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第4話

地下工房の空気は、鉄と魔力の匂いに満ちていた。夜も昼もないこの場所では、レオナ・グリムの刻印刀と火花がリズムを刻み続けている。銃のフレームに幾何学的な模様を刻む度、頬をかすめる熱さが、少女の若い頬を赤らめた。


セレナ・ヴァンテールは、背もたれ代わりの古びた梁に寄りかかり、その光景をじっと眺めている。レオナの背中越しに見える、緻密な文字が刻まれた銃身──これがあの“ブラットペイン”になるのだろうか。


――時間の経過すら忘れさせるほどに、レオナの手さばきは繊細であった。


魔力回路を銃身へと刻み込む数センチの作業に、ほんの一瞬の狂いも許されない。だが、その手つきはまるで生き物を扱うかのように優しく、かつ確実だった。セレナはため息をひとつだけついて、扇子のように畳んだ長いまつげを伏せた。


「ごめんね、セレナ様。あと二日……いや、三日はかかるかも」

額の汗を拭いながら、レオナは申し訳なさそうに笑う。額の産毛がひと房、揺れていた。


「最高のものに仕上げるのは、焦りは禁物だからね!」



「……別に構わん」

ぶっきらぼうに答えたが、セレナの手は無意識に腰のハンドガンを探していた。時間を持て余すほど、虚無が胸を締めつける。

ーー―何かを破壊し、何かを遂行している間だけが、自分が存在していると確かに感じられる時間なのだ。


──ガラリ、と階段の扉が開く音。地下工房への唯一の出入り口から、静かな足音が響いた。セレナとレオナが顔を見合わせる。


黒いスーツに身を包んだ男が一歩、また一歩と現れた。その佇まいは洗練されているのに、どこか憂いを帯びた空気を纏っている。


「これはこれは、レオナ殿。お仕事中でしたかな?」


絹のように滑らかな声が響く。

細身で戦えるようではない体であった。

値踏みをするようにオレを見てレオナの方に視線を移す。


「リー様……!」


「こちらが……初めてお会いしますね」


男は名乗りもせず、ただ微笑む。


「セレナ・ヴァンテール。

 “黒血の魔女”と呼ばれているとか」

その呼称に、セレナの赤い瞳が細くなる。

腰に手を添えたまま、視線を逸らさない。

「初対面で、その呼び方か」

「失礼。

 ただ、商売柄……名前より“評判”が先に届くもので、リー・シャオロンと申します。

しがない武器商人でございます。

以後、お見知りおきを」


「お前がリー・シャオロンか。今回の依頼主だな?」


死の武器商人として成り上がり、今は新興財閥のトップ──非公式ながらウィッチワークスの出資者の一人でもある。


「さて、本題に入りましょう」

彼はデスクに資料を広げた。

展示会場の設計図。

倉庫街を改装した巨大なホール。

そこに並ぶのは――機関銃、自動火器、蒸気式の試作兵器。


「これらは新しい時代の象徴です。

かつてはこの地で細々と怯えるように暮らしていた人族は武器を手にする事により、自由を得ました」


リーは淡々と言う。


「武器の“輸入”による時代が、新たな時代が始まるという象徴」


各国の首脳部を招いた、最新武器群の展示会。


その意味を、ここにいる全員が理解していた。

「当然、面白くない連中もいる」

資料の一枚がめくられる。

赤い印が、いくつも浮かび上がった。

「輸入による支配力低下を恐れた上層部。

 連中は水面下で――ウロボロスと手を組みました」

その名に、セレナの眉がわずかに動く。

「護衛は?」

「腕利きは半数やられました。

 ……面子の問題もあって、正規軍には頼れない」


だからこそ。


「ウィッチワークスに、依頼します」


リーは資料を指で叩く。


「敵は合成人間。二十体前後。

 彼らの襲撃により展示会の開催が困難になってきました。


生身に機械を埋め込まれた“合成人間”──。


暴走すれば街で大混乱を引き起こす。公式な機関が介入する前に、迅速かつ完全に処理していただきたい」


レオナは驚きの色も見せず、銃身を軽く手で回しながら頷く。セレナは資料の情報を短く眺めてから、静かに拳を握りしめた。


「……報酬は?」


リーは口角を持ち上げ、目を細める。


「もちろん弾みます。さらに――」

男はちらりと、セレナが腰差ししている試作品ハンドガンに視線を落とした。


「その“ブラットペイン”を試し撃ちするには、絶好の機会かと」


その言葉に、セレナの口元に久しぶりの笑みが浮かんだ。静かな工房に、はっとするほど鋭い輝きが戻る。


「――わかった。これで退屈な待ち時間は終わりだ」


レオナは張り切ってセレナの両手を握った。


「ぜひ、戦闘データを取ってきて! 次の仕上げに役立つから」


リーは深く頷き、前金の小箱と倉庫街の詳細マップをセレナに手渡す。


「では、吉報をお待ちしております」


重厚なドアが静かに閉じると、三人の声は闇に呑まれた。セレナはゆっくりと試作品ハンドガン「ブラットペイン」を抜き、グリップを確かめる。冷たい金属の感触が、血の衝動を呼び覚ます。


「よし……まずはこやつを使ってみるか」


レオナの工房を出たとき、夜の空気は切り裂くように寒くなってきた。


死の武器商人は微笑み、

黒き魔女は闇を歩く。

“救済”と呼ばれる地獄へ向かって。


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