ー1ー CONECO魔女に遭う
吾輩は子猫である。SNS用のハンドルネームはCONECO。正体は都心から鈍行電車で2時間くらい離れた田舎町で暮らしてる女子高生なのである。
その魔女は、いつの間にか、こね子の部屋の窓から見える木の上で生活をしてるようだった。
こね子は、17才の女子高生。
嫌いなものは、勉強とスポーツ、あんこ入りのスイーツ。どら焼きやあんこ入りの鯛焼きは苦手で、どら焼きだったら生クリーム入り、鯛焼きならチーズ入りのものが好き。スイーツじゃないけど、肉まんもかなり好き。
食べ物以外で好きなものは、スマホゲーム。そして、魔女が登場するアニメや小説、そして映画。
いつかは自分も空を自由に飛べると夢を見ていて魔女に憧れてた時もあったけど、今ではそんな夢も忘れかけていた時に、部屋の窓から見えるちょっと離れたところに立っている木の上に魔女がいることに気づいてしまったのだ。
「あなたは魔女なの?」
ある日、目の前を箒に乗って横切る魔女に、こね子は思い切って声をかけてみた。
「あたしのことかい?」
「うん」
「あんたには、あたしが見えるの?」
「見えるよ、なんで?」
「あたしが見えるってことは、あんたには、魔女の素質があるね」
「そうなの?」
「まぁね。あんた、好きな男の子はいるの?」
「今はいないよ。別れちゃった」
「ふ~ん」
「なんで別れたんだい?」
「なんでかな?わからない。自然消滅ってやつかな?」
「あたしが魔法で別れさせたんだよ。ごめんね」
「え?」
「驚いたかい?」
「う~ん」
「怒ったかい?」
「なんでわたしが怒るの?」
「その男の子と仲良さそうだったからね」
「今は、一人のほうが気楽だから、怒ってないよ」
「いじわるをしたつもりだったけど、調子が狂うね」
「あなたは、いじわるな魔女なの?」
「そうだね。幸せそうな女の子を見るといじわるしたくなるね」
そう言い残すと、いじわるな魔女は、こね子の前を通り過ぎて行ってしまった。
それから何日か過ぎたある日。
こね子は、魔女が生活している木の根元に来て、木の上のほうを見上げていた。
そこに魔女はいなかったのだが、木の上のほうをようく眼を凝らして見てみると、魔女がいつも乗っている箒が残されていた。
(箒に乗らないで、どこにいっちゃったのかな?)
こね子は周囲を見回す。
(箒に乗って飛んでた魔女さん、かっこ良かったな。箒が残っているんだから、きっと、すぐに戻ってくるよね)
こね子は木の根元に体育座りをして、魔女が戻ってくるのを待つことにした。
魔女を待つ間、こね子はスマホをいじっていた。最近、お気に入りのゲームがいくつかあって、特に好きなのは、対戦型の麻雀ゲームだった。
(今日は、ツイてる)
何度か大物手を和了って、気を良くしたこね子だったが、魔女はなかなか帰ってこない。
(誰も見てないし、ちょっと登ってみようかな?)
スカートで来てしまったことをちょっと気にしたこね子だったが、密集している木々の中なので、真下から覗かれない限り、スカートの中を見られることはないなと思って、こね子は、魔女の箒めがけて大胆にも木を登り始めた。
スポーツが苦手なこね子なのだが、小さい時から木登りだけは得意で、独りきりになりたい時は、ごくごくたま~に、木に登って遠くを眺めたりもしていた。
キラキラと輝く木漏れ日に包まれて木を登っていると、小鳥がこね子のそばにやってきた。
「小鳥さん、ここにいつもいる魔女さんがどこに行ったか知らない?」
小鳥はそばにいるだけで、返事はなかった。
(知らないみたいね)
こね子は箒の置いてあるところまで登ると、すぐに箒を手に取ってみた。
(わたしでも、この箒があれば空を飛べるのかな?魔法の箒だったら、魔法が使えなくてもワンチャンあるよね)
そして、こね子は大胆にもスカートのまま箒にまたがった。
さっきの小鳥の視線を感じる。
(ここから飛び降りたら怪我しちゃうよね)
箒にまたがりはしたが、ぎりぎりの判断はできて、さすがに無策で飛び降りることは躊躇した。
しかし、その時、こね子は木が大きく揺れる振動を感じていた。
突風がこね子を襲ったのだ。
箒にまたがったままで踏ん張りが利かなかったこね子は、箒にしがみつく格好で、木の下へと落ちてしまった。
(いった~い、何?今の風?)
かなり高い位置から落ちたにもかかわらず、木の下に茂った雑草と分厚い野生の芝生のおかげなのか、膝と肘の痛み以外、酷い怪我をしたという感覚はなかった。
「ずいぶんと偉いことをしてくれたね」
うつ伏せの格好で声のするほうを見たこね子の眼の前に、魔女がいた。
「よくもまぁ、あたしの箒を台無しにしてくれたね」
「え?」
こね子は、うつ伏せから身体をひねって半身になりながら、魔女の箒を抱えてることに気づいた。
(あ、折れてる…)
「こういう悪い事をするJKには月に代わってお仕置きが必要だね」
「わざとじゃ…」
こね子は言い訳をしようとしたが、その後の言葉を続けることができなかった。
「にゃあ…にゃあ…」
声が出ない。耳に聞こえるのは、たぶん自分の口から発する泣き声だけ。
子猫になってしまったこね子。
その眼の前で、魔女は折れてしまった箒を手にすると大きく跳躍して、木の上まで飛び上がった。
魔女に置き去りにされたこね子は、しばらく自分の身に何が起きたのか理解できずにいた。
(なによ…なんで、わたしが子猫に…そりゃ、名前はこね子だけど)
こね子は、木の上をもう一度見上げる。
魔女が一心不乱に、真っ二つになった箒を直してる姿が見える。
(魔女だったら、箒くらい魔法で直せるんじゃないの?)
『魔女の箒は簡単に直らないんだよ。こうなったら、買い直すしかないんだ。余計なことをしてくれたね』
こね子の頭の中に魔女の言葉が届いた。
(え?わたしの考えてること?)
『あんたは、あたしの僕になったんだ。心くらいは読めるよ』
(やばい、めっちゃお腹減ってる…)
『あいにく、ここに食い物はないよ。家に帰ってママとパパにおねだりするんだね』
(言われなくったって…)
『ネズミとモグラなら、そのへんにいるから、さっさと捕まえて食ってもいいんだよ』
(もう…ネズミなんか食べられないよ…)
しかし、それ以上は、魔女からの言葉は届かなかった。
こね子は、それ以上、その場に留まることを諦めて家に帰ることにしたが、手に持っていたはずのスマホが近くに見つからない。
(スマホ…どこに行っちゃったんだろう)
陽が沈みかけて周りは少し薄暗くなってきた。スマホは見つからない。
(あの魔女さんが、持って行ってしまったのかな?)
こね子は上を見上げる。
(あ…)
ずっと、下生えばかりを探していたこね子だったが、見上げた先に、キラリと光るものがあることに気づいた。
(あった…あれだ)
こね子は、見つけたスマホをじっと見つめる。
(どうやって取れっていうのよ…)
とりあえず、木に爪をひっかけてみる。
(あ…)
前足を木の幹に引っかけてみたこね子だったが、直立したことで、後足に力を溜めることができることに気づいた。
こね子は前足を木から離すと、スマホがひっかかってる木の枝に視線をロックオンし、後足に力を込めて、大きくジャンプした。
次の瞬間、こね子の身体はスマホがひっかかった枝に移動していた。
大きくジャンプした後で、ふわりと自由落下したこね子は、目的のスマホをゲットすることができた。
(やった…)
スマホを咥えて枝から飛び降りたこね子は、さっそくスマホのロックを解除する。
LINEを開き、母親のアカウントを選択してメッセージを打ち込む。
『こね子、子猫になっちゃったの。お腹減ったから、ご飯ちょうだい。今から、お家に帰ります』
『何冗談言ってるの?早く帰ってきなさい。今夜はカレーだから』
『冗談じゃないんだよ。すぐ帰る』
家の玄関にたどり着いたこね子は、LINEでメッセージを送る。
『着いたよ』
『空いてるよ』
『開けられないの。開けて』
すぐに、眼の前の玄関の扉が開き、母親が顔を出す。
「にゃあ」
素早く家に入ったこね子は、母親の足元にじゃれつく。
「こね子かい?」
「にゃあ…にゃあ」
「どうやら本当らしいわね」
「にゃあ」
「スマホは使えるんだね」
床に置いておいたスマホのLINEの画面に、こね子は前足を使って器用にメッセージを打ち込む。
『お腹減った』
「カレーでいい?」
『うん』
「おいで」
スマホの画面を見ながらのこね子との会話に慣れてきた母親は、こね子を抱え上げると、キッチンに移動する。
「パパは残業で遅れてくるらしいから、先に食べちゃおう」
母親は、こね子をキッチンテーブルに載せると、カレーライスを小皿に盛り付けて、こね子の眼の前に差し出す。
お腹がペコペコのこね子は、眼の前のカレーライスに舌を這わせる。
(熱い…)
こね子は自分の舌が猫舌になってることを、その時初めて気づいた。
「熱かった?」
こね子は舌を引っ込めると、右足でカレーライスの小皿をちょいちょいとつついてみる。
「ミルクカレーにしてみる?」
(ミルクカレーはちょっと。でも、冷めたカレーとか美味しくないし、お腹はペコペコだし)
『チュールが食べてみたい』
こね子は、LINEの画面に打ち込んでみた。
「お腹減ってるんじゃないの?」
『我慢する。買ってきて』
「しょうがないね」
カレーライスの載った小皿にラップを掛けると、母親はこね子を抱えて、玄関の車のキーを手に取り、車庫の車に乗り込んだ。
こね子を助手席に乗せ、そのまま近くのホームセンターに向かう。
ホームセンターで、チャオチュールを買って戻ってきた母親は、助手席のこね子にさっそくチュールの封を切り、口元に近づける。
こね子は、鼻を近づけた後で、舌を出して、チュールの袋をぺろぺろと舐め始める。
「美味しい?」
母親の問いかけに、こね子は、チュールの袋から口を離すと、チュールを持つ母親の指先に、舌を這わせた。
「美味しいってことね。良かった」
(食べ物の好みも、猫は猫らしくってことね)
「こね子が猫になっちゃうとはね。とりあえず、学校は、元に戻るまで病欠ってことにしといてあげるね」
(さすがママ、話がわかる)
「パパにはなんと言ってごまかそうか?いいアイデアはある?」
母親は、こね子の足元にこね子のスマホをそっと置く。
こね子は、チュールの袋からまた舌を離して、スマホにメッセージを打ち込む。
『こね子は、木から落ちて怪我をしたから、東北のおばあちゃんの家で過ごすことになりました』
「そうだよね。パパならそれで誤魔化せるかもね」
『あたしもパパにメッセージ入れておくね。たいしたことないから心配しないでって』
「それより、こね子は平気?」
『平気だよ』
「友達とかは?」
『もともと友達は少ないし、怪我だって言えば信じてくれるはず。彼とは別れちゃったから、他には心配する人もいないよ』
「こね子は強いね」
『魔女に遭った時から、なんか生活が一変する予感はあったんだ』
「お家に戻ろうか?」
『そうだね。帰ろう』
「そういえば、最近、パパの帰りが遅いんだよね。残業だってパパは言うんだけど」
(パパ、浮気とかしてるのかな?)
そう言った後で、母親は運転に集中するためか黙り込んでしまった。
自分の部屋に戻ったこね子は、ベッドの布団の中に潜り込んで、今日起きた出来事を思い出していた。
木登りをしたこと、魔女と遭ったこと、母親と買い物に行ったこと、父親が残業続きだと言われたこと。
(そうだ、明日はどうせ暇なんだし、パパの後をついて行ってみよう。会社の場所は知ってるから、先回りしちゃおう)




