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7話 そんな都合のいい乗り物なんてあるん

 さてと、これからは、なんでも一人でこなしていかなくちゃな。


 とりあえず、まずは本題となる精霊の調査からだ。


 歩いて帰ってきた昨晩も含め、町に着いて此の方、精霊の姿を見かけていない。


 物語に出てくる精霊なんかと同じで、やはり自然の真っ直中を好む習性でもあるのだろうか?


 今まで精霊と遭遇したのも、ほとんどが【妖精の森】の中だ。それ以外では、クリークビルまでの道中立ち寄った最後の野営地だけ。


 都会育ちの俺からしたら、あそこだって樹木に囲まれたキャンプ場みたいで、充分自然の中って感じではあったのだが……。


 ただ、精霊が棲まう場所のイメージからすると、ちょっと違う気がする。前の世界での精霊の印象は、大自然そのものって感じだったから。


 こちらの世界の精霊も、大自然の直中で出会ったせいもあって、やはりそのイメージと、さほどのズレはない。


 ただ、詳しく知っているのは契約して随伴してくれたことのある火の精霊と、この水の精霊のみ。どちらも属性としては純粋──まさに火のエレメント、水のエレメントといった感じではある。


 とはいえ、森の中で火の精霊と出会ったことからして、火の妖精サラマンダーなんかとは違って、火属性にまつわる地に縛られているというわけでもなさそう。


 最初の頃はライターの火に惹かれて近寄ってきたもんだとばかり思っていたけど……。その後、幾度か試してはみたものの、ライターの火や焚き火に対して、まるで興味を示すような兆候はなかった。


 水の精霊にしても、別に水場にいたわけでもないし……。


 う〜ん、優先して調査すべき場所の手掛かりが、どうにも掴めない。


 今のところ、手掛かりらしい手掛かりと言えば、世界樹に向かって、精霊が移動してきているということだけだ。


 あ、失敗した。なら、調査の出発点は【虹色の園】からだったか!? そこから元をたどるのが常道だったな。


 いや、それも難しいか。虹色の園へは、道らしい道なんて無かった。【エルフの郷】からのルートにしても、レイノーヤさんの案内があって初めて通れるとわかる程度のものだったし……。


 あの奥となると、普通の人間が足を踏み入れられるかどうか……とてもじゃないが俺には無理だ。


 妖精の森から抜ける際、アリエルの案内で通った道にしても、結構ぎりぎりといった難所は幾つもあったしな。もし俺一人で探し回っていたら、確実に遭難してただろう。あれは仕方がない。


 いや、やりようはあったか……精霊がどの方角から近づいてくるか、その確認くらいなら。やっぱ失敗だ。今更言ったところで、どうしようもないけど。


 しかし、どうしてこうも後になってから、ちょいちょい思い付くんだろうな。後悔先に立たずとはよく言うけど、どうにも悔しい。


 しゃあんめえ。考えて目星がつかんのなら、足で稼ぐしかねえや。町の外を少し調べて廻ろ。


 そんじゃ、ひとまず部屋に戻って、準備、準備っと。


 おっと、その前にだ。宿の受付でなんか知らんか訊いてみよう。


 あの人って、なかなか機転が利く。これまでも的確な仕事ぶりだったからね。それに、いつも受付に居てくれるのも助かるんだ。こうやってすぐに訊けるから。


「すみません。この辺りで小さな光を目撃したという情報ってないですかね?」


「ああ、小さな光ですか。それならありますよ。少し厄介なところですけど」


「えっ、ほんとに!? どこですか?」


「この町から南にある湿地帯ですね。毎年、春から夏に変わる頃、蛍火を見ることができますよ。ただ、闇ブヨに襲われる覚悟は要りますけど」


「ああ、あそこですか。えっとそれって、その季節しか見られないものですか?」


「ええ、蛍という光を発する昆虫で、その時期だけだと聞いてますけど」


 ああ、やっぱり蛍なのか。これは違うかな。でも、一応、あとで調べておくか。


「えっと、超常現象……いえ、なにか他にもっとこう、不思議な光を見たとかっていう噂って、ないですかね?」


「はあ、不思議な光ですか? う〜ん、そうですねぇ……あっ! そうそう、ありました。えっと、あくまでもお客様から聞いた噂話ですけど、よろしいですか? なにぶん真偽のほどは保証しかねる話でして」


「ええ、もちろん。噂でもなんでも結構なんで」


「分かりました。では、お話しましょう──」


 宿の受付もとい、宿屋のご主人によれば、交易路としてこの町に立ち寄る行商人が話してくれたエピソードが、記憶の片隅に残っていたようだ。


 その行商人は季節ごとにこの町から東西方向に延びる街道を行き来しながら、その途中の町や村などで、土地土地の商品を売り買いすることを生業にしているという。


 ただし、その行商人の出身地である村だけは、昔からの縁もあって、少し交易ルートから外れることにはなるものの、旅の最後に立ち寄ることにしているのだとか。


 ここから北東の方角にあるその村までは、この町から街道を北に進んで二泊ほど野営し、その先で東へと続く枝道に入るルートとなる。


 行商人の話では、その枝道に入ってすぐにある水場で野営をしている際、北の方角から小川に沿って、ぼんやりとした光の粒がゆっくりと漂ってくるのによく出くわすそうなのだ。


 それは夜にしか現れない小さくて淡い光の粒──ただ蛍と違って、近寄っても逃げていくことはないのだが、どういうわけだか捕まえることはできないらしい──といったものだった。


 うん、こっちがどうやら正解っぽいな。いいんじゃないの。思いがけず良い情報が得られたかも。


「なかなか興味深い話ですね。非常に参考になりました。ありがとうございます」


「そうですか? ふふ、あくまでも酒飲みの与太話の類ですので、あまり信用なさらない方が。ああ、それとこちらは確認になります。お部屋の方が明日で宿泊期限となりますが、いかがなさいますか? ご予定のほどは」


「ああ、そうでしたね。まだしばらくご厄介になりたいので、二日延長できますか?」


「かしこまりました。でしたら、明日ご都合がよろしい時間にシーツの交換をさせていただきます。その際、こちらまでお申し出ください」


「わかりました。では、料金はこれで」


「料金は明日のシーツ替えのときで構いませんが」


「いえ、ついでなんで」


「そうですか? では、ありがたく頂戴いたします」


 お釣りを受け取り、一度部屋に戻る。


 野生動物と出くわしても怖いからね。町の外に出るからには、念のため、装備は身につけておかないと。


 準備抜かりないよう整えた。


 さあ、出発だ。


 町の門を抜ける際、【メダリオン】をしっかり見せようとしたら、さっさと通れ的に軽くあしらわれてしまった……なんか恥ずかしい。


 どうやらアリエルが止められたのは、馬で疾走しようとしたのが原因だったみたい。ただただ怪しまれただけのようだ。改めてこうして見る限り、案の定、出るときには素通り状態だしな。


 さてと、そんなことより、今は精霊さんだ。


 聖樹様によれば、精霊は世界樹の麓となる虹色の園を目指して、未だゆっくりと集まってきているとのことだった。少なくともその一派に、今回の目撃情報にあった北からやってきているのも含まれているのだろう。


 どういうわけだか、俺のそばにいる精霊さんは結構活発に動くもんで、つい俺も『精霊さん』などと擬人化して呼んでしまいがちだけど、基本、野良の精霊は漂うだけみたい。


 妖精からの情報でも、世界樹に向かってゆっくりと流されているという印象でしかなかったし。


 確かに遠くから見た感じでは、自由意志を持って行動しているとは思えない様子だった。


 となると、北へ向かう街道の東を流れるというその小川まで出て、その辺の地形とかに流されてくる原因がないか調べてみる必要もあるか。


 まずはその川からだな。


 いや、それより先に、精霊が世界樹へ向かうというのなら、地理的な位置関係も把握しておくべきか?


 腕時計の文字盤を頼りに方位を再確認してみた。すると、クリークビルの町は世界樹のほぼ北にある感じだ。


 気持ち西寄りに来ていたと思ってたが、それほどでもなかったか。ここまで視界の悪い森の中、通りやすいところを選んで進んできたからな。多少の感覚のズレは仕方ない。


 とりあえず、まずは北への街道方面へ移動してみよう。北の街道は、この町から少し東に進んだ分岐から北に伸びてるっていうし。


 そう思って、町から街道を真っ直ぐ東へ向かっていたら、途中から道がやや左に曲がり始めた。


 すぐ目の前に海岸線も見えてはいるが、このまま道なりに進んでみることにする。


 幾分湾曲しながらも、海岸線沿いに北東方向へ続く街道を進んでいくと、聞いていたとおり、しばらくして北へ向かう街道との分岐点に出た。


 北を向くと、確かに街道らしきものが北へずっと伸びているのが窺える。ただ、この辺はかなり曲がっているのか真北に向かって真っ直ぐといった感じではなかった。


 そういえば、行商人の話ではこの先を二泊ほど進んだ上に、ちょっと東へ曲がった先で精霊を目撃したんだったな。ふらっと見てくるというのには、ちょっと遠すぎるか。さて、どうしたもんかな?


 話の内容からすると、いずれ北に向かって確認しなければならないのは、ほぼ確定事項だ。どうせ後で近くまで通る道なら、そのときでいいや。


 今は海が近いし、発見現場の小川が流れ込む河口でも探してみよう。


 一旦、海岸に出た方がいいよな。海なら見通しもいいだろうから。


 街道を逸れ、防風林のように立ち並ぶ樹木の間を抜けて、海岸へと出た。


 相変わらず、白く輝く砂浜と透き通るような青い海が広がっている。


 海岸ということもあって、やはり見晴らしは最高だ。海の先には世界樹まで見えている。


 波の動きと海の香りを楽しみながら、海岸線に沿ってしばし歩くと、河口と呼ぶにもあまりにかわいらしすぎる小さな流れが、海に注ぐ場所に出た。


 その後、小川を少し遡ってみたものの、どうやら近くに精霊がいる様子はない。


 もう一度、海岸に戻る。


 前に試した水魔法のレンズを作って、世界樹の方を眺めてみた。


 相変わらずの威容を誇る世界樹に……ではなく、今回は海上付近を中心に、手前から順繰りに……って、おっ! いた。早速見つけた。


 念入りに探してみると、そこかしこに精霊が──海面付近に漂う精霊が点在していた。マクロ視点でなら、そこそこ列を成している状態と言えなくもない。


 ただ、これを真横から見たとしても、おそらくは気付けなかっただろう。


 それに、北側の陸上でとなると、土地の勾配や高低差も含め、遮蔽物の多い状況では、なかなかこうもはっきりとした分布を把握できなかったはずだ。


 うん、非常に良いポイントを見つけられたな。運の悪い俺にしてはなんともタイミングが良かった。


 う〜ん、望遠だから、ぱっと見にはわかりにくいけど、一つの精霊に焦点を当て続けていると、しばらくして少しだけボヤケてくる。相当ゆっくりではあるけど、南北方向に移動しているみたい。


 まあ、焦点調整の感じからして、まず間違いなく、南の世界樹へ向かっていると見ていいだろう。


 しっかし、こうやって見ると、世界樹って、随分と海岸近くにあったんだな。


 まあ、とりあえず、これで今後目指すべき方角も大方定まったか。精霊が流れてくる元をたどるとなると、この先、しばらくは北にある町や村伝いに旅をすることになりそうだ。


 今回は軽い気持ちで町の外に出て、ちょっと確認する程度のつもりだったけど、思いの外、情報としては有用なものが得られたな。


 ただ、実益がないのが惜しい。


 そろそろ昇華してもおかしくない水の精霊さんのことを考えると、できれば早いうちに他の精霊と接触しておきたいところなんだけど……。


 あぁーあ、こんなとき、空を飛べたらいいのになぁ。そしたら、あの精霊たち捕まえ放題なんだけど。


『だったら飛べばいいじゃない?』


「えっ、そんな都合のいい乗り物なんてあるん……って、おまえか!? えっ、いつから?! てか、なんで、ここに居んの?」


 地元の人に話しかけられたと思って、振り返ってみれば、そこには……よく見知ったあいつが居た。

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