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12話 そのとき願ったの

〔妖精スプライト side〕


 あたしは風妖精シルフ。


 いつだって勝手気ままに生きてきた。


 妖精はどいつもこいつもみんな、土地や物に囚われてる。


 真面目ぶって、それを誇りにしているのは、せいぜい世界樹のエルフくらい。


 数多の妖精の中にあって、なにものにも縛られない自由な妖精なんて、シルフくらいなの。


 ……でも、それは嘘……あたしだって、逃れられない制約はある。


 なにも考えてなさそうな半妖精にしろ、仕事に集中することで逃げてるだけ……。


 そう、みんな……怖がっている。妖精なら誰でも。自分を失う恐怖と。寿命がどんなに永かろうとも。ううん、永いからこそ。


 心の奥底では不安で不安で、没頭してる……楽しいことだけに……考えたくないから。狂っていくのを……。そう、狂っているの……どんどん、どんどん。


 あたしも、そうだった……ついこの間までは……あいつに出逢うまでは。


 ふふ、きっと、こんなにも、ものを考えるシルフなんて変……自分でも笑っちゃうくらいに。


 最初はちょっとずつだったけど、今はもの凄い勢いで自分を取り戻してきているのがわかる。あいつのお陰で。




 ──そう、あれは、いつものように澄み渡る青空を、春風の勢いに乗せて、風任せに旅をしているときだった。


 ちょうど世界樹の方向に風が吹いていたから、久しぶりに真面目くさったモルガーナをからかってやろうと思って……。それが間違いだった。


 ううん、違う。最終的にはこれが大正解だったけどね。でも、この時点では、明らかに失敗。


 あっ! と思ったときには遅かった。あたしが墜落させられるなんて……。おそらくは強い上昇気流に乗ったせいで上空まで行きすぎてたんだと思う……上に近づきすぎたのね。


 結構長い間、気を失ってたみたい。気がついたときには、傍らに独りのウッドエルフがいた。変な子が。


 それでも、悪いやつじゃないことぐらいはすぐに分かったよ。どうやら、あたしを助けてくれたみたいだしね。


 風魔術の適性もあるみたいだったから、お礼に魔法契約してあげたの。ちょっとの間くらいなら、いいかなって。


 ほんと不思議な子だったレイちゃん……まるで、まだ目覚めたばかりの半妖精か、肉体を動かし始めたばかりの幻獣みたいにね。


 なんであんな不自由な物に入るのか、あたしには全く理解できなかったけど。


 だから、契約した後も、繋がりはできるだけ抑えていた。肉体形質なんて、あのときは欲しくなかったから。死にたくなかったもの……怖くて怖くて。


 そもそも、そんなことをしなくたって、あたしは元から好きなところへ行くことができたから。


 しばらくすると、任務、任務とぶつぶつ呟き出したレイちゃん……怖かった。「それ怖いから、止めて」って、何度も注意したのに、止めないの。


 そして、ある日……あたしは呼び出された。あいつの前に。


 最初、とろそうな見た目にすっかり油断してた。


 目を細め、こちらをじっと睨んできたから、柄の悪い人族連中かと思っちゃった。街道沿いの茂みの中で偶にああいうの、見かけるのよね。あたしの悪戯対象……ふふ。


 でも、あいつは違った。あたしの独り言にも、いちいち丁寧に反応してくるような、おかしなやつ。


 契約もしてないのに、最初からあたしの声が聞こえてたし。絶対に変よね? ふふふ、なにかあると思わない?


 そのとき、あいつに言われて初めて気付いたんだけど、なんかあいつの肉体って薄いの……なんか輪郭だけが薄い膜みたいなものに覆われてる感じ? ただ、その中には濃ゆいのが止め処なく溢れ出してきそうなほど詰まってるみたいな。


 あいつ、最初からぐいぐい来るのよ。引きずり込まれて、全身の服を引きちぎられちゃうほど……ん!? 違ったかなぁ。あはは、あの頃は破れる服なんてまだ着てなかったかも。


 その後だって、ほんと凄かったなぁ、あいつ……なんだか知らないうちに、あたしの方へどくどく流し込んできちゃうんだもん。契約前だったのに、ほんと強引なやつぅ。


 これじゃ、妖精と人族の関係が、まるであべこべじゃない。


 あべこべと言えば……ああ、また嫌なこと思い出しちゃった。まさかスプライトが下位妖精全体を指す言葉だなんて、上位妖精であるあたしが知るわけないでしょっ……くっ、一生の不覚ね。ほんと消し去りたい。


 あたしが数千年ずっと一番気にし続けてることを、あんなにもあっさり言い当ててくるだなんて。


 ぐぬぬぬぬっ……ああ、今思い出しても、怒りがぶり返してきたぁ。


 その後もおかしなこと訊いてきたし。妖精がどうやって生まれるのか? ですって。なに馬鹿なこと言ってんのよ。


 生まれるわけないじゃない。妖精なんて、みんな起き出してくるに決まってるでしょ。


 えっ!? あれっ!? あたし達って、どうしてあんなところで寝てたんだっけ……?? あ、頭、痛い。


 えっと、なんだっけ? ……あぁ、そうそう、あいつがバカみたいな火魔法をぶっ放したときだって、すかさず、あたしの仕業かと疑ってきたし。あいつめ!


 あはは、でも、実はあいつの言うとおり、風魔法で上乗せしてやろうかな? とは思ってはいたんだよねぇ。でも、なんかその直前に、やな予感して止めたけど。


 ふふ、今思い出しても笑える……あたしに対して、あんな罰当たりなことばっか言ってるから、衛兵なんかに押し倒されるのよ。



 その後やっと、あいつが頼ってきたから、あたしのすごいところを見せつけてやれるチャンスだったのに……。


 あたし、役に立てなかった……いやいや、その前からレイちゃんがうっかり忘れてることなんかをその都度指摘してあげてはいたんだよ?


 あいつは全然気が付かなかったみたいだけど……ていうか、そういう鈍感なところだから、ねっ!


 レイちゃんと協力して魔法を弱める方法を試行錯誤したけど、どうしても満足いく答えが得られなかったの。結局、魔力の相乗効果のせいで。あれはほんと悔しかった。


 そんな中、あいつは馬鹿みたいな感じで精霊へ話しかけたと思ったら、あっさり自分だけで解決しちゃうし。


 あれほど見事な魔法制御は、今まで視たことも聴いたこともない。


 それよりなにより、あいつにあんなにも優しく話かけられてる精霊に、なんだか嫉妬しちゃった。


 極め付きは、エルフに会いにいくときの、あいつの態度! あの楽しそうに緩んだ顔よ!! なりたてほやほやの聖樹なんかに、あんなにもうつつを抜かすだなんて。


 聖樹の頼まれ事なんかに、ほいほいと従った挙げ句、虹色の園でもとんでもないことをやらかしたと思ったら、今度は赤い人族まで連れ帰ってくるし……。


 あの人族はダメ、なんか苦手……赤い連中は昔から嫌い。火属性だから……いや、それだけじゃないのはよく分かってる……あれは敵。間違いなく、難敵……。


 このままじゃ取られちゃうと思って、取って置きを言ってあげる決心までして、練習もしてたのに──『しょうがないわね。あたしが守ってあげる。付いていってあげても、いいんだからね!』って。


 それなのに、あいつったら、ちょっと目を離した隙にいなくなってんの……。


 どうなってんのよぉ!? いったい、どういうつもりよぉぉーーーっ!


 それに、レイちゃんもレイちゃんよ。もう、そういったことは、はっきりと伝えてくれないと……確かにあのときは、『急いでるから、後でね』って言ったけどさぁ。それきり飛び出していっちゃったあたしのせいでもあるけどぉ……。


 だって、仕方ないじゃない。受肉の仕方とか、その後の諸々のこととか、故郷へ帰って、いろいろと確認しておかなくちゃならないことが山ほどあったんだからぁ……。


 エルフの郷に戻ってから、そのことを聞いて呆然としてたけど、慌てて飛び出してみたら、唖然とした……だって、例の赤い人族と一緒に旅してたから。


 もぉう、あったまにきちゃう! ああ、いま思い出しても腹が立つ。


 それでも、しばらくして、あの赤いのが去っていったのには、心底ほっとしたわ。


 もう戻ってこなくていいから、一生どっかに行ってて!! シッシッ。


 ふふふ、これでやっと、あたしの時代がやってきたというわけよ。


 丁度良いことに、あの人が独りで海岸にやってきたからね。二人で海を眺めるのもロマンチックねと思って。


 なのに、途端、しょんぼりし出したじゃないの──そりゃ、後ろから声かけたわよ……ついでに、びっくりさせようと思って、『だったら飛べばいいじゃない!』って。


 目の前は海だったからね。最初は風魔法で景気よく水浴びさせてあげるつもりだったのよね。


 でも、ふとした瞬間、風の精霊からなんだか気になる波長の魔力を感じて、思わず近づいてた。


 近寄ったら近寄ったで、なんだか付いてきそうな気がしてきたの。不思議な感覚……これって、どこかで!? まあ、とりあえず、あいつのところまで風の精霊を連れ帰ったわ。


『たぶん、いけるはず』なんて、最初に言ってたのは嘘。本当は、どうにか契りを交わす機会を窺ってただけ。


 それにしても、こっちから契約しようって持ちかけてあげたのに、随分とまあ、渋い反応してくれちゃって……。


 あたしはねぇ、四大妖精なのよぉ? わかってるのかなぁ。普通はそちらから頭を下げてくるものなの。それでも、すげなく断られるものなのよ? わかってないんだろうなぁ。


 まあ、だからこそ、あたしだって、あんなにも回りくどいこと、わざわざしてきたんだしね。


 これまでの腹いせと言ってはなんだけど、ちょっと驚かすつもりで、遠くの海まで盛大にぶっ放してやる気になったわけ。


 そりゃあ、怪我をしないように、ちゃんと風で優しく受け止めてあげるつもりではあったわよ。


 なのに、なんで!? ……なんで、あいつはあんなにも上手に空を飛べてるの? あたしの頭の中は混乱しまくりだった。


 下手したら、あたしが危うく置いていかれそうなくらいの速さで飛んでるときさえあった……。


 いやいや、元々はあたしの抜群の閃きのお陰だからね。違うか? いやいや、違わないから。


 でも、そのお陰で大空を一緒に飛ぶことができて、よかったかな。はしゃいでる無邪気なあいつを見たときには、胸の辺りがきゅんっきゅんっしちゃったもん……でも、それは内緒。


 風、好きなんだね。あたしも大好き。


 こんなにも風を操るのが上手だなんて、やっぱり、この人こそ、あたしに相応しいと思った……のも、束の間、妖精を連れて、半妖精に会いに行くって、どういうこと? こいつ絶対、頭おかしいよ。


 ほんとずるいの。今思い出しても、あんなに優しく撫でてあげるだなんて……なんなのよ? あたしって者がありながら、すぐ目の前で耳まで生やさせてぇ……まったく、野暮天なんだからっ!!


 あのときばかりは、いつか空から落ちたらいいのに、なんて思っちゃったもの。


 それからはずっと、葛藤の連続。


 いいなぁ、あたしも……でも、身体なんて無いから……要らないから。怖いし……死ぬのは嫌だし……でも、ずるいな。この子だけ……羨ましい。羨ましすぎる……でも、やっぱり……。


 そう悩んでいるうちにやってきた──あいつと一緒の初ライブ……その食事が、だめ押しだった。


 あいつったら、あたしをなにかと気遣って食事をしてくれてたから……。ほんと優しいのね。うん、知ってたよ。


 あぁ、なんかここに居てもいいんだって、安心できたから……。


 気持ち良さそうな、あの人の髪の毛の上で、じっとして愛おしい頭に触れていたら、なんだか眠くなってきちゃった。


 そのとき、朧気な意識の中で、なにかが繋がった感覚が……あたしの中の壊れかけの心があいつと引き合うように。


 そのとき願ったの。──が欲しいって。強く、強く。


 翌朝、あまりの動きにくさに、目が醒めて……。


 そう、こうしてあたしは肉の躯を手に入れたの。

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