捜査会議
夕方から始まった捜査会議では、各捜査員がそれぞれの調査を報告した。今日子は大学での聞き込みの報告の後、検死の結果を報告した。
「死亡推定時刻は昨日――五月十四日の24時前後、という事です。争った跡はなく、死因は落下による頸椎損傷によるものと考えられます。自殺他殺は、死因からは特定できないとのことです」
安積が手渡されたコピーを見ながら、渋い顔をしている。今日子が着席すると、多胡が声を上げた。
「次、曾根崎班」
平が立ち上がって、コピーを読みあげる。
「その死亡推定時刻付近のマンションの防犯カメラを見たんですが、今朝の6時前から確認して一昨日の6時以降、マンションの住人以外の出入りはありません。宅配業者は宅配ボックスに置いていくシステムなので、宅配業者もマンション内には入ってません」
平は報告を終了すると着席した。多胡が声を上げる。
「次、北山班」
芝浦が立ち上がって報告を始めた。
「マンションの住人ですが、一階に9戸あり、最上階の8階は満室です。801は峰岸家、夫婦と高校二年生男子、高校一年生女児の四人家族。802の金沢家は老夫妻で、ともにパートに行ってる模様。803が西村で、独り暮らし。804の西條家は若夫婦とのことですが、海外出張中で現在は不在。805は板橋家は夫婦と中学一年女児の三人家族。806は中島家ですが、此処は若い男性と女性が済んでます。ですが、まだ結婚はしてないとの事です。807は佐川家で、ここは三ヶ月前に生まれたばかりの男児を抱える三人家族です。808は中澤家、小学校四年生の男児と小学二年生の女児を抱えたシングルマザーの家です。809は山崎家。20代後半の女性の独り暮らしとのことです」
「何か得られた情報はあるのか?」
多胡の問いに、芝浦は答えた。
「五月十四日の夜に、争う物音や声などは聴いてない、とのことです。特に802の老夫妻は、何も聞こえてないとの事でした。808の中澤紀子はホステスで、午後6:10に家を出てます。戻ってきたのは2;24です。ともに防犯カメラで確認しました。あとは809の山崎若菜以外は、ほとんどが犯行時刻近くには家族とともに過ごしており、近親者によるものですがアリバイがあります。山崎若菜は23:27分に帰宅しており、その様子は防犯カメラにも写ってました。犯行時刻では、帰宅したばかりという事になります」
「住人以外の人の出入りがなく、同階の住人にはほぼアリバイがあるという事か。マンションの様子はどうなんだ?」
多胡の質問に、芝浦は答えた。
「ベランダ下の地面には、特に目立つようなゲソ痕はありません。各部屋までの廊下は完全に屋内型で、廊下の窓は人が出入りするには小さすぎます。屋上に通じるドアは、内側から鍵がかかっていて、鍵はマンション管理人が保管してます。玄関以外の場所から侵入するとは、考えにくい状況です」
「住人と西村との関わりは?」
「あまりないようですね。すれ違ったら挨拶するくらいのようです」
芝浦はそう答えると、報告が終わったというように着席した。
「大学じゃあ、思い詰めてたって言うんだろ? 心の病って奴じゃあねえのかな」
仁がぼそりと呟く。つまり自殺を匂わせたのだった。署員は微かに頷く。
安積がじろりとその様子を睨んだ。
その睨みつけた目つきのまま、立ち上がる。
「諸君らは西村が自殺だと考えるかもしれないが、一つ話しておこう」
安積は切り出した。
「我々は厚木研究所から西村のパソコンを押収した。その帰りだ。国枝が四人の男たちに襲撃された」
唐突な報告に、署員たちも驚きの声を隠せない。
「国枝は無事だったが、パソコンは奪われてしまった。いいか、この事件は他殺だ。敵は存在する」
「敵って――一体、何ですか?」
驚きの顔の仁の問いに、安積は答えた。
「恐らく、中国の組織と思われる。こちらでは機密を売るための殺人と最初は見ていたが、国枝が狙われた事で相手組織自体が西村を殺した可能性を否定できなくなった。捜査する諸君らも、十分に警戒してもらいたい」
安積の発言の後、署員たちは言葉を失ったように静まった。安積はさらに言葉を続けた。
「しかし西村宅にあったと思われるパソコンを奪ったのなら、研究所のパソコンを奪う必要はない、という考えもある。つまり、西村を殺してパソコンを奪った犯人と、国枝を襲った一味は別だという事もありえる。そこで諸君らには厚木研究所員の動向を見張ってもらいたい」
「つまり、同僚がパソコンを持っていて、中国側と接触する可能性がある、という事ですか?」
仁の発言に、安積は頷いた。
「そもそもだが、研究所からパソコンを持ち出してすぐの襲撃だ。研究所内に、内通者がいると考えるのが妥当だろう。そこでまずは西村の同僚だった堺道之。そして厚木雅彦所長。とりあえず、この二人の動向を注視してもらいたい」
「所長ですか……」
曾根崎がぼそりと呟く。安積は少しだけ、目線をやった。
「所長自らが、機密の漏えいに加担してる可能性がある。立場から言っても機密を入手しやすい。当然、監視の対象となりうる」
安積の断言に、場は静まった。それを収集するように、多胡が口を開く。
「明日、婦警も動員して終業後に尾行につけ。北山と泉で厚木。芝浦と中日高は堺。昼間は付近住民への聞き込みと、防犯カメラの捜索。曾根崎班は研究所員に事情聴収した後、アリバイの裏をとれ。今日は以上だ」
和真の班に対する指示はなかったが、和真は了承していた。
会議室を出る公安の二人を追い、和真は佑一の背中に声をかけた。
「佑一、襲撃されて大丈夫だったのか?」
和真の声に、佑一はゆっくりと振り返る。その表情に、親しみはなかった。
「…お前は自分の心配をしろ」
それだけ言うと、佑一を踵を返して背を向けた。
自宅に着いた和真は、とりあえずビールをあける。
「く~っ、沁みる。……しかし、まさか捜査から外すとか言い出すとは……」
うんざりする気持ちを流し込むように、もう一口あおった。
(あんな冷たい態度をとらなくてもな…なんか俺、佑一を怒らせるような事したか?)
和真は独り首をかしげる。しかし高校卒業以来、佑一とは疎遠だった。身に覚えがない。
「……全く判らん」
そう口にした後で、和真はもう一口あおる。と、そこで不意にドアベルが鳴った。
(なんだ?)
刑事である和真の家を訪ねてくる者など、ほとんどいない。和真はレンズから外の様子を覗いた。国枝佑一が立っている。
「――佑一」