11話 素腿も桃も……モモのうち
翌朝、窓の外で海鳥が普段よりも喧しく騒ぎたてていた。
鳴き声が気になって目を覚ますと、もうびっくり! 目の前に広がるのは夢のような光景──ぜ、全裸となった美の天使が、そこに。
……くそっ! あと少し。もうちょっとで……背中の向こうに山の頂が。くっ、肝心なとこが見えそうで見えない……でも、これがあの、チラリズムってやつかぁ。うんうん、確かに、このもどかしい感じが、逆にそそるよ。
あっ、動いた……寝返り? やったぁ! おっほぉぉおぅ、きょれぇわぁ、すんごい!!
抱え込まれた俺の幸せな右腕……反対側の左腕が、気が狂いそうなほどの嫉妬で、プルプル震えてる。
視線の方は、目の前でぷるぷるしているもっと良いものから目が離せないんだけど。
な、なんという量感に質感! 超やわらか触感……しかも、ほどよく押し返してくる弾力感……ああ、そんなにぎゅっとしたら……つ、つぶれちゃうよ? えっ、こんなにも変形するものなの?! ……戻るの? ダイジョウブナノ?
あっ、起きちゃった?! 目が覚めちゃったかな?! おっと、ここは薄目にしてバレないように……って、おっほぉう! これもまた、なんちゅう素晴らしい光景!! やっぱ天国か!?
だって、だってえぇ。俺が寝ている横で、一糸纏わぬ妖艶な美女が……身体を弄り出したんだ。これを興奮するなと言う方が無理がある。
んっ、あれ、違うか!? えっちな感じで一人遊びしてるわけじゃないの?
なんか愛おしそうに撫でてるだけか。
ああ、リンパマッサージってやつ? まあ、これほどの美麗を誇るおねえさんだからな。美容のために、毎日せっせと大変なのかも。
いやいや、これはこれで……よろしいんじゃないですか? かぶりつきで眺める分には申し分ないですよ。ほんと素晴らしいです。
俺の右手の指先──そのほんのちょっと先のところで繰り広げられる夢のような饗宴。
輝くような透明感で、つるんとした張りのある肌──みずみずしい果汁が中から溢れ出てきたように、しっとりと汗ばんで、それが時折くねり、妖しくうねる。なんとも淫靡な……どうにも男心をそそる情景が続いてる。はぁ、香りまで最高。
あぁ〜、触れてしまいたい……でも、触ったが最後、この宴は確実に終了してしまう──なんというジレンマか。
でも、いぃ〜わ、これって、すっげぇーいいわぁ! 俺の夢もたまにはいい仕事するもんだ。なかなか捨てたもんじゃない。
って、えぇーっ、そんな風に身体を捻ったら……やったぁ……俺が理想とする、下乳が描く究極のライン──これこそ、完璧だっ!
しかし、なんちゅう、えっちな腰の反りしてんねん。弓なりになった細い腰のくびれと、輝くほど艶やかなお尻との間に、腰肉のかさなりが相まって、超絶エロい。
常々、柔軟性の高い女性と致したら、相当えっちな絵になるとは想像してたけど、これは予想以上だ。いや、致してはないけどね……それでも、想像を絶するほどだ。
動画なんかを見てるのとは全く違った生の……ライブの臨場感だからこそなのか?! まさか、これほどとは? 口の中に、唾が止め処なく溢れてくる。
この子と出逢うために生まれてきた──そう錯覚しちゃいそ。
あれっ!? やっぱ、ここって天国? 俺って、あっちの世界で死んだんでねえの? まっ、いっか! こんな良いものを拝めるのなら、むしろ死んで正解だ。
ほんだば、最後までじっくり楽しむとしよう。
「なにをじっくり楽しむ、って?」
やばっ。
「……」
「ふふっ、今更、寝たふりしたって、む、だ、よ! えいっ!!」
おまっ、馬鹿、そんな……そんな格好で、はしゃぐと……あぁ、ぱいおつが、ものすごいことに。プルルンって、ふるえてるん……。
はぁあ〜ん、もう死んでもいいかもぉ〜っ! あぁ、またしても桃源郷を見ることができた。
やっぱ、桃源郷には桃があったぁぁ……ほんのり先っちょがピンク色の。観た、視ましたよ。
でも、本当は診てみたい。看させてほしい。
「ば、ばぁか」
いや、そうやって後ろを向いたって、駄目だからね。だってほらっ、こっちだって、剥いたまんまの桃だから……ここにも大きな桃がふた〜つ。
しっかし、すっげえきれいな肌……透き通るようだ。シミ一つ無い。生まれたての赤ちゃんみたい。そのくせ、これでもかと言わんばかりの、見事な大人の曲線美──神懸かっとる。
あれっ!? 背中にちっちゃな羽が……薄羽蜉蝣みたいな。透明な薄緑色の羽? ……って、あぁ、あれって、スプライトの。
「あぁ、なんてことだ……スプライトのやつ、押しつぶされて、お亡くなりになってたなんて……。なんて不憫な」
「はぁ〜ん?! あんた、なに言ってんの?!」
「あれっ!? なんか、まだスプライトの声が聞こえる? あぁ、まだ彼女の霊が近くをさまよってるんだね。成仏しろよ。なんまいだぶ、なんまいだぶ……」
「あんたの目、腐ってんの?」
「うん、かもしれない。じゃあ、ちょっとの間、じっとしててね。お目目をぱちぱち、涙で潤した後、じっくりたっぷり隈無く、隅々まで観察してみるから」
「ほんと、えっちよね」
「ありぃっ?! そういう貴女は、どなた様ですか? 真っ裸で恥じらいもなく、人様のベッドの上で身体を弄ってた痴女さんは?」
「あんたぁ、わかってて言ってるんでしょ」
うん、そうなんです。この痴女さんの正体は、スプライトを背中で潰した張本人……では、もちろんなく、正にそのスプライトご本人のようなんです。でも、なんで!?
「おまっ、どった、そっ?」
「言語中枢まで逝かれたの? ……まあ、あれよ。うふふ」
「あれって、なんだよ?」
「えっ!? わからないの?」
「食べ過……ごめんなさい! えっと、オナラが溜まっダフッ」
「真面目に、ねっ! ヒントはこれこれ」
自分の頭の上を、両手の指でかわいらしくも指し示す大きな大きなスプライト姉さん──うはっ、もろ見え! 見るべきとこ多すぎて、目の数、足りんわ。
ん……あぁ、そういうことね。
姉さん、事件です。
ぴんっときました! ケモミミか。
はぁ〜、そうですかぁ。やっとわかりましたよ。
「ずばり、コスプレ痴女ブフォッ」
渾身の蹴りが俺の腹に炸裂したのよりも、気になるものが丸見え……になる瞬間……激しくブレた視界……くぅっ! もうちょっとだったのに。惜しかった。
でも、ラッキー! 素腿も桃も……モモのうち。
「いやぁ、ありがとな! そっか、同伴契約してくれたのかよ」
「同伴契約にお礼の言葉だなんて……べ、別にいいわよ、そんなの……えへへ」
あれっ!? そっち? 俺はいろいろと良いもの見せてくれて、堪能させてくれてありがとうって気持ちのつもりで言ったんだけど……まっ、いっか。こんなにも喜んでるくれてるなら。その笑顔、俺も嬉しいし。
「ところで、目のやり場に困るんですけど……さすがに」
「きゃっ!」
遅い! 遅すぎるよ、スプライトさん。
とはいえ、女の子には裸で堂々とされるより、こんな風に恥じらってくれてる方が、断然、かわいいやね。
あはは、夢だけど、夢じゃなかった。
「これ借りるね」
おっほぅ! それは、まぼろしの……素肌に直接、借りた男物シャツ、略して、素シャ男(借)……うん、見えそうで見えない。その、ぎりぎりのラインが、また絶妙。
しっかし、こんなに大きくなっちまって……こいつの服、どうしよう?
あ、そうだ! いいこと思いついた。
「スプライト、おまえの服、買ってきてやるからさぁ。ちょっくらサイズを測らせろ! 3サイズ」
「えっ?! なに? 3サイズって」
「えっとな。自分の身体に合う大きさの服を選ぶための、三箇所の長さのことなんだよ」
「へえ、そんなのがあるんだぁ。うん、おねがい」
えっ!? いいの? なにも疑わずに……まじ信じきっとる? うっ、いくらなんでも、これでは凝視できん。
俺は至極真面目な顔を保ったまま、クローゼットからベルトを取り出し、スプライトに見せながら、続けて説明する。
「後ろからこのベルトで長さを測ってあげるから。胸回りとウエスト、そして、お尻の三箇所な。正確に測定するために、一旦、シャツは脱いで……いや、うん。恥ずかしいだろうから、後ろ向いてでいいよ」
おいおい、俺、なにしてんだよ? いくら何でも卑猥すぎるぞ。あぁ、俺は穢れている。汚されている。この穢らわしい手で、このピュアで美しいスプライトを汚しちゃう。
「う、うん……わかった……じゃあ、おねがい、します」
またまたぁ〜、そんな覚悟を決めたような振りして〜、どうせ聞こえてるんでしょ? また俺を騙そうとしてぇ〜!
あれっ!? まじなやつ? 大丈夫なやつ!? ……まじかよぉぅ、本当にいいの?
ゴクッ! こんな美人のまっぱに、ベルトで直に測るなんて、どんなプレイ?
ごめんよ、スプライト! 騙すつもりじゃ……そんなつもりじゃなかったけど……でも、おまえが、あまりにもきれいすぎるから、いけないんだ。許しておくれ。
「!」
おっほぉぅっ、すげえ……こ、興奮する。おれ死んじゃうかも。
「っ!!」
って、ベルトの長さ、結構ぎりぎりじゃん! 俺が痩せてて短く切ってたベルトにしても、相当あるぞ。俺が最も好きな理想とするサイズだ。
「……」
いや、そんなことより、これは……たまらん。手を廻して、ちょっと肌に触れただけでも驚くべき柔らかさ。
思わずギョクリと唾を呑み込むのに忙しい迷い人さんであった。ほんとに迷走しまくってまんな、俺。
ウエストもくびれて、ほっせぇっ。むちむちヒップもたまらん。
俺が今まで妄想してきたどんな理想よりも、ことごとく更に上を行ってる……。
「っ!!」
あぁ、もうこれ以上は駄目だ。いくらすけべな俺でも良心の呵責に耐えきれそうにない。
スプライト、ごめんよ! そして、ありがとう!!
いや、むしろそれ以上に我慢の限界。今にも押し倒しちゃいそう。なにもかも忘れて、こいつをめちゃくちゃにしてえ。
「ゃっ!!」
んっ! ……ありぃ!? あれあれ、どうした? おいっ! え、なんで!? なんでなんでなんで、どどど、どした? なんで、うんともすんとも言わねえの……??
「!?」
いや、なにがって、ナニが……うそ〜ん! これほどのものを見せていただいたというのに……そんな馬鹿な……。
ものほん……これ、本物のやつか……嘘だろうぉぉーーっ! 嘘うそウソ、まじでか?! ばちか!? 罰が当たったんか? 調子に乗りすぎた罰とかで?
「……??」
はは、なんか力が……ちからが入らねぇ──なんという無力感。
はあ、そんなこったろうと思ったぜぇ。やっぱな。なにせ俺だもんな。俺のことだもんな……。
うぅぅ、正直、起たないことを軽く見すぎてたかも……男にとって、こんな、こんなにも……重要なことだったか。
なんだか冷や水でもぶっ掛けられた気分。一気に目が覚めた……ふぅ。そうな。大切な子を欲望のまま、きずつけるよか、ましか。うん、そう思うことにしよ。
「服屋が開くまで、まだまだ時間かかるから、とりあえず、そのシャツと……あと、このズボンでも穿いとけ」
俺はクローゼットの中から、予備のズボンを出してきて、スプライトに渡した。
「ん、ありがと」
いや、そんな顔で微笑まれても……今さっき、しでかした罪悪感が、再燃するからぁ。ああ、わかっててやってんのね。
それにしても、でっかくなったなぁ……いや、あれだよ? 図体の方だよ? もう真面目にしますから。反省してますんで。
「しかし、どうなってるんだ?! 妖精の身体って……元々は霊魂と精神体だけのはずだろ?! どこで、どうして、そうなった?」
「ふふふ、どうしてなんだろね? 普通は特定の場所でしか肉体を得ることができないって謂われてたんだけどね……試しにやってみたら、なんか成功しちゃった」
「特定の場所って?」
「えっと、故郷とか……。昨日、生で食事見た後、なんだか眠くなっちゃって、あんたの頭が気持ち良さそうだったから……ついね。ちょっと悪戯もしちゃったし」
やっぱり、俺の頭に、帰巣本能を発揮してやがったのかよ?
つうか、なんの悪戯しやがった? さっぱりわからねえ。摩訶不思議なるは、妖精の生態かな。
ん、俺も、なんか変?! 身体が軽い気が……ふわついてる……あれっ!? これって、こっちの世界に来た当初の……浮遊感。残業続きでの、めまいじゃ……。
いや、興奮しすぎたせいもあるか? ……うん、少しずつ落ち着いてきてる気もするし。
それにしても、一夜にして二人も娶るとはねぇ。「二人の妖精さんと結婚しました」と言い出す四十五歳のおっさん……怖っ。
客観的に聞いたら、相当やべえな。他人だったら、百パー正気を疑う。俺なら絶対に近寄らねえ。
いやいや、ここは異世界だ。これが普通、普通。
でも、二人もだなんて、大丈夫なんだろうか? 妖精さんだけど……妖精さんなんだよなぁ。




