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イグニッション  作者: 佐藤遼空
第七章 真相
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名波丈介

 ファイアブレードの後ろに佑一を乗せて、和真は王日署に出勤した。佑一から受け取ったヘルメットをバイクに結ぶ。と、二人の背後から黄色い声が上がった。

「あれ? 今日は二人で出勤なんですか、どうして?」

「ああ、昨日、佑一がうちに泊まったんだ」

 中条今日子の声に、和真はなんでもないように答える。しかしその言葉を聞いて、今日子はみるみる顔を赤らめた。

「えぇ! お二人はもしや…そういう関係だったのですか!」

「なんだ、そういう関係って?」

 不思議そうな顔をする和真に対して、佑一は眉をひそめた。

「そういう関係じゃない」


 仏頂面で歩いていく佑一に、和真はさらに不思議そうな顔をした。

「なんだ、あいつ。なんか怒ってるのか?」

「まさか、テレてるのでは? いやん、もう、どうしましょう」

「お前は何、浮かれてんだ?」

 和真は首を傾げながら、佑一の後を追う。その後を妙に浮かれた今日子が、後を追った。

 しかしその浮かれた表情は、朝の捜査会議で全て消えることになった。佑一の口から安積の死が報告されると、王日署員たちは水を打ったように静まり返った。

「そして、公安はこの事件から撤退することも決まりました。皆さんの今までのご協力に……感謝します」

 佑一はそう言うと、深々と頭を下げる。誰も、何も言う事が出来なかった。


 王日署を出た佑一は、電車で移動していた。いつもの習性で『除菌』をする。しかし、自分を追尾してくる気配に気づいていた。

(何者だ? 牙龍か、自衛隊か?)

 そう考えて、佑一は独り苦笑した。

(敵が多すぎる。モテすぎだな)

 駅を出た佑一は、タクシーに乗り込んだ。適当な行く先を告げた後、しばらく走ったところで辺りを見回す。通りは車がごった返している。佑一は身を深く沈ませると、信号で止まった時に運転手に金を差し出した。

「此処でいい。釣りはいらない」

 運転手が金を受け取ると、佑一は信号が青に変わるタイミングで車から飛び出した。そのまま走り抜けて地下鉄の入り口に走り込む。


(ついて来てるか?)

 来ている、と佑一は判断した。人ごみを走り抜けて、地下にある百貨店の入り口に走り込む。大きな柱の陰に身を隠すと、佑一は様子を伺った。

 追手が一人、スーツ姿の男が走ってくる。百貨店に入ったとは気づかず、そのまま駅の乗り場の方へ向かっていく。佑一は百貨店の上階へ上がり、靴、上着、ズボン、キャップ、眼鏡と一通り買い物をした。買い物が済むと、トイレでそのまま着替える。

(あれは公安の刑事だ。オレの見張りか)

 ラフなダウンジャケットにデニム、サングラスにキャップの佑一が出来上がった。

(少しは誤魔化せるか)

 佑一は表へ出ると、近くのインターネットカフェに入った。

(オレに動かれる事を警戒してるのか? そもそも、公安はオレが西村のパソコンを持ってる事を知っている。それに『I計画』の事を知ってるオレは、今や公安の一番の障害物だ)


 佑一は桜木課長との面会の場を想い出す。

(しかし表立っては、パソコンを出せとは言われてない。つまり、あくまで表向きはオレの報告を信用している形だ。それは『I計画』が、公安の全体じゃない事を意味してる)

 佑一は安積の顔を想い出して、唇を噛んだ。

(公安のなかに、安積さんを殺させた奴がいる)

 ぎり、と佑一は歯ぎしりをした。

 佑一はネットカフェで調べ物をしながら、しばらく時間を過ごし表へと出た。

「――ゆっくり休めたかい?」

 不意に背後からかけられた声に、佑一は振り返った。さっきまで、佑一を追っていたスーツ姿の男がいる。30代半ばくらいで、妙に自信に満ちた顔をしている。

「公安を舐めてもらっちゃ困るね。…って、言っても一回見失ったんだけどな。後はこの辺に潜んでるとアタリをつけたまで」


 佑一は何時でも戦える心積もりをしながら、相手を睨んだ。

「…オレをどうするつもりですか?」

「お前を止める――」

 男はニヤリと笑うと、佑一に近寄ってきた。佑一は静かに相手を睨んだまま、臨戦態勢に入る。が、その気配を察してか、男は両手を見せて笑う。

「――つもりはない」

 緊張を解くように、男は軽く口を開いた。

「俺は名波丈介。お前は監視されるものと思って俺をまいたんだろうが、俺の役目はそうじゃないんだ」

「じゃあ、何ですか?」

「お前に特命を伝えに来た」


 名波は佑一に、一台のスマホを手渡した。

「これを持って行け。今のお前のスマホはGPSで完全に追尾されてるからな」

 佑一はスマホを受け取りながら、名波に訊いた。

「特命というのは、誰の?」

「桜木課長だよ」

 佑一は眉を寄せて名波を見た。

「うん、お前には捜査を止めるように言ったんだろう。それは表向きの話だ。だから、これは特命なのさ」

「……つまり、桜木課長は上――ゼロに秘密で捜査を進めようとしてる。それは、ゼロに内通者がいる、と考えてるという事ですね」

 佑一は名波に言った。日本の公安警察は、警察庁警備局警備企画課、通称『ゼロ』が統括している。『ゼロ』は各都道府県警の公安課、警視庁の公安部に至るまでを直轄してる組織であり、各公安警察の動向は所轄署ですら把握することはできない。そして『ゼロ』の意図は、各公安警察官にはうかがい知れない場合も多いのである。


 その『ゼロ』からの命令で、佑一の操作は打ち切りになったはずであった。しかし桜木課長は、秘密裡に捜査の続行を企図し、それを特命として伝えることを名波に託した、と理解すべきであった。

 名波は佑一の言葉を聞くと、感心したように笑みを浮かべた。

「察しがいいな。なるほど、課長がお前を選ぶわけだ。お前は、これからこの男に会いに行け」

 名波は佑一に、一枚のメモを渡した。矢崎徳重、と書かれた名前の下に住所が書いてある。

「この男は?」

「公安の自衛隊担当、通称『マル自』だ。そいつから、情報を引き継げ」

「…判りました」

 佑一はメモを受け取り、胸にしまった。その様子に、名波が薄笑いを浮かべる。

「おい、俺から一つ忠告しておこう。抜擢された、なんて浮かれるなよ」

 名波は口元は笑っていたが、眼からは笑いが消えていた。

「ある巨大カルト教団に、公安の潜入捜査官が入り込んでいた。捜査官は立派に信者を装い、幹部にまで出世した。しかしそのカルト教団は本当にイカレていて、遂に内部で人殺しをするようになった。その時、その捜査官が教祖から人殺しを命じられた。拒否すれば自分が殺される。捜査官は仕方なく、人を手にかけた。やがてその教団が一斉逮捕された時、捜査官は情報提供して捜査に協力することで、減刑を望んだ。そんな捜査官に下った裁判結果は? …死刑だ」


 名波は皮肉な笑みを浮かべた。

「そんなもんだよ、この国の正義なんてな。この国はなにせ、その昔には大勢の若者を自爆テロさせた国なんだ。そして命令を下す年寄りは、のうのうと生き延びる。この国ではな、末端はいざという時には切り捨てられるんだ。この件で課長が陽の目を見ればいいが、そうでなればお前が潰される。――いいか、注意して動けよ」

「オレは、真相が知りたいだけです」

 佑一は、ただそう告げた。名波は愉快そうに含み笑いをする。

「いいねえ、若いってのは。俺にもそんな時が……いや、ないか」

「貴方は、桜木課長の腹心じゃないんですか?」

「今のところは、な」

 名波はそれだけ言うと、笑みを残して姿を消した。


 電車で移動する途中、佑一はある駅で降りて、そこから少し遊歩道を歩いてみた。車道を挟んだ反対側に、やがて一件の小洒落たレストランが見えてくる。そこではテラス席で、何人かの女性客たちがティータイムを楽しんでいた。

 女性店員が現れて何か客に話しかける。赤いバンダナを巻き、赤いエプロンをしている。その笑顔の様子は、一枚の絵のように艶やかなものだった。

(青葉……)

 佑一は遠くから、青葉の店を見ると、さりげなくその場を立ち去った。

(青葉が元気なら――それでいいんだ)

 佑一は満足すると、再び電車に乗り込んだ。電車に揺られながら、佑一は高校の時のことを想い出していた。


     *


「――ね、ちょっといい?」

 放課後に呼び止められ、佑一は声の主の青葉を振り返った。

「オレ……帰って勉強しないと」

「判ってる、けど…少しだけ」

 青葉はそう言って、佑一を見つめた。佑一は黙って頷いた。

 二人は黙ったまま校外へ出ると、公園へと向かった。公園の樹々が色づき始めている。秋になろうとしていた。

 

 落ち葉を踏みしめながら、ベンチに腰を下ろす。

 沈黙に耐えかねたように、悲し気な笑みを青葉が浮かべた。

「最近、あたしたち…あんまり合わないよね」

「受験で、忙しいからな」

 佑一は答えた。青葉は精一杯の笑みを浮かべようとしている。

「そんなに大変なの? 東大」

「ああ」

「どうして…? 佑一だったら、他の大学、何処でも受かるじゃなない」

「東大じゃなきゃ駄目なんだ」

 佑一は、自分にも言い聞かせるように語気を強めた。


「東大以外は意味がない」

「そんな事ないよ。どうしてそんな、限定的なものの見方するの?」

「親父がそう言うんだ」

 佑一は面倒くさくなってそう言った。青葉は少し憤ったように見えた。

「お父さんがどう言おうと、関係ないじゃない。佑一は、どう思ってるの? それって佑一の決めた事なの?」

「関係ないわけないだろ、オレの生活費も学費も、出すのは親父なんだ。子供っぽい事言うなよ」

 佑一の言う事に何も言い返せず、青葉は黙った。佑一はベンチから立ち上がった。

「それ以上話がないんなら、オレは帰るぞ」

 佑一がそう言って踵を貸した時だった。背中から、青葉の涙声がした。


「佑一は……ズルいよね」

 振り返った。席を立った青葉は悲し気に微笑んでいた。

「好きだって言ったのもあたしだし、つきあってくれて嬉しかったけど……あたしたち、もっと違う風になれるって思ってた」

 青葉の眼から、涙が落ちた。

「あたしは佑一の事、好きだけど……佑一はあたしの事、それほどでもなかったんだよね」

「そんな事――」

 ない、と言おうとして、佑一は言えなかった。青葉が泣きながら笑った。


「それで、さよならする時まで、あたしに決めさせる…ズルいよ。自分が決めたわけじゃないから、自分が悪いんじゃないってポーズでさ」

 青葉はそう言うと、思い切ったように笑って涙を手で拭った。

「ううん、ゴメン。これは、あたしの我がまま。佑一が悪いんじゃないよね。佑一が優しいから、あたしにつきあってくれただけ」

 青葉は一つ深呼吸をすると、晴れやかな笑顔を見せた。

「今まで、つきあってくれてありがとう。それじゃ――さよなら」

 青葉はそう言って、笑ってみせた。その瞳から、もう一筋涙がこぼれた。


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