20話 ユタンちゃんに気に入ってもらえたから
さて、アイテムボックスを諦めたことで、やっと代用品を作る気になれた。
旅をするに当たって、まず必要なもの──それは、なんと言っても食料だ。
現地調達できない可能性も充分あるから、次の町までに必要な分を冷蔵・冷凍保存できる容器を作りたい。
今や、精霊魔法を駆使すれば、大抵のものはできそうなので。
とは言うものの、この精霊魔法の方こそ、理屈なんて、これっぽっちもわかってないのが怖いんだけど。でも、使えるものは使う。
というか、精霊を滞留させずに昇華させてやることが、目下のところ、聖樹様へのご恩返しとして、俺が唯一担える役割だから。
精霊の現況調査をしつつ、これからは存分に精霊魔法を使うつもりだ。余程、精霊の枯渇とかの差し迫った事情がない限り、出し惜しみはしない。
それでは、保冷庫の素材作りから始めよう。
まずは、ステンレス鋼を作る。
「なに、それ?」
「ん!? えっと……錆びない鉄……というか、元々錆びさせた鉄?」
「なんか自信なさそうね」
「まあ普通、自分で造るような物じゃないからな」
「ふ〜ん。でも、面白そう」
えっ!? そう? なんか意外……いや、さては上手くいくかどうか分からん俺の雰囲気を、悪戯とでも勘違いしたのかな?
さあ、いくぞ。金属を抽出する魔法と言えば、土魔法の出番だろ。
土属性の魔力を発現し、薄く広く、地面深くまで浸透させていく。まずは地中の金属分布を探っていった。
目的の金属は、鉄、ニッケル、それにクロム。
どれどれ……おお、鉄は潤沢だ。
おっ、やはりあったな! ニッケル、これさえあれば。
百シェルと五百シェル硬貨を見たときから、この国のどこかに、ニッケルを含んだ地層があると推測してたんだ。なにせ白銅は、銅にニッケルを混ぜ合わせたものだからね。
もっとも、この豊富な精霊の魔力をもってすれば、問題なんてあって無いようなものだ。たとえこの辺のニッケル含有率が低くても、世界中のどこかに存在さえしてくれてたら、土魔法で強引に抽出できそうだもの。
コストなんて一切不要なわけだから、それこそ苦労して採掘してる坑夫さんや鉱山主辺りに知られたら、どやされそうだけど。
おっ、クロムの方も見つかった。
あと、金属以外では炭素か。まあ、これは地中でも大気中でも、どこにでもあるしな。
今回は全体のイメージを固めた上で、一発でステンレス鋼を精製するつもりでいる。となると、事前のイメージづくりが肝心か。
鉄に微量の炭素を混ぜて、延性と靱性を高めたのが、鋼鉄だ。
その鋼鉄にクロムを混ぜることで、クロムが錆びて被膜を作る。それで、錆びにくい金属になるんだ。そういや、これもラノベを読んでたとき、ふと疑問に思って調べたやつか。
俺の若い頃は、スマホなんて無かったし、なんでもすぐ調べられやしなかったからな。気になることは重たい辞書や百科事典を引くしかなかった。調べるのがそれこそ面倒くさいから、一度調べた知識は忘れないよう覚えておく習慣が未だに身についてる。
今の子には信じられないかもしれないけど、誰しも友達の電話番号とかなら、いくつも覚えていた時代だったんだ。
若いやつに、「そんなの今の時代に必要ないっすね」とは、よく言われてたけど。へへん、どうだ! 役に立ったぜよ。
おっと、また話が脱線した。
そうそう、クロムが鋼鉄中に含まれる炭素と結合することで減少しすぎると、また錆びやすくなってしまう。だから、含有炭素をかなり低く、零コンマ以下に抑える必要があるという話だった。
また、ニッケルを混ぜることで、更に靱性を高めることができるから、加工もしやすくなるとか。
本来なら熱加工などのいくつかの工程が必要だったはずだけど、そこは魔法で、ちょちょいのちょいと省略できそう。
鉄にクロム25%、ニッケル20%、炭素0.1%を混ぜた合金鋼のイメージを固めると、生成はあっという間──光り輝く金属ができあがっていた。
確か、クロムには毒性が高い六価クロムなんかもあったはず。どの金属にも触れずに、こうやって加工できるのはありがたい。どんな金属にどんな毒性があるかまでは、正直把握しきれてないからね。
ただ、合金なんて初めて作ったから、これが本当にステンレスになっているのか、ちょっと不安。錆びないかどうか、テストしてみよう。
「えっ、なになに?」
「うん、ちょっと実験をね」
「はい、はーい! あたしも、あたしも」
「ん、そう? じゃあ、ちょっと待っててな」
「うんうん」
まずは比較対象として、純度100%の鉄を別途生成する。
そして、鉄とステンレス鋼の両方に、塩水を噴霧し。
「じゃあ、この水分を風で乾かしてくれる?」
「いいよ。それでそれで?」
「いや、それだけ。ただ、これを繰り返すだけ」
「……」
いや、錆の出方を観察するだけだから。
──結果、オレンジ色に錆び付いてしまった鉄に比べ、結構な違いが出た。
失敗のようなら、添加する金属の比率を変えて、何種類か試して作り直そうかとも思ったけど、これなら及第点をもらえそうだ。
さあ、今度はこのステンレス鋼を使って、保冷庫を作ろう。
目指すは、魔法瓶──つまり、容器の壁面内部を真空にして、熱を遮断できる構造にしたいわけだ。
魔法のある世界で、魔法を使わない魔法瓶とはこれいかに。
それでは、ステンレスを材料にして、升型容器をイメージして成形する。100cm四方くらいの大きさにするとなると、大気圧からして厚さが結構必要か? とりあえず、厚さ5cmで。
上蓋部分には同じ厚みで少し大きめにした正方形の被せ蓋も作成しておく。上蓋が取り外せる形式のステンレス箱だ。
升の五面と上蓋の一面、その金属壁の内部に真空の空間ができるように魔法で押し広げて……いや、中の金属を消失させるイメージの方がいいかな。元あった土中に金属を戻す感じで。
外側に穴を空けないよう注意しながら、完全な真空の空洞を作り上げていった。
ふう、成功だ。
容器の内部と外部が直接繋がった構造になっているから、完全に熱を遮断できるわけじゃないけど、これでもかなり熱伝導を防げるはず。
糧食の冷蔵冷凍用と思えば、このくらいで充分だろう。つうか、やりすぎな気がしてきた。
最後に、容器の内側に鏡面加工を施す。反射率が上がって、熱放射も防げるはずだ。
これで魔法瓶型保冷庫の方はできあがり。
ただ、旅での持ち運びを考えると、是非とも移動式にしたいところだ。
けど、車輪を付けて走らせたり、引っ張ったりするのは、どうもなぁ……。異世界ファンタジー好きとしては、どうにもモヤモヤするんだ。
夢のアイテムボックスを諦めて、実用品に走ったわけだけど、せめて遊び心に溢れたものにしたいよな。でないと、なんか負けた気がする。
試作模型用にステンレス鋼をいろんな形に成形して、なにかアイデアのヒントにならないかと思案していた。
すると、ユタンちゃんが筒の中を歩くようにして、遊び始める。
はあ、なんちゅう微笑ましい光景なんじゃろか。身体が小さい分、なんかハムスターの回し車みたい。しかも、楽しそう。
いつまでも飽きずに遊んでる。改めて訊いてみても、こうやって歩くのがたいそうお気に召したとか。
「半妖精は一度気に入ったことなら、一生続けたりするわよ」
「いや、さすがにこんなの、適当なところで飽きるだろ?」
「ううん、そういう性分なのよ。この子たちは」
まあ確かに、雑貨屋でも一心不乱に商品を陳列してたものな。
おっ! じゃあ、それでいってみるか。
移動の動力は、ハムスターの回し車式──というか、ユタンちゃんが球体の内部を歩くことで転がっていく仕組みだ。
ただ、移動するときに内蔵した保冷庫まで回転しちゃうと、中身がめちゃくちゃになってしまう。そうならない仕組みにしないと……。
となると、地球ごまか。
回転軸を中心として、球体を回転させる回転台を入れ子状に作ってやる感じかな? それぞれの軸を直交するように、ジンバルを重ねて設置すれば、効率が良さそう。
三次元世界で外部からの360°あらゆる回転の影響を受けずに、ローターの回転軸を一定方向の向きに保つためには、三軸にする必要があるわけか。x軸、y軸、z軸というわけだ。そっか、そっか。
三軸のジンバル機構を使えば、いくら外が回転しようが、中心の物体が微動だにしないようにできるはず。
いや、三つの軸が重なる一点だけは、どうにもならないんだったっけかな?
でも、それだと、軸を増やしたところで、根本的な解決にはならない気が。それに、大きくなるしな。今はいいや。
ただ、ジンバル機構自体、地球ごまみたいにリング状で事足りるとしても、いろいろと収納するとなると、強度不足でフレームが歪むかもしれない。保冷庫からして、この重さだしな。
とりあえず、内部も球体にしておこうか。
でも、そうなると、保冷庫への出し入れが大変か? ……う〜ん、軸の部分に影響が出ないように開けるには……。
ああ、そうだ。中心に置く保冷庫の蓋の高さを基準にしてみるか。三つの球体をそのラインで、揃って開閉できる仕組みにしてやればいい。
後は内側にある球体の外径よりも、一番外側にある球体の内径を50cmほど差をつけて大きく作ってやれば、なんとかユタンちゃんが歩ける空間を設けられる。
ここをあまり広く取ってしまうと、かなり大きな球体になってしまうから考え物だ。あまり大きくしすぎると、ユタンちゃんの体重では前に進まないかもしれないし。
「わくわく」
あれっ!? むしろ、狭いスペースの方を期待してくれているのかな?
まあ、だめなら、後で改良すればいい。いざとなれば、動力を精霊魔法で補ってやれば済むことだし。とりあえずは、これでいってみよう。
──とはいえ、いざ造ってみると、思ってたよりも大きなものになってしまった。しかも、目立ちすぎ。
「ほんとキラキラしてるねぇ」
そこで、球体面に反対側の映像を投射してみたのだが、これがあっさり上手くいった──光魔法で光学迷彩ができるか試してみたのだ。あはは、なんだろうね、この手軽さ。
「「……」」
これは隠蔽魔法【オプティカル・カモフラージュ】と名付け……いや、長すぎるって。
【光学迷彩】のままでいいや。なんでもカタカナにすりゃあ、いいってもんじゃない。
試験運転として、ユタンちゃんに動かしてもらうと、問題なく動かせた。なんともパワフル。
結構な重量のはずなんだけど……。例の回避能力の高さは、伊達じゃないらしい。なんだろ? この異常な脚力は。
それにしたって、あんな軽い体重でだよ。よほど重心の扱い方が巧いのか!?
ああ、やはり、問題はこっちの方だったか。
なんというか……移動すると、どうしても重さのせいで、地面に跡がくっきり残ってしまう。せっかく本体に掛けた隠蔽魔法が台無しだ。どうしましょ?
──結局は、スプライトに頼った。
「ふふふん」
球体に軽量化効果のある風魔法【ライト】を付与してもらって、地面に跡が残らない程度の重さに調整することに。
本当は精霊魔法で対処しようとしてたんだが、「なんであたしだけ除け者にするの!?」と、涙目で訴えかけられたのだ。そんなわけないだろうに。
まあ、得意分野で蔑ろにされるのは、嫌だろうしな。スプライトは、皆でわいわい騒ぐのが好きだということがわかったよ。
その後、保冷庫に物をしまおうと、蓋を開けようとしたところで、重大な欠陥が判明……した。
俺って、アホなの!? 高いよぅ。高すぎるよぅ。届かないよぅ、蓋に手が。いや、手は届いても開けられない。
なまじ頭の中でイメージするだけで物ができてしまうのがいけなかった。できあがるまで、気が付かないとは……。
直径3メートル──開閉部分でも地面から2メートルの高さにあった。
物を出し入れするときを考えると、作業時に回転しないように固定するための脚も付け忘れてるし。
それに食材を持ったまま、登り降りできて、中で作業しやすいスペースが無ければ、使い勝手が悪すぎる。いっそのこと固定脚を太くして、階段状にしてみるか?
再設計も面倒だ。とりあえず、今はこのまま土魔法で地面を盛り上げて、用事を済ませちまおっ。
やっと真空魔法瓶の効果実験に入れる。
もしも中で冷気が漏れてると、ユタンちゃんが凍えちゃうからね。
さて、生ものなんて持ってきてないから、どうすっかな? とりあえず、水魔法で作った氷を保冷庫に入れて、一晩、様子見だな。
にしても、アイテムボックスができない腹癒せに、結構な物を作っちまった。
思いの外、ユタンちゃんに気に入ってもらえたから、逆に良かったか。
あっ! いかん。緊急脱出用のハッチも付け忘れた……。おいおい、外郭の球体って、360°回転するんだぞ。いったい何個必要になるんだ? めんどくせえ。
って、待て待て、そうじゃないよ。一個でいいんだって。ハッチで出入りできるところまで転がしてやればいいんだから。というか、開閉蓋とリンクさせた下部に作るのが正解か?
──結局、全て改修するのに、そこそこ時間を要した。
「正式名称は、【ユタンローター移動式ジンバル機構搭載、魔法瓶型保冷庫】……アイテムボックス、もとい通称【歩いてくボックス】が、こうして完成したのであった」




