16話 ちょうど小さい!
しばらくすると、親爺さんが薄緑色のマントと薄茶色の靴を抱えて戻ってきた。
「これは昔、儂が世話になったダークエルフが使っとったものじゃ。店を出すのならと、当時譲り受けてのぉ。長らく非売品として店先に飾っちょったのぉ。いい機会じゃ、嬢ちゃんに似合いそうじゃから譲ろう。どうじゃ? 良い品じゃぞ」
「えっ、そんな思い出の品を売っていただくわけには……」
「もういいんじゃ。道具は使われてなんぼじゃからのぉ。とはいえ、気にいらんのなら、無理に押しつけるつもりはないが」
「いえ、そんな……スプライトはどうだ? 俺はどちらもおまえに似合うと思うけど」
「えっ、ありがと。うん、素敵な色ね。それになんか温かみを感じるね。靴とマントだっけ? よくわかんないけど、必要な物なら、これがいいかな」
「じゃあ、決まりだな。とはいえ、予算の範囲ならだけどね。おいくらですか?」
「いや、古いものでな。ただで持っていってくれてかまわんぞ」
「いえいえ、さすがにそういうわけには。大切に扱われてたのが一目瞭然な品ですし」
「う〜む……しかしのぉ……」
その後もなかなか、うんと言ってもらえなかったので、耳打ちして「女の子の手前、大枚はたいて買ってやった方が格好がつくから」と、なんとか言いくるめて、やっとのことで納得してもらえた。
相場というものを知らないだけに何とも言えないが、それでも、かなり割り引いてくれた値段だったと思う。ここはありがたく、ご厚意を受けることに。
と、ここで意外なことが判明した。
スプライトが小さかったのだ。
「ちっちゃくなんかないもん!」
そりゃあ、元から比べると確かに大きくなったし、立派なものをお持ちであることは認める……って、論点がずれた。いや、そうじゃなくて、背がちょっと低めだったから、マントが長すぎたのだ。
あまりにも完璧なプロポーションだったがため、今まで全く気がつかなかった……。
いやいや、そもそも、これまでの比較の対象が、めっさ小さなユタンちゃんであったり、巨漢のドルン&ゲルンであったりと、極端な背丈の者たちが横に並んでたから、目の錯覚を起こしていたのかもしれない。
ただ、俺的には最高。ぱーぺきなプロポーションな上、ちょっとだけちっさい。いや、ちょうど小さい! うん、まちがいなく俺の理想だ。
「っ!!」
幼児体型とかじゃない小さな大人。背は低めなのに、もろ大人のぼんきゅっぽんな女性だっていうところが、俺のどストライクなんだ。
過去には頭の中でどうにか最高の女性を思い描こうとはしたものの、とてもじゃないがこの世には存在しえないと諦めかけていたくらいなのだから。
「なっ……なら、いいけど」
──結局、スプライトの背丈に合わせて、親爺さんにマントの手直しを頼むことになった。
手早いながらも、見事に手直ししてくれたよ。さすがはドワーフの職人と言えよう。
工賃の方もきちんと正規のものを受け取ってくれたようだしね。ほんと、よかった。
「のぉ、ちょっと気になっとったんじゃが、お前さんって、見た目通りの人族なのかのぉ?」
「えっ!? もしかして、人に見えてませんか?」
「あぁ、やはりな。人に化けとったか。いやいや、人族にしか見えんよ……じゃがの、二人も耳族連れちょる人族なんておらん。すぐ、ばれるぞい」
「いやいや、別に化けてなんかいないんですって。本当に人族なので」
「嘘こけ。神に対する反応でバレバレじゃぞ」
「えっ!? 神? 教会が崇めてるって言ってたあの、アーキアだか、なんだかの……いや、防具の説明で出てきた神々の方ですか?」
「やはり人族ではなさそうじゃな。いにしえの神々の名を挙げたとき、否定せんどころか、知った風な感じだったでな。そうじゃろうとは思っとったがの」
「いや、だから本当に人族なんですって。んっ!? ドワーフは別の神を信仰してるってこと?」
「なんじゃ知らんのか? どれ、説明してやろう。儂らドワーフは土妖精ノームの耳族と人との混血種でのぉ。その昔、人のいい農民やら、鉱山労働者たちと意気投合して、酒を酌み交わす内に酔って、うっかり契約した末に、できちまった子どもの子孫ってわけじゃな。今やドワーフが無類の酒好きと評判になっとるのも、呑兵衛同士の混血が進んじまったからちゅうわけじゃよ。おろっ……なんの話じゃったかのぉ……??」
「えっ!? いや、たぶんだけど、神々の話をしようとしてたんじゃ……」
おいおい、呆けてんのか!? 結構年食った爺さんだったりするんか?
「おおっ、そうじゃった、そうじゃった。アーキア神以前の神々の言い伝えが残っとるのはのぉ。妖精とその系譜筋だけじゃぞ。人族にその神々の話をするのは……」
「……やばい、と」
「そうじゃ。奴ら、えらい剣幕で怒るでな。この世界を見捨てた神々だとか言うて。くれぐれも用心して口にするんじゃないぞ。人族の変わり者を演じるにしてもな。……そもそも、人族にこの店を見つけられるわけがないじゃろが」
「いえ、そのことなら、ジェミニブティックの方に道順を教わってきたんで」
「いや、そうじゃなくてのぉ。この店はクリークビルにあるにはあるが、人族相手の商売はしておらんのじゃよ」
「えっ?! じゃあ、人族はどこで武器や防具を調達したらいいんですか?」
「そんなこと、儂ゃ知らん。いや、そうでなくてのぉ。この店の周りには隠蔽の結界が張ってあったじゃろ? 本来なら人族の意識にも上らんはずなんじゃが……」
あぁ、それで。よく見つけられたなという話か……まあ、それって、シーリーコートを装備してた影響か、二人の妖精と魔法契約している影響の、どちらかじゃないの?
あれっ!? ちょっと待てよ。それじゃあ、あのジェミニって、何者だ? どうしてここを知ってた?
ドワーフの主人に訊ねてみても、「そんなけったいな連中など、儂ゃ知らん」と言ってるし……やっぱり人じゃないんじゃ!?
うっ、でも、正体なんて知りたくねえ……うん、もう関わらないようにしよっと。
「どうもお世話になりました」
「ありがとね」
「うむ、嬢ちゃんたちも元気でな」
簡単に礼を言って、店を後にした。
さて、お次は防具の性能確認だ。
ただその前に、一旦、宿の部屋に戻って、着替えさせないと。
だって、スプライトのやつ、せっかく服を買ってやったというのに、未だに宿を出る前に貸してやった俺のシャツとズボンで歩いているんだ。
「そんなにその服、気に入ったのかよ?」
「ん!? まあ、この服というよりは、ね……えへへ」
なんだよ? 嗅ぐなよ。加齢臭でもしてた?
つうか、俺としては、周りの男共の視線がスプライトに向かってこないかと心配になって、気が気じゃないの。
こんなことなら、ジェミニブサイク……いやいや、ジェミニブティックで、ちゃんと着替えさせてから、出てくればよかった。
自分の身かわいさに、さっさと逃げ出して、連れ合いを危険に晒すとは……。とにかく早く帰らなきゃ。
「あぁ、こらこら、だめだめ! そんなにお胸を揺らして走っちゃ。クーパー靱帯切れちゃうよ。いや、ごめん、俺が急ぎすぎた。もっとゆっくり歩こうな」
気が急いて、つい早足になってしまった俺のすぐ横を、小走りでついてきたスプライト。
しっかし、なんちゅうおっぱいしてんのや。まるで重力に逆らうかのような張り……ブラジャーなんて要らないんじゃね? 下から支える必要ないんじゃね?
うん、下から支えるのは俺の手だけで充分。いやいや、いかん、そうじゃない。これほどの国宝には、保存の観点からもブラは必要だった。
俺の軽率な判断のせいで、唯一無二なロケット美乳を、でろんとした垂れ乳にしてしまうわけにはいかんもの。
うぅ、気になる……。とにかく帰ったら、ブラジャー代わりに晒しでも巻かせとくか?!
雑念渦巻く中、ようやく宿へ戻ってこれた。
受付にいる主人に……ん!? この人って、いつもここに居るな。
「ご主人、ちゃんと休んでます? 働きすぎだと、身体壊しちゃいますよ」
「はは、お気遣い、ありがとうございます。そこは大丈夫ですから」
「『大丈夫』って、ほんとに? あんまり無理しないでくださいね」
おっと、そうだった。スプライトの事も話しておかないと……。
「──ええ、実はそんなわけでして、できたら二人部屋に移りたいんですけど」
「誠に申し訳ございません。あいにく当宿には一人部屋しかないもので。しかも、昨日から満室になってしまったため、追加でお部屋をご用意することもできません。ご不便をお掛けしますが、毛布を追加でご用意するくらいでしか対応が……。妖精様のご宿泊ですので、もちろん、追加料金など不要です」
「そうですか。では仕方ないかな。それじゃあ、別の宿を探すしかないか?」
スプライトに向き直って、話しかけた。
「えっ、なんで?! そんなのいいわよぅ。あたし、ここ好きよ。ごはんも美味しいし、別にこのままでいいじゃない」
「いや、良くはないだろう……」
おいおい、一つのベッドの中で、こんなおっさんと一緒になるんだぞ。わかってるのかな? この子は。
いくらおじさんのあそこが起たないからといって、なめてもらっちゃ困るよ……なんならいろいろなところを舐めて困らせちゃうぞ。
『あのね。舐めたかったら、別に舐めてもいいよ?』
『だぁーっ、今はそういうのはいいから! からかうなっての』
てか、俺が悪いのか。はあ、ここでとやかく言ってても仕方がない。ひとまず部屋に戻って、どうするか考えよう。
にしても、スプライトのやつ、肉体を得ても、相変わらず俺の心が読めてるのな。
いや、ユタンちゃんにしろ、同じ感じだったか。
今まで肉体持ち同士で念話ができなかったのは、やはり魔法線の有無の問題か。
この世界の人族の場合、魔法契約して初めて魔法線を介して、妖精と話せるようになるんだったよな。
俺の場合、契約以前から妖精と普通に話せていたわけだし、同伴契約した今となっては、太くなった魔法線を通じて、これまで以上に俺の心が読まれやすくなったとしても、不思議じゃないか。
元々、妖精との念話にしてもダダ漏れだったわけだし、今更だ。むしろ、今後の魔物との戦闘を考えると、これは都合がいい。連携アイテムなど必要としないのだから。
【共鳴鈴】みたいに単純な意思伝達ツールより、ずっと明確な意思の疎通ができるというのはありがたい。これなら、二人を危険に晒さずに済む。
共鳴鈴がいくらするか知らんけど、こちらはコスト無しってのもいい。今は安定した収入源が無いからなぁ。頭数が増えれば、出費だって、かさんでくるだろうし。
今にして思えば、あのとき、アリエルが謝礼の受け取りを固辞してくれて、ほんと助かったよ。なんだかなぁ、かっこわりぃ。ほんと俺って、先を見通せないやつ……。あのときの自分を思い出すと、無性に恥ずかしくなってくるよ。
そんな情けなさが助長されたせいか、部屋に戻って、クローゼットを開けた瞬間、内鍵がきちんと掛かっているか、なんだか急に心配になってきた。
よく考えてみたら、スプライトのこの容姿を一度でも目にしたことがある奴だったら、覗きに来ないとも限らない。部外者は二階に来れなくとも、宿泊者は自由に出入りできるのだから。
そう思うと、居ても立ってもいられず、中が覗かれないように鍵穴を布で塞ごうと思って、扉に近づい……って、ん!?
おぉっ! ここを下ろすと、外から覗けない仕組みになってたのか……知らんかった。ああ、なんか文字みたいのが書いてあるもんなぁ。
でも、これはありがたい。他には隙間もないようだし、扉はこれでよし、っと。
あとは窓か……。
視線を考慮して、向かいの建物とは窓の位置を互い違いにずらした設計になっているようだけど……う〜ん、それでも、ちょっと気になる。
あ、そっか! そうだった。焦るなっての。まったくもって、俺ってやつは。
──結局のところ、窓の外扉をしっかりと閉めてから、着替えさせることにした。
日中であれば、窓の僅かな隙間から、どうしたって光が差し込んでくる。最初の内は多少暗く感じても、目なんてすぐ慣れてくるはずだ。
それに、これほど精霊を確保した今なら、光魔法を使って、いくらでも室内を明るくしてやれるんだった。
はあ、色々バタバタして、俺の処理能力超えてきてるのかも……鈍い頭だと、ほんと困るよ。
ふぅ、やっとこれで、服を着替えさせられる。
……なんだか一苦労だな。




