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よろしく、タフタフ

 ショルテが、両手にトレーを持ったまま、踊るようにテーブルの間を縫っていく。中年のふくよかな女性とは思えないほどの、軽やかな動きだ。あちこちのテーブルに寄りながら、俺達のテーブルでゴールした。

 

「あいよ、龍のタフタフとビベルの追加ね!」

 (来た! これが……タフタフ!)

 それは、パッと見は地味な円い食べ物だった。少し厚みがあって、上に赤いソースのようなものが薄く掛かっている。

「ウチのタフタフには、この街らしく海のモンも山のモンも入ってるからね! 今日はオクタ、黒カウソンに、ウチで採れた野菜だよ!」

「いわゆる、残りもんってことだ」

 俺にこっそり教えるゾースを、ショルテが鬼の形相で見下ろす。

「文句あんのかい!?」

「黒カウソンだって!? 今日のタフタフはご馳走だなぁー!」

 「棒読みですよ、ゾースさん」

 ポコっとトレーで叩かれながらも、ゾースがサトゥナと俺の分を切り分けてくれた。

 

 断面から、いかにも熱そうな湯気が出口を見つけたと立ち上る。カラフルな野菜と、肉とタコの切り身のようなものが見える。

 (これは、もしかしたら……)

 フォークをあてがう。ふんわりとした柔らかさが、金属を通して伝わって来る。堪らず、熱さを覚悟して口に入れた。

「あっふ! あふぃ!」

「うわっ! イーノさん大丈夫ですか!?」

「ハッハッハ! アツアツなのに勢い良くいったな!」

 俺にはたこ焼きで鍛えられた口がある。熱いが、細切りにされた野菜や、肉の旨味がしっかりと分かる。赤いソースは野菜や果物のような風味を感じる。要するにこれは、洋風の……。

「お好み焼きや!」

 この世界に来て、まだたったの半日しか経っていないと言うのに、何故か妙に懐かしくて俺の右手は止まらなくなった。鍛えてるとは言え、口の中が火傷でべろんべろんになるだろう。それでも、構わない。

 (最後に食べたお好み焼き、どこのやっけ。難波の店やった気がするな。俺はミックスより豚玉が好きで……。モダン焼きも美味いよなぁ)

「オコノミャー?」


 白飯と食べる、あの店のお好み焼き。

 いつも行ってた、おっちゃんのたこ焼き。

 友達のタッツンと食べる、やっすい串カツ。

 

「いい食べっぷりだな……って、イーノ!?」

「う……。ふぐっ、う……」

 食べながら、涙がボロボロとこぼれ落ちた。口を拭くのも、涙を拭くのも忘れて、俺は塩辛くなったタフタフを頬張った。

「お、お好み焼きやない……っ。もう、お好み焼きやないんや……。これは……俺の知らへん、タフタフなんや……」

「イーノ……」

 ゾースはわざわざ席を立つと、みっともなく泣く俺の肩を抱いてくれた。そして、サトゥナが紙ナプキンを差し出してくれる。どうしたと、周りの席からも視線を感じた。

「ぐす、すみません……。似たような料理が、俺の故郷にもあるんです。俺、それが大好きで……」

「タフタフはね」

 いつの間にか、ショルテが俺の後ろに立っていた。

「タフタフは、色んな具材の寄せ集めなんだ。このデルツハルツは流れ人が集まってできた街でね。昔は貧しくて、流れ人達の故郷の食べ物を寄せ集めて皆で食べてたんだ。そうしてできたのが、このタフタフさ。街も百年以上かけて、ここまで大きくなった。タフタフも、今ではデルツハルツの名物なんだよ」

「そういや、俺の親父も流れ人だったんだ。ここでお袋と出会って、住むことになったのさ」

「私も流れ人だったんですけど……いつの間にか、ここが故郷みたいになってますね」

 ゾースとサトゥナが懐かしそうに目を細めた。隣のテーブルのドワーフ(と、思う)が、俺もだと頷く。その連れのトカゲ人が、アタシも(女!?)と手を挙げた。

「俺も、ここに家を借りて何年になるかなぁ。またすぐ旅するつもりだったんだけどな」

 エルフ耳の男が言う。

「あたいなんて、かれこれ50年はここで魔女やってるよ!」

 どう見ても未成年にしか見えない少女が言う。

 俺も、私もと、あちこちで思い出話が花を咲かせ始めた。

 

「皆、タフタフの具と同じなんだよな。あちこちから寄せ集まって、街を活気づけて、発展させて、賑やかにしてくれる。イーノ、これからはお前もタフタフの具だ!」

「ゾースさん、センスないですよ。私がもっと上手い例えを考えます! えーっと……」

「ぷっ」

 自信満々に指さすゾースと、呆れ顔のサトゥナのやり取りについ吹き出してしまった。俺は、改めてタフタフを口に運んだ。

「ショルテさん、めちゃくちゃ美味いっす!」

「そうかい、そうかい! ……って、この流れだと多分……」

 ショルテが、小走りでキッチンに向かう。

「龍のタフタフ、こっちにも!」

「タフタフ追加ね! 今日の具はなんだ?」

「タフタフとビベル、3人前追加ねー!」

 さっきのように、注文の声が飛び交う。

「アンタぁ! とにかくタフタフだよ! 焼きまくっとくれ!」

 

 お好み焼きと違う、赤いソースのかかったタフタフをじっと見詰めた。明日はどんな具だろう? 明後日は? これから先は……。

 俺はまたひと切れ頬張ると、飲み慣れないぬるいビベルで流し込んだ。

「さしずめ私は、黄金魚ですかね」

「高級食材じゃねぇか! 甘いもん好きだし、甘鳥卵でどうだ」

「それじゃ、お菓子になりますよ……」

 2人は、右手にタフタフ、左手にビベルを離さずに自分を具に例えると何かと議論を始めていた。

 俺達のテーブルも、タフタフ1枚じゃ足りなくなりそうだ。

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