78 第二部・エピローグ ~騎士爵~
「よく頑張りましたね」
「……どう致しまして」
ロバートに勝利した後。
『大司教の子』アルス司祭が、何故か率先して私のそばに来て、私に『奇跡』を行使する。
疲労回復、かしら? なんだか疲れていた分が少し楽になった気がするけど。
それ、わざわざする必要ある? いいけど。
「お気になさらず、これは優勝者への労いのようなものですから」
「ええ。気にしておりませんわ」
吹っ飛ばされたロバートに掛けなさいよ、と思ったけどロバートの方にも『奇跡』持ちが駆け寄っている。
普通に女子生徒。教会の人員じゃないのね、そこ。
攻略対象たちは顔面偏差値と能力が高いし、ゲーム上よりも寄ってくる女子が多い印象ね。
「この後。3位決定戦があります。それが終わったら表彰式。王弟殿下より、優勝者に褒賞がありますよ」
「褒賞?」
「おや。ご存知ではありませんでしたか」
「ええ、まぁ」
鍛錬と運営にばかり気を取られていたので。
「まぁ、たしかに。今回からの試みですからね。それに急に決定されたそうですよ」
「そうなんですのね」
それを知っている貴方は何なのかしら、と言いたいけど。
最近の私は、公爵令嬢としての情報収集をしていない。
生徒会で告知されたならいざ知らず、高位貴族間での日々のやり取りからの情報は得られない環境で生きているからね。
「では、楽しみにしておりますわ」
「……まぁ、公女様が喜ばれる褒賞ではないと思いますけどね」
「はぁ?」
内容を知っているみたいね。ま、いいわ。聞かないでおく。
アルスとそこまで親密なやり取りもしたくないもの。
その後、私は会場から下がる。あえて私に向けられる視線に意識は向けずにね。
レイドリック様やロバート、他にもなんとなく意識を向けられている気はする。
『ヒロイン』レーミルも含めて。
でも、視線を合わせて私からの情報を与えることはしない。
そして彼らからの嫉妬やら、何やらの感情を叩きつけられることも。
『アリスター』の私が疎まれるのは規定路線だから。
今は誰のことも歯牙にもかけない態度を貫くわ。
3位決定戦は呆けないほど簡単に決着が着いた。
当然、レイドリック様が3位だ。
優勝は私。準優勝がロバート。3位がレイドリック様となる。
少しの準備時間を挟んでの表彰式が始まり、私は招かれるままに中央舞台へ。
声高らかに3位の者からその実力を褒め称えられ、そして勲章のようなものが送られる。
サラザール様が出てきての労いの言葉と共によ。
「よくやったな。レイドリック。鍛錬は怠っていない様子で何よりだ」
「……はい。ありがとうございます。叔父上」
納得いってなーい感じの生返事をするレイドリック様には、銅で作られた勲章が送られた。
メダルじゃないわよ。勲章ね。
3位が銅なら、2位が銀で、1位の私は金かしら。
たかだか学園の一行事に大げさな、とも思うんだけど。
王立学園に集まった生徒たちは、王国内の様々な領地から集まった貴族の子供たち。
王族すら参加して行われた行事なのだから、このぐらいはあって当然かしら?
前世の日本の、全国どこにでもある中のひとつの学校の行事とはワケが違うものね。
「よくやった。十分な実力を示したな。これからは実戦的な経験を積むといい。君には才能がある。
一度の敗北などで腐らずに精進するように」
「……はい。お言葉、感謝致します。サラザール殿下」
「うん」
やはりロバートには銀の勲章が与えられる。
そして次に用意されたものも、やっぱり金の勲章だったわ。
私の名が読み上げられ、優勝者として宣告された。
ちゃんと拍手を送られているわよ?
まだまだ学園で悪意のある噂を広められるとかされてないもの。
レイドリック様の私に対するスタンスが、一般生徒にとっては不明瞭のままだものね。
学園に通っていて、明らかに冷遇される姿を見られていたら、そこから悪評が囁かれていたはず。
そう。まだ皆、私たちの関係を見極める段階から先へ進めていないのよ。ふふ。
「そして。剣技大会優勝者、アリスター・シェルベル。彼女には王家より『騎士爵』を叙勲する!」
「……はい?」
騎士爵ですって?
まさかの褒賞に私は唖然とした。
『騎士爵』は、五爵の中で言えば『男爵』に相当する爵位となる。
功績を上げたり、何かしらの任命があったりすると、そこから上級騎士などに上がったりするわ。
一代限りの爵位であり、子には継がれない爵位だ。
騎士もまた貴族である、ということを示す爵位。
領地を持たない法衣貴族にも似た爵位であり、そうね。
どちらかと言えば『身分の証明』をされた、に感覚が近い。
貴族なのだと示すことより、『この者は騎士の身分なり』と示すための爵位と言っていい。
領地持ちの貴族とは背負う義務が異なる。
騎士爵を持った時点で誰かの命令に従う存在になるのではなく。
騎士爵を持った上で誰かや、どこかの騎士に配属する事が叶う存在。
本格的に『騎士』と呼べるのは、そういった主君や配属が決まってからだ。
……要は、就職に有利な資格と身分ゲット、という扱いね。
元々が平民であるならば貴族の仲間入りとなる。一番、手が届きやすい夢のある権利。
王立学園の騎士科は、卒業の際の試験をパスする事でこの騎士爵を賜ることが出来る。
つまり騎士科にとっての『卒業資格』に等しいわ。
トーナメント式の大会での優勝なのだから、実力的には申し分ない。
その理屈は分かるけど、例年の大会でそんな褒賞はなかったはず。
今回からそういうことなのか、今回だけ特別にそうなのか。
私が介入しなければロバートがこの騎士爵を手に入れていたのか。
……どちらが『ヒロイン』の知るこのルートの正解なんだろう。
『近衛騎士』ロバートルートでも、たしかにロバートが騎士爵を賜る事件は起こる。
だが、それが起きるのは2年生の時であり、彼のルート中のことだ。
学生の内に正式な騎士爵を拝命したロバートは、ヒロインの心の騎士となる忠誠を誓い……まぁ、それはいい。
悪役令嬢には無関係なイベントだから。
魔王復活・逆ハーレムルート。
それぞれのヒーローのイベントが前倒しで発生しているのが現在。
だとするとロバートが騎士爵を正式に得るのも本来、このタイミングだったのでは?
『逆ハーレムルートにおけるロバート』のイベントだった。
もしかしたら、そのイベントをぶち壊しにしたのかしら? だとすると。
……だとすると。
……いい気味ね! うふふ。
『悪役令嬢』にとってはヒーローたちは基本、敵だもの。
まぁ、1年生の段階で完全にヒーローたちに目を付けられた辺りが、まさに悪役令嬢ムーブかもだけど。
私は私なんだもの。今回、それを嫌というほど感じたわ。
この才能も、性質も。アリスター・シェルベルに相違ない。
前世の知識、どこまで活かせるかしらねぇ……。
完全に『日本人の誰かの転生』じゃなくて『現地人の悪役令嬢に前世知識をインストール』タイプなのよね、私って。
お米も食べたいと思わないし。
カラフルヘアーに違和感ないし。
「アリスター嬢?」
「あ、いえ。驚いただけですわ。王弟殿下」
意識を現実に引き戻して応対する。
サラザール様の手によって私は金の勲章を授かり、そして正式に騎士爵を持つことになった。
「君の未来に必要なものかは分からない。勿体ないかもしれない爵位だけどね」
「ふふ。そうですわね。でも今大会で私、女騎士を目指すのも悪くないのでは、と。
そう思いましたのよ。ですから素直に嬉しいですわ、この褒賞は」
「……おやおや。危ない発言をする」
「ふふふ。だって強かったでしょう? 私。他意なくそう思ってしまいますわ。舞い上がっていますのよ、これでも」
「そうか。ではアリスター卿。これから貴方が誰に剣を捧げることになるか。楽しみにしていようか」
「まぁ。ふふ。ありがとう存じます。王弟殿下」
シェルベル卿でもいいけど、アリスター卿ね。
『卿』は、貴族の名に付ける称号よ。
騎士爵のような一代貴族、五爵以外の爵位を持つ相手に対して呼び掛ける時に使うのに便利な言葉。
もちろん五爵の爵位持ちに使う場合もあるけどね。
これで今の私は『魔塔の天才児』の『特級魔術師』クルスと同等の爵位を個人で得たわ。
『親が凄いだけだろ』とかは言われずに済みそう。
「改めて、優勝おめでとう。アリスター卿」
「はい。ありがとう存じます」
こうして私は新たな爵位と、実績を得て、9月の一大イベントを終えることが出来たの。
10月に予定しているイベントは『バザー』と『文化祭』。
そして『生徒会の交流会』と……ダンジョン攻略、ね!
ぜんぜん終わらないので、どこまで長くなるか分かりません。
このまま行き当たりばったりで最終イベントまで
アリスター視点の乙女ゲームをプレイする所存!
読んでいただきありがとうございます!