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偽りのピンクブロンド【商業化予定】【全体改稿予定】  作者: 川崎悠
第8章 ダンジョン攻略と文化祭
94/115

94 ヒロイン現る

「……あれは、ケーニッヒ嬢ですね」

「そうみたいねぇ」

「何をしているのでしょうか、彼女は」


 私、ヒューバート、アルスの3人は、少し離れた場所で騒ぎを起こしている『ヒロイン』レーミルを見つけた。

 何か目当ての物を先に買われた様子だけど?

 やっぱり顔は出したのね、レーミル。

 時刻はかなり過ぎている。

 夕方と呼ぶのはどうかだけど、学生の午後の活動時間は終わっているぐらいだ。


 どうやらレーミルの方から絡みに行っている様子。

 ということは、相手の男性が手に取った品は、もしかしてアルスの探し物『聖霊のロザリオ』かな?


「これは俺がきちんと買ったもんだ。後から来たお前にとやかく言われる筋合いはねぇ!」

「うるさいわね! あんたなんかが持ってても仕方ないでしょ、そんなもの!」

「ぁあん!?」


 相手の男性は、一般男性ね? 学園の生徒じゃない。

 成人している、少し年上の男だった。

 ……午後からバザー会場に招待客も入れるようになる。

 学園の生徒から招待を受けた者のみが対象だ。

 敷地が学園内のため、完全な一般解放はしていない。


 ということは、あの粗野そうに見える男性も生徒の誰かの関係者のはず。

 それか教会関係者か。なのだけど?


「……あれは止めに入った方がいいのでしょうか?」

「レーミルさんが絡まれているなら止めに入るけど。

 どう見てもレーミルさんから変な絡み方をしていない?

 流石に知り合いとして、あちらに加勢するのも、止めるのも……どうかと」


 相手の男性の体格としては、標準的な成人男性といった風だ。

 よくある如何にも乱暴そうな筋骨隆々な男ではない。

 仮に、容赦なく暴力を振るわれたとしても致命傷を負いそうな印象はなかった。

 とはいえ、この世界って魔法による身体強化があるものねぇ。

 強化パンチで思いきり殴られると危なくはある。

 こんな場所で白昼堂々、人殺しは起きないと信じたいけど。


 私は、アルスへと視線を向けた。

 ここは私の出番ではなくヒーローの出番だろう。

 とはいえ、アルスもよく分かっていないのか。

 或いはヒロインの好感度がまだ高くないのか。

 自分から率先して、騒いでいるレーミルを庇いに行く素振りを見せない。


「……どうする? アルスくん」

「事情を図りかねますね。暴力を振るわれそうなら止めますが……。

 下手に他人が関われば拗らせてしまうかもしれません」


 うーん。順当な反応。そして他人行儀な反応でもある。

 『惚れた女』の身に起きている出来事の雰囲気はまるでない。

 まぁ、まだ1年生2学期、共通ルート中だもの。

 逆ハーレムルートがどういう進行をしているのかは定かじゃないけど。

 この段階の好感度は、まだ少しプラス程度なのだろう。


「頭のおかしい女め! 俺が買った物は俺のものだ! 失せろ! まったく!」


 レーミルに絡まれていた男は痺れを切らせたか。

 多少、威圧的な振る舞いをして去っていった。

 レーミルは、彼を……追いかけない。うーん?

 私は、去っていく男を観察した。

 手に『何か』を持っているように見えたが、それが何かは分からない。

 『聖霊のロザリオ』をあの男がゲットした、ということなのだろうか。

 再びレーミルに視線を移す。


「…………」


 レーミルは、去っていく男をあざけるような視線を向けていた。

 何かしら、あの表情は? なぜ笑っているのだろう。

 聞く限り、目的を達成できず、欲しかった物を手に取れなかったはずなのに?

 なんかキナ臭い……。

 私の知らないイベントが、レーミルの知識通りに進行した印象を受ける。


「アルスくん。ちょっと、レーミルさんと一緒に探し物を続けていてくれる?」

「え?」

「ルーカス。私たちは、あの男を追いかけましょう」

「……あの男を? 分かりました、お嬢」


 ヒューバートは事情を聞かずに私の指示に従ってくれるようだ。ありがたいわ。


「え、あの?」

「たぶん、レーミルさんは貴方が一緒に探し物をしようって言えば喜ぶと思うわ!」

「は……?」


 私は、アルスを置き去りにして、なるべくレーミルに見つからないように男を追いかけることにした。



◇◆◇



 男は、普通にバザーを抜けて出ていくようだ。

 腕で掴んだらしき物以外、特に何か買った様子はなし。

 脇目も振らずに移動している。

 この時点で、一般バザー客とは動きが少し違う。

 でも、レーミルに絡まれて気分を害したから……って言われると、そうかもしれない。


「……何か良からぬ事でも見つけたんですか? お嬢」

「うーん。そうじゃないんだけど。気になるっていうか」

「司祭を放置して、あの女と絡ませても良かったのですか?」


 そこね。悪役令嬢としては将来的に敵対するヒーローの、ヒロインへの好感度なんて上げない方がいい。

 基本はレイドリック様以外を放置とはいえ、だ。

 だから、このイベントだってヒロインとの仲が友情止まりになればいいな、ぐらいの気持ちで捌く気だった。

 だけれど。


「……レーミル、笑ってたのよ。去っていくあの男を見て」

「それは俺も確認しました。どういう意図なのか分からないですね」

「そうでしょう? だから」

「あの男を追いかけてみる事にしたと。分かりました」


 ヒューバートも事態を呑み込んでくれたらしい。

 何事が起きるとは言えないけど確認しておいても損はなし、と。

 アルスを放置してしまったとしても。


 ヒューバートと一緒に気付かれないような距離で男を追いかけていく。

 そこで、ふと私は感じることがあった。既視感のようなものだ。


 ……これ、ヒューバートイベントにある『犯人を追いかけろ!』のシチュエーションじゃない? と。


「どうしました、お嬢?」

「ええっと」


 ヒューバートは『王家の影』の見習いだ。あくまで見習い。

 完全な王家の影になる契約は、王家と結んではいないはず。

 それはまぁ、なんというか。彼もまた乙女ゲームのヒーローの1人だから。

 最終的な『忠誠心』はヒロインへ向けられる、ということね。

 もちろん個別ルートに入らず、ヒロインと結ばれない場合は、そのまま正式な契約を結んで『王家の影』となるのだろう。

 ポジションは王家の直接的な護衛というより、貴族たちの監査官に近いかと思う。

 社交などに出向き、裏でその情報を王家へともたらす、といった具合の。


 優秀なエージェント枠ヒーローとしての側面を彼が担っている。

 他と比べれば華やかさには欠けるものの、やはり一定の需要はあるのが彼というヒーローだ。

 そんなヒューバートの個別ルートでは、彼とヒロインが協力して『事件』を追っていくことになる。


 ただし、その『事件』の詳細をヒロインは主に知らない。

 つまり、プレイヤーも知らない。

 なんでだよ、って言いたくなるかもだけど……ゲームの本筋は恋愛だからね。

 事件の真相だとか、そういうのは実は重要ではないのだ。

 ヒューバートという男が如何に優秀な人物であるのかをヒロインに知らしめればいいだけ。


 なので、彼は『裏』で様々な仕事を請け負いつつ、事件に巻き込まれるヒロインを影から守り、かつ彼女の望みをしれっと満たしてしまう……という、スパダリの派生系みたいなムーブをこなす。

 でも恋愛もこなす必要があるので……。

 結果としてヒューバートと一緒に行動し、彼の手助けをするものの、事件の詳細についてヒロインはよく知らないまま。

 それでいて『貴方のお陰で解決しました。ありがとうございます』と言って貰える。

 なにやらヒロインの行動がプラスに働き、彼の仕事の手助けとなるらしいのだ。


 ヒューバートルートのモヤっとするところが、実はここだったりする。

 事件って何の? 何を調べてるの? 今、捕まえた犯人は……ああ、犯罪者?

 と、まぁやっている事がよく分からない。

 そうしてモヤモヤしたまま、ゲームは終盤へと差し掛かり、以前までの悪事の黒幕がアリスターである事が判明する。

 もはや、お約束と言ってもいいだろう。


 プレイヤー全体で見れば、おそらくヒューバートルートを最初にクリアした人はごく少数。

 9人もの攻略対象が居るゲームのため、攻略が他と外れているルートは選ばれにくい。

 なのでヒューバートルートに入るようなプレイヤーはゲームのお約束が分かっている。


 『あー、悪役令嬢のせいね、分かります』と。

 だから個別の事件の詳細が伏せられていても、プレイヤー側もあんまり気にしたりしない。

 とにかく、その事件の解決がアリスターの悪事に繋がっているんですね! と思うだけ。


 要するにヒューバートルートで起こる事件について、プレイヤーも転生者である私も何も知らないのだ。

 彼のルートでは、彼のパートナーになる助手気分と、スパイの彼女気分を味わうのが醍醐味と言えるだろう。


「逆ハールートなら、イベントが同時進行していてもおかしくないわね」


 そういうことかもしれない。

 この時期のアリスターが黒幕と言うには、少し無理が……多分ある。

 なので、アルスイベントとヒューバートイベントが同時発生し、アルスの探し物の裏では、あの男を追いかけるヒューバートという構図が。


「お嬢。人通りの少ない方へ、あの男が移動するようです。

 王都内なので治安が悪いワケではありませんが」

「え、ええ」


 王都にスラムはない、はず。私の知る限りは。

 でも如何にも綺麗な通りと、ちょっと寂れた雰囲気の通りぐらいの違いはある。

 人が集まる駅前と、そういう場所から遠い雑踏、ぐらいの違いはあるの。

 男が移動していくのは、そういう人が少ない場所だ。

 やがて男が、ある屋敷へ入っていくところまで目撃した。


「ここまで特別、怪しいとか、疑える姿は見てなかったけど……」

「バザーに参加するのは学園の生徒の関係者です。このような場所で、人目を気にしながら屋敷に入っていく男が、そういった関係者とは疑問が残りますね」

「人目を気にしながら?」

「視界や動きから、まるで足取りを追われたくないような素振りが見られました」

「……そうなの」


 怪しいのよねー。でも確たる証拠は掴めていないわ。

 だから、あの屋敷へ強行突入するには情報が足りない。

 でも予測した通りなら、これ、ヒューバートイベントな気がする。

 そう。プレイヤーですら詳細を知らない、ヒューバートルートのイベントの前倒しだ。


 ここには『ヒロイン』であるレーミルは居ない。

 でも、レーミルの表情には余裕があった。

 彼女にとっても、こうしてヒューバートがあの男を追いかけるのは想定の範囲内なのでは?

 いや、でも、そこに私が介入しているし、違うのかな。

 だって、それだと私が自由意志で行動したことまで運命に組み込まれていることになる?


「うーん……。ねぇ、ヒューバート。もしも私がバザーについて口出ししなかったとしたら。貴方はどう行動してた? このバザーには参加していたかしら?」

「お嬢が口出ししていなかったら?」

「ええ、そう。あのレーミルとも貴方は以前に素顔で出会っていて、普通に? 生徒会に入っていたりして。……私が今みたいに『アリス』なんてやっていなかった場合。こうして貴方と知り合っていない場合よ」


 そもそもヒューバートとヒロインの出会いを妨害したのは私だ。

 本来なら彼だって『ヒューバート』として正式にレーミルと出会っていたはず。

 私の行動がどうこうというよりも『ヒューバートの行動』が結果として運命的なのかもしれない。


「……そうですね。その場合、殿下の周りに控えているか。バザー全体の状況を追うことも視野には入れていたかもしれません。あの女と出会っていて、だからどうなるのかは分かりませんが。……お嬢は、その時に『どこ』に居る予定ですか?」

「うん? 私?」

「はい。お嬢はバザーに参加していたでしょうか?」

「ええと、私が……もし、『私』のままだとしたら」


 アリスにならない私は、きっとレイドリック様の生徒会勧誘などの一連の行動で傷ついていただろう。

 剣技大会には参加していなかったかもしれない。

 彼を見返すことはなく、そうすると余計に彼らに見下されて、余計に傷ついて。

 バザーイベントにはレイドリック様は参加する予定はない。

 でも教会関係者へ挨拶には来ていたはず。つまり、この日、レイドリック様が学園に来ていることは確定。


 もしかしたら。

 『私』はレイドリック様にお会いできるかもしれない、と。そう考えて。

 そうして一緒にバザーを見て回れるかもしれないと思い、一人でバザー会場に訪れて……。


「……私は、一人でバザー会場に来ていたかもしれないわ」

「一人で?」

「ええ。まぁ、ミランダ様やクラスメイトの女子生徒たちと交流していない前提になるから。たぶん、レイドリック様にも誘われないでしょうし」


 私が記憶を思い出していない場合。

 まだレイドリック様の態度の理由が分からなくて、翻弄されて、混乱して。

 彼との関係を改善しなければいけない、と。

 またかつてのような笑顔を向け合える仲になるには、ああしよう、こうしようって。

 そう考えていけば『アリスターの1人バザー』は十分にありえる。


「……お嬢の想定通りなら。俺もバザー会場に居たと思いますよ」

「そうなの?」

「ええ。一人で、何をやっているのか、と」

「ふぅん?」


 ヒューバート本人がそう言うのなら、やっぱり『条件』は整う気がする。

 つまり『逆ハーレムルート』におけるバザーイベントとは、アルスとヒューバートの共有イベントなのだ。

 この場合、ヒューバートが追いかけるのも、やはり『聖霊のロザリオ』ということになる?

 アルスイベントにおける名無しの賊をヒューバートが追っている構図よ。


「ヒューバート。限りなく、私の歪んだ偏見における未来予想図なのだけど」

「予防線がすごいですね」


 だって確証はないんだもの!

 あとゲーム知識に溺れてアレコレするのって、かなーり細心の注意が必要だと思うわ。

 まったく何もないところに『陰謀』を感じさせてしまったりするから。

 男爵家の庶子に過ぎないヒロインが、高位令息やら王族やらの裏側の事情を熟知している! ……とか。

 そういうのって他国の間者疑いが拭えないわよね。それと同じ。


「たぶん、あの屋敷に入っていった男が、アルスの探し物を持っていると思う」

「……それは、あの女も同じ見立てだと?」

「たぶんね。言動の理由はいまいちよく分からないんだけど。1度、あの男とは絡む必要があってああしたのかも」


 詳細は知らないけれど。

 乙女ゲーム世界だと知っているだろう『ヒロイン』転生者のレーミルが、無意味にあんなムーブはしないと思う。


「もしかして、ですが。お嬢とあの女は、司祭の探し物が何かをご存じですか?」

「……、……ええ。おそらくアルスの探し物はロザリオよ」

「ロザリオ」


 でも、それだと私の知識とズレる面はある。

 賊は『高額な出品物』を狙って学園に侵入したはずだ。

 それが価値の分かり辛いロザリオを手に取っただけで退散する?


 ロザリオが教会から無くなったのは今朝、分かったこと。

 事前に分からないからこそ、バザーに紛れ込んでアルスが困るのだから。

 金目のものなら賊の理由は明白だが、ロザリオ狙いだとすると一体、何なのだろう?

 『奇跡』が込められた物品だって、そりゃあ高いと思う。

 そんじょそこらの金銀・宝石よりは高価かもしれない。


 裏で欲しがっているなら足がつくような品でも取引されるかも……?

 いや、そもそもバザーで出品された物なら、正式な手段で入手したものとなる。

 あんなにコソコソとする必要性ないわよね。


「もしかして『魔王の復活』関連の案件でしょうか?」


 ヒューバートが、そんなことを指摘した。私は、それを聞いて。

 『ああ、ありえない事じゃないわね』と、そう思ったのだった。


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