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38話 流れるような感じに、さらり、じわりと

 スプライトが展開してくれている風魔法【エアーカーテン】──そのお陰で、雨の中でもなんとも快適だ。


 透明なビニール傘を差すのとは全く趣が違う。頭の上では、不思議な光景が目を楽しませてくれていた。


 雨粒を風で見事に弾く様は、なんと表現したらよいのやら……水が踊る!? とにかく愉しい。娯しくて、楽しい。


 元々、雨の降る中、傘を差して歩くのも、それほど嫌いではなかった……。


 むしろ、都心部だと溢れかえっていた人が少なくなる分だけ、そして、汚れた空気が洗い流される分だけ、なんだか清々しく感じられていたくらいだから。雨降り独特の匂いも。


 それでも風が吹けば、ズボンが濡れて気持ち悪くなってくるわ、鞄が濡れて中も湿ってくるわ、おまけに傘で片手が塞がっていると、なにをするのにも一手間増えるわで、なにかと煩わしかった。


 それがどうよ!? この状況! ……ははは、雨に濡れて、身体が凍えることもなく、大事な書類がしわしわになる心配もない。両手だって、このとおり、自由。


 あぁ、なんて、すんばらしい! 科学の勝利……ではなかった。あはは、魔法の勝利だ。


 しかも、今は土砂降りの真っ直中だから、人っ子ひとり居ない貸し切り状態……まあ、最初から、この街道を往来するやつなんて、ほぼ居ないのだけどね。


 それはそうと、これって、狭くない? なんだか最初の頃よりも随分と狭くなってきてる気がする。スプライトとの距離が徐々に狭まってきて……近い。もの凄く近い。


 中で空気が対流しているせいか、さっきからスプライトの匂いに魅了されっぱなし。ずっと漂ってきてる。香しい……理性を保つのが、もう大変。


 あっ! もしかして、この魔法って、意外と大変なのかも!? 魔力の消費が激しかったりすんの? あぁ、辛くなって、狭まってたのか。なんだよ〜、早く言ってよぅ。


「スプライト、あんま無理すんな。辛ければ、俺が代わるぞ?」


「てへへ……えっ、な、なに!? あ、ううん、平気よ、このくらい。へっちゃら。えへへぇ〜」


 そう言う割に、顔が赤いし、風魔法の傘もどんどんちっちゃくなってきてるんだけど……もう抱き合わないと居られないくらいに。ほんと大丈夫なのかよ? 突然、倒れたりしないだろうなぁ。


 ああ、そっか! 俺が助けてやればいいんだ。どうせ魔法線で俺と繋がってるんだから、魔素を多めに流してやれば。少しは楽になるんじゃないかな?


 でも、俺が手助けするなんて言っちゃうと、プライド傷つけちゃうかも。なにせ大妖精様らしいからな。気を悪くされても……。


 とはいえ、体調の方が心配だ。まあ、スプライトに気取られないよう、さりげなくアシストしてあげればいいやな? どうやら、気もそぞろといった感じだし、これなら。


 最初はできるだけやさしく、そろり、するりと……滑らかに流れるような感じで、さらり、じわりと……。おっ、意外と平気か? なら、もうちょっと多めに、ぐいぐい、ずんずんと……。


「ひゃぅっ! ……んッ、ぅぅん……やっ、だめぇ……あっ、あぁーん!!」


 ありゃっ? なんか艶めかしい御声が……。


 声のした方へ振り向くと、そこには……スプライトがしゃがみ込み、身体を小さく丸くしてた。口元を手で押さえ、声が漏れないよう、必死に耐えている姿が。


 それでも、まだどこか疼くのか、ときおり、びくんびくんと脈打つように身体を震わせて。


 や、やっちまった!? なんか知らんけど……。


「だ、大丈夫か? ごめんよ。なんかやらかしちゃったみたいで」


「……はぁ、はぁ……えっ!? あ、やっぱりぃ! ……あぁぁんっ……あ、あなたなのねぇ……ひぃっ、ちょっと、やめ、やめてぇ……くぅっ……ひゃ……い、いったい、なに……なにしたのぉ?!」


「いや……なにって、そのぅ……魔素が足りてないのかなぁ? なんて思って」


「はぁあ!? ち、ちがっ……はぁん、はぁ、ふぅっ……もぉっ! 大丈夫だから。大丈夫だって、言ったよねぇ? 言ったじゃない!! もぉぅ、平気だって言ったのにぃ……ァン、だから、それ、やめ……やめてぇ、ッウンっ」


「ごみんなさい」


 ああぁ、叱られちった。しっかし、またなんちゅう男心を掻き立てる嬌声してんだよ? た、たまらん。そそるにも程があるちゅうに。


 はあ、でも、危なかったぁ。もしも俺の身体が元気だったら、絶対に襲いかかってるとこだったわ……こんな道端で。こんな道端なのに……。ふぅ、あやうく色情狂になるとこだった。


 でも、こりわぁ。ふふふ……ちょっとした悪戯に最高かも。


「なヌっ!!」


 いえ、はい、もうしません、です……あ、はい。


 ひょえぇーっ、怖すぎるっての! 今、ぞっとした……本当にこんなときって、ぞっとするのな?


 はあ、でも、凄いやぁ……スプライトのやつ、怒った勢いで、雨雲をことごとく蹴散らしやがった。


 はは……晴れたなぁ。うん、すっかり、もういい天気。


 それにしても、雨の中をどんどん進むのは結構だけど、泥んこまみれなんだよなぁ……。


 いや、足下もそうなんだけど、なにせ、あの【歩いてくボックス】の方が……あぁ〜あ、ひどい。


 あれっ!? ユタンちゃんって、あの状態で、ちゃんと前、見えてんの?


 あぁ、大丈夫か。別に壁を透かして見てるわけじゃないもんな。光の屈折を利用しててよかったよ。視界不良の中での運転は危ないからね。


 にしても、汚い。


 はあ、たとえ水洗いしたところで、またすぐ泥まみれになりそうだし……。撥水加工でもしとくか? 汚れ落ちが少しは早くなるだろうから。


『ユタンちゃん。ちょっと止まって。あと、こっちに来て。少し休憩しよう?』


 おぉっ! 泥道でも、凄い機動力だ。


「って、どわっ!」


 ふぅ、危うく泥まみれにされるとこだった……あれっ!? 今のって、わざとじゃないよね?


 ふぅ、それよか、まずは撥水加工だ。


 えっとぉ、どんなのがいいかな? ……う〜ん、俺の愛車に掛けてたのを参考にするか。あの馬鹿高かったやつ、ガラスコーティングの。


 なんせ、その前のフッ素コーティングの方は、いまいちだったからな。


 今回は別に金出して人に頼むわけじゃないから、値段うんぬんは全く関係ない。自分の魔法でちゃちゃっとやっちゃうから、どうせ只だし。


 なら、性能が良さそうな方で。


 確か、シリコンウエハーの表面処理剤にも使われてるやつだって、雑誌にも載ってたしな。


 う〜ん、ただ、この程度の知識でイメージできるかな? まあ、構造もさることながら、魔法はイメージだから平気か。


 あっと! その前に、歩いてくボックスの傷の方を補修しておかないと。


 おっ、やっぱ、キズだらけだ。表面だけでも削っとくか?


 いや、でもなぁ。ユタンちゃんが直々に塗ってくれたものだから。塗装はできるだけ剥がしたくないんだけど……。でもまあ、仕方ないか。また、お願いしてみよう。


 ……って、あれっ!? なんだこれ? キズ底まで色が……まさか!? へえ、そうなんだぁ、表面塗装じゃなかったのか。


 あぁ、やっぱりだ。地金そのものに色が付いてる!? でも、どうやって? す、すげえな。


 まあ、それならそれで、都合がいいか。


 んじゃ、風に砂を混ぜ込んだ融合魔法【グラインダー】で少し削ってやる。ただ、できるだけ表面の傷だけを消すように注意して。駆体への影響は最小限にな。


 サンドペーパーを掛ける要領で、最初は粗めの砂を混ぜて、徐々に細かい砂に替え、きれいに仕上げる感じだ。


 ──よしっ! こんなもんか。


 後は、ガラスコーティングだな。


 とにかく、油とか、水とか余すところなく弾いてくれる物でないと困る。しかも、あんなにもキズがついてたくらいだ。常にごろごろ転がすことを考えると、素材的には相当硬質なガラスを採用しておかないとな。


 表面加工処理のイメージを頭の中で固める。


 いや、だめだ。いくら硬くしたところでキズは避けられない。自己修復とかでないと。


 んだば、土の精霊さんを使って、ガラスの守護結界とかイメージしたらどうだろ?


 うん、それも融合したイメージを再構築……できた! このイメージが明確な内に、精製!


 どうよ!? やったか?


 いぇーいっ! 成功じゃん。ぴっかぴかだもんね。


「ふん ふん」


 おっ! ユタンちゃんも、喜んでる喜んでる。


 まあ、細かい傷とかいっぱい付いてたからな。そりゃあ、当然か。ユタンちゃんほどの眼力なら、気になって仕方なかったんだろうからね。


「あはは、なんか前にも増して、高級感が出てきたんでねえの」


「ぐー」


「ははは、ユタンちゃんもそう思う? だよねぇ、 イェーイ!」


 やったね、ユタンちゃんとのグータッチ。なんか機嫌も良くなったみたいだし、ここはだめ押しということで……。


「じゃじゃーんっ! これはなんでしょう?」


 豚のベーコンを始め、各種燻製の数々だ。実はまだ、ユタンちゃんには内緒にしてあったんだよね。


「!!」


 ふふっ、ほらほら、見てる見てる……って。


「あぁ! ごめん、ごめんよぉ。別に焦らすつもりなんてなかったのに……ああ、もう、こんなに涎たらしちゃって」


 えっと、ハンカチは、っと……うん、これでよしっ!


「ははは、好きなのを選んでね。今日はどれがいい? ん!? これ? えっと、これは水牛肉の燻製だよ。さあ、どうぞ」


「まいど」


 あはは、かわいっ!


「スプライトも一緒に味見してみないか? 俺もまだ食ってないし」


「うん、ありがとね」


「はい、どうぞ」


「はい、どうも。えへへ」


「ん、硬っ!? やっぱ、かはぁいな……」


「ほんと、すっごく硬いよ。ふふ、すごいのね」


 こりゃぁ確かに、肉屋に言われたとおりだ。金槌でぶっ叩いて、肉の繊維を崩してから作ってなかったら、食べられなかったかも。


「かたうま」


「うん、味は悪くないよ」


 確かに。表面をカリカリに仕上げてるから、芳ばしくて、これはこれで旨い。肉の繊維にしても、コンビーフみたいだと思えなくもないし、噛めば噛むほど旨みが出てくる感じだ。


「まぁ、やっすい肉だったから、こんなもんだろ」


 よく噛まなきゃならんから、顎も鍛えられるし、脳の血流も良くなる。唾液の分泌が促されて、消化にも、頭にもいい。免疫だって上がる。


 まあ、肉屋の親爺も、「コスパ最高だ。食べ盛りの子どもがいる家庭向きだぞ」って、言ってたくらいだからな。そういうことなんだろう。


 二人も気に入ってくれたみたいだし。よしよし。これはこれで成功だ。

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