序章
緊張の中にありながらも、国枝佑一は焦ってはいなかった。
面がね越しに相手を観察する。竹刀を中段に構えた相手の顔には、苛立ちにも似た闘志が見て取れる。相手が動いた。
「面ッ!」
思い切った面。が、佑一はそれを狙っていた。
面を打ってくる相手の竹刀を擦り上げ、その剣線の軌道を逸らし、返しで面を打つ。だが相手は頭を傾けながら踏み込んでくる事で、面の直撃を逃れた。
(『真剣ならば、斬られている』って、先生が言いそうだな)
試合中のその一瞬に、佑一はそんな事をふと思い出した。
距離が狭まり、鍔迫り合いになる。相手の顔がすぐ間近に迫った。
相手の眼はこちらを睨んでいる。荒い息づかいが、すぐ傍で聞こえた。
(しかし、さすがは立浪の副将)
狙いすました返し技だったが、相手はそれを取らせない。だが、佑一も相手に一本取られることはないと見切っていた。
しかし既に佑一たちの王日高校は、次鋒が一本取られて負けている。先鋒、中堅と引き分けが続いているので、ここで引き分ける訳にはいかない。
(一本取らないと――)
佑一は離れ際に面を打ちながら、距離を取った。
二人の竹刀の切先が、物打ちで触れ合う。キアアアアァーッ、と、相手が甲高い声をあげた。気迫で圧をかけてきている。
佑一は静かに相手を見つめた。
(相手の…心を読め――)
佑一は師、佐水択真に教わったことを反芻した。
相手は気迫を上げているが、自分の技がことごとく返されることに焦りを感じている。その覆い隠そうとする怯え、迷いを佑一は見抜いた。
つ、と前に出る。気迫を上げたのは相手だが、剣圧をかけたのは佑一である。相手が僅かに下がる。
そこをさらに切先で攻める。横に動く相手を、切先で捕らえる。さらに僅かに、前に重心移動させた時、相手が出てきた。
(今)
相手が出てくるところを、先に打つ。攻める瞬間が、最も無防備になる瞬間である。佑一の竹刀が、綺麗に相手の面を捕らえた。
「面っ!」
空気が変わるのが判った。一斉に赤旗が上がる。会心の一本だった。
その後、しばらくして時間切れとなり、佑一は一本勝ちした。
試合場を下がる視線の先に、大将である佐水和真がいる。
「後は頼んだぞ」
すれ違いざまにそう囁いた佑一に、和真は「おう」、と短く答えた。
息を弾ませながらメンバーの隣に座る。面を外しながら、佑一は安堵していた。
(ともかくも、オレの責任は果たした)
これで一対一。勝負を大将戦に持ち込むのが、佑一の役割である。それを自分はうまく果たせた、と思った。
(和真、頼むぜ)
佑一は、試合が始まる和真の背中を見つめた。
(お前なら、やってくれるはず)
佑一は息を整えながら、友の戦いを見つめた。