異世界の日雇い街と、食いだおれロード
外に出て、背伸びをする。少しだけヒンヤリとした風が、頬に心地良い。
街並みを改めてじっくりと見回すと、「漁業ギルド」、「商人ギルド」、「職人ギルド」などと書かれた建物があちこちにある。
(ギルドって、日雇労働的な? 組合みたいなもんなんかね)
いわゆるココは、ビジネス街のような物なのだろうか?
それにしても、洒落た名前が書いてある。
漁業ギルドには「蒼海の瑠璃船」、商人ギルドには「金銀千華」。そう言えば、冒険者ギルドには「狩人の集い」という名前が付いてるなと思い出す。
(狩人の集いって、結構普通な名前やな……)
と思ったが、職人ギルドには「つくり手広場」と大きな板に彫ってあった。
「ぶふっ」
蒼海やら千華やらカッコイイ単語が並ぶ中で、あまりにもほのぼのとした名前に思わず吹き出した。
(お……?)
日雇いコーナー……もとい、組合ロード……もとい、ギルド街を抜けると、あちこちからいい匂いが漂ってきた。
香辛料のような、刺激的な香り。「龍の溜まり場」が使っていたような、ソースの香り。にんにくのような、食欲をそそりまくる香り……。
(うわうわ、ワクワクしてきた!)
スキップしそうになる脚を落ち着かせて、それでも足早に匂いの元を辿った。
「キノコ豚のはさみ焼きだよ!」
豚かぁ。肉は昨日食べたけど美味そうだ……。
「バッサ魚、揚げたてだよー」
おっ! こっちは魚のフライか!
「ねじれ芋の棒揚げいかが?」
串で刺したでっかいフライドポテト?
あちこちの店の軒先や屋台で、ホットスナックやおやつが売られている。これは、ここは……!
「食いだおれやー!」
思わず声に出るが、胸が弾むほどの活気だ。誰も彼もが食べることに夢中で、俺の声なんて気にも留めていない。
「それ下さい! あ、そっちのも……。コレなんですのん!?」
気付けば、両手に持ちきれないほどの食べ物を買ってしまっていた。
(ああ、持ちにくい……。でも、幸せや……)
コカカ鳥の香草焼き、びっくりキノコの素焼き、草原魚のバニ粉揚げに、彩り混ぜ麺、その他色々。
見た事も聞いたことも無い、勿論味の想像すらできない宝の山だ。
早速、買った物のひとつを齧ってみた。
(草原魚の揚げたん……)
バニというパンを粉にして魚に纏わせ揚げた、つまりフライだ。ザクッとした歯触りの良い食感の後に、ふんわりと柔らかな身と共に魚の香りが口に広がる。白身魚では無く、青魚っぽい味だ。
「美味い!」
(キノコの焼いたん……)
うっすらと赤みがかった丸いキノコが、枝のような串に刺さっている。俺の拳くらいあるので、見付けた時は肉を焼いているのかと目を疑った。
齧り付くと、前歯に弾力のある身を感じる。強めに振られた塩と胡椒に負けない、旨味たっぷりのエキスがじゅわりと出てくる。こぼしちゃ勿体ない!
「美味い!」
代わる代わる色んな物に食らいつく今の俺は、さしずめ食の一夫多妻制だ。皆羨むが良い。我こそ食いだおれの殿であるぞ。
と言いつつ、本当に多くの視線を感じ、少し気まずくなる。
(さすがに買いすぎたか? いやいや、全く問題ないね! おっと、あっちにも美味そうなのがあるやーん)
気にせず、大きな肉の塊を焼きながら削いでいる屋台に、弾みながら向かった。
甘味も欲しいところだと、もう少し先を探索してみる。
が、食いだおれロードは終点のようで、服屋や本屋がぽつぽつと並び始めた。
「ちぇー。戻ってまた探すか」
踵を返そうとしたところで、前にある「鍛冶屋」と書かれたドアから、今朝見た顔が出てきた。
「ありがとう。本当に良い出来だよ。それしても……今朝は本当にすまなかった」
「まーだ言ってんのか。俺ァもう気にしてねーからよ! じゃ、3日後にまた見送りに行くぜ!」
(ドワーフに、あのビーズの飾り……)
店へ引っ込み扉を閉めたのは、今朝の騒動の主役、ラバだった。そして、笑顔の後に少し溜息を付いたのは……。
「ライラスさん?」
彼は、俺の呼び掛けにハッと顔を上げると、また白い歯を輝かせて笑った。
(ま、眩しい! けど、何か今……?)
「イーノ! そんなに色々持ってお使いかい?」
両手の宝の山を指さして、首を傾げる。
「いや、これは俺の昼飯……」
改めて言われるとちょっと恥ずかしいな、と思う。
「なるほど、随分と買い込んだね」
「いや、まだ甘い物を探してまして」
「まだ買うのかい!?」
驚きつつも、笑ってくれる。本当に爽やかな人だ。
「今食べてるのは……コカカ鶏かな」
「そうです! 香草焼きって言ってたんすけど、まー美味いこと! ニワトリと違って、肉自体にハーブの匂いがするんよな……。あ、ニワトリって言うのは、俺が住んでた地球におったこんくらいの白い鳥で……トサカはあるけど飛べへんくて……。いや待てよ、アイツら飛べるんか?」
ニワトリの事を思い出しながら、身振り手振りで解説する。勿論、この美味いコカカ鶏を食べる事も忘れずに。
「……イーノって、いつもそんな感じなのかい?」
「えっ、なんか変でしたかね」
むしゃむしゃと食べてはいるが……。ちゃんと口閉じてるし、何なら手で隠してるし! さすがに行儀悪かったか? 日本では、たこ焼きからたい焼きまで、普通にこうやって食べていたけど。
(ここではマナー違反なんやろか!?)
「ハワワワ……」
不安になったところを、ライラスが見た目にそぐわぬ大きな声で笑い始めた。
「あはっ、あははははは!! ……はーあ、おかしい。……イーノ。僕はいっぺんに君の事が大好きになったよ」
「!?」
目尻の涙を拭いながら、唐突に告白してきた。こちらが何かを言う前に、ライラスがトントンと言葉を続ける。
「今夜、空いてるかい? 良かったら一緒に食事をしたいんだ」
「えっ」
「ギルドが終わる頃に迎えに行くよ」
「えっ!?」
「甘味はあそこの……見えるかい? あそこの焼きポンムが美味しいよ。じゃあ、また夜に」
「焼きポンム!?」
「ぶふふっ!……キミってやつは……」
焼きポンムとやらの店を探してる間に、ライラスは行ってしまった。
爽やかに誘われ、爽やかに去って行く。と、言うより。
「意外と……強引なんやな……」
俺は、コカカ鶏の串を握り締めたまま、彼の背中を見送った。
誰かに見られているとも知らずに。