81 新たな生徒会
「おや」
「……まぁ」
「どうも」
その日の放課後。
生徒会へ向かう途中の廊下で、顔を合わせたのは『大司教の子』アルスだった。
相変わらず胡散臭い糸目で、こちらの姿を認めるとニコリと彼は微笑む。
「生徒会室へ向かうのですよね? 私もご一緒してよろしいですか?」
「あら。何の御用で?」
「もちろん、生徒会への役員入りを受けるためですよ。剣技大会中は医療班として動きましたが、無事に終わりましたからね。会長との約束通りです」
「……まぁ」
うわぁ。『とうとう来ちゃった感』が凄いわー。
レイドリック様、ジャミル、ロバート、クルス、ホランド、ヒューバートが居る生徒会へアルスが入る。
生徒会に入れないサラザール様と、まだ入学前のジーク以外が揃っちゃった。
……うわぁ。としか言いようがない環境よ。
攻略対象勢揃い! ヒロインもいるわ!
なんと、そこには『悪役令嬢』も紛れ込んでいたのです!
オマケに三大公爵令嬢も揃っていてよ? なんて。
地獄のメンバーだわぁ。
特にどちらにもカテゴライズされていないフィアナ嬢が清涼剤ね。
「今って空きの役職とか生徒会にあるの?」
「……順当に行くと、お嬢と同じ『書記』になるのでは?」
もう、なおさら『げっ』って思っちゃうじゃないの。
書記・会計・庶務は2人ずつなのね。
これだとロッテバルク公爵家のシャーリー様が来ても空き役職がないんじゃない? 埋まったわよね、もう。
やっぱり、もう一人の『副会長』になって貰う方向かしら。
「これからよろしくお願いします。お二人とも」
「……はーい。よろしくお願いしますっ」
微妙に崩した『失礼系』令嬢スタイルでお返事。マナー? 屋敷に置いてきたわ。
私はスススっと横移動して、アルスとの間にはヒューバートに立って貰う。
フラグ管理、大切。
そこから当たり障りのない会話を交わしつつ、生徒会室へ。
ちなみに生徒会室は割と広いし、華美な作りなのよ?
前世の、ただの一教室とは違う、どこかの屋敷の洋室に近いもの。
この辺りが如何にも、違う国って感じよね。
「お。アリス嬢。元気になったかい」
「フィアナさん。はい、お陰様で! しっかり休ませていただきました!」
フィナア嬢が真っ先に私たちに気付いて声を掛けてくれる。
『アリス』は剣技大会前から病気欠席の扱いで処理してもらっていたの。
今の私は病み上がりというワケね。
まだ他の生徒会メンバーが来ていないから、私たちは仕事を開始する前にちょっとしたお話を続けることになった。
「貴方はアルス司祭ですね。騎士科の人間ともども、いつもお世話になっています」
「こちらこそ。私は務めを果たしているだけですから。お気になさらず、ドノバン嬢」
アルスって人当たりは良いのよねー。
私の立場でなければ警戒することもないんだけど。
「ルーカスに聞いたんですけど、みんな大会で頑張っていたみたいですね!」
「はは。私は生憎とそこまでの成績は出せなかったけどね。
むしろルーカスくんの方がよく健闘していたよ」
「ルーカスは、ロバートくん相手に惜しいところまで戦ったんだよね? うん! ルーカスも頑張ったね!」
「……お嬢」
何かしら。その、ちょっとツッコみたい感じのジト目で私を見ないで欲しくてよ?
「何より凄かったのはシェルベル公爵令嬢だ。なにせ彼女は、殿下やロバートを降して優勝してしまったんだから」
「ワァ、スゴーイ」
「お嬢……」
「いや、本当に凄かったんだよ。あのロバートが終始、彼女のペースに巻き込まれていたからね」
「へー。みんな凄いんですね!」
ニコニコと会話を流す。いえ、嫌がらせとかじゃなくて。
フィアナ嬢がシンプルに『私』を褒めるものだから反応に困っちゃうのよね。
やがてチラホラと他の生徒会メンバーも集まり始めた。
レイドリック様たちは思ったほど不機嫌な態度じゃなさそうね。
ただ、クルスとレーミル、ホランドがまだ現れない。
うーん。クルスの研究室でなにか話しているのかしら。細かいイベント消化中?
「レイドリック生徒会長。改めて役員入りを受け入れたいと思います。まだ席は空いていますでしょうか?」
「ああ。もちろんだ。アルス・マーベリック。これからよろしく頼む」
握手を交わす二人。自然とアルスも受け入れられたわね。これでメンバー確定かぁ。
もういっそ清々しい。
この人たちが全員、『私』に敵意を向けてくるのかしら……。
「皆さん、揃っていまして?」
挨拶を交わしている後ろから出て来られたのはミランダ様。
彼女の友人たちとは近くまで来て別れた様子だ。
「ミランダ嬢、まだ全員ではないね」
「そう。あら、貴方は……」
「は、はじめまして! 私、アリス・セイベルって言います! よろしくお願いします!」
と、私は大げさな動きで『お辞儀』をして元気よく頭を下げる。
顔をすぐに見られないように、先に態度で印象操作よ。
声色は気持ち高めに。
おっちょこちょい風な態度を崩さず、相手は『格上』の体で自己表現。
伊達に二人分の人生の記憶を持っていないわ。
「アリス……」
「ああ。ミランダ嬢、彼女はセイベル子爵令嬢だ。
アリス嬢、こちらはミランダ・ファムステル公爵令嬢。
立場は違うが、ここは学園で生徒会だからね。あまり畏まらず、接してくれたまえ」
レイドリック様がそう補足する。
畏まらず、はミランダ様本人が言うところじゃないかしら?
まぁ、私がここで生意気な態度を取らなければ、そこまで目くじらを立てることでもないでしょうけど。
「こ、公爵令嬢様ですか……! お、お手柔らかにお願いします……!」
「……ええ。よろしくてよ」
ちょっと訝しむ雰囲気なミランダ様。
あら? もしかして、この態度、疑われてる? 微妙に『圧』を感じるのだけど。
「…………」
「お嬢は一応、俺の婚約者『候補』です。もちろん、適切な距離はいつも保っていますけど。
身体がそこまで強くない面もあるので、休む事もありますが……仲良くしてあげてください」
ヒューバートがスッと私を庇うように壁になってくれる。とても助かるわ。
「……ええ。もちろん仲良くさせていただきましてよ? ふふふ」
わぁ、微笑みに含みがあるぅ。
くっ、バレた? バレたの? 口封じしなくては!
いえ、口止めね、口止め。口封じは危ないわ。
私が気が気じゃない中で過ごす中。遅れてやって来たレーミル、ホランド、そしてクルス。
「ほら! クルスくんも一緒に頑張ろ、ね?」
「はぁ。俺、別に生徒会で仕事しなきゃいけない立場じゃないんだけど?」
「もう! そんなの、つまらないじゃない!」
わぁ。ちゃんと攻略進めてるなぁ。
レイドリック様がレーミルたちの様子を渋い顔で見ているわ。
ロバートは無表情ね。
「なんだよ、また新顔?」
「あ、本当! 貴方は……?」
ズズイっとクルスたちを押しのけてアルスの前へ出るレーミル。
私とは真逆の行動をしてるわね。
「私は、」
「レイドリック様。大会では応援できませんでしたけど、代わりに、こ、こちら! どうぞ! 大会で頑張ったお祝いです!」
「え?」
「あの、私が作ったクッキーです!」
とりあえずレーミルが他の攻略対象に『コナ』をかけ始めたタイミングに被せて、レイドリック様に近付く私。
ラッピングした包み紙に入れたクッキー。
それも、ちょっと『失敗』しちゃった感じの形のモノを厳選して詰めたの。
ドジっ子要素の演出を余念なくいくわよ。
形が成功したのはヒューバートに渡したやつね。
「ルーカスにも渡したんですけど、なかなか上手く出来なくてぇ……。でも、きっと美味しいって思います! あ、毒味? が必要なら、ここで私が食べますよ!」
「い、いや。そうだな。うん。では、ここで開けても?」
「はい!」
キラキラ目の上目遣い、満面の笑顔でアピールする私。
レイドリック様にアピールする私に『ヒロイン』からアレな波動を感じるけど、彼女は彼女で逆ハーレム攻略に忙しいのよ。
まずはアルスの第一印象をもぎ取りつつ、クルスの手綱を掴むのに手一杯。
お互い、別のことに気を取られている暇はないわよねぇ? ふふふ。
「ふ。確かに不揃いなクッキーだな」
「か、形はそうですけどぉ! 美味しいはずです! 味見もしましたからね!」
でも好感触な反応。
彼は、その中から適当に選んだものを私に差し出した。
「食べられるかい?」
「はい、もちろん!」
ランダムに選ばれたクッキーの一つを私は躊躇なく食べる。はしたなく、でも可愛らしく。
「うん! やっぱり美味しいー!」
「……そうか。では、私も一つ頂こう」
「レイ」
ジャミルが一応、注意を促す。
王族がおいそれと渡された物を食べるんじゃないって忠告ね。
レイドリック様は首を振って、一つのクッキーを手に取り、そして一齧り。
「うん。味は美味しい。形は個性的だけどね」
「もう! レイドリック様!」
なんて黄色い声で花咲く空間を演出。
「ありがたく受け取るよ」
「はい! ありがとうございます!」
ニコニコと笑顔を向ける私。
アルスイベントとクルスイベントを横で進めながら、気が気じゃなさそうなレーミル。
「……お嬢」
ん? 何故か、私を責めるようなジト目のヒューバート。
そして、その後ろに同情したような様子でヒューバートの肩を叩くジャミルとロバート。
いや、そこの3人はなに? 何の友情?
「……色々と面白い生徒会ですわねぇ?」
ミランダ様はそんな私たちの様子を眺めて、そう呟いた。