18話 やや大きめかなと思っていた
さあ、次だ、次。早くスプライトでも使えそうなの渡してやらにゃあ、気が気じゃない。
えっと……これは、山羊革のガントレットだったっけ。革製品なんだよなぁ……。
RPGなんかだと、ほぼ初期装備だ。いったい全体、どの程度の強度が見込めるのやら。
まあ、さっきくらいの魔法なら、ぎり耐えられそうか?
「んじゃ、さっきと同じの、行くぞ!」
「おっけー」
OKってことか? まあ、おかしくは……ないのか? 俺にわかりやすく変換されてると思えば。
あれっ!? そういや、少し機嫌直った? いや、そんなことよりも、集中、集中。
さっきは危うく顔面に直撃するところだったからな。鼻めがけて飛んできたときには、さすがに肝を冷やしたよ。おまけに、花に助けてもらったわけだし……。
今度はあらかじめ、顔をガードするように、ガントレットを填めた左上腕を掲げておく。
ちゃんと準備した上で、同じ土魔法を。
「いくぞ! ……【ストーン】」
先ほどの焼き直しのように、放たれた石つぶてが、スプライトの結界によって、弾き返される。
今度は油断していなかったのと、十分な距離を取ったお陰で、ガントレットでしっかりと受け止めることができ……!?
おいおい、またしても、予期せぬ展開が!
まさに展開されてる!? 目の前に透明な大盾が──多角形の格子が寄り集まって構成された、光り輝く盾が。
おいおい、なんだよ!? これって、バリアじゃん! すげぇーな。さすがは【アイギス】の名を冠してるだけあって、伊達じゃねえ。
しかも、これって胴鎧とのセットだって言ってたよな。
ああ……でも、盾状のバリアが発生するとなると、他の防具を試す際には邪魔になっちまうな。いったん外しとかねえと。ああ、めんど。
【セーフティービット】同様、これも優秀すぎるな。ふふ、なんとも贅沢な悩みだ。
ガントレットを外し、脇に置いた。
「……」
あ、いや、スプライトさんや、そんなにがっかりした目をしないで。後でどうするかなんて、もうとっくの昔に決まってんだからさ。つうか、目が死んでる。怖い。超こわいから。
さあさあ、気を取り直して、お次は【アイギス】の片割れ、胴鎧のテストだ。
今度は、胴体の高さに土魔法が跳ね返ってくるように、調整しないとな。
「もうちょい、気持ち低めに打ち返してくれるか」
「うん……わかった。ふふ」
スプライトにも協力してもらい、射角の調整を試みる。
「じゃあ、いくぞ。【ストーン】!」
またしても、ヒュイーン、パシンと石つぶてが跳ね返されてくる。
おっ、ちゃんと低くなった! いや、少し下げすぎ!? うっ、腰が、引ける。
息子が縮み上がる思いをしつつも、それでも根性で、石つぶての挙動を最後まで注視。
おっ、見えた! つぶてが鎧と接触する直前、何もない空間にバリアが広がるのを、今度も見逃さなかった。
こっちも同じだな。黄色い光で縁取られた透明な正六角形か……それがいくつも連なった鱗、いや、甲羅とでも表現すべきバリア。
先ほどと同様、一瞬にして、消えてしまったが。
鎧やガントレットの類の防具ってのは、RPGなら、とかく装備できる職種が限定されてたりするのが相場だけど。
アイギスは、革製品にしても、見た目以上に軽い。実際、大概の人が装備できそうでもある。
美の均整が取れすぎて、どうにも華奢そうに見えるスプライトであっても、これなら平気だろ。
「うん、これもスプライト行き決定だな」
「えっ!? これもって。えっ、さっきのも!? あたしに……いいの? ほんとに? や、やったぁ!」
俺がそう口にした途端、最初はきょとんとしつつも、次第にニマニマと上機嫌になっていったスプライト。最後なんか拳を握り締め、小さなガッツポーズまで……。
なにがそんなに嬉しいのやら? まあ、とんでもなく良い防具であることは認めるけど……うん、別の意味でも。
ムフゥ〜。これで理由が立った。
【アイギス】は、革鎧と言っても、そんじょそこらの、むさくるしくて、くっさいだけの革鎧とは、まるで違うんだよ。
さっき、宿屋で装備し直した際に、その真価を発見してしまった。
最初、スプライトにはやや大きめかなと思っていたんだ。だから、その隙間をどうやって埋めようかと、いろいろと思案しながら触っていたら、この鎧の秘めたる機能に気付いた。
まあ、武器屋の親爺が言っていた、あのサイズ自動調節機能のことだけどね。つうか、実際にはそんな生易しいものじゃなかったけどな。
こいつは後のお楽しみに取っとこ。
さてと、防具で残ってるのは、あとは【ニケの冠】と【イリスの翼靴】か。
防具には違いないようだけど、これも見た目がね……。
常識で考えれば、月桂樹の冠なんかに、防御性能を期待できるわけもないもの。ただ、これも【シーリーコート】であることを考えれば……そこは。
とはいえ、装着する部位が部位だけに、さすがに攻撃を当てて試すのは、どうにも怖いや。
それに、足の方も、ただの靴っちゃ靴だし、物理防御力が高そうには到底見えない。攻撃が足に来たら、怖くて思わず、反射的に避けちゃいそう。
そういや、この二つもギリシャ神話繋がりだったな。どちらも有翼の女神で、使者として働いていると謂れのある神だ。
それにあやかった防具となると、俊敏になったり、回避能力が上がったりする性能辺りが、やはり本命だろうな。
今度はスプライトに少し連続で攻撃させて、回避できるか試してみるか。
風属性の魔法は、速度特化なイメージがあるし。それを避けられるのであれば、文句なしに役立ってくれそうだ。
「おーい! スプライト。ちょっとは魔力に慣れたか?」
「うん! だいぶ掴めてきたよ。このじゃじゃ馬に」
だったら、もうちょっと高度な制御とかも、いけるかな?
「んじゃ、威力は弱め、スピード速めの風魔法って、なんかある? あったら、俺目がけて撃ってみてくれないか」
「あるにはあるけど、速度速めると、自然に威力も強くなっちゃうよ。どっち優先?」
まあ、そりゃ、そうだわな。う〜ん。
「最初は威力弱めの方から、徐々にスピードアップする方向で」
「わかった、やってみる。でも……ちゃんと避けてよね」
おっ、なんだ!? 心配してくれてるのか? おっと、集中っと。
「風の妖精シルフが命ず、疾風共。彼の者の踵を捕えよ!」
おいおい、いきなり詠唱魔法かよ!? ……つうか、妖精魔法にも詠唱するの、あるんだね?
てか、来た!
「うひゃっ」
あっぶねえ、思わず変な声が出ちまった。これで威力弱めなの? 結構な速さだったぞ。
おっと! 次次やってくる。へえ、一度詠唱すれば、後は無詠唱でいけるのね。まっ、そりゃそうか、風妖精だしな。それくらい自由自在か。
おっ、ふんっ! なっ……考えてる……暇……がっ……ない……よっ! っと、くっ……。
「ス、ストップ……ひゃっ、止めてぇ! もういい。もういいからーっ!! うひょっ! ……ひぃ。はあ、はあ、はあ、ふぅ……ああ、怖かったぁ」
……よっしゃ! 予想通り。今まで体験したことないくらい、スピーディーに動けてた。視界が移り変わるのが、速いこと、速いこと。
本来なら動体視力がついていけそうもないくらいなのに。どうやら眼球運動にも補正が掛かってるみたいだな。まだ目の周りの筋肉がぴくぴくしてる……。
ただ速いだけじゃなく、機敏な動きで、とっさに方向転換できるのも、実戦向きと言えるか。
それにも増して、奇妙なのは……何回か回避し損ねたはずなのに、偶然バランスを崩して避けることができちまった。
偶々にしても、これは……勝利の女神に関係した何か仕掛けでもあるのかな?
う〜ん、確率論とか苦手。俺にこの手の検証は無理だぞ。まあ今は、結果だけ享受しとけば、いいやな。
さあ、いよいよ、最後に残ったのは二つ。
ずっと後回しにしていたやつだ。実はどちらも考えるのが、嫌で嫌で。
むぅ、それでもまだ、マントの方がましか?
この【獣王革のマント】は、【妖精女王の森】の近くで倒された獅子王の。ご当地産らしいけど……。
俺は獅子座生まれだからね。ライオンと言えば、ついつい、その由来となったギリシャ神話に登場する、英雄ヘラクレスに倒されたライオンをどうしても想像しちまうんだ。
そのライオンにはヘラクレスの膂力であっても刃物が一切通らなかったという。ならばと、力ずくで絞め殺された野獣──それがメネアのライオンだ。
その毛皮に包まれた者は不老不死を授かるという伝説が……俺の不死身さ加減と、なにか関係が……いやいや、無い無い。
そうだよ! そもそも、マント貰う前から俺は不死身だったんだから。これはだいじょうぶ、大丈夫のはず……。
ふぅ、ギリシャ神話続きで、少々毒されたか。ほんと神話には陰湿でどろどろしたのが多すぎるんだよ。
でも、最後のは、なぁ……。【テュルソス】、あのディオニュソスの杖だ。
極め付きのオリンポス十二神、酒と豊穣の神だ。樹木の守護者でもあったはず……。
そうなんだよ。これって絶対、聖樹様辺りが持ってなくちゃいけない宝の類だと思う。俺なんかに渡しちゃっていい物じゃないだろうに……。
ギリシャ神話の中では、乳や蜜、清水とかも湧く杖として語られていた。神話絡みの品ってのは、どれもエロチックで、いかがわしい匂いを連想するものばっかだ。絶対、面白がってやってるだろ?
はあ、思い出したくなかったんだ。マニアとか、マイナスという言葉の語源にもなった、驚喜と狂気を引き起こす、あの神が纏うオーラの話を。
女性から狂信的な崇拝を受ける神……そして、その杖を。
どうしても考えざるをえない。もしかすると……いや、もしかしなくても、スプライトやユタンちゃんとの同伴契約は、この杖が引き起こしたものなんじゃないかって。
俺自身でなく、こいつが原因かもしれないと思うと、どうにも気が滅入ってくる。
そもそも、俺なんかにこんなかわい子ちゃんたちを魅了する力があるわけないものな。
そりゃあ、俺だって男だから、一度はモテモテになってみたいとは思ったりもするけどさぁ。それはあくまでも妄想の中での話だ。さすがにリアルで他人の意思を踏みにじるのはね。
実際に彼女たちの人生を、こんな杖なんかに狂わされたら、たまったもんじゃない。つうか、彼女たちが夢から醒めたときの反応が怖いのよ。
ああ、自分にもっと魅力があれば、少しは自惚れて、今の最高な状況をもっと堪能できたのに……。
どうか覚めないで、俺の夢。できればスプライトたちに掛かってる魔法も。どんな風に俺が見えてるか分からないけど、彼女たちを幸せのままにしておいてあげて。
きれいごと言いつつも、こうやって心の奥底では自分に都合よく考えてる狭量な自分が。これが、すっごく嫌なんだって。はあ、善人にはなれそうにない……。




