92 バザーイベント
そうしてバザー当日を迎えた。
1年生、2学期、10月半ば。
今の私は『アリス』として、ヒューバートと一緒に行動している。
ちなみにレイドリック様はというと、あまりバザーに興味がない様子。
ジャミルとロバートを引き連れて、一緒に過ごしているのだとか。
まぁ、なんだかんだ言って、あの3人はゲーム上でも一緒に行動しているシーンが多いのよね。
普通に仲良しグループなんだと思う。来年度では、そこに義弟のジークも加わる予定よ。
教会に保管された寄付品を一気に出品する学園内バザー。
見方によってはかなり庶民的なイベントに近い。
やり取りするお値段も、そこそこに抑えられており、気に入ったものが手に入り易くもあるわ。
前世で言うとフリーマーケットのようなもの。
それを学内、主に生徒向けに解放した市場が一日だけ形成される。
ちなみにこのバザーは別に生徒に強制参加はさせていない。
なので興味がない人は、普通に休日扱いでもあるのだ。
レイドリック様たちもどちらかと言えば興味がない組なのだけど、教会関係者への顔出しだけはしているらしい。
……私とレイドリック様の仲が良好であったなら二人で顔出ししたんだろうな。
シェルベルの邸宅にも流石に誘いの手紙は来なかったみたい。
私から拒絶しているのもあるけど、レイドリック様の私への気持ちも、きっと冷えている。
今なら婚約の白紙を訴えれば通るだろうか。
「……真っ当に話し合いが出来るならしたいんだけどね」
「お嬢?」
「ああ、ごめんなさい。少し考え事をしていたわ」
憂鬱になっちゃダメよね。だって私がこうしているのは学生時代をきちんと楽しむためでもあるんだもの!
「さて。本日はどのように? お嬢」
「そうねぇ」
まず今日、気にすべきこと。
「マーベリック司祭が『何か』を探しているかもしれないけど、特にそちらに関わる必要はないわ。でも、彼がそう行動しているかどうかの『確認』はしておきたいの」
アルスが『先代教皇が奇跡を込めたアイテム』を探している場合、やはり全ヒーローイベントが前倒しになっている。
それは重要な情報だろう。通常ルート攻略のつもりではヒロインに出遅れてしまう。
「それから、こっちはそれこそ気のせいぐらいの話なんだけど。高額の出品物が今回、紛れ込んでいるかもしれなくて……、学園に何者かが侵入している、かも? そしてその黒幕が私かも……」
「……お嬢は何もしていないのですよね?」
「ええ」
「それで何故、お嬢が黒幕ということに……」
「今後、関わり合いになるかもって疑っているのよ」
転生の詳細を伝えていないヒューバートからしたら『何言ってるの?』と思うわよね。
「……まぁ、とりあえずバザーを色々と見物してから、ですね」
「そうね!」
結局、それしかないわよね。
ところでアルスの探し物が何かなのだけど。
正解は『聖霊のロザリオ』というアイテムとなる。
私の知るゲーム上では、それはヒロインとアルスの思い出の品になる程度のアイテムなのだけど……。
魔王が復活する場合のそのアイテムの重要性は分からない。
もしかしたら、戦闘に使える有益なキーアイテムかもしれないわ。アルス専用装備とか。
グラフィックももちろん知っている。
なので私とヒロインは、アルスの探し物をさっさと見つける事が可能だ。
ただし、アルスの好感度を上げるためのイベントであることを忘れてはならない。
だから彼と一緒に『あれでもない、これでもない』と悩んで、苦労して、ようやく見つけてこそ二人の思い出となるの。
物をプレゼントしたから、はい、好感度アップ。というワケにはいかないだろう。
また探し物中のヒロインの反応も大事だ。
アルスは探し物のお礼として、バザーでヒロインが気にしていたものを手に入れ、プレゼントしてくれることになる。
「賑わっているわねぇ」
学内の敷地で、広く取られたバザー会場は盛況だった。
沢山の生徒や教会関係者が行き交っている。
雰囲気としては……物販イベントとか? そういうノリかな。
「お嬢は何か欲しいものとかはありますか?」
「欲しいものね。うーん。今、あるとしたら……」
商会で使えそうな玩具の『アイデア』があるといいわ。
「人が何を求めているか、それを知りたいわね!」
「……参考になりませんねぇ」
「ええ?」
何が参考なのかしら。まぁ、いいけど。
私とヒューバートは、バザー会場に足を踏み入れる。
出品物としては、衣服、アクセサリー類、食器、本、お土産に出来そうな小物類などなど。
見ていて飽きないバリエーションの出品物が沢山並んでいた。
また、飲食店も会場の外で出店している。
生徒主導ではなく、学園公認の屋台だ。
お腹が空いた時に小腹を満たせる軽食を取り扱っている。
数種類あって、生徒たちは屋台の対応を見て、月末の文化祭の参考にしたりする。
バザーの収益は、主に教会への寄付金になる。
もちろん場所を提供している学園にも取り分はあるらしいわ。
「あ、ぬいぐるみがあるわ。ルーカス。あちらへ行きましょう」
「わかりました、お嬢」
ぬいぐるみはアリスター商会の主力商品なので市場調査は重要よね!
うーん。スマホがあったら写真をバシャバシャ撮っていそう。映えよ、映え。
「ユニコーン、角うさぎ、マンモス? デザインコンセプトが魔獣……」
この国におけるぬいぐるみって。あ、でも人型もあるわねー。
寄付品には子供向けの玩具もけっこう紛れていた。
基本は生徒向けの出品だけど、弟妹がいる生徒も多いから、いい土産となるのだろう。
それに午後からは、生徒から招待を受けた外部の人間もバザーを見に来る。
玩具類に関しては、やはりアナログだ。魔石を使った自動式的なものは取り込まれていない。
危ないものね。うーん。
こういう場所に出店されていない『玩具』でウケがいいのって思いつくの、あるかしら。
あー、『ヨーヨー』とかはどう? なさそう?
アリスター商会の商品案に組み込んでおきましょう。
「お嬢。余所見ばかりしていると危ないですよ」
と。ヒューバートが私の肩を寄せて、人の流れから庇ってくれる。
「ごめんね。興味深いものが多くて」
バザー会場が広いためか、午前中はヒロインともアルスとも会わないまま。
私はヒューバートと一緒に大人しくバザーを楽しむだけになったのだった。
◇◆◇
「休憩しましょうか、お嬢」
「そうね。少し離れましょう」
会場近くに出店している屋台から軽食を買って、休憩にしましょう。
私とヒューバートは移動し、そして『クレープ』を購入した。
クレープ、あるんだね、この世界。
製法とかどうなってるのか……。やっぱり現代知識無双は難しそうだ。
こう、アレよね。
デートイベントに使えそうなネタは全部、現代と遜色ない感じがするわ。
どういう歴史を辿ってこうなったのかな、本当。
普通に過去に転生者が居たのかもしれない。
「……王都に、待ち合わせになる犬の像とかあったっけ?」
「お嬢は何を言っているんですか」
いやぁ、ほら。忠犬の像とか、待ち合わせにあると便利じゃない?
流石に遊園地は作れまい。映画は、観劇があるわね。
水族館は……無理過ぎる。出来なくはないかもしれないけど。
強化ガラス技術とか、水圧とかの物理学? とか、その辺が発展してからじゃないと。
あ、でも『プラネタリウム』は、こちらの世界でもいけそうだわ。
光魔法は文字通りの光魔法。再現可能な範囲だ。
それに星座とか。私、こっちの世界の星座を理解していないかも。
前世の知識が邪魔をして、混乱しそう。北極星に該当する星は聞いたことがない。
それは旅人も困ることだろうな。
「あ、プラネタリウムと星座」
「はい?」
たしか『玩具』みたいな星座の『回転表』って前世になかったかしら?
ほら、周期に合わせて2、3種類の星座が描かれた円盤が回転するヤツ。
学習用にも、見ているだけでも楽しいアレよ。
それからプラネタリウムを玩具とするならアレね。
ドーム系の玩具よ。ほら、スノードームとかの星版……スノードーム!
商会が開けられるのは早くて冬目前。
前世の時期的に言えば、スノードームは如何にも雰囲気に合っている玩具だ。
……でも、スノードームはあの強固なガラスありきのアイテムよね。
こちらの国のガラス製法だと玩具に落とし込むには、まだ技術力が足りないかなぁ。
子供が落として壊して危なそうだもの。
出来れば魔法で解決はしたくないところだ。
技術による発展を私は望んでいる。この世界の、未来の何かの足しになればいいわね。
別にそんなに壮大なプロジェクトじゃないけど。
ひとまずアイデアとしては『星座板』辺りがいいかな。
「……美味しいわ、クレープ」
甘さも前世のクレープに申し分ないお味のクレープ。
生地の部分は、前世ほど柔らかくはなさそう?
これは店の特色によって変わるか。
「ヒューバートのそれは何味?」
「リンゴのソースらしいですよ。お嬢は苺味でしたか」
「ええ、そう。ストロベリー」
りんごや苺のクレープを私たちは堪能する。
一応、いくつもの休憩用ベンチが用意してあり、そこで思い思いに休憩できるの。
ただ、回転率はそれなりに高くがモットーね。
集客数がそれなりのイベントだ。疲れ切っているのなら帰ればいいもの。
「何か、普通にデートをしてるわねー、私たち」
「いいことじゃないですか? 事件が起きないなら」
「まぁ、それはそうよね」
結局、アルスのイベントはやっぱり1年後という可能性も高いし。
なんだかんだ言って最終的なゲームクリアが2年生の終盤なのは変化しないだろう。
その前に魔王が復活すると思うけど……。
「……お嬢」
「うん?」
クレープを食べ終えたヒューバートが手振りで私の視線を誘導する。
その先には……ああ。アルスが疲れた顔をして、トボトボと歩いていた。
うーん。私の思い込みのせいでそう見えるだけとか……ではなさそうね。
「疲れている様子ね」
「そのようですね」
別に現段階で、私とアルスは敵対しているワケではない。
レイドリック様とロバートは怪しいものの、アルスは『アリスター』として教会に赴いた時、敬意を持って接してくれていた。
そんな彼が疲れた顔で、どんな物かすら分からないものを、あの広大なバザー会場から探している。
きっと途方に暮れていることだろう。
だからこそ手伝ってくれると声を掛け、一緒に苦労してくれたヒロインの好感度が上がるワケなのだが。
「……あの女は見掛けませんが?」
「そうなのよね」
しかし『ヒロイン』レーミルの姿が見当たらない。どういうことだろう。
アルスの好感度を稼ぎたいなら、あの様子だ。
さっさと声を掛けていいと思うけど?
レーミルは事前にアルスにアプローチを掛けていた。
アルスからレーミルへの好感度が低い様子ではなかったと思う。
だから逆ハーレム狙いなら、今回のイベントを欠かすとは思えない。
他ヒーローのイベントとも被っていないと思うから、欠かす必要がないだろう。
もしかして9人同時攻略は流石に現実では無理! って諦めたとか?
ありえなくはないわよね。私だったら心が折れそうだもの、9人攻略。
こう、彼女にだって『推し』とか居たと思うの。たぶん。
推しと仲良くなれて、加えて別に悪役令嬢も変に邪魔してこないなら……。
逆ハーレムなんてやめて、誰かだけの個別ルートに切り替えた、とか。
もし、ヒロインがアルスのイベントを諦めたとすれば。
「ひとりぼっちで、探し物が何かも分からず。
売れてなくなってしまったかもしれないものを探し続けて一日中、か」
なくなったのは『先代教皇の遺した品』だ。
とてつもなく貴重であり、別にアルスが失くしたワケではないものの、探し切れなかったら彼だって凹むだろう。
簡単に諦めていない様子なのだから、彼も見つけたいと心から思っている。
「お嬢」
「……うん。まぁ、そうよね」
あれは見て見ぬフリをするのは流石に忍びない。
そもそもだけど、探し物が何かの知識があったとしても、あの広いバザー会場からアイテムを見つけ出すのは、かなり辛いワケで……。
そうだわ。
たぶん、レーミルは、初回の顔出しイベント時。
『街中で暇潰しをしているジーク』を見つけられていなかった。
そう、『街の中』というヒントだけでは、現実で広大な王都からジークを探し出すのは無理だったのだ。
ということは、このイベントだって『現実だと無理ゲー』という扱いになるのでは?
「……捨てたわね、このイベント」
厳密には、このイベントをこなし損なったからってアルスの好感度が下がるワケじゃない。
単に好感度が『上がらない』だけだ。
それにレーミルにとってアルスが本狙いのヒーローとは思えない。
ならば余計に彼の好感度をここで拾う必要性などなくて……。
「アルスを見失う前に声を掛けましょう」
私は、彼に手を貸すことを決め、ヒューバートと一緒にアルスを追いかけることにした。