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5.襲撃そして逃走


週末。あいにくの雨の日だった。

といっても晴れていたところで、外出はできないのだが。

冬の雨はつめたく、空気をより一層静かにさせる。

最近はすっかり打ち解けお喋りに余念のない女子三人も、この天気模様にあてられたのか、本日はいつもより静かだった。


「それじゃ、ちょっと外見てくるな。」


雨の日でも、周辺の状況確認は忘れてはならない。

少女達に告げてから、圭人は瞬間移動で屋上にあがった。

レインコート越しに当たる雨粒。視界はいつもより悪い。


「……うん、異常なし。」


周辺の建物の状況に、止まっている車の台数。通行人の有無。今日も今日とて問題ない。ごく普通の住宅街の日常だ。

雨が降っているから、歩行者よりもどちらかというと車の往来が多い。そのくらいの変化は感じたが、それは当たり前の変化で、特別警戒すべきことでもないだろう。

けど、少しだけいつもと確実に違うことがあった。


「…今日は騒がしいな。」


静謐な室内とは一転し、外はむしろ騒がしい。

激しい雨音と共に、水を浴びて喜ぶカエルの合唱が機嫌良く聞こえてくるのだ。

開発途中の住宅街は、まだ近くに田んぼや用水路が残っており、きっとそこに潜むカエル達が鳴いているのだろう。

室内に居た時は、壁や窓ガラスがこの合唱を遮音してくれていたようだ。


(カエル…嫌な予感がするが、考えすぎか?)


圭人の脳裏に浮かんだのは、あのカエル人間達のことだった。もしあれらがカエルを使役できるとか、雨の日は力が増すとかだったら、今日は警戒すべき一日になるだろう。

今のところ、まだそういった情報は上がってきていないが、雨が降るこれまでと違う環境の一日、というだけで今日はより一層警戒が必要だと思った。


(早く戻ろう。杞憂に終わると良いが、念のため御影さんやチコとも共有しておくかな。)


今はチームで仕事をしているのだし、不安や懸念はある程度仲間と共有し、共に警戒にあたるべきだ。

圭人は瞬間移動で素早く玄関まで戻ってくると、雨に濡れたレインコートを脱いで上着掛けに掛け、部屋に戻った。


「おかえりなさい。」

「おかえりー!」

「おかえりなさい、です。」


暖房の効いた室内と、暖かい出迎えの言葉。

まるで平穏な日常をここで送っているかのように錯覚してしまう。少女たちのこの和気藹々とした雰囲気には、いまだにちょっと慣れない。


「えっと…戻りました。それからチコと御影さんは、少し話があるから来てくれる?」


廊下のドアを開けた状態でそのまま手招きすれば、二人はすぐに駆け寄ってきた。

バタン、とドアを閉める。

保護対象の神奈子には聞こえないように、先ほどの懸念や、明日行う予定の退去の段取りなどを二人に伝えた。


「というわけで、明日から別のシェルターに移動することになる。ここからは少し距離があるところだから、俺の瞬間移動を使っても、二回の経由と休憩が必要だ。」

「一足飛びに飛ぶことはできない程、離れたところなんですか?」

「飛ぶことはできるが、俺の瞬間移動はノーリスクじゃない。飛ぶ距離が長ければ長いほど、飛んだ人間に負荷がかかる。」

「それが能力の代償、ですか…。」


異能者の持つ便利な能力は、神々の権能とは違い、リスクがある。ただの人間が、無尽蔵に超常の力を扱えるわけがないのだ。


「俺は能力の使用に慣れてるから、俺一人の移動ならどこ飛んだって問題ないけどな。保護対象は一般人だ。訓練されてるわけでもないし、丁寧に運びたい。」

「負荷を受けると、具体的にはどのような症状が?」

「簡単に言うと、ひどい乗り物酔い、みたいな。気分が悪くなって目眩がしたり、一時的に前後不覚になったりする。最悪、気絶するな。」

「それは、できれば避けたいですね…。」

「あぁ、逃げた先で行動不能になってちゃしょうがない。待ち伏せされたりしてたら、より危険な状況になるしな。」


圭人の言葉にイオリは納得したようだ。

その後も退去の段取りについて話し合い、お互いの認識をすり合わせていく。

イオリは優秀で、質問すべきところで質問し、確認をちゃんと行ってくれるので、とても安心できた。

助っ人にくるのが訓練校を出たばかりの新人と聞いた時は、どうなることやらと思ったが、光子が選んだ人材というのは、やはりそれだけの能力がある人材なのだ。デキる上司の判断は、今度からは素直に信用しよう。


「そんでチコ、お前ずっと黙ってるけど、ちゃんと分かってるんだろうな?」

「ん?うん!わかってるー。」


と言いながらチコはチラチラと玄関の方を見ている。まさか閉鎖環境に居るのに飽きて、外に出たいとか言い出すんじゃなかろうな。そう思い、改めて確認しようとチコの顔を見た。その時だった。


「圭人、誰か来る。」


ピクリと耳が微かに動き、チコは普段よりずっと控えめな声でそう言った。これは要警戒。ということである。


「オーケイ。御影さん、部屋に戻って方代さんの側にいて。何かあればいつでも動けるように。帯刀もしておいて。」

「は、はい。」

「万が一があれば、即座に次の予定地に飛ぶから。いいね。」

「…分かりました。」


イオリは緊張しつつも音は立てず、神奈子の方へ戻っていった。


「チコ。何人か分かるか?」

「一人。けど、なんか気持ち悪い。」

「…ただの人間じゃない可能性があるな。」


チコの肩に手を置いて、お前も方代神奈子の元へ行けと目だけで伝える。チコはコクンと頷き、テテテっと駆けていった。


静かに、足音を立てないようにして玄関に近づく。


ピンポーン。


ごく当たり前のようにチャイムが鳴らされた。

この部屋に表札は出していない。マンションの他の住人からは、倉庫代わりに借りている人が居る一室、と思われている。

だからわざわざ、ここを訪れチャイムを鳴らすような人物は、普通なら居ない。


(……確かに、一人だな。)


ドアの覗き穴から、ちらりと外を覗いた。

玄関前に立っているのは黄色いレインコートを着た、四十代くらいの女である。レインコートのフードで顔が見えづらいが、容姿は普通のおばさん、という感じで、街ですれ違ってもなんとも思わない感じだ。

だけど、どこか明確に不気味な雰囲気を纏っていて、見ているだけでなんだかげんなりしてくる。


(あぁ、やだやだ、この瞳。狂信者特有の、現実を正しく認識していない感じのやつ。)


その雰囲気の元は、女の瞳だった。

女の目は正気を宿していない。漆黒に塗りつぶされた、と表したくなるような黒目だった。

そこに気付けるのは、圭人が何度もこういう狂信者たちと相対してきたことがあるからだ。


(どうすっかな…居留守使って帰ってくれるなら良いけど。でも、ここを探りに来たってことは、もう既に居場所は割れてんだもんな。)


まだこの女が方代神奈子を狙う一派とは確定していない。いまの時点では、ただ玄関前に立たれ、チャイムを押されただけである。

だが、決断と行動は早めにする必要があった。


(よし…逃げるか。)


敵と接触して情報を集めるのは、他の部隊の役目である。今の圭人が何より優先すべきは保護対象、方代神奈子の身を守ること。そう判断し、ドアから離れようとした時、微かに声が聞こえてきた。


「〜〜〜〜。」


それはノイズのような、何一つ意味が聞き取れない微かな言葉である。ドアの覗き穴を使って確認するまでもなく、ドア前の女がそれを呟いていると察することができた。


「チコ!御影さん!逃げるぞ!!」


圭人はドアから飛び退き、すぐさまリビングに駆け込むと少女達に向かって叫んだ。


「はい!」

「あいあい!」

「え、えぇ!?」


ただ一人状況が飲み込めていない神奈子には悪いが、今は説明している暇がない。圭人は駆け寄るとそのまま強引に彼女を抱き寄せた。


「っっっ!?!?!?」


神奈子はますます意味不明というように目を白黒させ、圭人を見上げ、顔を真っ赤に染める。

事前に話を聞いていたチコとイオリは、圭人が促すまでもなく圭人の肩に触れてくれていた。よし、いつでも飛べる準備はできた。


ドグワッシャーーーンッッ!!!


玄関の方で激しい大きな音が聞こえてくる。

廊下の扉を開け放したままで来たので、その先の光景が少しだけ見えた。重たい玄関ドアは人外じみた力で吹き飛ばされ、べっこりとひん曲げられている。


(やっ、ばいな!あれ!!)


さすがにこれには圭人も怯むしかない。

やはり先ほど聞こえてきたのは、あの女が魔術を行使するために呟いた呪文の言葉のようだ。それによって玄関ドアは、無惨にも吹き飛ばされたらしい。

衝撃で立ち上る煙の中、なんとも思わぬ虚な瞳で、女は幽鬼のように呆然とドアの前に立っている。より正確に言うと、それまでドアがあったところの前で、だが。


圭人は内心冷や汗をかきながら、早く逃げなければと、頭の中に転移先を思い浮かべた。


ギィ、ギィ、とフローリングが軋み、女がこちらへ移動してくる音が聞こえてくる。まるでホラーゲームの演出のようだ。気持ちがジリジリと急かされる。


「っ…。」


異常な状況をようやく理解したのだろう、方代神奈子が震えて声を漏らしたのが聞こえた。


「大丈夫ですよ。」


声には出さず、そう言って口パクをして、圭人は彼女に微笑んだ。

大丈夫。必ず守る。それが俺の仕事だから。


一瞬で乱れた思考をすぐに整え、クリアな頭で転移先を思い描いた。

静かに目を閉じ、力を使う。


ギイッ。

軋むフローリングの音。







「………。」


女が部屋にたどり着いた時には既に、そこには誰もいなくなっていた。


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