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XXエンド版

「お姉ちゃん、一緒に遊ぼう」

いいよ、坊や。お姉ちゃんとたくさん遊ぼうね。

「お姉ちゃんは、優しいね!」

ありがとう。坊やはもっと、優しいね。

「お姉ちゃん、相談に乗ってほしいんだ」

いいよ。なんでもお姉ちゃんに言ってね。

「お姉ちゃん、つらいことがあったの」

お姉ちゃんに話してごらん。お姉ちゃんは坊やの味方だよ。

「お姉ちゃんと、ずっと一緒にいたい」

そうだね、お姉ちゃんも、坊やと一緒にいたいよ。

「お姉ちゃん、大好き!」

うん、嬉しいな。お姉ちゃんも、坊やが大好きだよ。

「お姉ちゃん、結婚して!」

ふふ、嬉しいなあ。坊やと結婚したら、幸せだね。

「お姉ちゃん、愛してる!」

とっても嬉しいよ。お姉ちゃんも、坊やを愛してるよ。



私は、どこで間違ったんだろう?



20歳の時、彼氏ができた。優しくて聡明で、思いやりのある素敵な人だった。

22歳の誕生日、彼は、サファイアのついた指輪を差し出し、私に婚約を申し出た。涙が出るほど嬉しくて、彼との結婚を約束した。

彼との素敵な未来が待ってる。そのはずだった。



「お姉ちゃん、結婚してください。」

小学校低学年の頃から可愛がっている9つ歳下の坊やがいる。昔から子供は好きで、坊やと遊んだりおでかけしたり、色んなことを教えるのがとても楽しかった。

坊やは、私を何度も大好きと言ってくれた。愛してるとまで言ってくれた。結婚したいとも。 最初に言われたのは17歳の頃だろうか。まだ坊やは8歳。子供らしい恋心に、私は心躍った。本当に結婚できたら、うれしいだろうな。

けれど、子供の頃に歳上に憧れる、麻疹みたいな恋心だろう。将来への漠然としたイメージだけで発せられる、軽い気持ちのプロポーズ。思春期になれば、同世代の子に恋をして、一回りも歳の離れたお姉ちゃんへの恋なんて、忘れていく。そういう小さな恋だ。


そう思ってた。


「お願い。ぼくと結婚して。」

坊やはとても真面目な子だ。いつもちゃんと目を見据えて言ってくる。なんだか本気のプロポーズに思えて、心地よかった。嬉しいよ。私も大好きだよ。私もそう返してあげていた。

けれど、私はもう婚約している。もう、ちゃんと断らなくてはならない。坊やを傷つけてしまうが、この経験を糧にして本当の幸せを見つけてほしい。坊やももう13歳だ。ちゃんと区切りをつけるべきだろう。

「お姉ちゃんと結婚したいって言ってくれて、本当にありがとう。嬉しいよ。でもね、ごめんね。お姉ちゃんは、坊やにとって特別な存在ではいたいけれど、結婚という形は、ちょっと違うかな。私にも、大好きな人がいるんだ。もちろん坊やも大好きだよ?けど、その人とは生涯を共にしたいの。坊やはまだまだ小さいから、歳上のお姉ちゃんに憧れちゃう気持ちはわかるよ。誰でもそういう時期はあるの。でも坊やがこれから色んな人と出会って、色んなことを経験したら、もっと素敵な人が見つかる。坊やは素敵な子だから、きっと誰かの大切な人になれる。その人と幸せな家庭を築いていってほしいな。お姉ちゃんは、坊やのこと応援してるよ」

なるべく坊やを傷付けないようを言葉を選んだつもりだ。泣いちゃうかな。でも坊やは賢いから、納得してくれるよね。


けれど、坊やの顔は、真剣な表情を崩さなかった。

「知ってるよ、その男。ぼくより後に知り合ったよね。ぼくはその前から何度も結婚してほしいって言ってたよ。ぼくはずっと本気だったよ。どんな困難があっても、お姉ちゃんを一生涯幸せにする覚悟があるよ。お姉ちゃん、喜んでくれたよね。ぼくと結婚したら幸せって言ったよね。それなのに、お姉ちゃんはぼくを拒絶してその男を選ぶんだね。…もう一度言うよ。ぼくと結婚して。」

想像よりも覚悟が強かった。口では何とでも言えるとはいえ、その目が覚悟を物語っていた。これを、断らねばならないのか。

「坊やが寂しい気持ちになるのは、お姉ちゃんも辛いよ。でも、お姉ちゃんは、彼のことを本当に愛しているんだ。坊やも、そんな風に思える素敵な人ときっと出会えるよ。お姉ちゃんは、いつまでも応援しているからね」

本当に辛かった。坊やのことは本当に大好きだ。だから拒絶したくなかった。だからこそ、今まで引きずってしまったんだろう。完全に私のミスだ。

坊やは真面目でやさしくて、賢くて、本当に素敵な子だ。私がダメでも、幸せになれるはず。けど、このままでは、ショックが大きすぎて病んでしまうかもしれない。引きこもったりしてしまうかもしれない。私もそんな坊やを見るのは嫌だ。

しかし、坊やから帰ってきた言葉は…想像を遥かに超えていた。

「わかった。…なら、ぼくはもう生きている意味はない。お姉ちゃんがあの男を選んだ後の世界に、生きたくない。さようなら」

坊やは、そう言うとナイフを取り出した。手を一切震わせずに、迷わず自らの首元に向け、そのまま私を見つめていた。

「坊や…だめ…だめだよ…そんなこと、言わないで…」

私は、必死に言葉を探した。絶望が、恐怖が、焦燥が、私の脳を掻き乱し、言葉を紡ぎ出せない。

「坊や… 私… 坊やが…大好き…」

息も絶え絶えに、せめて愛を伝える。

「ずっと…ずっと…一緒にいたいよ…」

坊やは、私を冷たく見下ろしていた。

「上辺だけの言葉は、聞き飽きたよ。そう言いながら、お姉ちゃんはあの男を選んだじゃないか。ぼくより、彼のそばにいることを選んだじゃないか。本当に一緒にいたいなら、僕を選んで。」

そうだ。私は彼を選んだ。選んだうえで、坊やを欲している。なんて身勝手で傲慢な人間だろう。けれど、そんなことはいい。傲慢でも、身勝手でも、坊やを死なせたくはない。私は、その小さな体を、強く抱きしめた。

「大丈夫…坊や、私はあの人と一緒になっても坊やのそばにいるよ…ずっと…ずっと…一緒にいるから…」

坊やは、ふと、優しい表情を見せた。

「お姉ちゃん。ずっと、一緒だよ。」

私の言葉が、届いた。と、油断してしまった。


「お姉ちゃんの心の中に、ずっといる。」


その言葉と同時に、坊やはナイフを自らの首に突き刺した。

「坊や!!!」

咄嗟に坊やを抱きしめる。しかし、坊やは、いつも見せてくれた、あの優しさ溢れる笑顔を見せながら、私の腕の中で、たった13年の生涯を終えた。




その生涯すべてを塗り潰した絶望を、抱えたまま。

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