35話 ちっちゃい子が食欲あるのは良いことだ
間欠泉が迸る奇妙キテレツな岩山を離れ、北へと向かう旅は続く。
相変わらず、人の往来が少ない……というか、幌馬車以外とは滅多に出くわさない。
先ほど立ち寄った土産物屋で聞いた限り、この街道を利用するのは、もっぱら隊商だけのようだ。「後はあんたみたいな酔狂なお人か、せいぜい北に向かう魔防士くらいだよ」と、呆れ顔されてたし。
ただ、そう言う割には、そこそこ客がいるのが気になった。理由はすぐわかったけど……。
あそこから少し北へ行ったところに、この街道と交差する東西に延びる大きな街道があったのだ。
こちらの街道とはまるで違って、行き交う人も多く、そこそこ賑やかな印象を受けた。
【クリークビル】を出立してからここまでずっと、人の往来があまりにも少ないもんで、どうにも気になってはいたのだ。ただ、異世界の道路事情がわからないだけに、こんなものかと半ば流していた。
この差って、いったい? あの先には大きな都市でもあるのかな? 俺たちが向かっている【エピスコ】も結構大きな街だとは聞いていたんだけど……。
どうやら、この辺りは東西交易の方が盛んなようだな。なにかしら東西路が活発な理由でもあるのだろう。
とはいえ、目下の目的は、精霊の調査だ。あちらの先も気にならないわけではないが、興味本位で寄り道するわけにもいかない。
それに、こちらでは確たる成果もあった。
【水反鏡】で探したところ、クリークビルの宿屋で聞いていたとおり、この街道と平行し、東へそれほど離れていないところに小川を見つけたのだ。まさにその小川に沿って漂っていた精霊さんも。もちろん、残らず回収してきている。
といった理由もあって、この街道から外れるわけにもいかなくなっていた。うん、順調だ。
ただ、精霊を昇華させるという目的に関しては、あまり進んでいない。
どうやら、攻撃魔法や飛行魔法みたいな、ど派手な使い方をしない限り、なかなか魔力を消費しきるまでには時間がかかるみたいなのだ。
いくら人目が少ない街道とはいえ、自然破壊著しいあんな無謀な使い方なんて、そうそうできないから。
ん!? 景色が変わった……。木々が途切れると、どこまでも続く田園風景が広がっていた。
右を見ても、左を見ても、ここから先、見渡す限り、黄緑一色の世界──ここでは色の陰影だけしか存在できないとでも言わんばかりに。
ほんと……どこかの有名画家が、風景画として残してそう。
ただ、ここからでは、牧草なのか、それとも、なんらかの農作物が作付けされているのか判別できない。
とはいえ、わざわざ近寄って調べようとするのは、このゆったりとした風景に、どうにもそぐわない気がする。
ははは、なんも無いが、ここには有った。
のどかな田園風景に心を洗われつつ、のんびりと進んでいく。
──うん、最初のうちは、気分も晴れやかだった。だけど、いつまで経っても、こうも同じ景色ばかりだと、さすがに飽きる。めげた。
だって、ちっとも前に進んだ気がしないんだもの〜。
振り返っても、見晴らす限り、同じ光景になってからというもの、まるで同じ所を行ったり来たりしているのではないかといった錯覚に陥ってしまう。
なにも無いのに……迷路みたい。
こえーっ! なんも無いって、すっげえ怖い。
……あぁ、やっとだ。やっと遠くの方に、違う景色が見えてきた。まじ、ほっとした。
ああ、どうやら、あの辺でちょっとだけ上り傾斜になってるみたい。段々畑のようなものが。
──しばらく歩いて、近づいてくると、そこには、まだ葉も付けていない低木が並んでいた。垣根のように植えられたものが、何列にも渡って広がっている。
俺もいい年だから、そろそろ木とか花を見て、それがなにかすぐ答えられるようになりたいと、常々思ってはいるんだけど……。ただ、何度見ても、何度聞いても、植物をなかなか見分けることができないでいる。結構、必死に覚えようとしているんだけど。
なんで年寄りって、あんなにも草木に詳しいんだろうか?
あっ! でも、わかっちゃったかも。ここって、葡萄の果樹園なんじゃ!? うん、たぶん、そう。葉っぱがほとんど出てないから確証はないけど。つうか、葉を見ても、どうせわからないだろうけど。
日本で見かける葡萄って、棚栽培でしか見た記憶がない。けど、外国なんかでは、ワイン用にこうした垣根で葡萄を栽培している資料は見たことあるもの。結構な急傾斜地を利用して。
……ってことは、この辺って、ワインの産地なのか?
あ、もしかすると、アリエルと一緒に飲んだワイン、あのどれかがここで採れたものだったりして。あはは、あんときは久々に愉しく過ごせたもんな。
うっ!? なんだか急に寒気がしてきた! 風邪でも引いたか?
休むにはまだちょっと時間が早いけど、一気に寒くなってきたことだし、やりたいこともある。今日のところは、ここまでにしよう。
実は、熊肉ベーコンの在庫が、そろそろ底をつきそうなのだ。
一日に十食は食べると言っていたユタンちゃんがほぼ完食。それにしても、随分早かった。結構、量あったよね?
ここまでの道中、歩いてくボックスがちょくちょく停止することがあったから、なにごとかと思って、魔法線を介して訊いてみれば、ベーコンをくわえたユタンちゃんがハッチから顔を覗かせた。お食事中とのことでした。超かわいかった。
そして、先ほど、残りのベーコンを携えて、愕然とした表情で知らせに。
最初は確かベーコン一枚食べただけで満足していたような感じだったから、少々甘く見ていた。
まあ、ちっちゃい子が食欲あるのは良いことだ。
なので、この際、多めに買い込んであった肉を燻製にしてあげようと思ったわけ。
アリエルがやってたのを思い出し、ひとまず真似してみようかと。
「うっひゃーっ! おいおい、今日は随分と風が強いなぁ」
おいおい、火を使う予定なんだけど、大丈夫か?
いや、以前テレビで見たみたいに、ドラム缶の中で燻すようにすれば、平気か。
土魔法もあることだし、鉄でちゃちゃっと燻製釜を用意しちまおう。
精製! こんなんで、どうだ? うん、よくわからん。まあ、こんなもんだろ。
結局のところ、いろいろと食べ比べをしたくなって、全種類の肉を半分くらいずつ塩漬けにし、ベーコンに使うことにした。
保存食だし、いずれはユタンちゃんのお腹に収まることを思えば、無駄にはならないからね。
あれっ!? ベーコンと呼ぶのって、豚肉で作った燻製のことだけを言うんだっけか? まっ、そんな細かいことはどうでもいいやな。誰かに売るわけでもないし。
はて、燻す時間って、いったいどのくらいだったっけな?
アリエルに、ちゃんと教わったはずなのに……おぉぅ!? なんだ? またなんか、えげつない寒気が!? ……ああ、そうだよ。あのときも俺の大嫌いな熊で怖気が……それでか。あの熊肉を燻製にするんで、気もそぞろだったから、記憶が……。
またしても、俺の邪魔をするのか? クマッ熊の奴め。
そうだ、危険だよ。忘れてた! さっさと昨日考えてた防犯結界、もといシェルターを作っておかないと。
夜は、なんといっても、安心して眠りたいから。
くまとか、クマとか、熊に襲われても平気なくらい、安心安全なやつがいい。超頑丈なドームをぶっ立てて、その中に寝るぞ。
壁面や床下は特に部材を硬化させて、万が一にも魔物に食い破られないような強固な造りをイメージしよう。
ん!? あれ? 半分は地下に埋まるにしても、全体の造りとしては、またもや球体になってしまうんでねえの? 俺には、デザインのセンスってもんがねえのか……。
いやいや、違うね。機能性を追求すると、どうしても球体とか、六角形のハニカム構造になるのは仕方ないことだ。うん、俺のせいじゃねえ。
一応、感知のテストも兼ねて、周囲には微弱な電流を流す方向でいく。こんなにも街道近くの野営で、魔物を屠れるような強力な電流を張るのは、さすがにやばいから。
あんまりにも頻繁に襲われるようなら、そのとき考えればいいさ。
それじゃあ、イメージは固まった。それでは、ぱぱっと。
……う〜ん、いいのかなぁ? こんなにも簡単で……。うん、でも、立派。ちゃんと頑丈そう。
スプライトに頼んで、試しに風魔法の強烈なのを放ってもらったけど、幸いにもドームの壁を撃ち抜かれることはなかった。
中に入って見たところ、内部に至っては何の変化もないようだ。しっかりと安全が保たれているのを確認できた。
なので、これを我が家の標準仕様とします!
でも、スプライトは不満顔……。
「ふん、まあいいわ。中で一緒に過ごせるわけだし。あたし絶対に負けないもん」
んっ!? なんだ? ……いや、どうやら納得はしてくれたようだね。
ただ、そんな一言が耳に入ってしまうと、ついついえっちな想像をしてしまう。はあ、日が傾くに連れ、妖艶さを増していくスプライトの容姿が悩ましい……。
これに関して、俺は悪くない。だって、スプライトが色っぽすぎるのがいけないんだと思う。そう、いけない子だ。
いや、イケないのは俺の方だった。そもそも、俺はイケないどころか、起たないわけで……はぁ、俺もドームをぶち起てたい。あぁ、むなしぃ。
まあ、それはともかく、このシェルタードーム、見た目の無骨さに反して、いろいろと繊細な工夫も施してある。
通風孔は、外から覗けないような構造にしたし、たとえ通気孔から水攻めされたとしても、中が浸水しないように、外へ水を逃がす作りにもなっている。
光魔法があるので、屋内でも明かりが採れるし、外に寝るよりも、ずっと快適だ。
これならユタンちゃんとも一緒に居られる。
そう、そうなんですよ。これまで何気に食事の時くらいしか、顔を合わせる機会がなかったんだもん。
歩いてくボックスの中にいるユタンちゃんからは外が見えてるから、別に寂しそうな様子はなかったけど……。そう考えたら、逆におじさんの方が寂しくなっちゃったの。突然、なんだか、無性に。
とはいえ、ユタンちゃんの見ている前では、教育上の問題として、スプライトといちゃいちゃすることもできなくなっちゃうわけだけど……。
もしも、こんな中でスプライトと二人っきりになろうものなら、いくら起たないとはいえ、スプライトに何もせずにいられるわけもなく……。
あぁ、でも、どっちも捨てがたい。
まあ、そもそもがユタンちゃんを外に一人で寝かすわけにもいかないからね。結局、三人仲良く中で一緒という形に落ち着くわけさ。うん、わかってた。
ふふふ、こうして【安心安全シェルタードーム】が日の目を見ることに。
さて、夕飯の用意でもするかと思ったとき、ふと頭を過ぎった──【エルフの郷】を出発した当時のことが……旅立ちに際し、食料の類をいっさい持たずに飛び出してしまっていたことを。ふっ、今更ながら。
あの後、アリエルと一緒になって、食べ物の心配をせずに済んだけど、下手すりゃ、毒のある実とか食って、一人悶絶してたかもしれない。
後から聞いた話だと、実際そういうのもあったらしいし。ほんとアリエル様々だな……って、うぅぅ! なんだぁ!? 春の嵐か?
……あれっ!? スプライトの周りにだけ……つむじ風がいっぱい。
「スプライトォ、寒いよぉ! どったの?」
「ふん」
なに怒ってんの? はあ、でも、怒っている表情のスプライトもまたなんとも……。
「あぁ、そっかぁ! そういうことか。そうだよなぁ、床に直じゃ、まだまだ寒いってことか!! 良いこと教えてくれた。ありがとな、スプライト。でも、そういうことはちゃんと口で言ってくれないと。俺って、昔からどうにも勘が鈍い方だから」
「ちが」
「いやいや、わかってます、わかってますって。温かみのある木の床がいいんでしょ?」
「いや、そうじゃなくて……」
「えっ!? 違うの? いや、みなまで言うな……あ、わかった。今、わかっちゃいました。床暖房にして、ぬくぬくにしろって言うんでしょ? ふふふ、どうだ?」
「もぉう、いい……」
えっ、違った? そう? 要望があれば、まだまだ他にもアイデア出すけど……。えっと、結局、どこまで作ればいいのかな?




