79 第三部・プロローグ ~公女の休息~
大会の翌日。私は学生寮には戻らず、公爵邸で休みを取っていた。
筋肉痛に襲われると思ったけれど、最後のアルスの『奇跡』が効いたのか、そこまで苦しくはなかったわ。
(『奇跡』を鍛錬に使ったら、短期間で凄く強くなれたり?)
いわゆる超回復とか、そういう。まぁ、そこまで切羽詰まった事情はないのだけれど。
休息がてら、店がどこまで出来上がっているかの確認をする。建物自体は完成間近みたい。
そうすると商品を揃えることと、後は宣伝ね。商材がアレなので貴族社会で売り込む事はない。
どちらかと言えば教会へ寄贈するのがいいかしらね。孤児院にも送りたいわ。
工房の併設もしている。
始めは数種類の玩具・ぬいぐるみを店に置き、これから月一ペースで新作を出す予定。
アイデアはそれなりにあるので、半年分の新作ストックはあるわね。
年末商戦に合わせて、と言いたいところだけど、この世界、この国には『クリスマス』はない。
この辺り、日本と同じ感覚で居ると読み違いそうだから気を付けないとね。
今の私は『シェルベル公爵令嬢』であり『アリスター卿』となった。
男爵相当の騎士爵を持つ、一代貴族。
なんて事はない下位貴族になったようにも思うけど、ただの令嬢ではなくなった嬉しさがあるわねー。
それは、それとして。
『戦闘』が必要なことだな、って思ったの。
私の知る『原作』にアクションやコマンド式の『戦闘』なんてなかった。
でも、少なくともこの現実にはそれがある。
そして実際に戦うのは『私』だ。
王国に現れた8つのダンジョン。そして9人のヒーローたち。
戦闘行為に関しては『大商人の子』ホランドは頼りにならないと思う。
そうすると残る戦闘をこなせるヒーローは8人に、8つのダンジョン。数が重なる。
逆ハーレム攻略をしている節のあるヒロイン。前倒しされるヒーローたちの個別イベント。
(……各ヒーローにそれぞれ対応するダンジョンがあって、そこでイベントがある?)
割とありがちな展開だと思うのよね、これ。
当然、そこにはヒロインも同行するはず。
あと、ありえるとしたら……『伝説の武器』とか?
つまり8つのダンジョンに、ヒーローたちそれぞれに対応した武器かアイテムがあるんじゃないかな、って。
それを手にした後で魔王が復活。
好感度も全員がマックスに近い状態となり、全員で魔王との最終決戦へ。
さて、その際の『悪役令嬢』は一体、どちら側のユニットなのか。
お祭り展開だとすると悪役令嬢も『ヒロインの味方』という線は十分に考えられる。
同時に悪役令嬢こそ『魔王の味方』の展開も。
『ヒロイン』レーミルの態度からして、アリスターを篭絡する素振りはない。
まだ序盤だからそうなのか。最初からこちらを敵視しているのか。
魔王の味方パターンだと『何故』そうなるのかが問題。
ゲーム上の私は、レイドリック様に対してもっと依存気味だったと思う。
そうするとフラれたり婚約破棄され絶望したか……。
ジークとの仲も最悪だし、公爵家も追い出されただろう。
はたして、そういったイベントの『後』で絶望するのか。
それとも、もっと早くに何かが起きるのか?
(敵対する展開で闇墜ちだと、命は助かってる可能性があるわよね)
フラれた。身分を失った。何かしらの誇りを失った。
学園での立場は、今からだと剣技大会も魔術対抗戦も負けて、成績は落ちぶれる?
拠り所となる部分がなくなるとしたら、友人はゼロ。
婚約破棄が視野に入り、公爵家も任せられないと……。
ありがちなのは、女狂いの老人の元に嫁がされるとか。
国外追放されただけでは闇墜ちはしない気がする……才能あるし。
女だもの。そしてバッドエンド確定の悪役令嬢。
なので、まぁ、なに。『陵辱系』のイベントが発生するのが一番ありえる展開かしら……。
レイドリック様に対する恋心がもっと強い上でね。
(うーん? それらを逆算すると……)
私が破滅した後。
国外追放ルート。公爵家追放ルート。それから修道院行きルート。
それらの道のどこかに『落ちぶれた公爵令嬢を襲って、犯してやろう』という集団が発生することになる。
すなわち治安が最悪な場所が王国内のどこかにその時、発生している?
「ふむ」
私は王国内の地図を持ってこさせる。それから教会、修道院の資料も。
『破滅』からの逆算で考え、たとえば『女好きの老人』とかが居るなら『先に潰す』とか出来ないかしら?
それはそれで、本当の悪女が現れた時のいい『罰を与える場所』なんでしょうけど。
悪役令嬢に対する嫌がらせのためのイベントだ。
国外追放とかでも温い場所には送られないはず。
友好的な隣国の国境よりも、交流のない隣国が隣接する森……とかね。
また想定される事態においては『転生者ヒロイン』がその罰の決定に関わっていることが予想できる。
『ざまぁ返し』なんて想定の範囲内ってことよ。
地下牢に放り込まれた際にそのまま殺されるとか? 流石にそれは出来なそうだけどねぇ。
現時点で朗報なのが、『ヒロイン』は別に【魅了の魔法】だのの類は持っていなそうってところ。
そんなものがあるなら、モブ枠の誰かにとっとと使っていると思うのよ。
たとえば……『ルーカス』を名乗るヒューバートに、とか。
ヒーローたちを落とすための魔法なら、ヒューバートに効かないはずがないでしょう?
この世界に魅了の魔法があるなんて聞いた事はない。だからないとは言えないけど。
自覚的にそれを持っているのなら、立ち回りがもっと違うものになるはずなのよ。
『私』を警戒しているのなら、鬼の居ぬ間に色々と進めたいと思うのが人情。
でも『ヒロイン』レーミルは、じっくりと動いている節がある。
悠長にジャミル・ロバート・クルス・ホランドの攻略をしているのよ。
というワケで魅了などによる『洗脳』の可能性はひとまず保留。
でもレイドリック様がとち狂った場合に備えて……地下牢にも工作をしておこうかしら。
王宮にある地下牢にはねぇ。手を出せないかなぁ。
私はウィクトリア王国の地図と睨めっこして、破滅の先に生じそうな出来事を推理する。
加えて、ダンジョンね。
王都から均等な位置に現れたという8つのダンジョン。
シェルベル領とファムステル領に確認されていて、あと6つ。
「均等な位置。シェルベルとファムステルと同じだけの距離、領地の範囲も考えていって……候補は」
リンデル侯爵領。メイソン侯爵領。ディック伯爵領。そして王領が2つ……。
「……地図で見るとあからさまじゃないの」
ヒューバート・リンデル侯爵令息。
ジャミル・メイソン侯爵令息。
ロバート・ディック伯爵令息。
この3人の家の領地。
そしてサラザール様が管理している王領。
レイドリック様が賜る予定の王領。
意識するまで気付かなかったけど、こうも綺麗に分布してるんだ。
この流れならシェルベルのダンジョンはジークが担当ね。
そうするとファムステルのダンジョンは誰担当かしら?
アルス? クルス? 教会や魔塔所有の領地はないわよね、この範囲に。
また、同距離にはロッテバルク公爵領もある。
流れで言えばロッテバルクにもダンジョンがありそうだ。
ファムステルとロッテバルクにあるダンジョンが、アルスとクルスの担当……かな。
お父様は別に事情を知っていて『ダンジョン踏破』を課題にしたのじゃないと思う。
ただし、こうも明らかなダンジョン配置予想を見ると……。
ジークがシェルベル領のダンジョン踏破に乗り出すのは確定している。
他も同じく……。
これなら『ヒロイン』の誘導もあるだろうな。
「『アリス』として、生徒会メンバーでジャミル・ロバートの担当ダンジョンに同行。レイドリック様やサラザール様のも出来れば……ね」
残るはヒューバート担当のダンジョン。
そして2つの公爵家のダンジョン。
この3つは……出来れば私が取りたい。
伝説の武器とか、そういうのがあるとしたら余計に。
特にアルス司祭はともかく、生意気なクソガキキャラのクルスには、そういうアイテムを渡したくないところ。
実際あるのかはさておき。
いえ、まぁ。魔王討伐に必須なアイテムですとか。
ヒーローが持たなきゃ意味ありません、とか。
そう言われると困るんだけど。うーん。
戦闘用の魔道具開発か。私用の物を作った方がいいかしら?
剣もきちんとした物が欲しいわよね……。
拳銃開発……この世界だと魔法と組み合わせたマジックガンになるかしら。
レーミルは、ホランドと真っ先に仲良くなっているなら、そういうのを開発させてたりする?
(自分で作るというより『対策』とか考えておいた方がいいかな)
敵対している人物が、いきなり『拳銃』を構えてくる。
本来ならば、この世界ではありえない光景だ。
でも、私のように『転生者』が存在しているので、どこかの誰かが開発していてもおかしくはない。
そして、そういう凶器の類で狙われるのは……たぶん、私になる。
うん。それはなんとなく予想がつくわ。
『こんな事もあろうとかと用意させておいたのよ! ドン!』ってされるの。
ざまぁ返しとかして、こっちが優位になったタイミングとかに出てきそうよねー……。
「……対策、考えておきましょ」
防弾の防具が真っ先に思い浮かぶけど。
それよりも。拳銃を前にした時に反射で【ゴム魔法】を拳銃の砲身に発生させる訓練とかがいいかな。
それなら今の鍛錬の延長線で出来るもの。
『耳栓』と同じように離れた射程の『穴』にゴムを詰める。
これで拳銃持ちの相手は暴発で大ダメージ!
「…………」
字面がアレな気がしたわ。前世の知識が余計なことを考えさせるわねー……。