初めてのビベルと、再びのピョン吉
ショルテの店、「龍の溜まり場」は、まだ夜にもなっていないというのに随分と賑やかだった。
「おや、狩人の集い御一行様じゃないか! 今度はサトゥナちゃんも一緒かい?」
「ショルテさん、こんばんは!」
「おう、今夜はコイツの歓迎会さ!」
ゾースが、その鍛えられた腕で俺の首を引き寄せた。
「あらま! 昼の……イーノちゃん、だっけ? 歓迎会ってことは……」
「そういうことさ! ビベル、3人前な!」
「よしきた! そこ、空いてるだろ? 座って待ってな!」
ショルテは、窓際の席を指さすとまた料理の配膳に戻った。
「そこ、ジョッキが空いてるじゃないか! おかわり持ってくるよ、同じのでいいかい? そっちの、空いてる皿は下げちまうから寄越しな!」
そのゆったりとした体型からは考えられないほどの、素早くソツのない動きだ。
「やれやれ、いつ来ても騒々しい店だな」
ゾース達に続いて、木製の椅子を軋ませながら座る。
隣の席では、ドワーフとトカゲ人がソーセージのような物に齧り付きながら、大声で笑っている。
後ろの席では、顔に大きな傷のついた男が、俺が昼に食べたのと同じようなサンドを黙々と食べている。
向こうの席はすごいぞ。人間、ドワーフ、エルフに、人間の子供に見える人を交えてジョッキを掲げながら歌っている。昼に来た時とえらく雰囲気が違うので、同じ店とは思えないくらいだ。
「はいよ、お待ち!」
ドカッと、木製の大きなジョッキがテーブルに置かれた。
(はやっ!)
ほんの1、2分しか待ってないぞ。
「で、何食べるんだい?」
「そうだなぁ……。イーノ、何食いたい?」
「え! っと……。すみません、この世界に何があるか分からなくて……」
言いながら、テーブルに置かれていたメニューを捲る。
「じゃあ、今日の野菜のツァルゲと、ラビテの串焼きと……」
サトゥナが、代わりに何点か注文している。ふと、メニューに書いてある「龍のタフタフ」というのが気になった。
(なんや、このビミョーに可愛い名前は……)
「あの、龍のタフタフって……」
「タフタフ一丁ね!」
説明を聞く前に、注文が通ってしまった。
「タフタフかぁ。私、久しぶりに食べます!」
「俺ァしょっちゅう食ってるな」
(なに? なんや!? タフタフって!?)
一通り注文を終えたところで、ゾースがジョッキを高々と掲げた。
「おう、お前らも!」
「は、はい!」
言われるがままに、同じ高さにジョッキを持つ。
「俺ァ、イーノとの出会いは偶然じゃないと思ってる。これから何か面白いことが始まると、ワクワクしてんだ」
「えっ……」
今日、何度目かのときめき入りました。
「……それ、私の歓迎会でも言ってましたよ」
すみません、やっぱりときめきキャンセルで。
「ゴホン! ……とにかく、だ! 我らが冒険者ギルド、狩人の集いに新しい仲間が増えたんだ! こんなに嬉しいことは無い! 俺がこのギルドを継いで早15年……」
「はい、まずは野菜のツァルゲね! 今日はうちの畑で採れた青菜と白デンツ、紫卵の身だよ! ……って、またゾースの長話が始まったのかい」
ゾースのスピーチを遮って、ショルテが皿を置いていった。
「ゾースさん、ツァルゲも来ましたし。言ってる間に串焼きも来ますよ。早く飲みましょうよー!」
「む。確かにそうだな……。じゃあ、新しい仲間イーノと、我らが狩人の集いに!」
サトゥナに急かされて、ゾースがジョッキを持つ手に力を込めた。
「乾杯!」
全く聞き慣れない言葉だが、郷に入っては郷に従え、だ。二人の真似をして、高らかに言いながらジョッキを掲げた。
ゴツゴツッと、木製のジョッキ同士が無骨な音を立てる。二人は慣れた仕草でそれを口にした。
「……ッカァー! やっぱ仕事終わりにゃこれだぜ!」
「……ゴッゴッゴッゴ……」
一呼吸置いているゾースと違って、サトゥナはジョッキを傾け続けている。サトゥナちゃんて、そんな感じなん……?
「イーノも飲めよ! 効くぜぇー!」
言われ、ジョッキを覗いてみる。木製のため、水色がよく分からない。が、匂いと泡からするに、恐らく麦酒のような物だろう。二人がこんなに美味そうに飲んでいるんだ。俺は二人を信じて、ジョッキに口を付けた。
「!?」
(ぬ、ぬるい!!)
麦酒と言えば、汗をかいた硝子のジョッキに入った、キンッキンに冷えたものしか知らない。触れた唇と同じ温度に仰天し、一瞬口を離した。が……。
(ん?)
もう一口、飲んでみる。
(んん〜??)
もう一口、飲んでみようか。
もう一口、もう一口……。
「イーノ、いけるクチじゃねぇか!」
「すみませーん、ビベル、もう3人前!」
気付いたら、俺のジョッキは空になっていた。発泡は少ない。常温だからだろうか、麦の香りをかなり濃く感じる。後を引くクセがあり、苦味は舌に残らず、爽やかさすら感じる。
まずは、ツァルゲと名の付いた野菜に手を伸ばす。柑橘風味の強いピクルスのような漬物だ。アッサリした味と、軽い食感が箸休めにピッタリだ。
「ラビテの串焼きと、丸芋揚げね!」
ぴょん吉……もとい、凶暴ウサギ。
「ラビテは覚えましたよ!」
得意気に言うと、ゾースが思い出したかのように笑った。
「そうだ、サトゥナ。イーノを見付けた時な、ラビテに襲われかけてたんだぜ」
「え、ラビテに?」
「そうなんですよ! あのウサギ、めっちゃ怖くないですか?」
「えっとぅ……」
サトゥナが、気まずそうに目を逸らした。
「アッハハハ! ラビテはなぁ、子供でも捕まえられる魔獣なんだよ!」
「え!? あんなに凶暴なウサギを!?」
あの鋭い牙、素早い動き! この世界の子供はどうなってんだ? というか、子供ですら捕まえられる動物にやられそうになるって……。
「俺、めっちゃダサいやないですかぁ……」
届いた2杯目のビベルに、誤魔化すように口を付けた。
「ゴッゴッゴ……ぷはぁっ! まぁまぁ、この串焼きを食べて、溜飲を下げましょ! 龍の溜まり場の串焼きは、甘辛くてビベルに合うんですよ!」
サトゥナが、串焼きを片手にいつの間にやら2杯目のビベルを飲み干していた。
串焼きは、鉄製の串に大振りな肉が4~5つほど刺さっている。焼き鳥と言うよりはBBQや、シュラスコのような姿だ。
肉のカドに焦げ目が付いて、香ばしい香りと共に見た目にもこちらを誘っている。
ゾースが、刺さっている肉の2つに豪快にかぶりつき、串から引き剥がした。俺も、それに倣って齧り付く。
「んーっ! ンモゥイ!」
昼に食べたサンドより、圧倒的に柔らかい! 部位が違うのだろうか? 肉汁も噛む毎に溢れ出てくる。タレも、ただ甘辛いだけではなく、ほんのりと果実味のある華やかさを感じられる。
飲み下し、タレと肉の香りが残っているところにすかさず……。
「ングッグッグッグ…………。ッあぁ〜〜! ……ウマイ!!」
合う! サトゥナの言う通り、この濃いビベルと、甘みの強いタレの相性がバツグンだ! 疲れきった脳みその中で、ラビテ達が麦畑で愉快に踊っている。
丸芋揚げは、フライドポテトのホクホクとした物かと思いきや、カリカリの衣の中はネットリとしている。コクのある芋の旨味が、これまたビベルを飲ませにくる。
肉を噛み締め、ビベルを流し込み、たまにツァルゲで口中をさっぱりとリセットさせる。そうしてる内に、オムレツのような卵料理と、キノコと燻製肉のオイル煮などがテーブルに並んだ。
「はっはっは! やっぱりいい食べっぷりだねぇ」
ショルテが嬉しそうに笑ってくれる。
「ゾースさん……なんか、イーノさんを見てると……」
「……ガツガツ……ゴクッゴク……ンググ。な、腹ぁ減ってくるだろ」
「全部めっちゃウマイんやもん!」
言いながら、フォークと口を動かし続ける。ふと、店内の喧騒が少し穏やかになっている事に気が付いた。俺が手を止めると、堰を切ったように怒涛の注文が始まった。
「ショルテさん! こっちもラビテの串焼きとツァルゲ! ビベルも全員分頼むよ!」
「おーい! ショルテのおばさん! こっちも、串焼きとコッカ卵の堅焼き! ビベル追加ね!」
「ビベルと串焼き! ツァルゲとビックリ茸のオイル煮!」
「丸芋揚げとラビテとビベル!」
「向こうと同じの!」
「そっちと同じやつ!」
厨房からも、なんだなんだとコック姿のオヤジさんが出てきた。
「あんた達! いっぺんに注文するんじゃないよ! あたしゃ一人しかいないんだ! で? なんだって!? ……みんな同じ注文じゃないか! アンタぁ!とにかく串焼きだ! 焼きまくっとくれ!」
ショルテは、俺達のテーブルから厨房まで、全テーブルの空ジョッキを回収しながら戻って行った。
「他の人らも、俺達と同じの頼んでますね。ここの人気メニューなんですか?」
「いや……。多分、イーノのせい……かも?」
「え、俺ですか?」
名指しされたが、全く身に覚えがない。
「ゾースさん、私、こんなに飲み食べするの初めてかもしれません……」
「いや、サトゥナはいつもよく食うが……。でも分かるぜ。俺もすげー食ってる気がする」
「いやいや! ゾースさんこそいつも大量に食べてるじゃないですか!」
それにしても、確かに二人ともよく食うしよく飲むな。このビベルも、多分日本のビールの平均アルコール度数より高い気がする。まだ2杯しか飲んでないが、だいぶ酔いがまわってきた。
が、タフタフを食べるまでは酔えへんで!