87 ファムステルのダンジョン①
「アリスター様、来ましたわね!」
「ええ。本日は、よろしくお願い致します。ミランダ様」
私は学園を休学し、ファムステル領へやって来た。
ミランダ様から『ダンジョン攻略』のお誘いを受けたからだ。
ウィクトリア王国の高位貴族としては戦闘技能を修得しておくのが嗜み。
もちろん、それは主に『大規模な魔法行使』の事を指すのだが。
ミランダ様は、金髪・縦ロールな髪型を頭の後ろで一括りにまとめられ、ショートパンツに黒タイツを履いて覆うことで足の肌は見せない、というスタイルで現れた。
現代日本のそれとは素材が違うと思うけれど、どうなっているのだろう。
また、彼女の腰にはベルトが巻かれており、そこにはレイピアらしき武器を差している。
鞘も見事な拵えで仕上がっており、これこそミランダ様専用の武器、という印象だ。
剣技大会で私が感じたように、やはり彼女の普段使いの武器はレイピアなのだろう。
如何にも異世界の令嬢が戦闘をするならば、というファッションスタイルだった。
薄手の胸当ても付けている。
対する私はと言えば、剣士よりも魔術師スタイル。
清楚系の雰囲気でまとめている。
レースの付いた白のシャツに、適度な長さの黒スカート。
靴だけは動き易く、頑丈なブーツを履いている。
その上で装飾の付いたローブを羽織っている。
ミランダ様の衣服もそうだけれど、身に付けているものは『魔道具』に分類されるものだった。
前世で言えば『防刃チョッキ』とか『耐火・耐熱服』などが当て嵌まるだろうか。
この世界の魔法は概念系ではなく、理論系ではあるが、こういう類のものは『理屈』で成立している。
イメージとしては前世で成立していたような技術素材ならば、魔法技術の範疇で成立可能、といったところか。
この国で、この感覚が分かるのは、私と『ヒロイン』レーミルぐらいのものだろうが……。
やはり『火だけは絶対に防ぐ』とか『矢や銃弾ならば絶対に弾く』といった概念系の魔法ではない。
その点については注意が必要だろう。
私は『魔法』に対して、余分に万能なイメージを持っているから。
「あら。今日は剣は持っていませんの? アリスター様」
「持ってきていますよ、ミランダ様」
馬車に同行していた従者が私の剣を持っていて、差し出してきたものを受け取る。
レイピアとは違う『細身の剣』といったところか。軽く、振りやすい剣だ。
筋力は『身体強化』の魔術でカバーできるのだけど、その中身の私は、やはり非力な女だというアンバランス。
大剣を振るだのと無理はしないが吉だろう。
「では! いざ、ファムステルのダンジョンへ!」
「……少数精鋭で、本当に行くのですか?」
今回、ヒューバートのお供は、お休みだ。
私の姿も地毛である赤髪。『アリスター』として私はファムステル領へと訪れている。
基本的に『アリス』状態での不貞を疑われないためにのみ、『アリス』にヒューバートが同行し、私の言動について陛下への報告が為されている。
陛下への報告については明確に聞いていないけれど。
だから今回のように公爵令嬢として立つ場にはヒューバートは同行しない。
従者や使用人でもない、他家の高位貴族令息である彼が『アリスター』に侍っているのは、おかしいからだ。
そのため、今回の『ダンジョン攻略』には、私とミランダ様。そして互いの家から連れてきた者たちが同行していた。
「ええ。どうにもダンジョンの中は、ぞろぞろと連れ立っていくような場所ではなさそうですもの。
アリスター様ならば剣技の実力が証明されていますから!」
対人戦の『試合』結果と、魔物との戦いでは話が違うと思うけれどね。
それもダンジョンに生息する強力な? 魔物や、罠とかが相手なのも考えられる。
「多人数での陣形を用いた攻略は、狭さから難しいそうですわ。ですので『潜る』ならば少数精鋭が望ましい。その方が混乱も避けられますでしょ。
アリスター様は自らダンジョン踏破をされたいのでしょう? でしたら、望むところではなくて?」
「……そう、ですね」
そうだ。どの道だと私は考えている。
王国に現れたダンジョン群は『ヒロインとヒーローたちが踏破する』場所だろう。
そこには、何らかの『騎士団が総出で攻略する』のではよくない事情がある。
或いは、騎士団が中にいる魔物の数を減らした後で、ヒロインたちが『隠し部屋』を見つけるとか?
とにかく最終的には、ヒロインとヒーローたちが解決できる問題だと思うの。
私は早々に、その理由を把握しておきたいのだ。
「私は有難いのですけど。ミランダ様は一体、なぜダンジョン攻略などをされたいのです?」
「もちろん! 面白そうだから、ですわ!」
「あ、はい。そうですか……」
興味本位! いや、分かりますけどね。
私も、これがただの異世界転生で、自分に戦闘力があるのなら興味本位でダンジョンに入ってみただろう。
もちろん準備をしてからだけど。
今回は、私が『悪役令嬢』であり、私とは無関係だと捨て置けないから、こうして乗り出している。
「さぁ! とにかく、さっさと向かいますわよ、アリスター様!」
「はーい」
とにかく、やる気のミランダ様は元気いっぱいで明るい笑顔を振りまいていた。
人生を謳歌しているわね、彼女。
……私が『公爵令嬢』として、きちんと学園へ通っていたら普通に学友として彼女と過ごせたかな?
ミランダ様は一つ、年上だけど。
同じく公爵令嬢のシャーリー様とも別に嫌い合う関係じゃない。
私が『乙女ゲーム』の知識に流されていなければ、三大公爵家の令嬢として一緒に過ごしたり……。
(……ま、考えても仕方ないわね)
むしろ今、こうして友好的に私と接してくれているのだから。
『アリス』の秘密も黙ってくれるみたいだし。
今からでも友人となるのは遅くないでしょう。
こうして、私たちは2人とその従者たちでファムステルのダンジョンへ向かった。
ダンジョンの入り口は……森を抜けた先にある崖、というか剥き出しの岩肌というか。
そこに明らかに彫刻された石の柱などがあって、仄暗い道が奥へと続いている様子だった。
岩肌の向こうは、その先の一帯が隆起して出来ているような地形と山脈が続いている。
山は、未開の秘境の様子で、日本で馴染みの深い山とは事情が異なってくるだろう。
なんだかんだで森林地帯が多い国だ。
現代の、それも都会のように木々を駆逐して、建造物がどこまでも続くとか。
そういう場所ではないのだと、しみじみ思った。
「ダンジョンの広さとかは、外からじゃ判断出来そうにないですね、ミランダ様」
「ええ。そもそも『奥』ではなく、『地下』に続いているみたいですわ」
「……地下に?」
「ええ。先行調査隊が、地下への階段を見つけたみたいですの」
「階段、ということは」
分かってはいたけれど、このダンジョンは自然に出来たものではないわね。
そもそも入口からして彫刻があるのだし、当然か。
「……一体、誰がこんな物を作ったの?」
「まだまだ、何も分かりませんわ。誰にも、ね! ふふ、だからこそ面白そうなんですわ!」
「あはは。たしかに、それは……そうかもですね、ミランダ様」
このダンジョンがある理由。
『ヒロイン』のレーミルは知っているのだろうか。
そして、それは魔王の復活と関係があるのか。
私とミランダ様は、ダンジョンへと入っていった。
別作品の書籍化の締め切り第一弾を何とか乗り越えたので、こちら再開させていただきます!