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14話 ハモると、余計やばい呪いに聞こえて

 宿泊者以外、二階へは立ち入れないというこの宿の取り決めが、今の俺たちにとって、存外素晴らしいものだった。


 今は静かな部屋の中で出掛ける準備に取りかかっている。


 さっきは宿の中だと思って、油断していたのがいけなかった。


 スプライトの胸部装甲からして、もっと強固にしておかなければならない……のだが、あいにくと手持ちには、何も使えそうなものが無かった。


 そう、今回の外出の目的は、スプライトの服と防具の充実がメイン。それと、あればだけど、ユタンちゃんの分も。


 もし半小妖精用の服が見つからないようなら、せめて布だけでも購入しておきたい。


 というのも、ユタンちゃんの服は、なんとお手製みたいなのだ。どこにしまっていたのやら、昨日とは違う服を着ていた。


「もしかして服作れたりするの?」


 頷き、片言ながらユタンちゃんが一生懸命説明してくれた。どうやら、布さえあれば、色を染め、裁断し、縫製まで自分独りでできるらしい。


 ユタンちゃんが気に入る布でも見つかれば、即購入するつもりでいる。ユタンちゃんの超絶センスをもってすれば、その方が遙かに似合う服ができそうだもの。


 さて、こんなものかな? そろそろ、出掛けるとしよう。


 外に出ると、一際、日差しを強く感じた。


 まるで太陽までもがスプライトに注目し、スポットライトを当てているかのようだ。


 なにせ、この着こなし──ごくごく平凡な男物の服なのに、スプライトが着るとなると、これだ。まいったね。美人は何を着ても映えるってのは、本当だった。


 いや、なにより目を引くのは、事ある毎に変化し続けるスプライトの仕草の方か──偶に何かを見かけては、目を輝かせて走り寄ろうとし、危うく転びそうになったりで、ほんとハラハラする。


 興味津々な様子で物をつついてみたり、はたまた鼻を近づけて匂いを嗅いだり、今度は愛おしそうに触ってみたりと、目が離せない。


 まるで子猫のよう──どうにも昔飼っていた猫を思い浮かべてしまう。


 生まれたばかりの頃に、おふくろが貰い受けてきた、あの子猫、【土左衛門】を。ふっ、今更ながら、なんて名だ。


 うちに来て数ヶ月のあいつときたら、でらぁ〜かわいかった。


 成長した後の反応にしても愛らしい猫だったけど、やっぱり生後数ヶ月までの子猫のあどけなさと言ったら、なかった。格別だったもの。


『いいよいいよ。ゆっくりでいいよ。学ぶのなんて、ゆっくりで……』──今のスプライトを見ていても、そう思わずにはいられない。


 ただ、彼女の場合、子どもっぽい愛くるしさに加え、この魅惑的な大人の肉体なのだから、困ったもんだ。どっちの目でスプライトを見たらいいのやら、正直、混乱している。


 それにしても、クリークビルって、ほんと、のどか、平和やなぁ〜。魔物発生の知らせなんて、いっこうに来やしねえじゃん。


 週に一回のペースで魔物が発生したとしても、先着順なんだから毎回仕事にありつけるはずがない。


 もっとずっと頻繁に……せめて二日か三日に一回くらいの発生ペースでないと、俺には出番が回ってきそうにないというのに。


 世の中、平和が一番にしろ。今の俺の職業からすると、これじゃあ駄目だ。いくらなんでも暇すぎる。


 初心者の町と言われるくらいだから、弱めな魔物相手に、様子見程度で体よく、魔物退治に参加できるかと思ってたのに。


 さっさと次の町に移る準備しといた方が良さそうだ。


 とはいえ、未だ、スプライトの足どりは、たどたどしい。道すがら、体調を尋ねてみた。


「そもそも、重さを感じたのって初めてだしね。でも、だいぶ慣れてはきたよ。他にもっと気になることだってあるし……」


 なんとも曖昧な答えが返ってきた。


「なんだよ? その気になることって」


 問いただしてみると、なんとも言いにくそうに、下っ腹の辺りを擦り出した。


「う〜ん、なんかこの辺がムズムズするの……」


 話を聞くと、どうやら俺から大量の魔素がスプライト側へ流れ込んでいるのが原因らしい。


 おいおい、それにしても、下腹部とは……よもや子宮にでも流れ込んでるんじゃあるまいな。俺のは何から何まで、すけべに出来てるのかよ? 魔素ですらも。


「あのねぇ。それ以前に、普通は魔力が潤沢な妖精側から契約者側へ魔力が流れていくものなの。逆流してることの方が異常よ」


「そういや、そうだったな。だからこそ、人族にしても契約者は、妖精と同様、強力な魔法を放てるようになるって話だったもんな」


 さて、どうしたもんか? 魔素が流れていってると言っても、俺の力が抜けていってるような感覚は別にないんだけど。


 そもそも、どうやったら魔素の流れを抑えられるかもわからんし。


 スプライトにしろ、今すぐどうなるって感じでもなさそうか。しばらくは様子見するしかないかな。


 歩く訓練も兼ね、二人が気に入りそうな服を探しつつ、メインストリートを流していく。


 おっ! なんかいい感じ。


 突然、目に訴えかけてくるものが……うん、遠目から見ても、良さげな服がいくつも飾られているのがわかった。


 あの店のなら、スプライトにも似合いそう。


 いや、さっき言ってたことと矛盾するように聞こえるかもしれないけど、違うから。美人はなに着ても映えるとはいえ、更に引き立ててくれる服があるのも事実だ。


 こいつは顔だけじゃなく、スタイルだって何から何まで超が付くほど抜群なものだからな。サイズとデザインの両方がマッチしそうな服なんて、この辺じゃ、そうそう見つかりそうになかったから。


「っ!!」


 ほらっ、スプライトだって。あんなにも顔を紅潮させ、俺の方なんか目もくれず、小走り気味に店の中へ入っていった。


 どうやらスプライトも気に入ったようだな。俺のセンスも捨てたもんじゃない。


 やっと見つかった、という思いで、俺も後に続く。


「もっさり」


 ん!? 誰か、なんか言った?


 店に入るとすぐ、だっこしたままだったユタンちゃんが俺の手から飛び出していく。ぐへっ、めっさ腹を蹴飛ばされた……。


 へえ〜っ、こりゃまた見事なもんだぁ。


 この辺の服飾店って、ほとんどがオーダーメイドで、申し訳程度の見本の服か、生地しか飾ってなかったけど、ここのお店は既製品が整然と陳列されている。


 ユタンちゃんほどではないにしろ、色合いの配置が繊細かつ剛胆な印象の店内だ。


 いや、剛胆なのは、店内ではなくて、店員の方だ……つうか、なんじゃありゃっ! あ、あの厳ついゴリラみたいな野獣は!? あれも獣人族なのか?


 いや、違う。ケモミミなんて、どこにも……。


 普通の耳にしたって、歪に潰れてて……それに、妙に中も膨れて……あ、耳がわく、って、あの状態か! 格闘家とかの耳の。


 おいおい、あんな化け物みたいなのを押さえ込める連中が他にもいるってことかよ!? んなバカな。


 いやいや、だって、腕の太さなんか俺の胴周りくらいあるぞ。ぷっくりと血管が浮き出てるし、はち切れんばかりの筋肉ダルマだ……。


 そもそも、なんでマッチョ系の人って、誰も彼もあんなにも体のサイズに合ってない、ちっこいシャツ着てるわけ?


 目とか脳に栄養届いてないの? みんな筋肉に持っていかれちゃってるの? 脳細胞、ぜってえ逝かれちゃってるよ。お労しや。


 おいおい、そんな場合じゃねえよ。やべえよ。あんなのをスプライトに近づけるわけにはいかん! 目をつけられる前に、とっとと店を出なきゃっ!!


「あぁらぁ、いらっじゃい。もう帰っぢゃうのぉ? 坊やぁ」


 げっ、しまった! 後ろに回り込まれた!? いつの間に?


 あ……いや、もう一匹、同じ顔のが。ぶっ、分身もできるのかよ!?


「ぞんなに怯えなぐでも、だ、い、じょ、う、ぶぅ。取っで食べだりじないがらぁ!」


 いや、喰うね。喰らいつくね。むしろ、むさぼられ、喰らい尽くされる未来しか、見えてこないね。


 ん!? なんか、凄まじい圧の視線を、尻と股間辺りに感じるんだけど……こりわ!? やばくない?


 俺か!? 俺の方か! スプライトでなく、これって、俺の方がピンチなの!?


「あなだぁ、見がげほどぉ柔じゃないわねぇ……結構、丈夫ぞうぉ」


「やぁだぁ、ぼんどぉ! うぶぶぅ」


 いや、なにが丈夫そうなの? いやいや、俺って尻の穴は結構弱いからね……すぐ切れ痔とかになっちゃうはずだから。息子の方も今はあれだから。


「あっ! このお洋服素敵!!」


 い、今はそんな場合じゃないっ! スプライトよ、援護を、援護射撃を、妖精魔法を、こいつらに。


 でないと……おまえの旦那さんが契約早々、ホモサピエンスからホモセクシュアルにクラスチェンジさせられちゃうからぁ!! それでも、いいのか?


 俺の心配をよそに、ユタンちゃんも含め、なにやら四人の中では話が進んでいく様子。


「「あらあらぁ、お目が高いぃ。ぞぢらは今年の流行りのカラーだじぃ、お勧めよぉぅ」」


 うっ、なんかハモると、余計やばい呪いに聞こえてきた!?


「着てみてもいいの?」


「「いいわよぉん!」」

 

 あれっ!? スプライトは平気なの? こっちは精神的な何かが、ガリガリ削られてる音が聞こえてるっていうのに。

 

「ほんと? ありがと!」


「ぞぉごぉの試着室を使っでねぇ」


 おいおい、この敵を前にして、ただでさえ防御力の低いそのシャツまで脱いじまうつもりかよ!? 死ぬ気か? スプライト。


「……ん? あれ!? んもうっ! なにこれ? わかんないよ。ねえ、ちょっと手伝って」


 しばらく試着室で一人、格闘していた様子のスプライトが、カーテンの隙間からちょこっと首だけ出し、俺にかわいく催促してきた。


 最速でスプライトの元に向かう……うん、一緒にいた方が少しは安全そうだから。俺の尻の穴的に。

 

「「あぁらぁ、仲良じざんねぇ! 妬げぢゃうわぁ」」


 またしても、背後でなんか呪いの言葉を発しているが……。


 ああ、なるほど! 背中で留めるタイプの服だったか。初めてこの手の服を着るんじゃ、確かに無理かも。


 にしても、試着室に男を連れ込んでる時点で、マナー的にもどうかとは思うんだけど……地肌にシャツとか、反則じゃないですか? 別の付加価値つきそうだ。やっぱ淫靡すぎる。


 こんなの、どうしてもブラジャーが必要じゃん。でも、ここで買うのか?


 いや、むしろスプライトにとっては、ここの方が安全か。他の服屋にしても、全くといっていいほど、女性店員の姿なんて見かけなかったし……。


 いやあ、でもな。なんかやだ。ゲイとはいえ、他のオスにこの極上マシュマロを触らせるのは。


 そうだ! ユタンちゃんに作ってもらおう。参考になるデザインとか、製作意図をどうにか説明してやって。


 正直、ブラなんて、ざっくりとした形しかわからんけど、なんとかやってもらうしかない。


 たとえ失敗したとしても、その都度、調整するのにスプライトの胸に何回もあてがったりできるわけだから、それはそれで夢が膨らむ。ついでにあそこも膨らめ。


 うん、そうと決まれば、欲しいものは全部買ってやって、ここを可及的速やかに退散するぞ。


 ──さっきまで、そう思ってました。


 はあ、やっぱりというか、なんというか……女の買い物、なげぇーよぅ。一体いつまでかかるんだよ?


 う〜ん、なんか更に意気投合してんのな、あの四人組。


 服を選び出した頃、何度もユタンちゃんを呼び出しては、「あの二人には絶対に近寄っちゃいけません!」って、散々注意しといたのにぃ。


 でも、ユタンちゃんに認められてるところを見ると、あの豪傑たち、美的センスの方も相当なものらしい。


 最初、奴らが身につけている、かわいめの服を見たときには、女の子を丸飲みにした記念の戦利品かと思ったけど。


 どっかにいそうだろ? 獲物の皮を剥いで、戦利品として身につけている部族とか……ひぃっ、ごめんなさぃ。


 ただし、ここなら、やらしい男連中の目を気にしなくて済むわけか。スプライトが安全ならば、ゆっくり選ばせてやろう。


 ──その後も結構な時間が……過ぎていった。


 結局、ユタンちゃん用の服は無く、当人が厳選した質感の違う上質な布を数種類、多めに購入した。


 スプライトには益荒男が……ひぃっ……いや、なんだ!? う〜んと……そう! ニューハーフさんだ。かようにお美しい、お二人からお勧めされた街着、それと普段着数着、旅装束用の服などを買っておいた。


 つうか、なんでこいつら、俺の心読めるんだ!? やっぱ妖怪の類……ひぃっ。


 俺は特に何も言っていないのに……なんでその都度、一歩近づいてくるの?


 はぁーっ、なんだか精神的に物凄く疲れた。ごっそり持っていかれた。


 さて、次は防具を探したいんだけど……。俺の尻用のも含めて。貞操帯って、売ってます?


 この大通り沿い近辺を何回か行き来したものの、そうした類の商品を取り扱っている店なんて見かけた覚えがない。


 借りをつくるのは、なんか嫌なんだけど、偉丈夫の御二方なら武器屋の場所も知ってそうだしな。


 いや、逆か。もしかすると、「「防具だど? ごらぁ! ごの筋肉が見えねえのが?」」とか言って、怒られるかもしれないけど。


 それでも仕方なく、場所を尋ねてみると、裏通りでひっそりと営む武器屋をあっさりと教えてくれた。


「本当は秘密なんだけど。特別よ。チュッ!」と最後に強烈な精神魔法を放ちやがっ……うっ、心臓が止まっ。トラウマになりそ……。


 ふぅ、ようやく用が済んだ。やっとだ。ついに、この魔宮【ジェミニブティック〜ドルン・ゲルン】を脱出できる……。

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