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魔女のばあさんの酔い覚まし薬

 俺は、このまま死んでまうんやないかと思うほどの頭痛、目眩、吐き気に襲われていた。

 

 しかも、ここがどこか分からない。今何時かも不明。俺に分かるのは、ベッドで寝ている、という事だけだ。目を閉じて苦痛に耐えていると、階段を上るようなドカドカという大きな音が近付いてきた。

「イーノ、入っていいか!」

 答える間もなく、言いながら扉が開けられる。

「だ、だれ……」

 くっついた瞼を薄ら開けると、筋肉の塊のような裸の上半身に、ベルトだけをたすき掛けした、どう見てもヤバめなオッサンがいた。

 ……いや、俺はこのオッサンを知っている。モヤがかっていた記憶が、少しずつ鮮明になっていく。

 (あ、そうか……。ここ、日本じゃないんだった……)

「ぞ、ゾース……さん……」

「おう! おはようさん! 大丈夫か、仕事の時間だぞ!」

 (うううう……!)

 このノリ、今のこの体調ではかなり重い。重たすぎる。ゾースが喋る度に頭が割れそうになる。

「ほれ、飲め! 酔い覚ましの薬だぞ」

 差し出された物を見る。ガラスのコップに、何やらドロリとした紫色の液体が入っている。

「えぇ……なぁにそれぇ……」

「効くぜぇ」

 ニヤリと笑って俺を無理やり起こすと、有無を言わさずに持たせた。しかし、見た目に反して匂いは悪くなく、むしろミントのような清涼感のある良い香りがした。

 (あれ、これなら飲めるかも……)

 そう思ってコップの中を覗き込む。何やらつぶ粒した物や、葉っぱの破片や、小虫の羽のような物が見えるような、見えないような ……。本格インドカレーに入ってる、香辛料の類だよな? そうだよな?

「俺も、今朝は久しぶりに飲んだぜ」

 そう言うゾースのこのハツラツとした様子を見るに、効果は本物なのだろう。この頭痛、吐き気が収まるなら……。

「イタダキマスッ」

 言いながら、顔を上げ思い切りコップを傾けた。

 

 (ああ……)

 小学生の頃に作ったスライム……。

 オカンが使ってた洗濯糊……。

 川底のアメーバ……。こんな感じだったな……。

 

 口内を侵す粘度が不愉快極まりなくて、一瞬だけ走馬灯が走る。が、すぐさまさっき匂っていた通りの清々しい香りが、胃を洗い流していく。

 香りは鼻を通って脳味噌にも辿り着いたのだろうか。目の奥から脳に至るまでの酷い頭痛が、つむじからすっと抜けていったようだ。

 食道まで込み上げて来ていた、とぐろを巻いた吐き気は、山頂から流れる清らかな川に流されるようにして消えてなくなった。

「えっ、何この薬!?」

「な、効くだろ! 魔女のばあさんの薬は何でも効くんだ。この前なんか……」

 言いかけたところで、慌ただしい足音が聞こえてきた。

「ゾースさん! ()()ですっ。早く来て下さい!」

 サトゥナが確認も無く勢い良く扉を開けた。ただならぬ様子に、ゾースの表情が険しくなる。

「すぐ行く! イーノも着替えたら降りて来い」

「は、はい!」

 バタバタと2人が去った後、慌ててベッドから降りた。見回すと、こじんまりとした部屋にはベッドの他にテーブルとクローゼットがある。俺はクローゼットを開けると、掛けてあった服を適当に掴んだ。


 着替え終わると、部屋から出るまでもなく階下から怒声が聞こえてきた。降りるのを躊躇ったが、その声はどんどん激しくなる一方で、俺は意を決して階段を駆け下りた。

「あれ? ここって……」

 そこは、昨日みっちり扱かれた冒険者ギルドだった。どうやら2階が住み込み先のようだ。


「そもそもなぁ! オレァてめぇの態度が気に入らねンだ!!」

「それって今関係なくない? ハンっ。これだから脳筋は……」

 髭にお洒落なビーズのアクセサリーを着けたドワーフと、スラッと背の高い小麦色の肌の美しいエルフが、言い合いをしていた。

「いい加減、外でやって下さいよ!」

「二人とも、落ち着け!」

 サトゥナが怒り、ゾースが二人を宥めている。

「俺が脳筋なら、てめぇは乳筋じゃねーか! 乳丸出しでライラスに擦り寄りやがって! 乳で誘おうってのがミエミエなんだよ!」

「ちっ……!? なっ……!!」

 エルフは、わなわなと震え肌の色を一層濃くすると、何事かぶつぶつと口を小さく動かし始めた。

「やれるもんならやってみぃ!!」

「ちょっ……! 詠唱するのも煽るのもやめてください!」

 ドワーフが斧を構え、サトゥナが慌てて止めようとする。

「お前ら、いい加減に……」

 ゾースが怒りの表情で、二人の間に割ろうとした時。

 

「ビルーカ、やめなさい」

 マントをはためかせ颯爽と現れたのは、ライラス、その人だった。

 ライラスは、ビルーカと呼ばれたエルフの手首をそっと掴むと優しく微笑んだ。

「ら、ライラス様ぁ!」

 ビルーカは、さっきまでの鬼の形相を瞬きひとつで可愛らしく変えると、ちょんと跳ねてライラスに思い切り抱き着いた。

「あ! ほらてめえ、乳を引っ付けてるじゃねぇか!」

「うっせ!」

「ラバも、斧を下ろして」

 ライラスの手が、ラバと呼ばれた男の斧に触れる。それだけで、ラバは大人しく武器を下ろした。

「今回は僕が悪いんだ。トルテヤが不在なのに、新しい依頼を受けてしまって。だから魔法が使える者を募集したのだけど、資格に補助魔法が得意である事という記載を忘れてしまっていたんだ」

 

 この美しい勇者様が言うには、つまりこういう事だ。

 トルテヤの代打として、パーティーに魔法使いを募集していたらしい。

 初めて行くダンジョンという事で、攻撃より回復や肉体強化がこなせる魔法使いが欲しかったと。しかし、応募してきたのは、攻撃魔法特化のビルーカだったと。それを、お節介にもラバが応募を取り消すように忠告したのが事の発端なのだと言う。

 

「……けっ! 大体、ライラスは甘ぇんだ! それなりの冒険者なら、察しろって話だ!」

「アンタに言われたくないわ!」

 ラバが悪態をつき、ビルーカが言い返す。ラバとビルーカは元より折り合いが悪いように見える。

 (お節介なオッサンと、黒ギャルやもんな……)

 

「ビルーカ、次回からは頼りにしてるよ」

 パチリとウインクし、

「ラバも、僕の代わりに言い難いことを言ってくれたね。ありがとう」

 そちらには、申し訳なさそうに苦笑する。ライラスのその仕草だけで、言い合っていた2人は満更でもない顔をし、

「言い過ぎたよ、悪かった」

 と口にした。見事な仲裁に、ハラハラと見守っていた一同がホッと胸を撫で下ろした。

「すまない、皆にも迷惑をかけた。さぁ、いつも通りに依頼を受けてくれ!」

 ゾースが言う前に、ライラスが手を叩きその場を収めた。冒険者達は、掲示板を見る者、仲間を待つ者誘う者と散開した。

 

「やっぱりライラスさんってすごいっすね!」

「私としては、毎度の事なんで正直困ります」

 ため息混じりに言いながら、カウンターに戻って行った。

「サトゥナちゃんって、女の子なのにライラスさんには興味無いんですね」

 コソッとゾースに話し掛ける。ゾースは、うーんと頭を搔くと、

「まぁ、女のコが皆憧れるわけじゃねーよ。それより……いや、何でもない」

 と、言葉を濁した。

(なになになに!? なんやねん!!)

 と突っ込みたい衝動をグッと抑え、サトゥナにどやされる前にカウンターに入った。


「依頼もあらかた片付いたし、イーノ、先に昼飯食って来い」

「え!? もうそんな時間ですか!?」

 あの騒動を忘れるくらいに慌ただしくしている内に、いつの間にやら昼になっていたようだ。

 丁度、依頼を受けた冒険者達の名簿ファイルを片付けたところだった。

「1時間くらいで帰って来て下さいね。……1時間ですよ?」

「お、オス……」

 サトゥナに、釘を刺すようにして2回言われた。 1分でも遅れたらどうなるんや……。俺はその言葉を肝に銘じて、扉を開けたのだった。

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