73 順調な勝ち上がり
その後もレイドリック様たちは順調に勝利を収めていく。
ヒューバートは相変わらず堅実で地味な勝ち方をしていた。
まだまだ2回戦ではバラけた実力者たちが勝ち上がっていく流れだ。
参加者もそれなりに多いけど、騎士科以外の学科からの参加者は、流石に苦戦しているみたい。
「はぁッ!」
そしてミランダ様が再び華麗に勝利し、そのまま会場から剣を私に向けた。
パフォーマンスまでしっかりしていらっしゃるわ。
2戦目を勝てたら、次はとうとうミランダ様が相手なのよね。
彼女の動きを観察するに剣術もきちんと鍛錬してきたのが分かる。
付け焼き刃の私では流石に技術負けしそうだわ。
ただね? なんとなくなんだけど。
こうして戦いのために力を示す皆を見ていると。
全員、魔力コントロールがずいぶんと荒いというか。
魔力総量的には分からない。まだ全力じゃないでしょうし。
コントロールの上手さ・荒さは……どう言えばいいのかしら。
見える魔力放出量が『滑らか』じゃないのよ。
意識に直結している魔力の扱いは、戦闘という刹那の場面において、相手に動きを知らせるようなもの。
たとえば『右ストレートのパンチを繰り出す』時に、どのように力むのか。
一瞬、歪んで膨れ上がって……動きが読める。
もちろん、こちらが『身体強化』で能力を引き上げているのも重要なんだけど。
レイドリック様、ロバート、ミランダ様は、これが顕著で分かり易い。
3人共、如何にも魔力出力で強気に押していく、行け行けタイプ。
ヒューバートとフィアナ嬢は、魔力コントロールが流麗で、戦闘素人の私からすると動きが読み辛く、こっちの方が相手にし辛そうだわ。
総合的な能力で言えば、剣術の分野だけならロバートが一番なのは間違いないでしょうけど。
「ふぅん……」
意外とミランダ様が相手なら勝機があったりするのかも。
『──アリスター・シェルベル公爵令嬢!』
ま、それも私が2回戦を勝ち上がれば、の話だけど。
「よろしくお願いするわ」
「はっ……」
「……?」
2回戦の相手は、騎士科2年生の男子生徒。
1回戦の相手と比べて一気に手強くなりそうね。
レイドリック様タイプなら勝機あり。
ヒューバートタイプなら、もう基本剣技と魔力出力でゴリ押しするしか今の私にはない。
「はじめっ!」
2試合目が始まった。それはそうと対戦前に目の前の男は、私を鼻で笑った気がする。
貴族特有の悪意ありって雰囲気。なら気を付けておきましょうか。
「ほら、掛かってきなよ、お姫様」
「…………」
2試合目の男は、如何にも魔力の流れにムラがあるタイプだった。
レイドリック様たちの場合はムラがあっても『密度』が上で、如何に相手の動きを読めたとしても、力で押し込まれてしまう、それ。
対して、この男の魔力はムラがある上で密度が薄い。
保護と強化の両面で考えても防戦重視じゃなさそう。
とすると速攻か、力による押し込み。カウンターの線もあるかしら。
体格はいい。鍛えてもいるのだろう。
利き腕は右手ね。魔力がそっちに偏っている。
「おいおい。ビビってるのかぁ?」
魔力の流れに乱れはなし。ただ薄まった?
人間がコントロールしているんだもの。その精神性は反映されてしまう。
鍛えていれば絶えず全身に張り巡らせていられると思うのだけど。
逆にこちらの油断を誘うためかしら?
魔力の流れも戦い慣れた者たちの間では駆け引きに使うもの?
ありえるわね。私の打てる手は限られている。
私の出来る事をやるならば、最大まで魔力密度を上げて『身体保護』と『身体強化』を最高の状態で維持し続けること。
私の魔力コントロール技術と魔力総量ならば、それは苦ではない。
「…………」
「おい! 掛かって来いって言ってんだろうが!」
「…………」
集中する。敵の身体の動きに惑わされず、魔力の流れに意識をフォーカスして。
身体の強化と保護を持続していると、己が何かの達人にでもなったように感じる。
人間を人間ではなく『魔力の塊』として認識して、すべてを見て知るような。
……来る。
魔力のムラが増えた。足に力が込められ、突進する前兆。
「無視してんじゃねぇ!」
「シッ!」
「!?」
突進に合わせ、その動きから予測できる方向をズラして動く。
視線のブレ。より相手の視野が狭まり、思考と身体がズレたのが丸分かり。
集中すると、こんなにも魔力は語ってくれるのね?
最近は、前世の知識だなんだと格闘する事が多かったけど。
これは長年、この世界で私が続けてきた魔力コントロールの鍛錬成果だ。
誰よりも厳しく己の魔力を制御してきた自負がある。
この半年は、それをさらに磨いてきた。
「ぐっ!」
敵の動きが予測できる。私自身は予測した動きに合わせた速度で動き回れる。
……楽しい。意外と。
前世ではなかったはずの感覚。
私って剣を振るうのが、戦いが、けっこう好きなようだ。
それが武術の嗜みとして程度なのか。それとも、もっと血生臭いものなのか分からないけれど。
日本人的な温和な性質は、生憎と『私』は引き継いでいない。
あくまで、この身は、この世界に生きるアリスター・シェルベルのもの。
「くっ、ちょこまかと動き回って!」
相手の動きを予測しながら、視界に捉え切れないように死角へ、死角へと動き回って翻弄する。
超人的な動きかもしれないが、それは前世の世界基準。
身体強化の魔法があるこの世界ならば、この程度は『普通』だろう。
「くっ、くそっ、こら!」
……隙だらけ。
わざとか。誘っているのか。それとも本当に隙なのか。
経験不足から判断しかねる状況。ならば残るは私の決断のみ。
カウンターと回避を念頭に全力で打つ。
「はぁッ!」
──ドゴッ!
「ぎゃ!」
動きで翻弄した後、隙だと思った魔力密度の薄まった胴へと剣を叩き込んだ。
見事にクリーンヒット。
回避はされなかったが、カウンターを警戒して、すぐさま私は離脱する。
「げごっ、かはっ……なっ」
男は、吹き飛ばないまでも数メートル横へ移動。
攻撃がまともに当たってダメージも入っているように見える。
それでもなお、警戒は怠らずに集中。
「がっ、くぅ……」
魔力の揺らぎがより大きくなる。一撃喰らえば誰でもそうなるか。
私も気を付けなければいけない。
……次は、あえて攻撃を喰らってみる?
薄まった魔力密度を見るに、私の『身体保護』は抜けないように感じた。
逆にそれがこちらの油断狙いなら、もう勉強代だと思うしかない。
「…………」
私は動き回るのを止めて、今度は構えたまま相手を待ち受けた。
「くそがぁッ! よくもやりやがったな!」
怒りが、そのまま魔力の流れにも影響を与えているようだ。
それでも、あの程度。
ゆっくりにさえ思える相手の攻撃は、大きく振りかぶられ、私の頭に打ち込まれた。
ガッ!!
「なっ……」
「…………」
身体保護の魔法は、魔力の鎧を纏うようなもの。
当然、頭部の攻撃を受けたって魔力の鎧に当たるだけ。
私の場合は、特に量と密度のある魔力で身体を覆っているから。
頭部に鉄の剣での攻撃を受けたとしても、何も影響を受けなかった。
相手の全力の一撃。その後に続く魔力の揺らぎはなし、と。
むしろ爆発的に高まっていた魔力が翳り、密度が薄くなっていく。
「シッ!!」
「がっ!」
私は、相手の剣を打ち払って、弾き飛ばした。
そのまま相手の首元へ剣を突き付けてチェックメイト。
「終わりね?」
「あっ……」
武器を失った相手にこうした時点で、降参の意思がなくとも審判が勝敗を決める。
「しょ、勝者! アリスター・シェルベル!」
「ん」
スッと剣を引き、私は男から距離を取る。
背中は見せないわよ? 敵意が消えていないものね。
男女格差が、それ程にない世界と言っても、男は女に負けたら恥だと思うもの。
それは、こっちの世界でも変わっていない。
なので試合が終わろうとも警戒を解かず、かつ優雅に微笑みを浮かべながら下がった。
「……ッ!」
男は納得のいかない顔を浮かべていた。騎士科出身で、自信もあったのだろう。
勝って当たり前だと私を見下していたのが分かる。
実力で上回ったはずだけど、負けた時の気持ちじゃ言い掛かりぐらいはつけたくなるかもね。
「審判、今のは──」
「もう一度。やりましょうか?」
「!?」
風魔法で男に届くように宣言してあげた。男の言葉を遮るように。
「何度やっても。何度やっても。私が勝つでしょうけれど。何なら、そちらは他の攻撃魔法を解禁してもよろしくてよ?
今ので『お前』の実力は分かったから。
ふふ……。お前程度、いくら攻撃魔法を使ってこようが、私は身体保護と強化だけで処理できる。
ああ、だけど覚悟なさい?
お前のその小さなプライドで正当な勝敗にケチを付けるのだから。
今度は私、審判が止めようとも……お前への攻撃を止めないわよ?
剣技大会の勝敗なんて私には関係がないのだから。
好きなように、思うままに振る舞うわ。
やられたら、やり返す。倍以上にして。今日からお前に監視も付けさせましょう。
逆恨みするような性根をしていそうだもの。
徹底的に追い込んで、追い詰めて……ふふふ。これからが楽しみ」
ニィ、と嗜虐的な笑みに感じるように圧を掛けて微笑んであげる。
ああ。私、『悪役令嬢』してるわぁ……。
しかも別にそんな自分が嫌ではなかったりする。
やっぱり私は私自身らしい。前世があっても変わらないのね。
ちなみに風魔法の『音』系で相手の耳に直接、台詞を叩きつけているから。
唇を読まれると内容は分かるけど、声は遠くまで聞こえていない。
『糸電話』みたいな状態に近いかしら?
「どうする? 引き下がる? 観客や審判に至るまで動員して、今の試合の審議をして貰う?
どちらが、みっともなく言い掛かりを付けたのか。明らかになるでしょう。
より多くの監視の下、再試合をしましょうか?
ねぇ、ランス・トラヴィス伯爵令息。驕るほどの実力もない分際で一丁前に自信があった、貴方。
良い事を教えて差し上げるわ。
私、剣をまともに握ったのも、剣の鍛錬を始めたのも1ヶ月に満たないの。
ふふ。つまり、お前のこれまでの鍛錬は、その実力は、私の1ヶ月以下の価値しかなかったのよ。
まったく弱いし、みっともない。
もっと鍛えてから大会に出て来なさい? 情けない」
「…………」
あ。顔色が青くなっていっていたところが、今度は涙目になった。
魔力もシオシオと萎んでいっている。戦意喪失してるわね。
「……あのぅ。それぐらいで……。再試合とかないですし。
それに反則とかも今の試合には、ありませんでしたから。
いくら、彼がごねたって俺が認めませんよ。むしろ黙らせます」
と、審判役の人……現役騎士だ……が言ってきてくれた。
「あら。そう? ありがとう。じゃあ終わりで」
「はい。あなたの勝ちです」
うん。言い掛かりもなさそうだし、傷ついたプライドを守るために怒り狂って襲ってくるとかもなさそう。
じゃあ、2回戦も無事突破ね。問題ない。ヨシ!
次の相手はミランダ様だわ。