88 ファムステルのダンジョン②
「地下1階には、それなりの強さの魔獣が居たそうですわ。こちら側から侵入した騎士は精鋭。とはいえ、広さの兼ね合いで立ち回りに注意が必要と」
「魔獣とは、どのような?」
「まず、頭部が広がった蛇系の魔獣ですわね」
蛇か。毒が怖いわね。
『身体保護』魔術を体表に展開し続けて、噛まれないようにしておきましょう。
「そしてカエル型の魔獣。2種、それぞれが大きめの身体をしているみたいですわ。
赤ん坊よりも大きめなぐらいだとか」
「それは大きいですね」
カエルって、こっちの世界でもオタマジャクシから発生するのかな。
だとすると、ダンジョン内のどこかに水場がある?
大量発生していても不思議じゃない。
「地下1階がそのような様子で、大して迷う道もなく奥へと続き、さらに地下2階へ」
「地下2階まであるんですか」
「ええ。そちらで戦闘になったのは角の生えたキツネだったそうです」
「……キツネ?」
「ええ。人に懐く様子はなく、襲ってくるそうですわ。あまり群れでは行動してないみたいで、狼よりはマシですわね」
たしかに群れで来られると脅威でしょうね。
「あとは大きめの蝙蝠ですわ。魔獣になっているタイプですわね。どの個体も概ね、火で焼き払えるそうですわよ」
蛇、カエル、キツネ、蝙蝠。そして火魔法が有効、ね。
さて。ここは『乙女ゲームに出てくるダンジョン』としては、どうなのだろう?
「怪我をした騎士は居ませんでしたか?」
「多少はあったようですけど、命を落とした者は居ませんわね」
「それはよかった」
聞く限り、あまり難易度の高いダンジョンではなさそう。
出てくる魔獣も想定の範囲内だと思える。
となると、ここは初級のダンジョン?
あ、でも『ヒロイン』はシェルベルのダンジョンを狙っていた気がする。
確定ではないけれど……。
なら、そちらの方が初級なのだろうか。
或いは、どこのダンジョンでも浅い階層の敵は弱く、深く潜るほどに強くなるため、どこでもいい?
ヒロインのみが知る『逆ハーレムルート』において、攻略対象の一人である義弟のジークと早期に関わるためには、シェルベル領に向かう必要があった、とか。
こっちは割とありそうな予測ね。
通常プレイでは2年をかけて1人のヒーローを攻略する。
だけど同じ期間で9人のヒーローたちの攻略を進めているらしい関係上、各自のイベントがどうやら先倒しされている様子だ。
となるとジークの登場も早めの方が良いだろう。でなければルートが成立しまい。
……ヒーローたちの数人は『チョロい賑やかし』になりそうな気がするけどね。
攻略人数が3人程度の乙女ゲームなら、ともかく。
私の知識上の『原作』では、9人ものヒーローが居るのよ。
そんな人数を逆ハーレムしたってね。
先遣隊が調査・討伐を済ませたらしい地下1階に私たちは降り立つ。
ちなみに護衛はナシ。普通に2人きりでのダンジョン攻略だ。
ミランダ様の楽しみなところが優先されている様子。
戦闘面での信用は得ているのね。
降りる階段は、普通に石を切り出して出来たものだった。
実物に触れたことはないけれど、前世で言うならば『ピラミッドの内部』みたいな印象だ。
天然の洞窟ではなく、人工的な石造りの迷路。
灯は、どうやらダンジョン内部で元から光源があるらしい。
光る石が、距離を適度に開いて点々と壁に埋め込まれていた。
私たち自身、光魔法で灯は灯せるのだけど……。
光源があるだけでもありがたい。
「壁の灯りは元からあったものですか?」
「ええ、そうらしいわね」
うーん。至れり尽せり、というか。
やっぱり、ゆるふわ乙女ゲーム世界のダンジョンなのかな?
シビアな異世界では、そんなにご丁寧にダンジョン内に光源はない気がする。
油断すれば暗闇からゴブリンに襲われ、殺されたり、ナニやらされたりとか。
でも、ヒロインがピンチにならなければヒーローの出番がない。
だから何かしら、ヒーローが助けられる範囲の危険はあるだろう。
私は『悪役令嬢』なので、そういう運命的な恩恵はない。
なので油断は出来ないままだ。
「出てきませんね、魔獣」
「騎士団が殲滅しているはずですもの。もっと深くに行かなければなりませんわ」
ミランダ様は、先遣隊が記したと思われる地図を見ながら進んでいた。
調査・殲滅の済んでいる低階層では、危険はないとお考えなのだろう。
たしかに今まで魔獣の襲撃はない。この階には、もう敵は。
……いや、でも待って?
前世における『ダンジョン』の常識、というか。
いえ、『ゲーム系のダンジョン』の概念がこの世界にもあるのなら?
……モンスターは『リポップ』するのでは?
「ミランダ様。油断しないでください。ここは、あくまでダンジョンなのですから……」
「はい? ですけど、2階まではもう安全と、」
その瞬間。私は視界の端に蠢く影を捉えた。
「ミランダ様!」
「えっ!?」
魔術で身体強化した上でミランダ様を抱えるようにして、その場を離れる。
『シャァアッ!』
「っ!」
蛇型の魔獣! たしかに頭部が大きい。
コブラ科の蛇の形状で、さらに大きい体躯をしている。
あれは噛まれると痛いでは済みそうにない。
「魔獣! 出ましたわね!?」
リポップしたのか、討伐漏れか。
群れを警戒するけど、1匹だけ?
「アリスター様、やりますわよ!」
「え、ええ」
ファーストアタックは回避できた。
避けられるスピードだ。
蛇の襲撃など目にも止まらぬ速さが定番だけど……。
魔術による底上げか、今世の肉体スペックのお陰か、視認も反応も出来るらしい。
ミランダ様は既にレイピアを抜いている。
彼女もきちんと身体保護や強化の魔術を使っていそうだ。
ミランダ様には私の正体がバレているのだし、特訓してきた各種の魔法を使っておきたいわね。
「行きますわよ!」
ミランダ様が突撃していく。
私は、バックアタックを警戒しながら彼女の援護。
「──水風船・音爆弾」
後方に複数のシャボン玉を展開しておく。
『アリス』用に調整していた魔法だ。
死角から襲撃されても、シャボン玉に触れられると音を立てて弾ける仕様。
蛇の襲撃らしく、胴体の先端が高速で撃ち出されるような攻撃。
ミランダ様はそれを躱して、レイピアで反撃を繰り出した。
『シャァッ!』
刺突が刺さり、魔獣の血が飛ぶ。
頭部の的は広い。暴れ回る動きをする蛇だけど、ミランダ様は冷静に対処され、あっさりと首を切り落とした。
倒した後も後続を警戒しておくけれど。
「……1匹だけ、かしら?」
「どうでしょう」
「アリスター様の魔法は、なんでしょう? シャボン玉ですの?」
「ああ、こちらは……」
パァン!
「きゃっ!?」
言っているそばから、シャボン玉が炸裂して音を立てる。
魔法の使用者の私も少しびっくりした。
『耳栓』と併用した方がいいわね、この魔法……。
音に反応して、大きく避けておき、ターン。
後方の確認をする。
そちらにも先ほどと同様の蛇系魔獣。今度は3匹いるわ。
地面スレスレに展開されていたシャボン玉に弾かれたみたい。
触れると音と衝撃が発生するシャボン玉。
水魔法と風魔法の延長線にある魔法よ。
威力は控え目。
見た目を可愛らしくし、相手を驚かせて隙を作るためのサポート魔法だ。
「アリスター様も戦います? こちら側の警戒は私が致しますわ!」
「そうですね。では、肩慣らしということで」
まずは手軽に。
「──ゴム・ショット!」
ドンッ!
『シャアッ!』
指先から『魔法のゴムの塊』を撃ち出す、スタンダードな魔法を放つ。
各種の属性魔法の塊を撃ち出すのは、攻撃系魔法の基本中の基本よ。
私のそれは魔力をゴムの性質に近付けてのもの。
見た目は、白色で半透明の魔力の塊だ。
土系の魔法とは異なり、完全な物質に変換するのではなく、『ゴムの性質を持つ魔力』にした。
こちらの方が使い勝手も良く、イメージの曖昧さもカバー出来るから。
魔法の出力によって撃ち出す威力が変化する。
前世でもゴム弾を撃つピストルがあったはずだけど、イメージとしてはそれね。
非殺傷の打撃に近いが、当たれば気絶する。
体重が軽ければ吹っ飛びもする。
「まぁ! 凄いわ!」
属性魔法の初級攻撃よりも弾速が上になる。
代わりに火のような属性による付加価値は、相手には与えられない。
付加価値とは相手を燃やしたり、熱したり、濡らしたりするアレのことね。
むしろ、ゴムの性質もあって相手は致命傷を避ける。
……魔獣相手に使うには適さないか。
捕獲が目的ならば別だけど。
ゴム弾は1匹にクリーンヒットし、動きを止めることが出来た。
水風船の音爆弾、ゴム弾、どれも使える。
あとは慣れていくだけ。経験の積み重ね次第ね。
「……次はコレよ。──ブロンズ・ニードル」
土魔法の派生。物質に変換する際、ただの岩の塊にするのではなく『銅』をイメージした物質にする。
私は、あまり土系の魔法が得意ではない。
一般に出回っている魔法の内、得意なのは火魔法だ。
でも魔法の才能は、おそらく『魔塔の天才児』クルスに次ぐレベルである。
だから『針』程度の物質ならば生成できる。
そう、『銅の針』だ。
生成した銅の性質を持つ針を敵に刺す魔法。
ゴムとは、ある意味で真逆の性質。
この針はダメージを与える魔法じゃない。
蛇たちも当然、痛くも痒くもない様子だ。
ミランダ様に被弾しないよう、ゴム魔法で後方を遮蔽した上で。
指先に『電気』を収束させる。
バチバチバチ……。
「──サンダーショット!」
バリィッ! バンッ!!
『ジャッ……!』
刹那。私の指先から、『銅の針』まで閃光が迸り、敵を焼いた。
一撃。一瞬で動きを止め、ピクピクと痙攣している蛇。
「なっ……」
『落雷』とまでは言えない。そこまでの火力ではないけれど、生物の動きを止める程度の出力を『飛ばし』た。
当初の想定では手の平などを触れてのスタンガン魔法だったのだけど……。
『避雷針』の発想から、こうして銅の針を生成し、相手に『マーキング』してから電撃を発生させたのよ。
水風船を起動するにも『針』ってイメージあったし、色々と使い回しも良いんじゃないかな。
「残り1匹も」
銅の針へと電撃を迸らせ、あっさりと倒すことが出来た。
「……ふぅ」
試運転としては悪くないわね。
うん。手応えを感じたわ。あとはとにかく実践あるのみ!
「なんですの、今の魔法は!? 雷!?」
……この後、雷魔法についてミランダ様に物凄く食いつかれたのは言うまでもない。