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イグニッション  作者: 佐藤遼空
第一章 再会
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事件現場

 現場のマンションに到着すると、既に人だかりができている。和真たちは人をかき分けると、マンションの中庭まで進んだ。その途中、知った顔を見つけると和真は声をかけた。

「ご苦労さまです」

 機動捜査隊の石黒藤次巡査部長である。事件に真っ先に駆け付け初動捜査を行うのが機動捜査隊、通称、機捜である。機捜は殺人事件の場合、被害者の身元確定や、付近の住民の聞き込みなどの初動捜査を終えて所轄に引き渡す。

「佐水か。――ん?」

 30歳を過ぎたくらいで髪を短く刈った石黒は、傍にいる今日子を見て怪訝な顔をした。和真がそれに気づいて紹介するより早く、今日子が口を開いた。

「中条今日子です。今日子ちゃんって呼んでください」

 石黒の眼が見開かれる。和真は慌てて口を開いた。


「あ、中条警部です。えー、同行を務めさせてもらってるとこです。…まあ、それはいいとして。どんな具合ですか?」

「うん。遺体はこのマンション803号室に住む西村孝義。一人住まいで、三年ほど前から暮らしてるらしい。これが報告書な」

 和真は手渡された報告書に、ざっと目を通した。

「第一発見者はマンションの管理人?」

「住み込みの夫婦の夫の方だ。詳しい事は、改めて聞いてくれ」

「判りました」

 和真はそう言うと、石黒に挨拶をして管理人室へと向かった。管理人は小山内武雄と董子という50代の夫婦であった。


「亡くなった西村さんというのは、どんな方ですか?」

 和真の問いに、頭が薄くなった武雄が答えた。

「学者の先生でして、いつも丁寧に挨拶する真面目な人でしたよ」

「学者?」

「ええ。王日大の先生のはずですよ。詳しいことは知りませんけど」

「何か最近、変わった様子は?」

 夫婦で顔を見合わせた後、妻の董子の方が口を開いた。

「それが最近……なんか元気がない様子でして」

「元気がない?」

「なんか思いつめてるというか  張り詰めたような雰囲気でしてねえ…。少し気にはなってたんですけど……まさか、こんな事になるとは…」

 和真は少し眉根を寄せた後、さらに妻の董子に質問した。


「それは、いつ頃からの話しですか?」

「そうねえ…ここ一週間…いや、二週間くらい前からかも。一ヶ月前は、普通に挨拶してくれてたんですけどねえ」

和真は夫の武雄に向き直る。

「発見した時の様子を教えてもらえますか?」

「私が朝の清掃に出たのが、いつも通りの6;00でして。それで中庭に行ったら、人が倒れてるのが見えて、慌てて駆け付けたんですよ。そしたら、それが西村さんでした」

「昨夜、そこで変わった様子には気づかなかったですか?」

「いやあ……特に、妙な事はなかったと思うんですが……」

 武雄は横の妻を見ながらそう口にする。妻の方も、同意するように頷いた。

「昨晩、西村さんが帰宅したのは何時ごろですか?」

「いつも通りなら、夜の8時頃だと思うんですが……。入り口の防犯カメラを見れば、多分、写ってると思います」

「なるほど、後で確認させていたただきます」

 和真はその場を離れると、現場の中庭の方へと向かっていった。周囲には黄色のロープが張られ、近づけないようになっている。


 現場には鑑識が完全に記録をとるまで、刑事でも中には入れない。鑑識は全身に白い防護服をまとい、靴にもビニールをかけ、現状を壊さない細心の注意を払って必要な記録をとる。和真たちが現場に駆け付けた時も、鑑識の真っ最中だった。

「成美さん!」

 テープの外から、数人がかりで探索と記録を続けている鑑識の一人に、和真は大声で呼びかけた。声をかけられた全身白い防護服の一人が顔を上げる。

「入っていいですか?」

 白い防護服が、無言で手招きする。和真はテープをくぐって、今日子と共に現場に入った。白いシートをかけられた遺体の傍へと向かう。

「仏さんは?」

 和真の問いに、白い防護服の人物がマスクをとって話し始めた。

「40代男性。スーツを着て横たわっていた。右前頭部に損傷があり、損傷は頭蓋が割れる程度のもの。顔や手に、目立った傷はない。着衣にも目立った乱れはなく、足には靴は履いていない」

「あ……」


 その声を聞いた今日子が微かに驚きの声を洩らす。鑑識の人物は、妙齢の女性であった。

「そのお嬢さんは?」

「中条警部です」

 和真が気まずそうに答えると、女性は少し目を向いた。

「あ……失礼しました」

「いえいえ、新人の中条今日子です。今日子ちゃんって呼んでください」

「何処でも、それで通すつもりかよ」

 和真は呆れ顔の後に続けた。

「鑑識の能見成美主任。小さな事も見逃さない『気になるセンサー』の持ち主だ」

「妙な仇名紹介しないで」


「遺体に争ったような様子はない、って事ですよね。じゃあ、飛び降りですか?」

「靴も履いてないし…そうね、死因はちゃんと見てもらわないと断言はできないけど、可能性は高いわ。けど、仮に飛び降りだとすると、ちょっと気になるのよ」

「何がです?」

「遺体を見てみて」

 和真はシートをめくった。

 中年の男性が横たわっている。頭部の損傷のためか大きく見開いた眼が充血している。

「わ……」

 今日子が小さく息を呑んだ。実際の死体を見るのは初めてだろう。無理もない、と思いながら、和真は黙って手を合わせた。今日子もそれに倣う。


「何が気になるんです?」

「仮にあの部屋から飛び降りたとして――」

 能見主任が真上のベランダを指さす。二人はその指の先を見上げた。

「――前向きに飛んだら、前頭部あるいは頭頂部が損傷しそうなものよね? なのにこの遺体は、横向きに落ちた感じ。まあ、途中でためらって身体をひねって落下したのかもしれないけど…ただ、途中で恐くなったにしては、腕で頭部を庇った後もない」

 和真は少し考えていたが、口を開いた。

「部屋の方はどうなってるんです?」

「部屋には争った痕跡もないし、荒らされた跡もない。整頓された部屋よ。綺麗すぎるくらい」

「なるほど」

 和真は頷いた。


 803号室に移動する。既にテープが張られてる中を、部屋へと入る。成美の言ったように、部屋は綺麗に片付いていた。

「なんか……生活感があまりありませんね」

「そうだな」

 和真は部屋を見回した。

 部屋は2LDKで、一室はベッドのある寝室。窓に面した部屋が二つあり、一つはフローリングのダイニング・キッチンで、もう一つは絨毯の敷いてある部屋だった。絨毯の敷いてある部屋には窓際に机が置かれ、壁に本棚がある。本棚には、工学系やパソコン系とおぼわしき本がずらりと並んでいた。

「一人暮らしにしちゃあ、広い部屋だな」

「大学の先生って言ってましたし、お給料良かったんじゃないですか?」

 和真の言葉に、今日子がそう返した時、部屋のドアが開く音がした。二人は玄関の方に眼を向ける。


 そこには、黒のロングコートの男が、靴を脱いで入室しようとする姿があった。

「おい、あんた。此処は関係者以外、立ち入り禁止だぜ」

 和真は入ってきた男に向かって、そう声をかけた。

 男は上背があり、髪に緩いウェーブをかけている。男はじろりと和真を見ると、口を開いた。

「公安の安積だ」

「公安?」

 和真は少し驚いて、男の顔を見つめた。と、男の後ろからもう一人の男が入ってきたのを見て、そちらに眼を向ける。その後の男を見て、和真は声をあげた。

「佑一!」

 後から入ってきた男は、眼鏡をかけた顔を和真に向けた。その端正な顔に、驚きの色が現れている。が、声はあげず、黙って和真の方を見つめた。


 安積と名乗った男が、和真の方を見て口を開いた。

「この事件は、公安が主導する。君らには一旦、署に戻ってもらいたい」

「何だって?」

 和真は安積を凝視した。と、その瞬間、和真の携帯が鳴った。

「はい、佐水」

「佐水、すぐに暑に戻ってこい」

 声の主は多胡課長であった。和真は言葉を返す。

「いや、まだろくに調べてませんけど」

「いいから、一旦戻ってこい」

 それだけ言うと、電話は切れた。


「どうしたんですか?」

 今日子の問いに、和真は答えた。

「すぐに戻って来いとさ」

 和真はそう言いながら、安積を見た。安積が口元に、微笑を浮かべる。和真は安積を一睨みすると、佑一を見た。佑一は黙ったまま、和真を見ている。

「中条、行くぞ」

 今日子にそう声をかけて背中を向けた時、安積の声がした。

「所轄はお嬢さん連れで楽しそうだな」

 振り向いた時には、今日子が安積に向かって歩いていくところであった。今日子は姿勢を正して安積の前に立つ。

「中条今日子、警部です。安積さん、って言いましたね?」

 警部、と名乗った今日子に、安積が驚きの顔を見せた。

「よく覚えておきます」

 今日子は一礼すると、くるりと踵を返した。


 二人はマンションの外へと出る。和真は堪えていた笑いを、表に出した。

「どうしたんですか?」

「いや、やるじゃないか中条、あの安積の驚いた顔と来たら――」

 くっくっと笑いを洩らす今日子に、憮然としたままの今日子が言った。

「失礼ですよね、確かにわたしはお嬢さんですけど」

「自分で言うか、お前」

 呆れる和真に、今日子は別の話を切り出した。

「なんか、一人の方は知り合いだったみたいですけど?」

「国枝佑一。俺の…幼馴染だよ。高校まで一緒に剣道やってた。公安にいるとは聞いてはいたんだが……」

「イケメンでしたけど…挨拶もしないで、感じ悪かったですねえ」

 少しむくれる今日子に、和真は苦笑して見せた。

「まあ、あいつは悪い奴じゃないよ。色々、事情ってもんがあるんだろうさ」

「ところで、西村さんは自殺なんでしょうか?」

「遺書の類はなさそうだったがな…まあ、とりあえず戻ろう」

 和真はそう言うと、車に乗り込んだ。



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