表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

ハッピーエンド読みたい人向け

「お姉ちゃん、一緒に遊ぼう」

いいよ、坊や。お姉ちゃんとたくさん遊ぼうね。

「お姉ちゃんは、優しいね!」

ありがとう。坊やはもっと、優しいね。

「お姉ちゃん、相談に乗ってほしいんだ」

いいよ。なんでもお姉ちゃんに言ってね。

「お姉ちゃん、つらいことがあったの」

お姉ちゃんに話してごらん。お姉ちゃんは坊やの味方だよ。

「お姉ちゃんと、ずっと一緒にいたい」

そうだね、お姉ちゃんも、坊やと一緒にいたいよ。

「お姉ちゃん、大好き!」

うん、嬉しいな。お姉ちゃんも、坊やが大好きだよ。

「お姉ちゃん、結婚して!」

ふふ、嬉しいなあ。坊やと結婚したら、幸せだね。

「お姉ちゃん、愛してる!」

とっても嬉しいよ。お姉ちゃんも、坊やを愛してるよ。



私は、どこで間違ったんだろう?



20歳の時、彼氏ができた。優しくて聡明で、思いやりのある素敵な人だった。

22歳の誕生日、彼は、サファイアのついた指輪を差し出し、私に婚約を申し出た。涙が出るほど嬉しくて、彼との結婚を約束した。

彼との素敵な未来が待ってる。そのはずだった。



「お姉ちゃん、結婚してください。」

小学校低学年の頃から可愛がっている9つ歳下の坊やがいる。昔から子供は好きで、坊やと遊んだりおでかけしたり、色んなことを教えるのがとても楽しかった。

坊やは、私を何度も大好きと言ってくれた。愛してるとまで言ってくれた。結婚したいとも。 最初に言われたのは17歳の頃だろうか。まだ坊やは8歳。子供らしい恋心に、私は心躍った。本当に結婚できたら、うれしいだろうな。

けれど、子供の頃に歳上に憧れる、麻疹みたいな恋心だろう。将来への漠然としたイメージだけで発せられる、軽い気持ちのプロポーズ。思春期になれば、同世代の子に恋をして、一回りも歳の離れたお姉ちゃんへの恋なんて、忘れていく。そういう小さな恋だ。


そう思ってた。


「お願い。ぼくと結婚して。」

坊やはとても真面目な子だ。いつもちゃんと目を見据えて言ってくる。なんだか本気のプロポーズに思えて、心地よかった。嬉しいよ。私も大好きだよ。私もそう返してあげていた。

けれど、私はもう婚約している。もう、ちゃんと断らなくてはならない。坊やを傷つけてしまうが、この経験を糧にして本当の幸せを見つけてほしい。坊やももう13歳だ。ちゃんと区切りをつけるべきだろう。

「お姉ちゃんと結婚したいって言ってくれて、本当にありがとう。嬉しいよ。でもね、ごめんね。お姉ちゃんは、坊やにとって特別な存在ではいたいけれど、結婚という形は、ちょっと違うかな。私にも、大好きな人がいるんだ。もちろん坊やも大好きだよ?けど、その人とは生涯を共にしたいの。坊やはまだまだ小さいから、歳上のお姉ちゃんに憧れちゃう気持ちはわかるよ。誰でもそういう時期はあるの。でも坊やがこれから色んな人と出会って、色んなことを経験したら、もっと素敵な人が見つかる。坊やは素敵な子だから、きっと誰かの大切な人になれる。その人と幸せな家庭を築いていってほしいな。お姉ちゃんは、坊やのこと応援してるよ」

なるべく坊やを傷付けないようを言葉を選んだつもりだ。泣いちゃうかな。でも坊やは賢いから、納得してくれるよね。


けれど、坊やの顔は、真剣な表情を崩さなかった。

「知ってるよ、その男。ぼくより後に知り合ったよね。ぼくはその前から何度も結婚してほしいって言ってたよ。ぼくはずっと本気だったよ。どんな困難があっても、お姉ちゃんを一生涯幸せにする覚悟があるよ。お姉ちゃん、喜んでくれたよね。ぼくと結婚したら幸せって言ったよね。それなのに、お姉ちゃんはぼくを拒絶してその男を選ぶんだね。…もう一度言うよ。ぼくと結婚して。」

想像よりも覚悟が強かった。口では何とでも言えるとはいえ、その目が覚悟を物語っていた。これを、断らねばならないのか。

「坊やが寂しい気持ちになるのは、お姉ちゃんも辛いよ。でも、お姉ちゃんは、彼のことを本当に愛しているんだ。坊やも、そんな風に思える素敵な人ときっと出会えるよ。お姉ちゃんは、いつまでも応援しているからね」

本当に辛かった。坊やのことは本当に大好きだ。だから拒絶したくなかった。だからこそ、今まで引きずってしまったんだろう。完全に私のミスだ。

坊やは真面目でやさしくて、賢くて、本当に素敵な子だ。私がダメでも、幸せになれるはず。けど、このままでは、ショックが大きすぎて病んでしまうかもしれない。引きこもったりしてしまうかもしれない。私もそんな坊やを見るのは嫌だ。

しかし、坊やから帰ってきた言葉は…想像を遥かに超えていた。


「わかった。…なら、ぼくはあの男を殺す。嫌なら、ぼくを殺して。」


耳を疑った。あの心優しい坊やがそんな脅しをするなんて。いや、脅しじゃない。本気だ。覚悟を決めた目をしている。…そうだ。坊やが結婚を求めてきた時は、いつもこの目だった—————


「坊や、落ち着いて。まず深呼吸をして、落ち着いて。ちゃんとお姉ちゃんとお話しよう。お姉ちゃん、坊やがとてもつらいの、痛いほどわかるよ。でも、だからって、誰かを傷つけたり、自分を傷つけたりするのは、絶対に違う。坊やは、そんなことする子じゃないはずだよ。坊やは人を思い遣れる優しい子だよ。だから、そんなことしたらお姉ちゃんがどう思うかもわかるはずだよ。ねえ坊や、落ち着いて、考え直して。お姉ちゃんも一緒に考えるから、ね?」

必死に訴える。言葉を絞り出す。考えて考えて、どうしたら坊やが落ち着いてくれるか、必死で考える。けれど、坊やはナイフを差し出したまま、全く表情を動かさなかった。坊やは錯乱しているのではない。覚悟を決めているからこそ、むしろ驚くほど落ち着いているのだ。

「さあ。ぼくを殺して。」

私の前で、坊やが差し出したナイフが光る。坊やは、死にたがっているんだろう。彼を殺すより、私に殺されて絶望を見ずに消えることを選びたいんだろう。心優しい坊やは、やっぱり人を傷付けるつもりはないんだ。そう、安心してしまった。

「坊や、私は受け取らないよ。お姉ちゃん、優しい坊やを信じてる。坊やが幸せな未来を歩んでいけることを信じてるの。坊やの未来を終わらせたくないの。坊やを傷つけることなんてできないの。だからおねがい。生きて。幸せを掴んで。そのためなら、お姉ちゃんなんでもするよ」

泣きながら訴えた。坊やの前で泣いたのなんて初めてだ。坊やといる時はいつも幸せでいっぱいだったから。

「お姉ちゃんがあの男と結ばれる時点で、ぼくは一生苦しむんだよ。そこに幸福は存在しない。お願いだ、ぼくを殺して。」

「できないよ。坊やを傷付けたくないよ」

「ぼくの気持ちを弄んだ挙句拒絶して、傷付けたお前が今更言うな!!」

坊やにこんなふうに怒鳴られる日が来るなんて。お前と吐き捨てられる日が来るなんて。お姉ちゃんと、無邪気に優しく呼んでくれた坊やに、こんなことを言わせてしまっただなんて。

坊やの言うことは正しかった。私はもう、坊やをめちゃくちゃに傷付けたんだ。今更傷つけたくないなどと、どの口が言っているんだと。

「ごめんね…ごめんね…お姉ちゃんが悪いよね…全部お姉ちゃんが悪いの。ごめんね…だから、お願い…坊やが幸せになるために、お姉ちゃんなんでもするから、お願い…」

「なら、ぼくを選んで」

静かに、しかし、ほんの少しだけ縋るような声で、坊やはもう一度言った。多分これが、最後のチャンス。そうだ。そうすべきなんだ。それが最善策なんだ。けれど、この期に及んで、私は彼との人生に執着していた。

「…ごめんね…」


坊やがナイフを戻した。諦めてくれたのかなと、私は坊やの優しさに甘えていた。



「さよなら。」


一言、抑揚のない冷たい言葉が投げつけられた。ただの別離の挨拶ではない、重い失望の気を纏っていた。

「お願い、いかないで!お姉ちゃんのところに戻って、おねがい…!」

違うの、坊や。全部お姉ちゃんが悪いの。

扉が閉まる。もう、終わってしまう。嫌だ、坊やと一緒にいたい、坊やを手放したくない、坊やに罪を犯してほしくない。坊やが、一番大事だ。

そうだ、坊やが一番なんだ。ようやく、気付いた。まだ、間に合う。まだ、扉の隙間から光が差している。今ここで決めれば、私は、坊やを救える。

私は、力の限り叫んだ。


「坊や!!!」


扉が閉まる寸前で、止まった。私の声が、坊やの耳に届いた。

私はゆっくり扉を開け、坊やを後ろから抱き止めた。

「坊や。私の大切な坊や。ごめんね、私、決めたよ。坊やを選ぶ。」

強張った坊やの肩が、少しだけ下がった気がした。

「ずっとずっと、待っててくれたよね。待たせてごめんね。私、ようやくわかったよ。坊やが、一番大事だって。そうだよ、彼の素敵だって思ったところ、全部坊やの素敵なところだった。坊やと結ばれないと勝手に思い込んで、代わりを探してた。ばかだね、私。たった一度でも坊やと向き合ってれば、それだけで幸せになれたのに…坊や…ずっと、私と一緒にいて。坊やが18歳になったら、私と結婚して。私、ずっと坊やの隣で、待ってるから。」

少しだけ、坊やが顔をこちらに動かした。

「本当に、待っていてくれる?」

「本当だよ。ずっと待ってるよ。坊やは待ったもん。今度は私が待つの。でも、ずっと一緒にいるの。あの人には、ちゃんと説明するよ。優しい人だから、きっとわかってくれるよ。あの人はね、とっても真面目で律儀。キスはしちゃったけど、身体の関係はまだなんだ。だから、安心して?まだ私、汚れきってないよ。坊やが、初めての相手になるの。だからね、坊や。あの人のこと、許してあげて。」

ゆっくりと、坊やはこちらに振り向いてくれた。真剣な眼差し、けれど、瞳の奥に慈愛が戻っていた。

「ありがとう、お姉ちゃん。それでいいんだ。お姉ちゃんにも、酷いこと言っちゃったね。ごめん。ぼくも、一緒に彼にちゃんと謝るよ。だって、ぼくとお姉ちゃんは、これからずっと一緒だから。」

私達は、静かに抱き合って、キスを交わした。お互いの謝罪と誓いを込めた、深い深いキス。今までで一番、心地良い時間だった。

その日のうちに、2人で彼を訪ねた。彼は、私の身勝手を、じっと静かに聞いてくれた。

「分かった。君の気持ちは、よく分かった。知らないうちに、俺は坊やを傷付けてしまったんだね。ごめんね、坊や。婚約は取り消すよ。俺が引くことで坊やが罪を犯すのを止められるなら、迷うことはない。君は、坊やと幸せになるんだよ。」

彼の声は、優しかった。どこまでも優しかった。その優しさが惜しくなるが、もう、私は決めたんだ。

彼は最後まで優しく手を振ってくれた。私に未練が残らないようにと、彼は私と二度と会わない約束をしてくれた。

願わくば、彼に無上の幸福が訪れますように。


私達は、再び家に戻り、お互いを抱きしめ合い、そして、愛を確かめ合った。大好き。愛している。今までも交わしてきた言葉を、今度はしっかりと心を込めて、お互い噛み締めながら、交わした。

最後の最後で、私は選択を間違えずに済んだ。間違えたら、どうなっていたか。想像もつかない。

これからは、坊やだけを全力で愛し、大人になるのを待つ。拒絶され続けた坊やとは違う。確かに愛し合いながらだ。坊やより、ずっと簡単だ。




坊やは、裏切らないよね?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ