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4話 これ、おいくらザマスの?

「では、登録で」


 ここまで確認した中で、なにもデメリットはなさそうだしな。考えるまでもなかったか。


 魔防士登録の手続きを済ませる。


 無事登録を終え、【呼び出しリング】を貸与された。ふふふ、晴れて、これで魔防士にクラスチェンジというわけだ。


 透明な石が飾られたその赤銅色の指輪を填めようとして、既に指輪をしていたことに気づく。


 ああ、そういや、借りてた【共鳴鈴】をアリエルに返してなかった。


 確か、六個ワンセットだと言っていたはずだから、一つでもなければ困ることもあるだろう。忘れないうちに、ちゃんと返さないと。


 他に客もいないこともあって、魔防ギルドでは受付のおねえさんにかなり詳しく説明を聞けた。


 職務外のことではあったが、質問ついでに世間話にも少しだけ付き合ってもらう。この辺で生活雑貨を取り扱ってるお店を尋ね、行きつけのお店を教えてもらった。


 その雑貨店は、次の大きな交差点の角を右に曲がってすぐとのこと。この町に不慣れな俺でも、それなら迷うことはなさそうだ。


 ただ、人が居ないからといって、あまり長居しては嫌われる。そこそこいい時間になったので、お礼を告げ、魔防ギルドを後にした。


 そして何事もなく、すぐに雑貨店の前まで来ることができた。


 うん、外観にしても、なかなかおしゃれな雰囲気あるお店だ。


 これで安い上に、品揃いも良いというのだから、俺でもなんかワクワクしてくる。やっぱり事前に少しでも店の情報を聞いてると、こうして外から受ける印象もまるで違うな。気が楽でいい。


 店の中の物を見させてもらって、少し話をしつつ、値段を把握するついでに、必要そうなものがあったら買い揃えていくとしよう。


 期待して、店の中へ。


 あぁ、なるほどね。これはあれだ……うん、若い女の子が好きそうな色合いのファンシーグッズ店だ。


 見事としか言いようがないくらい綺麗なグラデーションとなって、商品が並んでいた。


 ディスプレイの仕方に、なんとも非凡なセンスを感じさせる、不思議な店内──この完璧な配置を少しも崩したくない、と思わされるほどの整然としたバランス。まじ驚いた。これじゃ迂闊に商品に触れない。


 この店の人って、いったい何者?


 呆気に取られて、しばらくぼーっとしてしまった……。


 いけねっ! 出入口を塞いでちゃ邪魔か。足を前に進ませる。


「らっしゃ」


 小さな声!? でも、その割によく通る声がした? ……と思って、辺りを見回した……のだけど、相手の姿が見えない。


 いや、居た……ちっさい子が……視線のずっと下の方に。


 えっ!? でも、いくらなんでも、小さすぎやしないか? だって、こんなだぞ。


 こんなって、どんなって? えっと、これくらい?


 いやいや、それじゃ、わからんよな。


 ははは……この子、俺の膝丈よりも低いんだもの。


「きみって、お店の子?」


「……」


 じっとこっちを見つめてくる、それはそれは小さな小さな女の子。


「あははは、お客さん! そいつに話しかけたって無駄さ。商品の陳列にしか興味を示さないからね」


「えっ!?」


 あぁ、今度は店の奥から出てきた店員に話しかけられていたようだ……うん、こっちは普通サイズね。


 いや、ちょっと待て。今さっき、話しかけてくれたぞ? 確かに、いらっしゃいって。


 今だって、こっちを凝視したままだし……ほらっ! やっぱり。


 こうやって、手を動かすと、この子の視線がそれを逃さないぞとばかりに、忙しなく動く──それこそ、子猫が壁に映った影を追いかけるように。ふふふ。


 なんだ!? この子、超かわいいな。なんか凄くほっこりする。


 ほ、欲しい……いや、なに言ってんだ俺!? 是非とも、お持ち帰りしたい。あれっ!? いつロリロリに目覚めた?


 いや、違うんですお巡りさん、そういうことでなく。うん、なんて言うの? 愛玩動物的な愛くるしさ? はぁ〜っ、かわゆす。


「せい……れい」


 ん?! セイ……レイ。あぁ、精霊か!


「あはは、そうだよ。これは水の精霊さんね」


「みず」


 どうやら俺を守護してくれている水の精霊さんに興味があるようだ。


 普段は薄くなって気配を消している精霊さんを指さしてみた。


 でも、ちみっ子はなぜか? 不思議顔……ん!?


「……おっきな……せいれい……あな」


 そう言ったきり、こちらを見つめたままだ……。


 しばらくして興味を失ったのか、商品の陳列に戻っていった。


 ──今、俺は、その様子を近くで眺めている。


 いったい全体、零コンマ何ミリ単位の調整なんだよ? と、ツッコミを入れたくなるほどの精密さ──まるで光と影を操るかのごとく、商品の微妙な向きや配置に対して全神経を注いでいる。はは、ほんと、陳列に命掛けてるみたい。


「はあ、いやぁ、珍しいなぁ……久々に見たよ、こいつが話すところなんて」


「いつもは……あぁ、こうしてるんですね」


「そう、陳列以外に全く興味を示さなくてな。あとは真夜中に商品の色を少しずつ変えていってるくらいか。へへへ、この子は【リュタン】って言うんだぜ。うちの看板娘だ」


 なになに!? この子、「りゅたん」っていうお名前なの? なんともかわゆす!


 ──うん、勘違いでした。


 この子の正体は、【半小妖精リュタン】。


 えっとね……小はそのままの意味で小さいということで……半妖精は実体のある身体を持った妖精という意味らしい。つまり、小さな妖精なんだけど、体に触れることができるという。


 でも、撫でようとすると、いつの間にかスルッと躱されてしまうのだとか……ん!?


「おいおい、それって結局触れてねえじゃん。やっぱ身体が無いから触れないだけじゃねえの?」


「いや、違うから。この子は特別避けるのが巧いだけで。てか、あんた、半妖精のことなんも知らんのだな? 半妖精には絶対に触れる……はずなんだよ」


 ほんとかよ? と思って、この子の頭の上に優しく手を乗せる。と、なんとも柔らかい感触が!?


 あれっ!? 普通に触れてるじゃん……っていうか、なにこの触り心地!? すんごく気持ちいいんですけど!


「へっ、なんで? あんた、なにした!?」


「……」


 うるさい、少し黙っとけ。この際、親爺の方は無視。今は手に全神経を集中する必要があるんだから。しかし、なんという手触り……。


 しかも、撫でてるときは目を瞑って、気持ち良さげにしてくれてるし。手を止めると目を開けて、なんで止めるのって感じで、こちらをじっと見つめてくる。更に手を離そうとすると、愕然とした顔になるその表情の愛らしさといったら……こりゃもう、たまりませんな。


 チャーミングな表情が目まぐるしく変化する──なんですか? これ、おいくらザマスの?


 こんな風に、とち狂っても仕方ないと思えるほどの逸品だ。


 いや、物じゃないけど……うん、わかってる。けど、物じゃなきゃ買えないでしょ? だから物だと思い込みたいんよぅ。それくらいなのよさ。


 あぁ、なんてものを……神はなんてものをつくり賜ふたかぁぁぁぁ!


「おいっ! あんた、なんで触れるんだよ? 俺だって一度も触ったことないのにぃぃーーっ!!」


 あーっ!? びっくりしたぁ。なんだよ? いきなり、大声出しやがって。


「あんた、買ってけよな!」


「えっ!? 売ってくれるの?」


 店員がやっぱ売らないと言い出す前に、すかさずリュタンちゃんを抱き上げ、金貨の入った袋を突き出した──たった今、俺の限界スピードを超えた。超えましたよ、絶対に。


「ちげぇーよっ! 誰が売るっつったよ!!」


「いや、言った。おまえが言った。『買ってけよな』って、確かに言った。さっき絶対言ってた。おまえが言った。言った、言いました」


「誰がリュタンを売るかっての! 俺の……俺の大切なリュタンに触れた責任取って、店の商品をっ、なんか買って帰れっ、つったんだろうが!!」


 ああ、そういうことね。


「でもよぉ。こんなに一生懸命並べた商品を買ってったら、リュタンちゃん、悲しむんじゃないのか?」


「いや、むしろ喜ぶぞ。改めて商品の並び替えができるからな。俺にしたら同じ商品に見えても、こいつにとっては全く違うものに見えてるらしくてな。一個変わっただけでも、全体の配置をがらりと変えてくるんだよ。俺には理解してやれねえが……」


「おっ、そうなのか? それなら……って。あ、騙してないだろうな? 俺がリュタンちゃんに嫌われるよう仕向けるために」


「てめえ、殺すぞ!」


 いやいや、商売人なんだから、曲がりなりにも客に対してそんな口きいちゃ駄目でしょ……つうか、俺もまだ何も買ってないから、客とは呼べねえわな。


 まあ、嘘じゃないのなら買いますよ。買いますとも、リュタンちゃんのために。


「よく見れば、確かに日用品の類が充実しているよな……って、あれ!? なんだこれ? 全部ごくごく普通の日用品じゃねえの? 色は確かにきれいだけど」


「そりゃそうだよ。俺は何一つ特別なものなんて仕入れてねえもの」


 えばって言うなよ、そこは。


「じゃあ、なにか? これって、リュタンちゃんが色を付けただけなのか?!」


「まあな」


「……ま、まじでか?」


 リュタンちゃんに警戒されないよう徐に商品を一つ取り上げて、じっくりと眺めてみる。


「確かにっ!」


 思わず大きな声が出てしまった。


「だろ」


「いや、でも、このタオルにしたって、縫製の糸とかきれいに処理されてるぞ。あんたも結構良い品、仕入れてきてるじゃんか」


「いや、その……それも、たぶんあれだ……うん、リュタンだ」


 なんでも、商品の細部に気に入らないところがあると、知らぬ間に直してくれてるらしい。って、おいおい、本当にリュタン様々だな。


「このお店に、おまえは要ら」


「皆まで言うな……分かってる。分かっているから、そんなことは」


 食い気味の否定があまりにも哀れだった。とりあえず、パンツ、タオル、ハンカチ辺りを数枚ずつ買って帰るかな。


「どれが良いの?」とリュタンちゃんに尋ねたら、ずっと首を傾げて悩んだまま固まってしまったので、すぐに謝って、これとこれねって感じで、ささっと決めた──いや、なんだか物凄く申し訳ない気分になっちゃったもんだから。


 でも、そこはそれ。リュタンちゃんがしっかり管理しているものだから、どれもこれもきちんとした商品でした。


 店員、いや、店主だったそいつに代金を払う。ついでに他の商品の値段なんかも尋ね、この辺りの相場をあらかた確認することもできた。


 結論からすると、日本よりもかなり物価が安いくらいかな。


 店主に確認すると、手作業で作られているものが多いにもかかわらず、単価が高くないのは、別にこいつが巧く買い叩いて、仕入れているわけではないようだ。なんでも半妖精が作業工程に関わっていることで安価に収まっているのだとか。


 どうやら他にも半妖精がいるらしい。


 リュタンちゃんにのみ、お別れの挨拶をしてから店を出た。


 宿に帰る道すがら、今日あったことを思い出す。


 魔防士の仕事で、収入の方はひとまず目処がついた。魔物討伐一回に付き、六万シェルの収入を見込める。


 今のところ、支出で一番金がかかりそうなのは、宿代だ。


 贅沢さえ言わなければ、飯なら食堂の宿泊割で三百シェルあれば食える。たまに外で飯を食ったとしても、今の宿なら一日七千シェル程度で済む計算だ。


 一度の収入で、八日分の宿泊と食事代相当分。諸々の雑費を含めて考えると、少なくとも一週間に一度のペースで討伐に参加しなければならない。でないと、いずれは生活できない状況に追い込まれる。


 とはいえ、今は薬草の売却代金があるから、まるで切迫感はないけど。


 まあ、経済的には、なんとかなりそうか。


 これでひとまず、安心できたかな。あっと、大食らいになった分、計算してなかったか……どうなんじゃろ?

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