第6話
無も無き開拓村の礼拝堂は、昼下がりの陽光に満ちていた。
白い石壁。
磨き上げられた長椅子。
天井から吊るされた聖具が、わずかに軋む音を立てる。
そのすべてが「清らかさ」を主張している。
――だが、セレナ・ヴァンテールには、ここが最も信用ならない場所に思えた。
「……相変わらず、気持ち悪い空間だな」
誰もいない礼拝堂の後方。
太い柱にもたれ、セレナは腕を組む。
左腕に走る鈍痛が、まだ消えていない。
ブラットペインの反動は、骨の奥にまで痕を残していた。
(……数日は再生に時間がかかるな)
そう思いながらも、表情は変えない。
やがて、足音。
規則正しく、わざとらしいほどに軽い。
「おやおや。
そのような場所に立っていては、神の光が当たりませんよ?」
振り返るまでもない。
カルロス・アウレリウス神父。
聖輝教会南方支部に所属する、模範的な聖職者――表向きは。
柔らかな微笑。
穏やかな声。
人の心を撫でるような仕草。
だが、その瞳の奥には、常に“別の光”が宿っている。
「オレは日陰が好きなんでな。
直射日光は肌に悪い」
セレナが吐き捨てるように言うと、カルロスは嬉しそうに目を細めた。
「ぬふふ……相変わらずですな。
その不貞腐れた態度。実に愛らしい」
「殺すぞ、変態神父」
「それもまた、愛の形」
まったく動じない。
カルロスは祭壇の前に立ち、十字架に手を当てる。
祈るでもなく、撫でるように。
「さて。
お仕事、ご苦労さまでした」
その一言で、空気が変わる。
「……報告しに来たんだろ」
「ええ。
人は混乱すると、余計な感情を抱きます。
ですから、秩序を与えるのも牧師の務め」
「オレに説教は要らねえ」
「説教ではありませんよ。
確認です」
カルロスは振り返り、にこやかなまま告げる。
「合成人間二十体前後。
ウロボロスによる妨害は、完全に排除。
展示会は予定通り開催可能」
「……」
「リー・シャオロン殿も、たいそうご満悦でしたなぁ」
セレナは鼻で笑った。
「合理主義者が、感情に負けた顔してたぞ。
ああいうの、嫌いじゃない」
「ぬふふ……“死の武器商人”も、結局は人の子」
カルロスは両手を広げる。
「恐怖し、魅了され、崇める。
人は常に、強いものに跪くのです」
「神じゃなくて、な」
「ええ。
神ではない」
カルロスはあっさりと否定した。
「神とは、拠り所です。
しかしあなたは――現象だ」
セレナの赤い瞳が、わずかに細まる。
「……言葉遊びはいい。
オレをどう処理する気だ」
「処理?」
心外だと言わんばかりに、カルロスは胸に手を当てた。
「あなたは“保護対象”ですよ。
危険で、尊く、壊れやすい」
「首輪の付いた獣、って言いたいんだろ」
「おやおや。
自覚があるのは、素晴らしいことです」
カルロスは歩み寄り、セレナの左腕を見る。
「……少々、無理をされましたな」
「折れてはない。数日には元に戻る」
「ええ。
だからこそ、問題なのです」
その声音が、一瞬だけ低くなる。
「あなたは“壊れるべき瞬間”を、越えてしまった」
「……」
「ブラットペイン。
あれは、人を選ぶ武器。
本来なら、撃った瞬間に腕を失ってもおかしくない」
カルロスは、愉快そうに笑った。
「それを抑え込んだ。
しかも、笑いながら」
「大した事ない」
「いいえ。
誇るべきことです」
十字架に光が反射する。
「あなたは、“人であること”と“武器であること”の境界に立っている」
「……どっちでもでない」
セレナは視線を逸らす。
「オレは、ただの機械だ」
「そう思っているのは、あなただけ」
カルロスは、穏やかに、しかし断定的に言った。
「人は、あなたを見て救済を感じる。
たとえそれが、死であっても」
「ふざけるな」
「いいえ。
真面目です」
カルロスは微笑みを深くする。
「あなたは、迷える者に“選択肢”を与える。
祈る時間を、与える」
セレナの脳裏に、廃倉庫での青年の姿がよぎる。
「それは――
魂の救済なのです」
「……オレを祀り上げるのか?」
「まさか」
カルロスは即答した。
「象徴など、いくらでも代替が効く。
しかしあなたは――唯一です」
静寂。
礼拝堂の鐘が、遠くで鳴った。
「次の仕事ですぞ」
セレナが話を切り上げる。
「オレは、話が終わったら休む」
「ええ。
もうしばらくで終わります。
次は、少々……厄介ですよ」
カルロスは、楽しそうに目を細めた。
「人狼です。自由都市に紛れ込み、夜な夜な人を食べるそうです」
「……また、ろくでもねえな」
「これもまた試練ですぞ」
「はっ、立派な試練だな」
カルロスは深く一礼する。
「どうか、これからも。
人々を“正しく終わらせて”ください」
セレナは振り返らず、歩き出した。
(……変態神父)
だが、否定しきれない違和感が、胸の奥に残る。
整理されたはずの世界に、
新たな歪みが、生まれつつあった。
黒き魔女は、それを感じ取りながら――
再び、戦いに向かっていく。




