27話 みいら……ちがう
まずは買い漁った生鮮食料品を持って……いや、ずっと魔法で浮かしてるから、持ってはいないんだけど。
だ〜か〜ら、そういうことじゃなくてだな。とにかく、【歩いてくボックス】を隠してあるところまで戻ってきたんだ。
いちいち面倒くせえけど、こうした作業は仕方がない。さすがに町中で、このでかいボールを転がしていくのもなんだし、使ってるところを見られ……あれっ!? 別に見られてもいいか?
あんだけド派手に風魔法使って、これ見よがしに食材浮かせて歩くことに比べたら、その程度はどうってことなかったか!?
どうせ魔力隠蔽と光学迷彩を掛けて、少し動かしちまえば、後はどこにあるかすら分からなくなっちゃうわけだし。
なんか、アホみたいだな。
ああ、思い出した。そういや、子どもの頃、親に「おまえはもっと頭の中でじっくり考えをまとめてから、発言するなり、行動するなりしなさい」って、よく注意されてたっけ……。はあ、全く成長してない。
いや、黄昏れてる場合じゃねえ。買ってきた食材を早く保冷庫にしまわないと……でないと、あの親爺さんに、また拳骨食らっちまう。ははは、なんか懐かしいな……拳骨。
どっこいしょ、っと。
「プッシューッ!」
「あ……」
「なに?」
「いや……なんでも、ない」
ぷっふぅ、今、スプライトが口でプッシューッ! って言った。【歩いてくボックス】を開ける瞬間に。
「なによ!? あんたがやってほしいって! えっ!? 違うの?」
「いやいや、むしろ俺はこっちの方がいいよ」
「やっぱり……違うんだ?」
「いいの、いいの。こっちの方が断然かわいかったから。今度もお願い」
「もう……やらない」
あ、機嫌損ねちゃったか? ふふ、残念。凄くかわいかったのに。
ああ、スプライトが……。
おっと、いけね。生もの、早くしまわなくちゃ。後で、ちゃんとスプライトには謝っとこ、っと。
──ふぅ、とりあえず、こんなもんかぁ。教えてもらったとおりには、できたかな。
今回は店で買った際、トロ箱に生成した氷をざっと被せて運んできたわけだけど、風魔法で浮かせていたせいもあってか、空気に触れたところから徐々に溶けかかっていた。
まあ、慣れないことだったから、どうやろうかと、少しもたついてたせいもあるとは思うけど。
おそらくは、氷はもっと小さめにして、ビニール袋か、なんかに入れて空気を抜いた上で、それを隙間に詰めっていった方が使い勝手も、氷の保ちも良さそう。その上で蓋で覆ってやる方がいいのかも。
やっぱ氷を空気に晒さないのがポイントみたい。まずはビニール袋だな。今後の課題にしよう。
とはいえ、この保冷庫に収納してしまえば、後は保冷庫任せだからね。ここでは、もう関係ないけど。
後は出し入れの際、温度が上がってないかを気にしてやるくらいでいいだろう。
本当のところは、魔法のある世界だし、弱い魔法を常に使い続けて、魔力制御の腕を磨く修行みたいにするのが王道かもしれないけど……。うん、おじさん、そういうのは、ちょっと。
実際、氷の守護結界を張って、理想とする温度をイメージするだけで、簡単に制御できちゃうはずだ。それじゃ修行になるまい。
行動制御に関しては、いかにして脳の無意識領域に意識してたことを手渡してしまえるかが、何事においても、上達の鍵となってくるからね。
まあ、俺の場合は無意識に……ではなくて、精霊さんに丸投げなわけだけどな。あはは。
本当になんなんだろうな? 精霊って……まあ、その辺も含め、調べて回るのが目下の仕事なんだけど。
おっ、スプライトのやつ、やっと戻ってきたな。
「さっきは、ごめんよ」
「ううん、あたしの方こそ、勘違いして、ごめん」
「いやいや、そこは俺の説明が悪かっただけだから」
「うん、じゃあ、ちゃんと説明して。今度はちゃんとやってみせるから」
「えっ!? まだやるつもり? いや、ごめん。やってくれるつもりなの?」
「意地でもやる。絶対に満足させてあげる」
「あはは、そうなん?」
スプライトのやつ、意外と負けず嫌いだった。
ただ、スプライトに協力してもらうにしても、今のままじゃ駄目なんだけど。
そもそも、プッシューッという音は、圧縮空気が抜ける際、もしくは減圧室へ空気が流れ込む際の音なわけで、今の歩いてくボックスだと、気密性に欠ける。
食品が酸化しないように窒素充填するにしろ、中の空気を抜くにしろ、開閉蓋の内側にパッキンをセットして、空気が漏れ出ていかないように気密性を高める改造を施さないと。
スプライトにそう説明して、しばらく待ってもらうことに。まだ不満顔か……。
さて、それよりも、今はこっちが優先。もう一つの作業も忘れないうちに、やっつけてしまおう。
野菜のフリーズドライ処理だ。
まずは、買ってきた野菜を切り刻む。野菜に余計な雑菌を付着させないようにするには、風魔法で切り刻んで……いこうとしたら、背後から鋭い熱視線を感じた。
「ですよねえ〜。いや、忘れてなんかいないから。全然、ほんと。これも手伝ってもらうつもりだったから。はは、見本になる形と大きさを示すために切ろうとしてただけだから……。では、この野菜は、こんな感じでお願いします。先生! いえ、プロフェッサー」
「もぉっ、ほんと調子がいいんだから。絶対に忘れてたでしょ。今日は宿を出てからほとんど話しかけてこなかったし、さっきは……一時は、どうしてくれようかと思ったけど。でも、まあ、いいわ。よろしい。そういうことなら任せなさい。それっ──」
はは、ずっと一緒に居たのに、さすがに放置しすぎたな。でも、生鮮食品を買うと決めてからというもの、俺には全然話し掛ける余裕なんて無かったんだよぅ。
おぉ! こりゃ、凄い。さすがは風妖精シルフ様、プロフェッサーならぬ、見事なフードプロセッサー振りを、発揮してくれておられますなぁ。
「じゃあ、こっちの野菜は、こんな感じでお願い」
「ふふふ、いいわよ。任せて」
「かぜ まかせ」
「いやいや、ユタンちゃん。間違ってはいないけど、それだと気の向くまま、適当にやってるように聞こえちゃうから」
「でまかせ」
「あれっ!? なんか怒ってません?」
あ、こっちも放置しすぎたか。ああ、やっぱ、お仕事したいのかな?
「では、発表します。明日からはみんなで旅に出掛ける予定です。そしたら、ユタンちゃんには、これからずーっと【歩いてくボックス】を転がしてもらうという、大事なお仕事の予定が入っております。拍手! ぱちぱちぱち」
「ふんすっ!」
えっと、それは……やる気満々ということで、いいのかな?
「では、明日からよろしくお願いします」
「うむ」
「ねえ、できたわよ。これでいいんでしょ? これって、いつまで浮かしとけばいいの?」
お、早いな。もう全部切り終えたのかよ?
「すまん。ありがとな。今、容器用意しちゃうから、ちょっと待ってて」
「うん」
慌てて、土魔法で作業台と大きめの容器をいくつか作っていった。
「お待たせ。んじゃ、この容器の中にお願い……うん、上出来、上出来。ばっちりだよ」
切り刻んだ野菜もそうだし、風を操って容器の中にきれいに納めた技量といい。さすがだ。
「えへへ」
照れくさそうにスプライトが微笑みを浮かべている。
確かに料理って、一緒にやると楽しいな。
さてと、お次は、野菜を急速冷凍か。
とはいえ、温度を下げすぎてもいけなかったはず。今なら、やろうと思えば、絶対零度にすることだって可能なはずだから、結構加減してやらないと。
温度が低すぎると、次の乾燥工程で影響が出るんだったっけ。確か、水分が抜ける穴が小さくなりすぎて、上手く乾燥してくれないとか、どうとか。
温度は−30℃前後が理想だって、どっかで読んだ気がするんだけど……。温度計なんて、ねえぞ。
失敗しての全損なんて、ごめんだ。まずは少しだけ試してみるか。
えっと、テレビCMで昔、バナナで釘が打てる温度が−40℃の世界だとかやってたよな。その一歩手前なんだろうけど……。
「あ、バナナ買っとけばよかったか? あはは、そんなバナナ。そんなべたな……」
「「……」」
毎度ごめんよ、ちょいちょいワケノワカランこと言って。日本語知らん子相手に、ダジャレも何もなかったな。
とはいえ、瞬間的に凍る温度でもないだろうから、参考にならんか。いや、ダジャレの方じゃないから、フリーズドライの話ね。
そもそも、バナナとこの野菜では、食材の水分量とか、切った大きさとかも違うから、あてにならねえか。う〜ん、どうすっぺ?
なんだかんだと思考を重ね、ちょっとずつ試していく──
どうだ? うん、大体、こんなもんだろ。
後は乾燥させるわけだけど、減圧するのと同時に、熱を徐々に加えてやるんだったか。
となると、闇魔法では駄目か……加えた熱まで片っ端から吸っちゃいそうだし。
んじゃ、ごく普通に風魔法で減圧しつつ、火魔法で熱を加えてみるかな。
しっかし、まずったな。やっぱ勉強不足だ。
異世界転生・転移ものだと、アイテムボックスが存在する設定が多かったから、フリーズドライの作製方法なんて、真面目に覚えてこなかった……。
もっと真剣に準備して……る、おっさんって、どうなの? 十代の子ならともかく……そっちのがヤバいか。
はあ、ざっとしか目を通してない記憶に頼るのは、なんとも不安だ。大事な工程とか、すっ飛ばしてないかな? まあ、今更、しょうがねえけど。
──とりあえずはこれで、試作品第一号の完成だ。
とにかくお湯で戻して確認してみないことには。
おっとぉ、食器も無かった。
そもそも、食器類に関しては、移動中かさばることだし、その都度、土魔法で簡単に作成できると思って、買ってなかったんだ。
せっかくだから、ガラス容器も作れるか試しておくか。
土魔法で、地中の石英、ソーダ、石灰を抽出し、少し深めのガラス皿の形をイメージ。そして、生成!
瞬く間に、ガラス皿が完成した。う〜ん、我ながら、便利すぎて怖〜い。
これを繰り返し、あと二個作る。
むっ、二個いっぺんにできあがるイメージが湧かなかった。この辺は魔法も不便だな。
いや、イメージ力の問題か。何事も練習あるのみだ。
よし、次は、きちんと元に戻るかどうかのテスト。
フリーズドライにした野菜を少し皿に移し、少量のお湯を注ぐ。
あら不思議? 水魔法と火魔法を同時行使すれば、このとおり、何もないところからお湯が湧き出て注がれる。
ふふっ、ど定番とはいえ、やはり無詠唱魔法は、便利この上ないな。最初に思いついた人、ほんとえらいよ。日本人転生者・転移者の多くが、これで救われてるはずだ。
最後に、少しかき混ぜて、しばらく待てば……うん、見た目は良さそう。
「さあ、少し召し上がれ。調理したわけじゃないから、そう旨いものでもないけどな。こっちの生の野菜と比べての感想はどう? なんか違いある?」
「へえ、ずいぶん面白いことしたわね。ずっと横で見てたけど、これって、すごいよ! 干からびた野菜がすっかり元通りになってる。うん、ほぼ一緒」
「みいら……ちがう」
どれどれ? うん。まあ、こんなもんかな。
完成度からすれば、とても完璧とまでは言えないけど。初回だしな。まあ、これくらいで充分だろ。なんか思いついたら、その都度改良していく方が楽しいし。
それじゃ、残りの野菜全部、一気にフリーズドライにしちまおう。
一度やった魔法だから、二度目はイメージしやすい。こういうのは量が増えても関係ないところがいいね。
やっぱフリーズドライにすると、重さも体積も減っていいよな。生野菜を持ち歩くとなると、どうしても重さにしろ鮮度管理にしろ、水分がいろいろと問題になってくるから。こりゃ、助かるわぁ。
よし。あとは保存容器を作って、そこにしまえば、おしまいだ。
この辺は結構適当。土魔法でそれぞれの野菜の量に合わせて、適当な大きさの蓋付き容器を作っていった。
はあ〜、本当になんでもかんでも、精霊魔法で出来ちまいそう。
というか、前の世界で得た知識のお陰でもあるか。学校教育も馬鹿にはできないもんだ。
いや、こういったのはラノベの知識か。いやいや、そこから自分で調べていった知識の方かな。
ふふふ、俺はこうやって異世界でも生きていけるようになった。
……というのは、真っ赤な嘘でーす。あはは、なにもかも精霊さんのお力、どぉえーす。
それにしても、なんで俺しか精霊魔法を使えないんだろ? 変なの……。




