前編
2024年2月15日 日間総合ランキング4位! ありがとうございます!
2月16日 3位!! びっくりです! 本当にありがとうございます。
「お前を愛することはない!」
と、私に言ったのは、我が国の第一王子。御歳8歳。
豪華な金髪巻毛が眩しいイケショタだ。
関係者だけを集めた王宮のこぢんまりした部屋で、婚約者との初対面にただ今絶賛おむずかり中。
「僕の、僕のお嫁さんは、お前じゃなくって〜」
ああ、もう泣いちゃいそう。
ごめんね、恋を夢見るお年頃なのに〝未来のお嫁さん”としてやってきたのが2歳年上で自分より大きくて地味な濃茶色の髪と目の女の子で。
女子としてのプライドは傷ついたけど、同情するわ。
でもこのままだと周りの大人達が凍りついて居た堪れ無いので、私は王子の前に膝を折って目線を合わせ、優しく声かけた。
「大丈夫ですよ。殿下が本当にお嫁さんにしたい人を見つけたら、私は婚約解消しますから。だからそれまでの間だけ、私を婚約者にしてください」
「…いいの?」
「はい。私は婚約だけで十分です。お嫁さんは他の人にしてください」
婚約したからってお嫁さんにしなくてもいいと知って機嫌が直る殿下。微笑み合う二人に反し、周りの大人たちにはブリザードが吹き荒れている。
まさか、弱冠10歳の私がこの婚約が表向きだけだと気付いていたとは思わなかったのだろう。
そう、私が婚約者に選ばれたのは、適当な令嬢がいなかったから。血が近すぎたり、派閥のパワーバランスが崩れたり。
だからと言って、いつまでも条件に合う女子の誕生を待っていると断りにくい家から縁談をゴリ押しされるかもしれないので、とりあえず「魔力量が多いから」と言う事にして無難な家門の伯爵令嬢の私と婚約した事にしたのだ。政略結婚では、十歳差や十五歳差なんてよくある事。後から婚約を結び直せばいい、ってのが透けて見える。
お父様は、このまま婚姻するのを期待してますけど。
なんて事を冷静に理解してしまう私には、前世の記憶がある。
日本という国で、平均より下の学校を卒業し、平均より下の会社に就職し、平均より下の給料でちまちまやり繰りして生きて来たアラサーの女性だったのだ。
そんな私が今世では貴族令嬢! アーンド魔法! と思っていたら更に殿下の婚約者というステータス来た!! リアルで「くやしかったらベルサイユへいらっしゃい」ができる!(ベルサイユは無いけど)
「私、殿下の婚約者になったらやりたい事があるんです」
「それは何?」
わがままと意地悪!、とは口に出さずに曖昧に微笑んだ。
「お前を晩餐に招待するぞ」
「私、ホロ魚のあわ雪焼きと木の実のグラッドケーキが食べたいです!」
「何だそれは?」
「三十年前の晩餐会の品書きの記録帳に載ってました」
「お前にドレスをプレゼントする」
「じゃあ、布はナリソン織でレースはドロス修道院の物を!」
「何だそれは?」
「先先代の王妃様の残したドレスで使われています」
婚約者としての義務を果たそうとしただけなのに、いつも斜め上のお願いが付いてきて困惑してる殿下。
「それらはどこで知ったのだ?」
「王子妃教育の賜物ですわ」
どうせ結婚しないので王子妃にはならないのだけど、私は〝無料”の文字に非常~に弱かった。前世では、公民館の無料講座で郷土史を習ったりお正月飾りを作ったりしていたのだ。
なので嬉々として無料王子妃教育講座に通い、興味を持った物は実際に提供していただく。王子妃教育の一環ですわよね。
失われた技術の復活に食物史の先生と服飾史の先生は狂喜乱舞し、届いた重厚なドレスに私の家族は顔色を失った。
「超一流の講師に無料で沢山の事を教えていただけて、本当、王子妃教育って素晴らしいですわね〜、殿下」
「……」
「どうしました?」
「…当たり前の事だと思ってた」
真面目だな!
私なんて前世で義務教育に感謝したことなんて無いわ!
思わず殿下の頭をわしわしといい子いい子したら、逃げられた…。
ある日、連れの男性と盛り上がって話しながら王宮の廊下を歩いてたら、殿下と鉢合わせした。
「ごきげんうるわしゅう殿下」
と、挨拶する私を素通りして殿下の目線は私の隣りの男性へ。
「ご紹介しますわね。彼は宮廷画家で、『絵の鑑賞の仕方』の先生です」
先生が胸に手を当て、頭を下げる。
『絵の鑑賞の仕方』とは、肖像画を見て紋章やアクセサリーから身分を推察したり、歴史的、宗教的、伝説的な意味を理解するための勉強。
前世で言えば、『ヴィーナスの誕生』を見て「若い女性がお外ですっぽんぽんなんて、はしたないわ」なんて言って笑われないようにするための講座だ。しかし、ヴィーナスって何で誕生したばかりで大人なんでしょうね。
「楽しそうだな」
「楽しいですよ! 一緒に行きません?」
テレビもネットも無い世界では、絵画は情報の宝庫だ。
殿下が傍に控えている従者に聞くと、一時間くらい空いているそうなので一緒に行く事になった。
宝物館の前の警備兵に入れてもらい、その中の一つの部屋を先生の持って来た鍵で開けると、そこには沢山の絵が飾られている。この部屋は、風俗画や風景画が多い。一番手前にあるのは、平民たちが呑んで食べて踊って大騒ぎしている絵だ。
「これは楽しそうな絵ですねぇ」
「アサルク地方の花祭りです」
「だから皆花を身に付けてるのですね。あ、あのおじさんの持ってるゴブレットかっこいい!」
「アサルクは銅細工が有名なんです」
「有名なら、王宮の厨房にもあのゴブレットが?」
「いえ、銅は平民向けなので無いのでは」
「殿下! これ欲しいです!」
この流れに慣れてる殿下は、侍従に取り寄せるよう命じる。
「この風景画の家、窓がとても可愛い!」
「ミレーユ地方は寒いので、窓が独特なのです」
二重サッシみたいなものか。
「屋根がとんがってないか…?」
あら、殿下が食いついた。
「雪が屋根から落ちるようにです。屋根に積もると家が潰れてしまいますから」
「家が潰れるのか!?」
興奮した殿下は、時間終了まで質問攻めだった。
翌週の王子妃教育の後、王妃様からお茶に招かれた。
「あの子がね今、アサルクもミレーユも知らなかった!って熱心に勉強してるの」
殿下ってば本当、真面目だな!
テーブルの上にはジュースの入ったアサルクの銅のゴブレット。私のお持ち帰り用ゴブレットも用意されてる。
「アサルクは銅の産出が多いのだけど、そのままの輸出が多いから利益が少ないのよね。アクセサリーとかに加工して高く売れたりできればいいんだけど」
銅のアクセサリー…。このゴブレットだって今はキラキラしてるけど、そのうち10円玉の色になるのよね…。アクセサリーと言えば24金が当たり前の貴族は買わないよなぁ。
「ん? 24金?」
「どうしたの?」
「あのっ、王妃様のアクセサリーは24、いえ、100%金ですよね。それを18金、いえ75%金にして、25%銅を入れてみてはどうでしょうか」
「銅を混ぜたら金が赤くなるのではなくて?」
「なります! 想像してください、『金』と『銅を混ぜた金』と『銀を混ぜた金』の三色のネックレス!」
「!! いいわね!」
でしょう? 前世で欲しかったんです!
試作品が出来たら貰う事を約束して、私はご機嫌で帰宅した。
後に、届いた試作品を見た私の家族は震え上がる事になる。
しばらくして、8歳から10歳の貴族の令息令嬢十人を集めた交流会が開催された。「交流会」と言いつつ、目的は王子のお友達選びなのは公然の秘密。
私は王子の婚約者として参加する。
「という事は、当然『あなたなんかよりアタクシの方がふさわしくってよ!』が起こるわよね…」
やった! 意地悪できるチャーンス!
ふっふっふっ。さあ嫌味でも嫌がらせでもいらっしゃい、10倍返しして差し上げますわ!
…と、意気込んで参加したのだけど…。
「王子の婚約者」として紹介された私を見たお子様たちは、キラキラ王子との違いに「え?」という顔を一瞬しただけで、決して態度に出すことは無かった。さすがは紳士淑女の卵。
でも、「納得できません」オーラが滲み出ている女の子もちらほら。よしよし。
最初は色々なおもちゃが用意されたキッズルームで遊んでいたのだが、ボール遊びするために男の子たちは庭に出て行ったので、女の子組も外のツリーハウスに移動した。
ツリーハウスと言っても、ドアや窓ガラスこそ無いものの4本の木の間に板を渡して作られたしっかりした小屋だ。わざと不規則に作られた階段では護衛騎士が手を引いてくれるし、部屋の中にはテーブルとイスがあり、城の女官が控えていて飲み物やお菓子の準備をしてくれてる。
その部屋で、私は女の子たちとお茶会ごっこをしていた。
皆の緊張も解きほぐれた頃、ひょっこり入り口から殿下が顔を覗かせた。一瞬でパニックになる室内。
女の子の超音波のような声が飛び交う。
殿下は目を白黒してるけど、いきなり女子会に乱入したあんたのせいだよ!
「落ち着いて! 皆さん、お客様がいらっしゃいましたので、おもてなしの準備をいたしましょう!」
キャーキャー言いながらテーブルの上を片づけ始める女の子たち。
『ここ僕んちなのに、なんで僕がお客さんなの?』という顔をしている殿下を「まあまあ、もう一度訪いから」と入り口の外に誘い、二人で並んで中の準備の終わるのを待っていると
「殿下のお隣は私!」
という声と共にぐっと横に押された。
足の下に板が無い!と気付いた時にはすでに体が落下していく。
スローモーションのように手を伸ばす殿下が見えた。いや、間に合って、殿下の手が私の手を掴む。
駄目ですよ! 殿下の方が軽いんですから一緒に落ちちゃいますよー!
私の上に落ちてくる殿下を両手で受け止める。
そして…、私たちは落ちることなく空中に浮いていた。
前世には、「人を撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ」という名言がありまして…。
意地悪したら意地悪され返されるかもしれない、と覚悟して、ドレスにジュースをこぼされた時のためのしみ抜き魔法とか、噴水や池に落とされた時の乾燥魔法とか、家族に冷たい目で見られながらせっせと練習してたんですよ…。階段から突き落とされた場合は、条件反射で風魔法で浮き上がるように用意してました…。
練習では私一人だったので予定外の殿下が増えた分バランスが難しく、殿下をギュッと抱きしめて危なげな状態ながらなんとか地面に着くと、殿下は王妃様に飛びついてギャン泣き。うんうん、怖かったよね。
でも、周りのお子ちゃまたちが高貴な方のギャン泣きに身の置き場が無いようなので、ちょっと空気を変えなくては。
「殿下、助けてくださってありがとうございます」
と、声をかける。
「助けてないもん」
王妃様の胸に顔をうずめたままの殿下。
「いいえ、とても勇気ある行動でしたわ」
ねえ、と周りを見ると、
「そうです! すごく勇敢でした!」
「姫を守る騎士様のようでしたわ!」
と、女の子たちが心からの声をあげる。つられてツリーハウスの下から見てた男の子たちからも「すごかった!」「かっこいい!」と称賛され、ギャン泣きがエグ泣きくらいにパワーダウン。
そこで王妃様が、「そろそろお部屋に戻りましょう」と言い、皆と騒ぎながらキッズルームへ歩いているうちに殿下のご機嫌は直っていた。
私は、私を落としたヤツに足でも引っ掛けようかと探したが、既に帰ってしまったらしい。逃げ足が早い!
憧れの「くやしかったらベルサイユにいらっしゃい」は、不発に終わった。
そう思って帰宅したら、私を落とした子の父親が謝罪に来ていた。仕事早いな! 彼女は逃げたんじゃ無く、父親に報告に走ったようだ。
両親と一緒に謝罪を受け入れる。両親は私が怒り狂って無い事にほっとしているようだ。失礼な。
しかし、彼女が12歳になって王立学園に入学する時まで領地で謹慎になると聞いて怒り狂った。
私が落ちたのは、落とされた訳じゃなく子供が力加減がわからないせいだし、殿下が落ちたのに関してはもう自己責任だ。
交流会の人選は、社交シーズン以外も王都にいる仕事の家から選ばれている。それなのに彼女だけ領地に行かされるなんて、私の10倍返しより酷く無い?
だが、彼女の父親は「お気持ちだけ頂きます」と受け流して帰ってしまった。10歳児の言葉じゃ説得力が無くて口惜しい。
王家への謝罪は明日になると言っていたので、急いで殿下に手紙を書く。
「お父様! 殿下がおねむになる前にこれを届けてください!」
「でもなぁ、王族に危害を加えた家に肩入れするのは…」
「届けてくれなかったら、殿下の寝込みを襲います!」
「お前はどこでそう言う言葉を覚えてくるんだ!?」
お父様は慌てて手紙を届けさせた。
良い子の殿下なら、彼女が処罰されないようにしてくれるはずだ。
満足げな私に、お父様は
「お前に権力を持たせない方が私は平和に生きていける気がするよ…」
と、ため息を吐く。
残念でした。婚約解消まではこの地位を楽しませていただきます。
後編(王立学園編)に続きます。