暮らしたい人にとっては、ひとまず犯人が捕まれば安心できるわけだ。これで日常生活に戻れるといった心理が働くわけだから。


 真犯人かどうかの事実はどうあれな。安全だと思い込めれば、それで人は幸せなんだ。


『そうかなぁ?』


 普段は冷静な人であっても、異常なストレスに晒されてるときにはな。そんな状況からは誰だって早く逃れたいはずだからね。


 そうした場合、俺みたいな異邦人の立場はどうにも危うい。疑われた時点で詰みだ。


『やっつけちゃえば?』


 ふふ、確かに今なら誰と敵対したとしても、大抵の相手どころか、たとえ集団ですら殲滅する力はありそうだけどな。


『うんうん』


 とはいえ、そんな魔王路線なんてまっぴらごめんだ。俺の柄じゃない。


『かもね。どっちでもいけど』


 仲良くなったアリエルを敵に回したくもないし。


『まわしちゃえ、まわしちゃえ』


 いやいや、そんなことより、今はこっちだ。


『ちょっと確認させて。いつもそんな感じで、俺の近くをまとわりついてるつもりなの? 着替えとか、風呂とか、トイレなんかのときにも』


『ちがっ、ば、ばか! 変態っ!!』


『いや、だっておまえ、自分の意思で姿を見せないようにもできるって、さっき言ってたから』


『ふんっ、そんな趣味ないもん』


 ふふふ、それなら、少しは心安らかに過ごせる時間もありそうか。


 なにせスプライトも背丈こそ、ちっこいものの、見た目がその……び、美少女だから。そんな子の視線ってのは、どうにも気になるんだよ。


 妖精さんだからなのか、小さいせいなのかはわからないけど、透き通るような肌のきめ細やかさも、聖樹様とためを張るくらいだ。


 目の前を美しいフォルムのフィギュアが飛んで、話しかけてくるわけだから、こちらとしても内心落ち着かない。天使か、えっち系の小悪魔にしか見えんのよ。


 こういうことはスプライトに悟られると、少々面倒なことになりそう。だから必死に、心の防壁を最大限強化してるつもりなんだけど……。


『ふふふの、ふん』


 なんか無駄だったっぽい。ほんと俺のITフィー▽ド、ちゃんと仕事して!


 もう、いくら不死身でも、これじゃ精神的に死んじゃうぞ?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ