それでも前へ
今、言わなきゃ! 今からでも、言わなきゃ! せめて、最後に言わなきゃ!
そんな一人ツッコミしているうちに、デートが終わってしまった。せっかく、映画デートだったのに。二回も映画みようって気をつかってくれたのに。
一つ目の映画の感想も、二つ目の映画の感想もタイミングを失い、別れ際は気まずい雰囲気が漂っていた。そのあとはホテルルートもあり得たが、お誘いはなかった。
ずーん、という効果音を鳴らして落ち込む。成人を過ぎ、社会人として立派に働いている年齢だというのに、デートに関しては小学生もびっくりするレベルだ。
簡単なことなのに! 一つ目の映画が終わった後に「ここよかったね! ここ面白かったよね!」と言えばよかったし、二つ目をみるとなった時に「まだ一緒にいれて嬉しい」と言えばよかった。別れる前に「今日はありがとう。楽しかった」とも素直に言えたら……。
後悔しても、時すでに遅し。ムツキくんはもう人混みの中に消えていた。
帰宅し、テーブルの上にトラベラーズノートと映画のチケット、文房具を広げる。デコレーションしながら貼り付けて、感想を書き込む。書き込む時は感想がすらすら出てくる。
ムツキくんの前では言えなかった情けない自分に視界が涙で滲む。スマートフォンを覗くと、ムツキくんからのメッセージはそっけなかった。
他のSNSを開くと友だちと楽しそうにやりとりしていた。投稿に反応し合ったり、感想を言い合ったり。
特に、マリエって子と。頻繁に接触している。
自信なくなってきた。彼女は私なのに、友だちより価値がないと言われている気がして。
友だちは大切にしてほしいし、友だちより上でいたいわけではない。そうではないけど、私が本当に彼女でいていいのか分からなくなった。
ノートに黒インクがポツリと落ちる。じんわりと黒が染みて広がってゆく。
ねぇ、本当に私のことが好き?
いけない。今、私はムツキくんのせいにしようとしていた。私がデートで失敗するからいけないのに、ムツキくんが友だちと楽しそうにしているから悪いんだと言おうとしていた。
こんな私なんて、優先順位が低くて当たり前だ。
もっと、自分を磨こう。他人を羨む時間があったら、自分を見つめ直すんだ。そして、改善できるところは改善していく。
今できなくてもいい。次からできればいい。そうして、少しずつ、ムツキくんの彼女として誇れる自分になるんだ。
そうして私は、効果的なスキンケアのやり方を実践したり、より可愛く見えるメイクの仕方を研究したり、自分に似合う服を探したり、自分をよくするための時間を増やした。
その合間に、次にムツキくんと行きたい場所のリサーチをし、実際にその場所に赴きイメージトレーニングもした。
その成果があったのか、ムツキくんに自信を持ってこの場所に行きたいというプレゼンテーションができ、次の休みに行こうという約束ができた。
その時、私は確信した。このやり方を続ければ、ムツキくんと上手くやっていけると。信じていた。
だけど。
「え……」
どうして。なんでこんなことになるのだろう。
ムツキくんからのいきなりのキャンセル。そして、私の目に映るのはムツキくんと綺麗なシルエットの女性だった。
浮……いや、友だちかもしれない。私より友だちと一緒にいたかったから。その方が楽しいから。それだけだよ、絶対。
信号待ちをしている二人。ムツキくんは女の人の腰に手を当て、女の人は嬉しそうにムツキくんを見上げている。女の人がムツキくんの頬に指を滑らすと二人は見つめ合い、ゆっくりと距離を縮め、唇を重ねた。
青信号になると、二人は歩き出す。手は恋人繋ぎでガッチリと結ばれ、側から見れば恋人そのもの。
その横顔は、マリエという女性にそっくりだった。
愛されてるのは私じゃなかった。部屋に戻った私はヒールを脱ぎ捨て、着ていた服を床に投げ捨てた。彼好みの化粧を落とし、彼好みの髪型をぐしゃぐしゃにする。
私は洗面台の前で笑った。いくら彼好みに仕上げても、私自身がそうではなかったと。こんな醜い女、誰も欲しがらないか。
淀んだ空気の中、スマートフォンの通知が鳴る。トラベラーズノートアプリからのお知らせで、新着のメッセージが届いていた。
トラベラーズノートに書き込んだことをアプリにも投稿していたのだ。
ーーいい投稿ですね。感情が伝わってきます。私も行ってみようと思います。次の投稿も楽しみにしてますね。
「……っ……」
そんなことはないみたい。見てくれている人は見てくれている。
努力は必ず報われるものではないけど、学びにはなる。
そう思えた経験だった。
おわり