82 生徒会での攻防
お仕事のやり取りをきちんと処理しつつ、お喋りも重ねる生徒会。
今月の行事は『文化祭』と『バザー』がある。
バザーについては、教会との提携の関係上、『書記』だけどアルスが代表して担当してくれる事になったわ。
この辺りは順当な采配ね。なので同じく『書記』である私、アリスは通常業務の方を担当。
『庶務』のレーミル、フィアナ嬢はミランダ様とアルスのサポートにつくことになる。
当然のようにアルスのサポートを『ヒロイン』レーミルが。
ミランダ様のサポートをフィアナ嬢がすることになったわ。
業務としては剣技大会の処理がまだ残っていて、それの処理もある。
ただ既に3日、経過していただけあって仕事を終えてくれていたわね。
ささっと残りを片付けている中で『視線』を向けられているのを感じた。
ミランダ様だ。
(こっち見てる見てる。観察されてるわねー)
やっぱり正体を疑われているのかしら。ここまでバレなかったのが不思議なぐらいなんだけど。
思い込みとかもあるもの。
他所から来た人の方が見抜きやすい面があるのかも。
さて。まぁ、それはそれとして。
バザーに提供される品は、教会に寄贈される品だ。
剣技大会と違い、どちらかと言えば生徒会主導の行事となる。
文化祭も似たようなもので、各学科や教室、また小グループからの申告を受けて、どんな催しをするのかを決める。
催しの場所の割り振りなどもこちらで決めていかなければ争いが起こるし、全体がぐだぐだになってしまうわ。
前年までの資料を基に大枠はそのまま採用していく事になる。
バザーの寄贈については、なんと言っても王立学園。
貴族の子らや商人の子らがわんさか居る。
呼びかければ、あれよという間に掘り出し物が出て来ることが期待できる。
その呼び掛け自体は以前からの仕事にも含まれていたため、大教会に色々と保管されているのだとか。
どちらの行事についても『大商人の子』ホランドが目を輝かせているわね。
商人キャラは素の性格っぽい。あまり関わりもないし、話もしないけど。
乙女ゲームにラインナップされる攻略対象としては『商人』枠って弱い気もする。
意外と『一番身近に居る』って感じるのかも?
なんだかんだ言っても王族系のキャラが人気なのは間違いないことだけど。
それはそれとして『王族って絶対、面倒くさいじゃん』なユーザーも居るワケで。
まぁ、多人数型ヒーローの時点で数撃てば誰かに当たる方針か。
一通りの仕事が終わり、そろそろ解散しようかという雰囲気になった時、口を開いたのは『ヒロイン』レーミルだった。
「あのぅ。ところで『ダンジョン』ってお話はどうなったんですか?」
……彼女からその話を振ってきた、ということは。
やっぱりゲームの進行上、必須なイベントなのかしら。
「前に生徒会メンバーで行こうって決めてましたよね! あれから一ヶ月経ちますけど、その後どうなったのかなぁって!」
あの時からメンバーが増えている。
ミランダ様とアルス司祭は寝耳に水の話だろう。
また、レイドリック様やロバートを見下すようになったクルスは、はたして協力的な態度を取るのか。
「……ファムステル領で発見されたダンジョンについてはウチの騎士団と魔術師たちが調査中ですわね。まだ一般……というか、公爵家の許可のない者たちに解放する段階じゃありませんわ」
ミランダ様があっさりとそんな事を口にした。
彼女は、私との約束をきちんと守ってくださるかしら?
ここはレーミルに話の主導権を握られない方がいいかも。
「まだ解放されない、ということは、いずれは正式にお認めになる予定なんですか?」
と、私から会話を引き継いだ。
「ええ。そうですわ。とはいえ、中に魔獣が確認されているらしいのですもの。組織で安全を確保しないワケにも参りませんわ。それは発見されてから日の浅い他領でも同じだと思いますわよ?」
「そうですね。メイソン領でもまだ調査中の段階です」
あ、やっぱりメイソン領にもあるのね、ダンジョン。
「……王家で確認しているダンジョンもまだ似たようなものだな」
レイドリック様も補足してくれる。まぁ、まだそんなものよね。
「そんなに沢山、見つかってるんですか?」
レーミルから疑問が上がった。なんだろう。どう誘導したいのかしら。
主導権は握らせたくないものの、彼女の出方には興味はある。
ただ、好きにはさせたくないわね。
予測を立てましょう。
はっきり言って『どうせ最終的に悪役令嬢が不利益を被る』提案を捻じ込んでくる気がする。
内容に想像が正確につくわけではない。
その真意や最終目標地点も不透明ではあるけれど。
(ひとまずダンジョン関係で『アリスター』に不利益な展開……嫌がらせを考える。なら、まずは)
「一体、どれぐらい、」
「わぁ! もしかして王家にもダンジョンがあるんですか!? すごい! 王家のダンジョンって響きにロマンがありますよね!」
『ヒロイン』の会話に食い気味にまた口を挟んだ。
彼女が鼻白む様子は視界の端に捉えるが、もちろん無視だ。
「ん。まぁ、そうか?」
「はい! 王家のダンジョン! 行ってみるならそこですよね! ……あ、もちろん許可が貰えるなら……ですけどぉ」
「許可か。調査がある程度進めば問題ないだろうが……」
「やっぱり認めて貰わないとダメなんですね。あ、勝手にダンジョンに突撃! なんてしたら……その。もしかして、すごく重い罪になったりします? あのぅ、ミランダ様の、『公爵家』のダンジョンに勝手にそんな事したら大問題! ですよね……?」
「……当然ですわね。どういうものかはまだ分かっていませんけれど。
マイナスのものであれば、領民を巻き込んで公爵家を蔑ろにした重犯罪者。
プラスのものであれば、それは『鉱山に無断で入り込み、そこから鉱石を盗もうとした』重犯罪者ですわ」
「わぁ! そんなに!? それって『公爵家の子供』で、それも『次の公爵家を担う』人が許可しても……、つまり『現役の公爵閣下の許可』がなく、そのご子息に許していただいたとしても大問題! ですか……?」
「……当たり前でしょう? 私は公爵令嬢ですけれど。正確に爵位を有しているのは、現役の公爵である私のお父様ですもの。勝手なことをすれば、除籍だってありえますわ」
「わぁ! そうなんですね! やっぱり『公爵家は』みんなそんなに厳しいんですね! 私たち、外の人や王子様が迫っても余計に問題が起きそうです……!」
「……公爵家の子とて、勝手に許可を出すことなどありえませんわ。
もし、そんな身勝手な事をすれば容赦ない処分を下されましてよ。
当然、他家でもそれは同じこと。問題が大き過ぎますもの。
仮に王家から……、殿下からそんな事を言い出した場合も同様。受けるわけがありません。
もちろんレイドリック殿下がそんな無体なことは言い出しはしないと信じておりますわ」
「あ、ああ。当然だ」
「そうなんですねー! ああ、でも、やっぱり王家のダンジョンには夢がありますよねぇ」
チラリと視界の端に『ヒロイン』を捉えて、その表情を窺う。
「…………」
閉口してしまい、二の句が継げなかった様子。
もちろん、すぐに視線を逸らして目を合わせないようにする。
一番、いやがらせになる展開は『ヒロインに唆されてレイドリック様がシェルベル家のダンジョン攻略をしようとする』だと思ったの。
『アリスター』に対しては高圧的に、婚約者の言うことが聞けないのか、と迫って。
提案を拒めばレイドリック様との仲が悪くなり、また提案を受け入れれば、私に責任を押し付けての搾取が始まる。
それに『アリスター』を使い潰しつつ、『公爵令息』ジークとは手を結ぶ機会を作れるわ。
ジークはそれに協力し、その機会に『ヒロイン』ともお近付きになって。
シェルベル家のダンジョンは、彼らに荒されて。
『アリスター』は各方面で追い詰められて。
下手をすれば、それを機にお父様からも見放されるかも?
つまり、レーミルの提案の先にあったものを『だったらシェルベル家のダンジョンに行くのはどうですか? 婚約者なんですから、きっと言うことを聞いてくれますよ!』という言葉だったと予測したの。
それに対して先手を打っておいた。
あの手のヒロインムーブをする女や、それに取り巻く連中は、大抵が『私』のポジションの女にだけ、やたらとツケを払わせようとする。
もはやそのムーブは鉄板。テンプレートと言っていい。
だから私は、その方面に向かう流れだけには牽制をしておいた。
レイドリック様から『アリスター』に要求したりするのは非常識で、またジークを頼れば、そのジークは除籍される危険が伴う。
『ヒロイン』はジークが養子であることだって知っているはず。
逆ハーレムを目指す以上、そう簡単に彼の立場を追いやる真似は出来ないでしょう。
反対に『私』の味方につく可能性だってあるんだから、余計に。
案の定というか、黙っちゃったわ。ヒロインさん。
そして会話の主導権はミランダ様やレイドリック様に移った。
(あの牽制で黙ったということは、私の予測はそれほど外れていなかったってことかしら?)
だんだんコツが分かってきた気がするわね。
『だいたい全部、アリスターのせい』で『だいたい全部、アリスターから奪えばいい』という思考回路や、意見が出て来るものと見做しておけばいい……?
それなら動きが読みやすくなるかも。
「まぁ、どのダンジョンについても攻略に乗り出すのは様子見だな。今の段階では」
「……はぁい」
レイドリック様がミランダ様と話し合った結論に『ヒロイン』レーミルは乾いた笑顔で返事をした。
思惑通りにはいっていない雰囲気が分かりやすい。
この場に『アリスター』として、彼女の敵として居なかったからこそ生まれた、彼女を観察する余裕。
でも、『アリス』でもそろそろ邪魔だと思われるかもしれない……さて。
「コホン!」
そこでレーミルの意識が、そろそろ『アリス』に向きそうかもと思ったところで。
ヒューバートが咳払いをしてレーミルの意識を引き付けた。
「ケーニッヒ嬢は、そんなにダンジョンへ行きたいのか?」
「え?」
「何かダンジョンについて知った事でもあったのかと。先程から何かを言いかけていたようだし。生徒会のメンバーでも知らないような情報を、どこかの筋で掴んだのなら、ぜひ聞きたいな。ああ、それともサーベック商会から何か聞いたりしたのか?」
圧を掛けるでもなく淡々と。
それから、さりげなーくホランドへ責任転嫁できるように促すヒューバート。
レーミルが蚊帳の外ではなく、話題の中心となり、注目を浴びる形に。
かつ弁明が必要なように追い込む。
その意識が『アリス』へ向けられる前に躱してくれて……やるわね、ヒューバート。
良いタイミングだったと思う。
あのままだと『邪魔ね、この女……』展開が待っていた気がするもの。
「何を提案しようとしたんだい?」
「え、あー……。な、なんだっけ、ホランド? ホランドが何か言ってた気がしてー……」
そして彼女は、まんまとヒューバートの誘導に乗っかった。
言い訳を考える面倒臭さと、整合性を取れる答えを用意する手間をなくしたか。
『アリス』へ敵意を向ける気が削がれたのは明白だった。
「えっ? いや、どうだろ。でもサーベック商会でも各地のダンジョンには注目してるよ。何かレアな商品が出回るかもしれないーって。一般解放されるんなら早くして欲しいね。まぁ、色々と情報を小出しにして、こっちも店の準備とかしてからの方がいいけど」
「そうなんだ。あはは、楽しみだね!」
なんて誤魔化しヒロインの姿。
うん。なんとなく彼女の思惑は、今回は潰せた気がするわねー。