72 アリスター1回戦目
「ふ……。『応援』されて怒るとは驚きですわ。その言動、王家の影を通じて国王陛下にご報告致しますわね、殿下」
「なっ!」
やっぱり、アリスターに対しては何もかも気に入らないらしい。
何故そうなったのか知らないけど。
憎々し気に私を睨むのは一体、何かしら?
彼の中の『私』のイメージは歪んで、まともに機能していないように思える。
「そんなに応援されたくありませんでした? あれしきの事で集中を乱す方が情けないと思いますが」
「っ……! お前に応援されて嬉しいとでも思うのか?」
「何をおっしゃっているのやら。本当に大丈夫ですか? 心身が不調であれば、すぐに療養なさってくださいね。時に頭を休めるのも、己の言動をゆっくりと見直せて良いと思いますわ」
「なっ……!」
思わずため息が出る。
私たちは、1年以上前は仲睦まじかった。
こんなにギスギスとしたやり取りなどなかったのだ。
きっと、ゲーム上の『私』も、こんな風に突っかかられては、ワケが分からずに『どうしてなの、レイドリック様……』と思ってウジウジしていたのだと思う。
レイドリック様は、強めに返してくる今の私に驚愕している。
威圧すれば、私はそうやって嘆いたりすると思われているのね。
だけど今の私は、あまりレイドリック様から『アリスター』への態度には期待していない。
彼が怒鳴り付けてくるのも、こう何かホルモンバランスでも崩れたりしているのかしら? なんて思うぐらい。生温かい目で見てしまう。
「アリスター!」
「1回戦突破、誠におめでとうございます、レイドリック殿下」
「っ……!」
怒鳴りそうになったタイミングで祝辞を述べて礼をする。
もっと怒鳴りたいのだろうけど、そういうバッド・コミュニケーションはお断りだから。
「しかし、私に応援されただけで『照れ隠し』とはいえ、そのように真っ赤になって『照れて』声を大きくされても困ってしまいますわ」
「なっ!?」
照れ隠しとか照れての部分を風魔法で強調して周りに聴こえ易くしてあげた。
はい。これでデレデレなレイドリック様の出来上がり。
「子供っぽいですのね、殿下は。照れないでくださいませ」
「照れているんじゃあない!」
「ふふふ。まぁ、照れ隠しを。お可愛らしい。微笑ましいですわ、殿下」
「ぐっ、この、アリスター!」
「皆様、真っ赤になって照れる殿下なんて貴重ですわ。ご覧になって!」
手振りで私たちを見守る者たちの視線を誘導する。
「ぐっ! 違う!」
「殿下。今は何を言っても恥ずかしくなりますわよ?」
「……くそっ!」
そして逃げるように去っていくレイドリック様。
片方が怒鳴り散らしてギスギス感を出すと不仲なんだな、と思われるだけ。
でも顔が真っ赤になる彼と、その姿を微笑ましいと軽くあしらいながら笑う私の姿を見れば、私の言葉通りに『ああ、殿下の照れ隠しか』と思って貰える。
煽りと冷やかし、茶化す態度ね。
レイドリック様本人の心象は悪くなっても周囲の評価は、それほど下がらない。
「ふふふ。彼、可愛らしかったでしょう?」
レイドリック様を見送った私は、満足そうな笑みを浮かべて周囲に同調を求めた。
苦笑いで誤魔化される皆さん。いい空気じゃないかな。
少なくとも沈痛な面持ちではないわ。
ここで別の女が現れて私を貶める空気にしない限りは大丈夫そう。
……なんとなく嫌な視線は感じたものの、けして、その視線の方向へは目を向けない。
『ヒロイン』がその辺に居そうだもんね。
私は、さっさと場所を移動することにしたわ。
それからロバート、フィアナ嬢の試合が続く。
その中でやっぱり、しれっと静かに始まるヒューバートの試合。
どれだけ目立たなくても絶対見てやるんだからね。『王家の影』になる人の技術を。
立ち上がりは静か。型通りの構え。突進はせず、じりじりと距離を詰める。
相手は逆に速攻型でヒューバートに攻めいってくる。
避ける余裕ぐらいはあるでしょうに、ヒューバートは攻撃を受け止めた。
ガギン! と音を鳴らして力比べ。すぐに弾いて、それで何度か打ち合う。
白熱する剣戟というより鍛錬の延長線のように。
その内にぬるりとヒューバートの剣が相手の腕を強打する。
「ぐっ!」
呻き声を上げる相手。ヒューバートは表情を変えず、構えすら崩れない。
明らかに実力差がある。
相手は騎士科の1年生だ。相応に動けている事から鍛錬もサボってはいないはず。
流石は攻略対象の一人で、その辺りの人物では相手にならないか。
その後、何度か打ち合いを続けた後、ヒューバートの一打で相手がその場に剣を取り落として終了。
弾いてどこかに剣が吹っ飛んでいくなんて派手な演出もない、ひたすらに地味な勝利。
順当に考えると、ロバートやレイドリック様が相手だって負けないハイスペックのはずなのよね、ヒューバートって。
その片鱗を垣間見た気がする。
けれどキャラ特性か職業病か。ひたすら目立たない。
特にこの大会で一番輝くだろうロバートたちとは華々しさが違った。
「…………」
ふと、ヒューバートと目が合う。
『アリスター』の私がずっと彼の試合を観戦していた事には気付いたのだろう。
繋がりを悟られたくないから互いに声は掛けない。
でも、私は分かるか分からないかぐらいの動作で静かに頷いて見せた。
ヒューバートはそれに気付き、同じような動作を返してくれる。
阿吽の呼吸というか、アイコンタクトが通じてるわねー。
あ、少しだけヒューバートの頬が緩んでいる。労いの意図は伝わっている様子で良かったわ。
「そろそろ私の出番ね」
その前にミランダ様の試合か。ミランダ様の実力は……素人目に見ても華麗な戦い方をされると思ったわ。華がある人ね。
レイドリック様、ロバート、フィアナ嬢、ヒューバート、ミランダ様。
全員が順調に1回戦を勝ち上がる。そうして私の番になった。
『……アリスター・シェルベル公爵令嬢です!』
対戦相手と私の名前が読み上げられる。
4試合を同時に進めているけれど、注目されているのが分かる。どよめく会場の空気。
「よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
相手は魔術科の一年生女子。さて、私の初めての対人戦は、どこまで通用するかしら?
「はじめっ!」
審判の声が掛かり、緊張の一戦が始まった。
立ち上がりは様子見。相手も同様。経験不足があまりに顕著だから。
油断をする気はない。基本に忠実でいつつ、最大限の力をもって。
ヒューバートの戦い方を真似るんじゃないけど。
受け手に回りましょうか。負けたって何のリスクもない。
この試合から可能な限りの経験値を得るつもりで。
「……やぁあ!」
痺れを切らした相手が突進してきた。
それを見てから、こちらも合わせるように動く。
「はっ!」
ガギン! 相手の攻撃に合わせて剣をぶつける。
当然、相手も身体強化と保護の魔法を纏っている。
「っ!」
「…………」
冷静に。分析するように相手の動きすべてを観察し、次の動きに予測が立てられないか思考する。
「ぁああっ!」
相手からの猛攻が始まった。
ヒューバートのように全てを避けはせず、打ち合いに持ち込む。
強化込みで私の方が基礎スペックは上、かしら。
相手が上手く手を抜いていないのであればだけど。
何度も彼女の剣を真っ向から受ける。
大振りになった攻撃は受け流すようにして、距離を開いて。
どちらかと言うと防戦一方の私に、猛攻を仕掛ける彼女は『有利』と思ったのか、ギアを上げてくる。
ガギン! ガギン! ガギン!
彼女の魔力量は、やはり相応にある。代わりに剣を振るう動きが微妙な印象ね。
それを言えば私と同じタイプの相手。
こうして対人で競い合う機会はなかったけど……この相手なら勝てそうな気がする。
「っ……!」
猛攻を凌ぎながら観察を続ける私に、彼女は違和感を覚えたのだろう。その表情が変化する。
私には余裕がある。彼女には焦りが生まれた。
「そこっ!」
ガキンッ!
「きゃっ……」
緩んだ手を逃さず、鋭く切り払う。
彼女は剣を手放してしまい、その剣が飛んでいった。
「うっ……ま、参りました!」
「ふふ」
けっこう余裕のある勝利だったわ。私、対人戦、初勝利!
これは自信に繋がるわねー。
「うぅ」
「貴方も頑張ったわよ」
「はい……。ありがとうございます」
試合後の握手を交わし、相手を労ってあげた。
高揚感を感じる。やっぱり『勝つ』のって気分がいいものよ。
視線を巡らせると、まぁまぁ。ずいぶんと注目されていること。
レイドリック様、ジャミル、ロバート、クルス、ヒューバート、ミランダ様、フィアナ嬢、それからホランド、レーミル。アルスまで私を見ていた。
あ、サラザール様も発見。理事長として、というかアレはお忍びスタイルね?
髪の毛を隠してるし、目立たないようにしている。
皆が見ていた。見過ぎじゃない?
ジーク以外の全員がいるじゃないの。
……ジークもどこかで隠れて見てないわよね?
居たら悲鳴を上げるわよ、私。
とにかく第一戦、勝利! うふふ。