2.病院そして襲撃
「相変わらず繁盛してるなぁ。」
病院に到着し、待合いの混みようを見るなり圭人は思わず呟いた。
「病院ははんじょーしてたらダメなんだよ〜。」
頭の耳隠し用キャスケットの位置をもぞもぞ直しているチコにそう言われ、ぽりぽりと頬を掻く。
「まぁ、それはそうなんだけどな…商会的にはここが繁盛してた方が良いんだよ。」
ここ猿田第一病院は、名前からわかる通りサルタヒコ商会が所有している総合病院だ。
表向きはただの一般的な総合病院だが、その実態は一般の医者には見せられない、人間に化けた状態の顧客の人外や、人外達によって被害を受けた人間などを主な患者として診ている。
「ごえい対象は、病棟だよね?」
「あぁ、こっちだ。」
チコの手を引いて、入院病棟に向かう。帽子を被って、尻尾をスカートの中にしまっているおかげで、チコの人と異なる容姿に気づく人は居ない。チコと出歩く時は、チコが人間でない事をバレないようにする事が何より緊張するが、圭人にとってはこの緊張も慣れたものである。
「すみません。」
ナースセンターに居る看護師に声をかけると、圭人はすぐに自分たちが商会からやってきた者である事を告げた。看護師は全てわかった顔で、病室の番号と位置を教えてくれる。
どうやらすでにこちらの事情は、ある程度伝わっているらしい。さすが商会所有の病院だ。
「病室は803号室だとよ、個室らしい。」
「新入りさんはー?」
「光子さんは先に行ってるって言ってたからな。多分病室でもう待ってるんじゃないか?」
二人でエレベーターに乗って、8階まで上がる。
病棟という事もあって、出歩いている人もほぼ居ない、静かなフロアだ。
「ここだな。」
803のプレートが掲げられた部屋の前まで行くと、扉をノックして返事を待った。
「どうぞ。」
すぐに凛とした少女の声が返ってきて、入室を促される。念のため、やや警戒しつつ、チコの手を引いて部屋に入った。
部屋は小さな個室で、真ん中に医療用のベッドが置いてあった。その上で少女がすやすやと眠っている。事前に目を通した資料の写真を思い出し、彼女が護衛対象であることはすぐに分かった。
そしてその隣には、スーツ姿で帯刀したポニーテールの少女が険しい顔で座っている。他に人は居ないため、先ほどのノックに返事をしたのはこの少女だろう。
「あー、俺たちはサルタヒコ商会から来た…。」
「分かってます。私も商会の人間です。」
少女はスッと立ち上がると、圭人たちを見つめた。
「彼女の護衛担当に任ぜられました、御影イオリです。訓練所を出たばかりなので、階級は白です。」
「あ、あぁ。俺は特別顧客担当室の瀬名圭人。階級は緑。」
「チコはチコだよ!階級はきんいろ!」
「えっ、と…?」
「あぁ、こいつも特別顧客担当室のメンバーだよ。階級のことは…気にしないでくれ。」
圭人は苦笑いしながら、チコの頭を帽子越しに撫でた。
サルタヒコ商会には軍隊のような階級があり、それを色で表す。だがチコは事情があり、正式な隊員と認められていないため、その階級も与えられていない。
なので圭人が以前代わりに、と金色の折り紙で作った階級章をあげたのだが、それ以来彼女は自分の階級を金色だと思っている。
ちなみに正式には、上から黒、赤、青、緑、黄色、白の順で階級が定められている。
緑の圭人は中堅どころで、小規模な任務においてはリーダーとして指揮権が与えられる程度の階級だ。
「とりあえず、御影さんね。これからこの任務の間よろしく。」
「はい、よろしくお願いします。先輩方。」
「よろしく〜。」
イオリはまだ緊張しているらしく、ピシッと角張ったお辞儀をした。
なかなか真面目そうな新人が来たもんだと、思わず苦笑いが溢れる。
彼女にどの程度の能力があるのかはまだ分からないが、性格の面ではなかなか感じが良い。礼儀正しい人間は好きだ。とんでもない生意気や、じゃじゃ馬が新入りじゃなくてよかったと圭人は密かにホッとした。
「それで、この子が護衛対象?」
ベッドに眠る少女に視線を動かして聞くと、イオリは肯定の頷きをした。
「はい、名前は方代神奈子。年齢は当人の証言曰く、17歳。身元についてはいまだ確認が取れていません。」
「そうか。こんな普通の女の子が、神様に拉致されるたぁ物騒な世の中だね。」
「うがー!悪い神様!」
チコがピンと尻尾を伸ばして怒る。どうどうと宥めるつもりで、その頭をぽふぽふと撫でた。
「はい、彼女を拉致した高位存在は、商会が以前から危険視していた存在です。そのため、初動を早く起こすことができ、彼女の救助も間に合ったと本隊から報告を受けました。」
「でもまだ、彼女への執着は解けてないんだろ?」
「はい、この病院に搬送するまでに、すでに3度の襲撃を受けています。」
「はぁ…想像してた通り、なかなか大変な案件だな。」
すやすやと眠るこの少女は、どう見ても普通の女子高生にしか見えない。その容姿は多少整ってはいるが、絶世の美少女というわけでもなく、クラスに居たら少し話題になるかな、といった感じの女の子だ。こんな普通の女の子に、神が激しく執着する理由が分からない。
商会の方も彼女が狙われた理由を調査しているだろうが、まだ報告が上がってこないという事は、今の時点では判明していないのだろう。
狙われる理由も分からないまま護衛する、というのはなかなか難易度が高いことだ。うちの部署に彼女の身柄が託されたのもよく分かる。
「本隊の方と交代し、私が護衛について既に6時間が経過していますが、今のところは何も起こっていません。」
「よし。なら、さっさとこの子を安全地帯に移送しちゃおう。身体の方はもう、何ともない健康そのものなんだろう?」
「はい。今は連日の緊張による睡眠不足で眠っていらっしゃいますが、病院での安静が必要な状態ではありません。移送も問題ないかと思います。」
イオリがそう言った、その時だった。
パリーンッ!!
窓ガラスが突如破られ、黒い何かが勢いよく飛び込んでくる。
黒いローブのような装束を纏った三体のそれは身体のシルエットが隠され、中身がどんなナリをしているのかさえ分からない。人くらいの大きさをしてはいるが、必ずしもそれが人とは限らないだろう。何せ8階の窓からこうして飛び込んできた訳だし。
「チコッ!」
「うん!」
即座に合図するとチコが飛び出し、黒い何かに攻撃した。いつも通り、鋭く無駄のないパンチだ。
ドゴォッ。
鈍い音を立てて、黒装束の一体は吹き飛んだ。手際がいい。まさしくワンパンだ。
「感触は人間じゃないよー!機械でもないけど!」
「じゃあ怪物ってことだな、さっさと片付けるぞ!御影さんは護衛対象を守ってくれ!」
「は、はい!」
黒装束たちは、仲間がやられたのを見て、慌ててチコを抑えにかかるが、残念ながらチコの方が早い。
襲いくる黒装束達の攻撃を避け、小柄な少女はスルリと背後に回ってもう一体を殴り飛ばす。
「おっと、危ない。」
殴り飛ばされた一体が、こちらに飛んできた。圭人はこれ幸いとその体にポンと触れ、瞬間移動させる。飛ばした先は、残る一体の黒装束の真上だ。
ドスッ。
味方の体が突然頭上から降ってきた黒装束は、避けることもままならずそのままぶつかって、二体仲良くその場にゴチンと沈んだ。
「なんだ、ずいぶん弱いな。」
三体の沈黙した黒装束を見下ろして、圭人は不思議そうに首を傾げる。邪神の放った刺客というなら、もっと強くて手こずるような相手を想定していたのだが。
不思議に思いつつ、装束の下の正体を確認しようと、近くで気絶している一体のフードを脱がしてみた。
「カエル…?」
その顔は、まさしくカエルだった。
緑色のヌルヌルとした皮膚。大きなガマ口。目は気絶して閉じているが、覆っている瞼は大きく、きっと開いていればギョロギョロとこちらを見つめていただろう。
どう見ても彼らが人ではないのは明らかだった。
そんな風に圭人がじっくりと巨大人型カエルを観察している時。
「瀬名さん危ない!」
イオリが叫んだ。
その瞬間、カエルの口から何かが噴き出される。
「っ!」
慌てて瞬間移動し、距離を取るも、部屋中に白い霧のようなものが充満し始めた。
(マズいな、毒の可能性もある。)
窓が空いているおかげで、幾分か外に流れ出ているが、このままこの謎の霧の中にいるのが得策とは思えない。
「チコ!御影さん!こっちに!」
圭人はベッドに駆け寄り、眠っている保護対象の少女を抱き起こして抱えると、二人を呼んだ。よく訓練された二人はすぐに反応して駆け寄ってくる。
「すぐに転移する。2人とも俺の体に触っておいてくれ。」
「うん!」
「わ、分かりました。」
少女達はそれぞれ圭人の両端に立ち、その腕にしっかり触れた。
(逃げる場所は…。)
転移先を思い描き、圭人は力を使う。
そして瞬くうちに、四人の体はその場から消え去った。