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失われしシャケ握り

 バイトに行く前に、今日はミソギ屋の味噌ラーメンでも食って行こうか。昨夜観ていた映画にラーメンが出てきたんで、俺の口は完全にラーメンを求めていた。

 

 前にミソギ屋に行った時は、本確北海道コーンラーメン(北海道直輸入バター乗せ)を頼んだのだった。

 活気のある「お待たせしましたぁ!」の声と共に、立ち上る味噌香の真っ白な湯気。コーンの山に乗せられた四角い黄金のバターは、まるで宝だ。金塊だ。

 俺は、ワクワクしながら割り箸の小気味の良い音を鳴らす。最初に麺を掬いたいのをグッと堪え、レンゲをどんぶりにそっと沈める。白いれんげの中に、茶色く濁っている、けれど透明な脂が美しいスープをすくい上げる。コーンのひとつ、ふた粒がうっかり入るのはご愛嬌。スイと唇に流し込むと、スープの甘みと、溶け出たバターのコクが絡み合い俺の口中を侵略した。勢いに任せ、太い縮れ麺を箸で救う。掬うのではない。救うのだ。こんな美味いスープの中にいては堕落してしまう。

 期待を込めて、無心に啜る。縮れが、熱さと、甘さと、旨みを逃がさない。

 

 あ……。

 ここ、北海道だ。いつの間に来たんやろ。ラベンダーととうもろこし畑の中に、牛がおる。

 ……言うて、北海道行った事ないから知らんけど。

 

 あの美味さから、もう2週間か……。今日もミソギ屋に決定だな!

 俺の脚は弾んでいた。

 だが、俺はふと、運命を変えるその看板を見つけてしまったのだった。

 

 俺は、大の字になって空を見ていた。青い空を、雲がゆったりと動いている。草の匂いだ。久しぶりに嗅いだな。

「あぁ、良い天気だ……」

 って。

 

「どこやねん! ここは!!」

 俺の心からの叫びが、辺りにこだます。思わず、封印していた関西弁が出てしまった。

 仰向けのまま、どれくらいの時間を過ごしていたのか。ガチガチに固まった体をゆっくりと起こす。

 「あー、いってえ……。っていうか、マジでここ……どこやねん……」

 何処までも、草原が広がっている。

 遠くに山が見えるが、建物は見当たらない。どこの田舎だ? あ、北海道か。……いや、この草原の感じは奈良か? いや、仮に奈良だとしても。何故俺はこんな所に?

「俺、バイトに行く途中だったはず……」

 そうだ。バイトに行く途中で新しいおにぎり屋さんを見付けて、それを買って……。

 

 そうそう、最近おにぎり屋って流行ってるよな。具がさ、こう、てっぺんから見えてて……。これが、家でやろうと思うとなかなかできねーんだ。だから、新しい店見つけてテンションめっちゃ上がってさ!

 おにぎりと言ったら、俺はシャケだね。迷わず買って、さぁかじろうとしたところで……。

 

「おっと……?」

 思い出してきた。

 その後、後ろからぶつかられて、落としちまったんだ。転がったおにぎりを追いかけて……。

「ぉおっと…………?」

 そこで、まさかのトラック登場。

 信号は青だったと思うんだが……。どちらにせよ、そのまま当たって……。

「……って、おむすびころりんで死んだんかーいっ!!」

 またまた、俺の声がこだました。

 

 俺は死んだ。確かに死んだ。

 俺らしい、何とも情けない死に方でな。

 

「おかん、俺ァ名前の通りに生きて、死んだぜ……」

 飯野求。メシノじゃない。イイノ。イイノモトム。これが俺の名前だ。

 今は亡き母親に思いを馳せ、そっと手を合わせた。

 (って、俺も今は亡き、か……。)

 

「しかし……」

 一体、ここは何処なんだ?

 青い空が広がって、草原には小さな花が咲いていて。死後の世界ってやつなのか? 案外、綺麗なんだな。

 

「お?」

 ふと見ると、少し遠くから可愛いウサギがこちらの様子を伺っていた。

「わぁ、白ウサギちゃんやーん! でっかいなぁ、おいでおいで!」

 チッチッと手招きすると、少し大きめのウサギはピョンと跳ねながら近付いてきた。

「かぁわいい〜! 昔飼ってたピョン吉を思い出すなぁ」

 ピョン吉が、触れそうな距離まで来てくれた。

「なつっこいな〜。よーしよしよし……!?」

 頭を撫でようとした途端、

「キシャァァァア!!!」

「うぉおわ!!?」

 ピョン吉が、肉食獣のような鋭い牙を剥き出しにして、今にも飛び掛ろうとしてきた。

「やめ……ッ!?」

 噛まれる! そう身構えた瞬間、ピョン吉は勢いよく左へ吹っ飛んだ。

「ぴ、ピョン吉ィ!?」

 ピョン吉は、少しの間ひくついていたがすぐに動かなくなった。南無……。

 

「おいおい、大丈夫か?」

 声の方を見ると、どう見てもカタギじゃないオッサンが、岩のような拳を構えていた。

「ヒィエッ!? オワワ、すみません、すみません……」

 情けない声と共に、情けない謝罪の言葉が出てきた。ダブルパンチの情けなさに、自分でも泣けてくる。

「おん? その格好……。珍しいな、転移者か!」

 その男は、俺の頭のてっぺんからつま先までじろじろ眺めると、そう言いのけた。

「て、転移者?」

「そうだよ。お前さん、こことは違う所からイキナリ来ただろう?」

「そ、そうです! 何でそれを……」

「たまーーーにいるのさ。よその世界から来るヤツが。生まれ変わったり、召喚されたり、死んでからそのまま来たりするって話だ」

 よその世界? 召喚? 何の話だ? 全然話についていけないが……。

 

「ぐぅ〜〜。……きゅるるるぅぅ……」

 

 咄嗟に、腹を抑えた。

 このタイミングで鳴るか、普通!? 空気を読め、俺の腹!

「アッハハハ! そりゃ、あんな遠くまで聞こえるような大声出してたら腹も減るわな!」

 オッサンは、五キロメートル先まで聞こえるんじゃないか? というくらい豪快に笑った。腹の音のみならず、あの叫びも聞こえてたのかと思うと、恥ずかし過ぎて目も合わせられない。

 

「なぁ、こんな所にいたってどうしようも無いだろ。着いて来いよ」

「う……」

 こんな、上半身裸にベルトだけをたすき掛けしてる厳ついオッサンを信じていいのか? 第一、転生だのどうだのとにわかに信じ難い。怪しすぎる。

 確かに、ピョン吉からは助けてもらった。だが、こんな得体の知れない人間にのこのこ着いて行くほど、俺は間抜けじゃない。

「メシもあるぜ」

「よろしくお願いします」

 俺は、二の句もなくオッサンの差し出された手を力強く握った。

「俺の名前はゾース。そこの道に荷馬車を停めてるから、それで町まで行くぞ」

「俺は、飯野……飯野求です」

「イーノモトゥム? やっぱり転移者の名前って変わってんだなぁ」

「めっちゃ滑らかやな! って、いや、イーノモトゥムじゃなくて。いいの、もとむ……」

「イーノモトゥムは言いにくいから、イーノでいいか!」

「……もう、イーノで、いいの……」

 俺は、これで良かったのかと、早くも不安になった。

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